ステラエモルク   作:朝神佑来

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二日目・その二

 

 俺がガキの頃によく乗っていた親父の車はかなりデカくて、天井に開閉ができるガラス窓がついていた。

 高速道路を走るだけの旅路は退屈だったもんで、よくそこから顔を出して、風を受けながらまわりの景色や同じように走る車を見下ろすのが好きだった。

 

 屈強な脚で草原を駆けるヨカニセの背からあたりを見渡す。どこまでも青空と自然が、手つかずの大地が広がっている。

 全身で風を受け止めながら後ろに座る姉に背中を預けていると、親父の車から頭を出していたガキの頃のことを思い出した。

 寒くなると縮こまって車の中に避難したりしたが、ここに体を覆うものは無い。

 もっとも、姉の体もヨカニセの体もあったかいので、寒いと感じることもないが。

 

 「あのさ、ミア姉さん」

 

 街への旅路は長い。そう思って、俺は思い切ってずっと気になっていたことを尋ねることにした。

 揺れているので舌を嚙まないように気を付けつつ。

 

 「何でしょう、トーリ?」

 

 「『転生人』……ってさ。この世界じゃ、よくないものなのか?」

 

 「…………」

 

 少しの沈黙があった。

 振り返って顔色を確認しようにも、体はヨカニセの背にくっついている。無理な動きはできない。

 

 「昔」

 

 それから、姉はゆっくりと話し始めた。

 

 「この世界……『ステラエモルク』には、たくさんの神様がいて、ずっと争いを続けていました」

 

 不規則な蹄の音と混ざる、姉の声を聴く。

 

 「今はもう居ない、古い神様です。……古い神は自らの戦力を、眷属を増やすために、『テンセイ』という魔法を作り出しました。そうして呼び出されたテンセイ人たちは、古い神に従うことを選ばず……ステラエモルクの民たちと結託し、逆に古い神を討ち果たし、滅ぼすことに成功したのです」

 

 人間が、かつて神を滅ぼした。

 まるで歴史を語るように、姉は神話を口にする。

 

 「古い神は亡骸となり、今は地中深くに眠っていますが――神気が重なり、その濃度が高まると、古い神が蘇るために再び『テンセイ』を行うことがあるのです。彼らはテンセイ人を喰らうことで、より目覚めに近づくとされていて……それ故に、テンセイ人が現れるということは、古い神の目覚めが近いという報せでもある……」

 

 「じん、き?」

 

 「ああ――そっか。神の気、と書いて神気、ステラエモルクに満ちる古い神の力そのものですよ。これをわずかに用いることで我々は魔術を行使できるのですが……これが濃い場所では様々な異変が起きて、人体には悪影響を及ぼすんです。特に動物は浸食に弱く……変質した動物たちは、一様に『魔物』と呼ばれています」

 

 ボーパルウサギの姿を思い出す。

 口が裏返り、自分の頭を飲み込んで眼球を晒した姿は、まさしく尋常ではなかった。

 

 「その魔物が生まれてくる、神気の濃度が特に高い場所を古い神の領域……『神域』と呼びます。その地域、その一点だけが高い濃度を持つのは、古い神がまさにその地点で斃れたから……とされていますね」

 

 人体に悪影響を及ぼし、動物を魔物に変質させる神域。

 ……俺が目を覚まし、そして魔物ウサギに囲まれていたあの場所は、ともすれば。

 

 「あの森も、やっぱり……」

 

 少しの間を置いて、姉は答えた。

 

 

 「……ええ。タハ森林の奥地は……『テンシュラク』という名の古い神が、討伐された地です」

 

 

 まだ理解しきれていないことも多い中、それでも、頭の中で少しずつ色々なものが繋がっていく。

 神域に現れた転生人。それを襲う魔物。

 神域の観測を任されている婆さんと、その身内である女性。

 

 「じゃあ……『転生人』が悪い……って、いうよりは。『転生人が現れる』ってことが、マズいんだ」

 

 姉の沈黙を、俺は肯定ととらえた。

 

 「あなたには、何の罪もありません。子供を宝とするこの世界では、ここに生まれてきてくれたことを誰もが祝福すべきことです。……ですが」

 

 「タハ森林に現れた転生人が街に足を運ぶ。古い神様は転生人を喰おうとする。なんとなく、わかったよ」

 

 「…………トーリ」

 

 古い神は転生人を呼び、呼んだ転生人を喰らうことで目覚めに近づく。

 仕組みや理由がわかるはずもないが、今ここに生きる人間にとって古い神とは害となる存在で、それが転生人に狙いを定めているというのなら、人の多い街中で転生人を名乗るのはよろしいことではない。

 故に婆さんは『立場』を、姉は『名前』を必要としたのか。あくまでもこの世界に生まれ、この世界で生きている……言うなればエモルク人として、俺が街を歩きやすいように。

 

 「ありがとう、ミア姉さん」

 

 その心遣いをようやく理解して、改めて俺は礼を言った。

 

 「……この地にやってきたテンセイ人を支えること。それは、わたしや母さんのような人間の役目ですから」

 

 小さな丘を越えて、下りの傾斜を駆け下りていく。

 ふと目を向けた道の先。横に大きく広がって鎮座した山に、無数の建造物が立ち並ぶ場所が見えた。

 よくよく目を凝らしてみれば、ぽつぽつと小さな穴も空いている。

 街と、そこから繋がっている坑道の入り口だろうか。

 

 「でも、でもね。トーリ」

 

 名を呼ばれ、意識を背中に向ける。

 振り向かないまま、彼女の声に集中する。

 

 「簡単に決められることではないと……あなたにとって突然だとは、わかっています。でも、わたしは……あなたを、本当の妹として迎えてもいいって、思ってます」

 

 「…………」

 

 ……家族として。妹として、トーリ・ノウェルグレイとして。

 優しさに満ちた姉の言葉に、ほんの少しだけ反抗しそうになる。

 違う。俺は女じゃない。妹にはなれないし、俺には帰る家と、両親がすでにいるんだと。

 

 そう吐き出しそうになる感情に、冷えた理性が蓋をする。

 それは確かにあった。あったものだ。だけど、今はもうここにないものだ。

 森田洋介という人間は両親を残して死んでいて、魂と記憶だけがここにいる以上、帰る場所は俺にはない。

 

 ロヴィミアという女性は、転生人というものをよく知るからこそ、この言葉を俺にくれたのだろう。

 

 「赤の他人……だよ、俺は。一日二日一緒にいただけで……家族なんて」

 

 だからこそ理解しがたい優しさだった。

 けれどロヴィミアは、くすりと笑って答える。

 

 「わたしも。おんなじこと言いましたよ、母さんに」

 

 「…………へ?」

 

 「道端で拾って一日二日一緒に過ごしただけの相手を、家族として受け入れるなんて、どういうことですかーって。でも母さんの顔は変わんなくて、兄さん二人が顔を見合わせて笑ってて……嫌なら無理は言わないけど、他に行く宛があんのかって聞かれちゃって、まあ独り立ちできるくらいまで甘んじてお世話になろうとか考えて」

 

 姉の言葉は、いつになく饒舌で、いつになく上機嫌で。

 

 「…………わたしも一緒ですよ、トーリ。わたしもあなたと同じ、母さんに突然拾われた子でしたし、当然のように娘として受け入れられたやつでした」

 

 ひどく嬉しそうで、懐かしそうだった。

 

 「さあ! 見えてきましたよ、あのでーっかい街です」

 

 ぱっと切り替わる声色が示したのは、いつの間にか入り口まで見えるぐらい近づいていた街。

 山肌に描かれた線路には、今この瞬間にも小さな何かが走っていた。運搬用のトロッコだろうか。

 

 「あれが――」

 

 「そう、あの街が」

 

 

 「デクシード王国領で随一の規模を誇る、イスガト鉱山街です」

 

 

 *

 

 足を踏み入れた瞬間にあったのは、『空気が変わる』という感触だった。

 街を行き交う人の熱気、建物から噴き出る蒸気の熱気、がんがんと鳴る鉄と鉄がぶつかる音。

 がっしりとした筋肉モリモリの偉丈夫が半裸でそこらを普通にうろつく街――まさに、鉱山街。

 

 人が、いる。この世界に、俺が知らない世界に生きる人々が。

 ざわざわと流れる人の波に、圧倒されそうになる俺の手を、姉が優しく手に取った。

 

 「見ての通り――人の通りが激しい街です。はぐれないよう、手をつないでおきますよ」

 

 俺の小さな手を握り、姉はそのまま歩き慣れた様子で大通りを歩く。

 車の走っていない大きな道を歩くのは、まるでテーマパークにいるような気分だった。左右を見れば人と家と店がある。大概の店で誰かが買い物をしていて、客も店主も性別と年齢を問わず様々な人間がやっている。

 きょろきょろとあたりを見て、ふと気づいたことがあった。通りを歩いて店を物色している人たちの格好のことだ。

 

 「……みんな、服ってより、装備を着てる感じだな……」

 

 当然と言えばそうだが、俺が知る、ファッション性を重視した服というものを着ている人間がまるで少なかった。

 いるにはいるが、それよりも物々しい装備を身に纏った人間の方が多い。

 

 「イスガトは質のいい鋼が採れますから、鎧や武器といった品物の質が高いんですよ。だからここを目指してやってくるハディマが多く……特にこの通りを歩いてるのは、殆どがハディマでしょうね」

 

 「はでぃま?」

 

 「ああ、えっと……語弊はありますが、冒険者のことです。ハディマギルドに登録して、身分を得た冒険者、それがハディマです。魔物をやっつけて街や人を守ったり、危険な場所から素材を採ってきたり、ギルドに集まるいろんな仕事を生業にする方々ですよ」

 

 ギルドに登録された冒険者。まるでロールプレイングゲームのような、けれど実際に目の前にある現実。

 ゲームなら命を失ってもやり直せるが、現実となればそういうわけにもいくまい。物々しい装備を纏っている彼らが皆命をかけて生きていることを思うと、きゅっと心が冷えるような気持ちになった。

 

 「ちなみにわたしも一応ハディマです。初位階(ストーン)下位階(ブロンズ)中位階(シルバー)上位階(ゴールド)、その上のロード級が白位階(プラチナ)黒位階(オブシディア)虹位階(ノルデリム)、そのさらに上がオーバーロード級、大位階(マクシム)真位階(アルテマ)終位階(ジエンド)。先日ようやっとオーバーロード級に昇格して大位階(マクシム)に認められたんですよ、ふんす」 

 

 「…………はえー……?」

 

 指折り数えながらたくさんあるらしい階級を話す姉。

 半分以上はよくわからなかったので、すごいんだなあ、と思っておくことにした。

 ……自慢げになにを言っているんだとぼそりと呟き、ちょっと恥ずかしくなったらしい彼女は咳ばらいをひとつしてから、大通りを外れて小さな路地に入った。

 

 「……なんでもないです、ちょっと舞い上がりましたねわたし、ごめんなさい。……え、っと……これからゼフ兄さんに会いに行くつもりですが、よかったですか? 他に、行ってみたい場所があれば」

 

 「だ……いじょうぶ。大通りの店はその、ハディマ? のためのとこが大半だったように見えたし……ミア姉さんについてくよ」

 

 一応、ここにいるらしい元転生人に会うという目的はあるが、道行く人にあなたは転生人ですかと尋ねてまわるわけにもいくまい。次男のゼフィールがここで暮らしているのなら、彼に聞くほうが手っ取り早いだろう。

 狭い路地をしばらく歩くと住宅街に出た。まばらに建つ家々の間をすり抜けた先で、一際大きな木造の建築物のもとへとたどり着く。

 どっしりと鎮座する、長方形の建造物。家と呼ぶにはいささか無機質にすぎるようなその建物の入り口には、この世界の言葉で『イスガト図書館』と書かれていた。

 

 

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