地獄に堕ちたら死んでもなりたかったもふもふドッグになれた男 作:YK
驚くべきことに、現状もっとも天国に近いのは、この自称犬の全裸四つ足歩行者である――――と、新入りペンシャスは認めたくなかった。
サーペンシャスは、ヴィクトリア朝の貴族社会に生まれた。この生涯に恥ずべきところのない紳士であると自負があり、であるからして、全裸で畜生を自負する変態より劣ると言われて、「キィ~~~~~ッ‼ 」となった。
チャーリー開催の『レッスン』終わりのことである。
「お、おちついてね。ペンシャス。でも実際そうなのよ。ねえ? 」
チャーリーは視線でヴァギーに問いかけたが、恋人は明言を避ける苦笑いで肩をすくめる。かわりに面白がった顔でスマホから顔を上げたのは、エンジェルだった。
「このホテルで一番ラブ&ピースがあるのはだぁれ? 」
「ラアブッアンッドピィスゥ~ッ!? 」
ペンシャスの顔が中心に皺が寄った。
「つまりうちの代表はこいつだ」
ドッグは胸毛に手を当て、無言で誇らしげな顔を×2した。
「この前に言った通り、彼は盗まないし殺さないし、破壊行為もしないのよ。それと、アー」
「童貞貫いてるけど天使ってみんな処女童貞? 」
「いやっ……アー、たぶん違うからそこは判断材料じゃないわ。たぶんね。おそらく。メイビー」
チャーリーの頭には、会談で遭遇した人類の祖のニヤケた口と下品な語彙が木霊した。すくなくとも彼は童貞ではない。そもそも神は「産めよ増やせよ」と言ったのだから。
「……そう。一番の彼の美徳といえるのは、平和を愛し、誰かを愛そうとしているってことよ」
「そう。言葉だけなら、このドギースタイルくんは条件を満たしてるんだよ」
ドッグはドヤ顔を強めた。
「でも変態ですッ!!! 」
「そっ……れは、認めるわ。でも無害なんだもの。他の美徳で打ち消せるゥ、ン、じゃあ、ないかしら。ねぇ? 」
「ほらぁ! 最後もちゃもちゃになってるじゃあないですかぁ! そうはいいますけどねぇ! この輩の性癖の内訳をちゃんとお聞きした上で、皆さんはこいつが昇天に値すると、そう判断されているんですか! だっ、こいつの平和主義は、言ってしまえば、プ―――」
「ぷ? 」
「プ? 」
「――――プッ、プレイの延長戦にある行動じゃアないですかァ! ンまーっお下品! なんてこと! 」
口が汚れる!とでもいうように、ペンシャスは真っ黒な顔を茹で上がらせて飛び跳ねた。
「『いずれ出会うご主人様のために清く正しい自分でいたい』のなら、そのご主人様が暴力その他の悪行を望んだ場合、彼は悪魔らしい悪魔になってしまうのではないのですか!? 」
チャーリーはじめ、一同は目を丸くした。「こいつって意外と人を見てるんだな」という意外性を見出した目であった。
入居して三日と経たず、このドッグの本質と矛盾を見抜くとは、自称する通り本当に天才なのかもしれない。それとも、ただ単に臆病者だから、人を観察しているのかもしれない。
ただ、これを真正面からぶつけることは、まだ誰もしていなかった。
なぜなら、この話題は、なんだか面倒なことになりそうな予感がしていたからだ。
地獄基準で聖人君子チャーリーだが、優先順位はわきまえている。真正面から矛盾を突かれたドッグが、バーンッと爆発して粉々になってしまう。そんなイメージがあった。
はたしてドッグは、ニコニコしていた。
双頭の、カタコトのほうが「アノネ」と口を開く。
「ソウイウのは、ゴ主人様候補ニハならない」
「そうなの? 」
「ウン」
ドッグは低い、しっかりとした大人の声で言った。
「俺はさ。お金持ちじゃなくても、専用のベッドがなくてもいいんだ。名前を付けて、あだ名で呼んで、抱きしめながら優しく撫でてくれるご主人様がほしいんだよ。わっかんねぇかなア、おっさん」
そこにあるのは、いつものゆるんだ顔でもなかった。よだれも舌もしまいこみ、いつしか二本の脚で立ち、ペンシャスを覗き込むように真っ黒な四つの瞳でまっすぐ見つめていた。
「ま、変態(ひと)の美学を茶化すのはよくないってことだな」
ハスクが訳知り顔で頷く。
あくびをしたエンジェルが席を立つと、なんとなくお開きの雰囲気になった。
藪を突いて蛇を出したサーペンシャスは、ドッグの「わっかんねぇかなア」の時の顔が怖すぎて、真っ白になっていた。
エンジェル「とつぜん理性取り戻すじゃん。コワ」