ステラエモルク   作:朝神佑来

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幕間 「ハディマギルドと街」

 

 トリジェールとの再会、シフェルへの告白から二日後の早朝。

 運び屋のグリフォンライダーが来たという報せを待ちながら、俺はギルドで何をするでもなく、片手でビスケットをちまちまとかじりながら一人の時間を過ごしていた。

 依頼が片付いて当面の生活費と旅費を確保できたため、今日は休日ということにしよう、と昨晩シフェルと話し合って決めたが為だ。

 

 (イド討伐戦があっても、フェリス湖畔街周辺の魔物の様子に変わりはないな。本物のイドが来たわけじゃないから当然か……)

 

 壁に貼り出された依頼と向かい合っている冒険者たちの喧騒を観察しながら、ふと思う。

 イドとは魔物の中でも強力な力を持つ存在であり、一帯の魔物を従えるヌシのような存在でもある。それ故、通常はイド討伐があれば神域周辺の魔物の大幅な弱体化や不活発化があり、神域周辺の街や村には一時の平穏が訪れ、魔物たちとは対照的に人々の活動が活発になる。

 

 けれど、今のフェリス湖畔街にはそのどちらも無く、冒険者たちも街の住民たちも、負った傷を少しずつ癒しながらイド討伐戦の前と変わらない日々を過ごしていた。

 

 ビスケットを一枚食べ終える頃、とす、とすと言ったような特徴的な足音が俺の耳に届いた。

 足音に目を向けると、一冊の薄い本を抱えたダイナさんがこちらに向かって歩いてくるところだった。視線を向けられたことに気づいたダイナさんは、挨拶の代わりにニッと歯を見せて微笑んだ。

 

「ダイナさん? どうしたんですか、ギルドの仕事は……」

 

「今からすルとこ。暇してルなら付き合ってくレ、トーリ」

 

 イド討伐戦の事後処理に追われているギルドだけは普段以上の忙しさに追われていたため、俺がダイナさんの姿を見れるのは主にカウンターの向こう側のそのまた向こう……ギルド長の執務室でチラと姿を確認できる程度だった。

 それ故、彼女が笑顔で俺の前にやってきたことに少しだけ驚いたが、ダイナさんがぱたりとテーブルに置いた本の表紙に書かれた文字を確認し、俺は先程ダイナさんが口にした言葉の意味を理解する。

 

上位階冒険者(ゴールドハディマ)の……ガイド?」

 

 昇格試験を受けられていない俺は、未だ初位階(ストーン)のはずだが……。

 困惑した眼差しを向けると、ダイナさんは自分の耳をちょいちょいと指さして答えた。

 

「前に、自分は昇格した方がいいのカどうカ……ちらっと悩んでるよーなことを呟いてたロ? いや盗み聞きすルつもりはなかったんだけド、ほらこの耳ダ。聞こエちゃってサ」

 

 ああ、と俺は納得する。確かに以前、カウンターでそのような相談をシフェルとしたことがあった。

 

「あの時、シフェルは『今はまだ止めておいたほうが』、って言ってたな。結局その意味を聞きそびれてたんだ」

 

「アア、直後に二人ともニットワスに誘われテ、東フェリスの討伐依頼に向かっちゃったもんナ。今日はどうダ、時間あル?」

 

「ええ、休日にしようってシフェルと話したとこです。シフェルはまだ寝てます」

 

「あの子最近ずーっと働きづメだったもんナ、朝に弱い体質なのに……ま、たっぷり寝かしとケ。これからすル話はアタシとトーリの二人で問題なイ、アンタ個人のことだしネ」

 

 それから本の表紙をはらりと開き、ダイナさんは咳ばらいをひとつ挟んで、そこに書かれた内容を音読し始めた。

 

「……えー、まずは上位階冒険者(ゴールドハディマ)試験への合格、おめでとうございます。上位階(ゴールド)に認められると、相応の難度となる依頼の受注に加え、ギルドによる様々な特権を利用することができます。……ほらココ、このページが主に見せたかっタトコ」

 

 開かれた本はテーブルの上でするりと回転し、俺の方に向けられる。

 並ぶ文字は日本語とはまるで違う形をしたもので、俺は五年前にこの世界で産まれたときから、その文字を自然と理解することができた。指をさして文字をなぞりつつ、そのページに書かれた内容をじっくりと読み始める。

 

「…………住居の建設、土地確保の保証に支援……ああ、家作りやすくなるわけか。あと信用証文の発行? 金が借りられるってことか? それと、治療・療養扶助規定に災禍保証。難しい言葉だけど、要するに保険か」

 

 並ぶ特権や特典の数々には、『背景を持たずともなれる』という以外の、多くの人々が冒険者(ハディマ)となることを選ぶ理由が詰め込まれていた。

 明日の食い扶持すら得られるかわからない世界で、ギルドから与えられる基盤による生活を保障される。目的のためにモルクを借りることもでき、怪我や神気汚染による負傷にも治療のための保険金が払われる。

 『職業』としての冒険者(ハディマ)上位階(ゴールド)からだとイスガトのギルドで聞かされていた俺は、この冊子の内容を読んで改めてその意味を理解した。

 

「原則としテ、これラの特権は『試験を受けた街』でのみ認められル。他の街へ渡る際ハ転居の手続きが必要でネ。これガまーた面倒だし、受理する側としてもなルべくは避けたイ。マア、要するに……」

 

 じっと、ダイナさんは俺の目を見つめて言った。

 

「逃がしたくないんだ、ギルドは。実力者――上位階冒険者(ゴールドハディマ)をネ」

 

 ほんの少しの間が空いて。

 その一言が、俺に伝えたかったことなのだと分かった。

 

「……昔……冒険者(ハディマ)の総数は半分が中位階(シルバー)以下だと聞いたことがあるよ。その人は二十年も冒険者(ハディマ)をやってたけど、中位階(シルバー)から上がることはできなかった」

 

「よくある話サ。冒険者(ハディマ)の昇格は実力と功績のふたつで稼いだポイントによって決められる。上位階(ゴールド)以上を目指すとなると、結局は実力がものを言う……酷な話だが……芽が出なければ、それまでダ。決して、珍しい話じゃない」

 

 ふるふると首を横に振るダイナさんの声色はとても真剣で、決してその中位階冒険者(シルバーハディマ)を誹謗しているわけではないと伝わってくる。ギルドマスターの立場から見た、取り繕いようのない事実を口にしているだけだ。

 

 脳裏に浮かぶのは、ガラハ・オンズの寂し気な顔だった。

 胸の奥で種火をくすぶらせながら、けれど火口も薪も無かったがために、燃え上がらせることができなかった人の顔。

 

「故に、ダ。上位階(ゴールド)という名はかなりの力を持つ。ギルドと街は密接な関係にあるが故ニ、その街が抱えていル上位階(ゴールド)以上の冒険者(ハディマ)の数ガ、すなわち街そのものの『強さ』になル。魔物に対処できル強さ、他の街やギルドと比較しタ、規模という強さ……発展シ、成長シ、強くなりたイと望むのハ人だけじゃなイ。街もそうなのサ。だかラこれだけの、冒険者(ハディマ)一本でも人生をやっていけルだけの特典を用意すル」

 

 じっと、俺の手元にある本を見つめて。

 一息挟んでから、ダイナさんは続けた。

 

「お前さんが上位階冒険者(ゴールドハディマ)となったなら。あらゆる街が、あの手この手を使ってお前さんを定住させようと誘うだろうし――お前さんがどの街へ向かったか、そういった情報ひとつにすら付加価値がついちまう。お前さん自身の動きに、誰もが注目するようになるのサ」

 

 その言葉で、上位階冒険者(ゴールドハディマ)に与えられる権利と、俺が今果たそうとしている旅の目的が結びつく。

 

「……隠せ……ないね。俺が、フラム・ルージュを持ってるってことを。カース商団やイドラ教みたいな連中が、その情報に注目してないわけがない」

 

「ロード級のシフェルはそのことを知ってるから、『今は』とつけたんだろうナ。あの子は少し事情があるかラ、注目はされづらいガ――テンセイ人であり、神殺しの権能(ブレイス)を覚醒させているお前さんの場合は、あの子以上に注目されるだろう。アタシ個人の考えとしてハ、もちろんトーリに上位階(ゴールド)になっテほしいガ……フラム・ルージュを運んでる今、目立つのはよくなイ。だかラ今のお前さんにとっては、初位階(ストーン)という立場が隠れ蓑になルわけダ」

 

 それからダイナさんは優しく微笑んだ。その顔には、先程までのどこか張りつめた雰囲気は無かった。

 話したかったことを話し終えた、ギルドマスターとして伝えるべきことは伝えた――ということなのだろう。

 

「なら俺は……聖地ノルデにフラム・ルージュを届けるまでは、初位階冒険者(ストーンハディマ)のままの方が都合がいいのかな」

 

 ン、とダイナさんが頷く。

 

「アタシとしてハ、そうした方がイイとすすめテおくよ。昇格試験をこっちから強制的に受けさせルことはできないからネ……白位階(プラチナ)のシフェルと一緒なラ受ける依頼にも困らないだろうシ。……それにサ、ワクワクしないカ?」

 

「わくわく?」

 

 すっくと立ちあがり、顔を近づけてダイナさんが歯を見せて笑う。

 まるで子供のように無邪気な顔だった。彼女は本当にいろんな表情を持っているのだと、改めて知る。

 

「功績点と討伐実績。ノルデに行くまでに貯めに貯め込んデ、そンでフラム・ルージュを届けた後、グラン・メイベトスで昇格試験を受けてみロ。初位階(ストーン)が一足でいきなりロード級、道中の活躍次第じゃオーバーロード級だ。そこにいる全員がブッたまげるぜ、間違いなく歴史に名が残ル!」

 

 両腕を広げて、まるでこれから自分に起こることのように喜びながら未来を口にする。

 その姿に、どこか既視感があった。

 いつだったか『夢』を語ってくれた、姉の姿をふと思い出した。

 

 だからサ――と、息を吐きながら最後にダイナさんは付け加えた。

 

「死ぬなよ。トーリ」

 

 今日、ころころと移り変わるいろんな表情を見せてくれたダイナさんが最後に見せたその顔は、言葉では言い表せない色をしていた。

 小さく歯を見せて、細めた目で笑う顔。

 

 ああ、本当に――本当にこの人は、きっと。

 俺なんかでは足元にも及ばないような、いろんな経験を重ねて、いろんなものを見送ってきたのだろうと、そう思った。

 

「……ああ、生きるよ。俺の夢は、兄さんや姉さん、母さんと同じオーバーロードだからね」

 

 五年前、家族と友に誓ったその夢が、不可能だと思ったことはない。

 受け取った上位階冒険者(ゴールドハディマ)のガイドをひしと片腕で抱きしめれば、俺はその可能性をギルドに確かに示すことができたのだと――強く、実感した。

 

 

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