ステラエモルク   作:朝神佑来

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覚醒・前編

 

 タハ森林、タハ湖神域観測拠点。

 ノウェルグレイの一家が同じ時間を過ごしたこの家に、今は長兄と末妹以外の家族が集っている。

 じんわりと暑い西日が射しこむ時刻。陽射しはリビングに影を落とし、暖かいマグカップを片手に、ロヴィミアは外を見た。

 

 「じきに、黄獅子の花が咲きますね」

 

 「……そうだな」

 

 目を伏せたまま、ガルベラは答える。草原に咲く夏の花と、それらを撫ぜる暖かい風を思い浮かべながら。

 秋には果実が実り、鉄と土の匂いしかしないイスガトにも華やかな祭りの季節が訪れる。

 冬には雪が積もり、身を切り裂くような寒風が吹く。暖炉の熱を抱きながら、家族みんなで年を越す。

 

 末の妹にもそのような経験をさせてやりたかった。せめて一年ぐらいは、ともにいてやりたかった。

 口惜しいと思いながら、ガルベラは薄く目を開けて、その末の妹について訊ねた。

 

 「トーリと……フィサリスは? まだ、イスガトか?」

 

 「ああ、二人で残った魔物の処理や戦死者のギルド証を集めるボランティアをやってる。トーリはあの年でよく働いてくれると……司祭様が仰っていた」

 

 「…………そうか」

 

 「フィス兄は夜に来ると。できるだけ長い間、妹と一緒に居たいそうです」

 

 「あいつが最後に会ったものな。最後まで一緒にいるべきなのは、あいつだろう」

 

 決行の日は今日。純聖石によって方陣を描き、タハ湖の神域を中心に結界の構築は完了している。

 神域と外界を隔絶し、結界の内でハディマ達は戦う。事前に万全を期して臨むのが、本来の討伐戦、封印戦である。

 その一切を許されなかった先の討伐戦においてイスガトが負った傷は深い。テンシュラクの復活は秒読みとなっている今、ここに集った最大戦力でもって、即座に封印戦に臨む必要があった。

 これ以上、イスガトが傷を負わぬためにも。

 

 「――イスガトで誰も欠けなかったのは……奇跡だったな」

 

 椅子に背を預け、天井を見上げながらガルベラは言う。

 

 「嫌な予感はしていたが……あれほどとは。イドラ封印戦を控えてなけりゃ、オレも飛び出せたものを……」

 

 本来であれば、ノウェルグレイの者たちは先陣を切ってかのイドに挑まなければならなかった。

 トーリの存在と、後に控える封印戦の存在が、それを許さなかった。ここで自らの命を捧げるよりも、今自らの命でもって守らなければならないものがあった。

 その選択が故に失われたものの存在は、それ故に、ロヴィミアやゼフィールにとって到底無視できないほど大きかった。

 

 「奇跡が起きたのではなく……ひとりのハディマの尽力によるものです、母さん」

 

 「……」

 

 「トーリは……あの子は、そのハディマに渡された剣を片時も放しませんでした。彼女が今、誰かのために何かをしようとしているのも……きっと」

 

 きっと、自分にできる何かを探しているのだと。無力さを塗りつぶし、忘れられるような何かを。

 ロヴィミアが皆まで言うより先にかたりと音を立てて、ガルベラがカップを口に運ぶ。

 そして一息で中身をすべて飲み干すと、静かに立ち上がり、玄関口へ向かって歩いて行った。

 

 「母さん?」

 

 「子供は」

 

 壁に掛けられた一本の剣を手に取り、それを携えながら、ガルベラは振り返って子供たちを見て言う。

 

 「無事に産まれてくることと、生きることが宿命だ。なら、オレ達のように歳食った連中の宿命は?」

 

 意図を察したゼフィールは同じように注がれたコーヒーをすべて飲み干して、立ち上がって答えた。

 

 「死んでも子供を生かすこと――だろう。母さん」

 

 くすりと微笑み、上出来だとその返答を肯定する。

 手に持った剣の鯉口を親指で切り、わずかに覗いた刃の光を見た瞬間に、反射的にロヴィミアも立ち上がった。

 

 「オレ達ハディマにできることなんざ、これくらいだ。武器持って振り回して、魔物退治がせいぜいで――今から臨むのは、その極限だ」

 

 ガルベラは子供たちの名前を呼んだ。

 その声色は、ずっと昔に何度も聞いた、母ではなく師の放つ声だった。

 

 

 「最後の稽古をつけてやる。神様に恥ずかしくねえよう、仕上げてやるよ」

 

 

 *

 

 

 更地となった四番街を歩いていると、自分がどこを歩いているのかがわからなくなる。

 足元には土だけがある。遠くを見ればかろうじてイスガトの街が見える。向こうは何番街だろう。

 ぼうっと左の手のひらで灰色の炎が燃えた。俺はすかさず体を屈め、足元の土を凝視する。

 

 「……いた」

 

 土に埋もれていたのは、かろうじて人のものだと分かる、ばらばらになった骨の欠片。

 聖剣の光の衝撃波は、神気を浄化すると同時に、着弾地点を中心とする一定の範囲のすべてを吹き飛ばした。そこに残された住民や、彼らのために戦い続けていたハディマもろとも、何もかもを。

 骨の欠片がある場所の土をかき分けて掘り出したのは、俺が持つ剣の柄にはめ込まれたものと同じ……ハディマであることを示す、ギルド証。

 

 片手で土に触れ、片手でギルド証を胸に抱き、静かに祈る。

 それが大地――エモルク様のみもとに還った者に祈る作法と兄に習った。

 

 「フィス兄さん!!」

 

 祈りを済ませ、兄の名を呼ぶ。力強い足音が、大地を伝って聞こえてくる。

 ずっと遠くの小さな点が大きな姿になるまで、しばらく待った。

 

 「お前……いつの間にそんな遠くに行ってたんだ。……それは」

 

 「『ヘイウッド・ディレーク』……下位階(ブロンズ)のハディマ。彼が、ここに眠ってる」

 

 「また一人見つけてくれたのか、トーリ。ありがとう」

 

 兄の大きな手が俺の頭を撫でる。頭を撫でられる経験など、二十年以上もしてこなかった。

 こなかったが故に、誰かに認められたり、誰かに甘えられる現状が、ほんの少し心地よくもあった。

 左の手のひらに宿る炎は未だ消えず、ゆらゆらとその先端が俺の前方を示している。

 

 「フィス兄さん」

 

 俺は小声で伝え、兄は無言で頷く。

 手のひらから炎を放つと、炎は独りでにそこへと飛んでいき、地面に浸透していって――それから逃れようと、土の中に逃げ込んでいた魔物が腕や頭から飛び出した。

 あの黒いトカゲだ。姿を見せた瞬間に、兄の剣が横一文字を描く。

 

 ぼとん、ごろりと転がる首は紫色の霧になって消えていき、土に残る体は灰色の炎に包まれて消えていった。

 

 「厄介な連中だ。聖神気から逃れるため、土に潜るという手段を取るとは……」

 

 俺達人間が神気から逃れるために坑道や建物に身を潜めたように、魔物たちもまた聖神気から逃れるために知能を発揮していた。

 土に眠った連中は力を蓄え、聖神気の影響が消えた後や街が復興した後に這い出てくる可能性がある。そうなる前に、こうして駆除する必要があった。

 

 俺が教会で目を覚まして、ほどなくして。

 イスガトには、たくさんの天使たちが降りてきた。

 

 光る翼を広げ、地上に降り立った天使たち――衛天使(センチエル)と名乗る彼らの役目は、神気の浄化と生き残った魔物の掃討、そして戦死したハディマのギルド証の回収だという。

 衛天使(センチエル)や他のハディマ達は各々の持つ手段で隠れた魔物に対処を始め、俺達はこの灰色の炎を用いてその手伝いをしている。

 働ける人手は多ければ多いほどいい。魔物がいなくならなければ、新たに街を作り直すこともできないのだから。

 

 「お前の力に助けられっぱなしだ。疲れてないか、トーリ」

 

 「ああ……大丈夫。でも、ちょっと休もうかな……」

 

 俺はどさりと土の上に尻をつき、剣を抱きながら少しだけまどろんだ。

 

 

 ――あのイド討伐戦が終わってから。

 俺の体や手からは、神気に反応する灰色の炎が現れるようになった。

 

 それ自体は見たことがあった。あのイドから逃げ回る最中、俺の周りで燃えているのを何度か見た。

 けれどそれが何なのかを知ることはなかったし、ましてやそれが俺自身の体から放たれていたなど思いもしなかった。

 炎は遺体に残った神気や魔物に反応して燃え盛り、放てばそれは神気そのものに燃え移る。人や物には被害を及ぼすことのないそれをセンサーの代わりにしながら、俺は兄と二人で天使たちの仕事を手伝っていた。

 

 手伝いを始めた頃、衛天使(センチエル)に訊ねたことがある。この力はいったい何なのか、と。

 問われた彼は目を丸くして俺の手を取り、そこに宿る小さな炎をじっと見つめながら教えてくれた。

 

 『それはテンセイ人だけが持つ特別な力……一万年前に生きたテンセイ人たちも持っていた、神を殺す権能です。その名を――』

 

 

 “ブレイス”。

 

 

 何故最後に濁点がつかないのかは、名付けた一万年前のテンセイ人に聞かねばわからないだろう。

 

 「……これが転生特典のチートですか。神さま」

 

 時刻は昼過ぎ、天気は快晴。

 あの紫色の雲など欠片も残っていない空を見上げ、そこに左手をかざせば、歌のように俺の血潮が透けて見えた。

 

 街の半分近くが更地になった。

 空から天使が降りてきた。

 俺の手に、特別な力が目覚めた。

 

 ここ数日で立て続けに巻き起こるそういった出来事たちを、俺はずっと、ぼうっとした気持ちで受け止めている。

 何が起きても何を聞いても、ああそうかとしか思えない。それ以上を、考えられない。

 心にぽっかりと空いたウロが、俺の心に起きる感情をすべて飲み込んでしまう。だから何だ、だからどうした、と。

 これから先、俺が何を思おうが、世界で何が起きようが、過去や事実は変わることなく確かなものとしてそこにあり続ける。

 

 「お前にも、こんな力があったのか?」

 

 空を見上げて、独り言ちる。

 過去となってしまったその男に、問いかける。

 

 「ガラハ」

 

 返事が来ることは二度とない。

 

 テンセイ人、ガラハ・オンズは塵一つ残さず消えて、死んでいった。

 ばらばらになって土に埋もれたヘイウッドと同じように、たくさんの死人の内のひとりになった。

 

 「――……」

 

 俺は。

 

 「――」

 

 俺は今、少しだけ。

 あいつのことを、彼らのことを。

 

 うらやましいと――。

 

 「トーリ」

 

 「…………ぁ」

 

 兄の声が、俺の意識を引きずり戻す。

 肩に添えられたごわごわした大きな手に、俺の小さな手を重ねる。

 ぎゅっと握った。誰かの手を握っていたかった。

 

 「しばらく休んだら、一番街へ戻ろう」

 

 俺は返事を声に出さないまま、ただ、黙って頷いた。

 

 

 *

 

 

 一番街の酒場は、ハディマギルドとしての機能も併せ持つ。

 依頼を求めるハディマたちが足を運び、ボードに張り出された依頼を吟味して、テーブルで仲間と話し合う。それがこの酒場の常だった。

 酒場は一階部分であり、二階から三階はハディマ用の宿泊施設となっている。イスガトは他に宿泊施設が多いこともあり、他の街のギルドと比べて規模は狭い方なのだと兄は語った。

 

 かつてガラハが過去を語った酒場は今、テーブルもイスも運び出され、簡素なベッドが等間隔で並べられた、教会と同じ避難所となっている。

 聖剣の光によって家を失った者たちが、寝床と食事を求めてそこに来る。普段なら割高の宿泊料金が必要となる上層階の部屋も、位階の高いハディマに無料で開放されていた。

 人が多く、賑わっている。けれど、その賑わいはかつてあったものと同じではない。

 

 ひどく静かな一階の喧騒をぼんやりと聞きながら、俺はオーバーロード級のハディマである兄に貸与された二階の一室で、薄着でベッドにくるまっていた。

 

 ――大事なのは、これからのことだ。お互いにな。

 ――夢を持つのはいいことだ。その夢は、大事にしろ。

 

 頭の中で、必死でその声を思い出しながら。

 人は誰かを忘れる時、声から忘れていくのだと、どこかで聞いた知識を思い出しながら。

 

 ――せっかくここで取り戻した命だ。大事に大事に扱うべきだと、俺は思う。

 

 「……せっかく取り戻した命じゃ……なかったのかよ……」

 

 あの時、あいつは何も言わずに俺のもとから消えた。

 一言二言、交わすぐらいはあってもよかっただろう。時間が惜しかったのか、あるいは惜しくなかったからか。

 それは、あいつの都合だ。俺にとっては、そうじゃない。こんな形で残されるなら、俺は、もっと。

 

 「トーリ、いいか?」

 

 こんこんと、ノックと兄の声がした。

 ああ、と返事をする。いいも何も、ここはあんたに与えられた部屋だろう。

 

 かちゃりと開いたドアの先には、簡素な食事が乗ったトレイを持った兄がいた。

 

 「お前の分を貰ってきた。食べられそうか」

 

 「……ありがとう」

 

 部屋にある小さなテーブルの上に、そっとそれが乗せられる。

 ベッドから降りて、引き寄せられるようにそこに向かう。野菜のスープと半分のパン。婆さんの家で最初に食べた食事を思い出す。

 

 「ビスケットじゃないんだな……」

 

 ぽつりと出た疑問に、向かいに腰を下ろした兄が答えた。

 

 「あれは熟達の聖職者でもないと作れないからな。それに本来、子供のすきっ腹に突っ込むには向いてない」

 

 半分ぐらい一気に齧ったことを思い出す。満腹感はあるが、確かにひどく食べづらかった。

 つるりとした木のスプーンを手に取り、スープを口に運ぶ。かつて生きていた世界でよく食べていたコンビニ飯に比べ、スープの味は薄いし具材も噛む間もなくほろりと口に溶けてしまう。

 パンも食べ慣れたもちもちした食感ではなく、ぼそぼそしていて美味いとは言い難い。

 それでも。

 

 「…………美味しいな」

 

 空腹だったと、その時気づいた。

 体に活力が満ちていく。ほんのわずかに、心のウロが埋まる気がした。

 

 「よかった」

 

 兄の声には、色が少ない。抑揚がなく、いつも淡々と話す。

 それでも、その「よかった」には、心の底から嬉しそうな色があった。そんな風に、聞こえた。

 

 「こんな時だからこそ、食べて、休まなきゃならない。それが本当のお前の仕事なんだ、トーリ」

 

 「…………うん」

 

 「ハディマや天使たちの仕事を手伝ってくれてありがとう。でも、無理はするな。疲れたとか、お腹がすいたとか……そういうことを、積極的に周りの大人に伝えてくれ。絶対に助けてくれるから」

 

 「…………」

 

 それは、ガラハのようにか。

 子供のためならば、大人たちは、自ら命をなげうってしまうのか。

 俺のような子供が、明日も生きていけるのならば。

 

 感情のままにそう叫びそうになって、その言葉をパンとスープで喉の奥に飲み込んだ。

 

 気づいた時には、トレイの上から食事はなくなっていた。

 

 「……ごちそうさま」

 

 「よし、食べたな。片付けてくるよ」

 

 すっと立ち上がりながら食器を手に取る兄を、目で追う。

 俺が食事している間も、彼は鎧や外套を脱ぐことがなかった。装備を外すわけにいかない理由があるからなのだろう。

 

 「眠たくなったら、そのままベッドで寝ていいからな。オレの帰りは遅くなるかもしれないから」

 

 小さな笑顔に、頷いて答える。

 もうイドはいない。魔物はいるが、兄の敵じゃない。

 俺の心に出来た、願いに似た確信が、兄はきっとここに帰ってくると言った。

 

 

 ――ぱたりとドアが閉じて、ひとりになって。

 

 本もスマホもゲームも無い部屋で待つには、退屈が勝り。

 そのうちやってきた眠気を受け止め、兄に言われた通りに、俺は再びベッドにくるまった。

 

 

 *

 

 

 青い、青い水がどこまでも満ちて広がる、タハ森林の湖。

 仄かな輝きだったそれは今、月明かりよりも眩しく光り、森を照らしていた。

 

 湖の前に立ち、影を作る人間は二人。青年と、老婆。

 青年は両目を覆う包帯を引きちぎり、紫色の瞳を露わにする。

 老婆はただじっと目の前だけを見据え、腰にさげた剣を握っていた。

 

 「結界の構築は完了しました、母さん。いつでも展開できます」

 

 そこへ、木々の間から姿を現す、もう一人の女性。

 身の丈ほどもある銀色の槍の柄頭で地面を突きながら、ゆっくりと老婆のもとへと歩み寄る。

 

 「今すぐやってくれ。あとの一人は、もう来てる」

 

 「……!」

 

 彼女が振り返った先に、最後の一人。

 背に大剣を背負った赤い長髪と赤い外套の男性が、母と同じように、じっと目の前の湖を見据えながら歩き――四人が集う。

 湖の前に横並ぶ、一家の姿。長女が槍を抱いて意識を集中させると同時に、タハ湖の周囲に巨大な半球状の結界が構築されていく。

 淡い薄緑の光で作られた薄膜の結界が、タハ森林の中央を切り取るように覆い囲った。

 

 「もういいのかい、フィス」

 

 「……ああ。伝えたいことは十分伝えたよ」

 

 次いで意識を集中する母の横で、長男と次男が最後の会話を交わす。

 

 「お前たちこそ。顔、見せなくてよかったのか」

 

 「そりゃあ……話し足りないけどさ。あんまり長いこと一緒にいると、未練になる」

 

 「……そうか」

 

 「二人とも。始めますよ」

 

 長女の声で二人は会話を止め、呼吸を整えて武器を構えた。

 次男は両の手に短剣を。長男は両手で、大剣を。

 

 

 「“ヤウ ア エレアル(我らは知る)”――“ハレオス フィメオ(古き畏れを)”」

 

 囁くように始まる詠唱。祈りによって神気を集中させ、念じることで魔力を練り上げていく。

 

 「“ヤウ ア エレアル(我らは知る)”――“ヨア ウェルカフ(お前の目覚めを)”」

 

 万感の想いとともに紡ぐ、ガルベラ・ノウェルグレイの魔術語。

 数十の年をともに過ごしてきた、古い神へ渡す引導の言葉。

 

 「“アルジェルキド(融銀) ニオ() テアパルス(茶会)”、“イナンニス(カラ) ニオ() カルトネオ()”」

 

 「“セラーレア(隠れた) タカプトゥ()”、“メガロエル() オルーク(仰ぎ)”」

 

 「“イア(私は) エムディオ(求む) ヨア(お前の) ウェルカフ(目覚めを)”」

 

 イドラ封印戦の開幕は、古い神がテンセイ人にそうするように、人間が古い神を呼び寄せることで行われる。

 古い神にとっては、己の信奉者が己をすがって呼ぶ言葉。

 それが神に救いを求める祝詞であったのは、遥か一万年の過去。

 今となっては――この詠唱は。

 

 

 「“イア(私は) イア(私は) エムディオ(求む)”――“テンシュラク(貴様を)”ッ!!!」

 

 

 『貴様をここで殺す』という、宣戦布告であった。

 

 

 タハ湖の水面に、いびつな魔法陣が描かれる。無数に、何層にも重なって構築されていく。

 木々がざわめき、空間がねじれる。四方八方へと溢れ、散っていく高濃度の神気が、結界に阻まれて閉じ込められる。

 湖の水をせり上げ、現れたるは古い神。死体となって眠り続け、神気を喰らい続けたその者。

 無数の黒い繊維で編まれたような両腕が天を衝き、地面を叩いて体を起こす。

 溢れた湖の水が彼女を濡らし、青い水の羽衣を纏わせながら、それは骨組みだけが露出した翼を背に広げた。

 

 「……よう、テンシュラク」

 

 頭部に位置する円形の虚空。それを縁取るようにそこから無数に生え揃ったいびつで巨大な白い歯のような物体。

 湖と一体化した巨大な下半身には人間のものではない紫色の眼球が生えそろい、それらが螺旋を描いて収束する肉体にびっしりと生え揃った黒い鱗が、彼女の漆黒のドレスを形作っていた。

 

 「会いたかったぜ」

 

 それは、それを視界に入れるものを容易く発狂させうる冒涜的な存在感を放っていたが。

 相対する四人は一人残らず、その存在を真っ向から見つめ返した。

 

 すらりと鳴る金属音と共に、解放された一振りの刃。

 ガルベラの持つ愛刀、その黄金色の刀身が、月光と神気の光を反射し、輝いた。

 

 

 「――イドラ封印戦をここに始めるッ!!! 神に挑むぞ、手前ェらぁあッ!!!」

 

 

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