「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」
「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。ということです。はぁぁ……また寮の部屋割りを組み立て直す作業がはじまります……」
翌朝。真耶の顔は憂いに帯びていた。
実に不憫である。
「どーでもいい……」
昨日解放された大浴場を使った。つまり一夏とシャルロットの混浴疑惑にクラスが騒がしくなる中、元親は心底興味なさげに右手の感触を確かめるように手を握り開き繰り返していた。
「もっちーも一緒に入ったの?」
「部屋のお風呂で充分。お風呂はアイデアが湧くから好きだけど長風呂は苦手だし。わざわざ遠いお風呂に行く理由はないかな~」
「そっか~」
隣クラスからの闖入者だったりなんだったりと騒がしいのを鬱陶しく思いながら無視して話をする。
騒がしいからかそうやって会話をしても千冬は軽く睨むだけで何もしない。
とはいえ睨みは注意。続けると実力行使に及ぶため、元親は一応前を向いた。
「騒がしいぞ貴様ら。それと凰鈴音、仮にも代表候補生ならば冷静を心掛けろ。――などと私が言えた義理ではないか……」
ISで襲い掛かるあまりに過剰な攻撃を防いだのは意外にもラウラ。
黒いISを展開し、衝撃砲をAICで相殺している。
「た、助かったぜ。サンキュな」
「気にするな。貴様には迷惑をかけた、その詫びの一つでも思ってくれればいい。――初日は叩いてすまなかった、気に入らなければ倍にして返して構わん」
「え、い、いやッ、女相手にそんなこと――てかそもそも気にしてねえよ」
「……すまないな」
鈴音に襲い掛かられ、その気迫に尻餅をついていた一夏に手を差し伸べ立ち上がらせるラウラ。
彼女は彼がちゃんと立てたことを確認すると軽く微笑みながらその場を離れ、席に戻った。
あまりの変貌。
直前のやりとりなど無視して視線が彼女に向いていた。
仮面のような変わらない無表情から可愛さと美しさを併せ持った表情に。
見惚れる者もチラホラといた。
「心境は?」
「……謝罪すると決めた時から少し気が楽になった。もう奴にこだわらん」
「そう。安心したよ」
ラウラは元親の隣の席。
席に向かうために近づいてきたラウラに元親は声をかける。
たしかに憑き物が落ちたように少し様子が変わっていた。
見下すような首の角度が変わり、少し下方向に。
眼差しも鋭くはあるが睨む目ではなく凛々しさの目。
無感情ゆえの表情も、冷静を心掛けたような方向性での無表情。
変化に元親も微笑んだ。
「ああ、そうだ。昨日の話の続きだが――」
「――」
唇が重なる。
漂う匂いはオシャレに興味のない彼女らしい学校支給の洗剤やシャンプー・リンスの匂い。
キスの勢いに揺れる髪が元親の頬を撫でた。
恥ずかしいらしくラウラの目は閉じられていて。
緊張ゆえか少し震えている。
「わ、渡辺ラウラが良いだろうか? それともモトチカ・ボーデヴィッヒが良いか?!」
「待て。待て待て待て待て待て! お願い待って!? なんでさ!?」
珍しく元親は狼狽した。
唐突の出来事にあんぐりとしている周囲よりもさらに、思考が巡らない元親はひどく狼狽していた。
「む? 苗字のことか? 日本では気に入った相手を『嫁』と呼称するのが一般的と聞いた。嫁にするなら迎え入れるワケだから私の性になると思ったが、お前に国を捨てさせるのも忍びないからな、特別に私が渡辺になっても良いぞ」
「ツッコミどころが多い……」
「そ、そんな……そういうのは大人に――せめて学園を卒業してからだな……」
「チガウヨ!? なんでさぁッ!?」
ひどい話だ。
以前とは異なる意味で聞く耳を持たないラウラに教室はカオスが極まる。
鎮めるのには非常に時間がかかった。
――――――――――
「にしても意外だったな。お前がそうまでしてラウラを助けるとは思わなかったぞ」
湿布と包帯で固められた右手。
筋肉断裂ということで普段のような訓練はできず。千冬は様々な経験から簡易的にではあるが元親を触診し、経過観察をしていた。
「……前提。千冬さんから見てラウラはどう思います? 俺には子どもとしか思えませんでした」
触診。
元親の反応。
さまざまな要素から状態を読み取り、回復力の高さに千冬は驚いていた。
「同じだ。奴はまだ幼い」
「ええ。ですがよくいるような歳に対して未熟が過ぎる幼稚さとはまた異なる。あれは……あの歪さは――経験を積めないままに成長させられてしまった人間のそれでした」
負荷を強くかければ悪化するが、日常生活であれば問題ない程度には骨も筋肉も治っていた。
短期間での回復。
千冬は元親が適当に貼った湿布を剥がし、適切な位置に新たな湿布を貼る。
「気になったのはだからです」
「ほう?」
「俺だって人にどうこう言えるほど立派じゃない。それでも義務教育を終えた身、大人の自分を考え、行動して、周囲に――子どもにどう眼差されているか、自覚しなきゃならない」
「続けろ」
「子どもは周囲を見て成長する。だから大人は子どもに何を見せるとか見せないとかじゃなくて、子どもの手本になるような行動をしなきゃならない。名実ともに大人でなきゃならない」
極端な例だ。
信号を無視する輩がいる。教育に悪いからその姿を見せない。
そうではない。
周囲の大人全員が子どもを意識し、それにふさわしい振る舞いをする。
大半が正しければ間違った行動はほんの僅か。
つまり、元親の主張とは何を見せるかではなく、見せたモノをどう感じてもらうか。
「成長を奪われたラウラには一人の人間として、社会で生きるために成長して欲しかった。子どもの未来を閉ざす国なんて……それこそ遅かれ早かれ滅びますからね」
「……」
子どもとは国の未来。
それを閉ざすのは自殺行為。
感情的にも、実利的にも誤った行動を見逃すのは出来なかった。
「ただまあ、学べるのに学ばないおたくの弟さんに関しては社会を乱す社会のガンとしか思ってないですけどね」
「……なるほど、お前のそれは優しさだったか」
「はい?」
我ながらヒドイ話。そう考えていた元親は千冬の言葉が心底理解できなかった。
「そうだろう? お前の言うように社会のガンだというのならその場で潰すなり、関わらなければ良い。ラウラにそうさせていたようにな」
「バレテーラ」
気まずさに思わずふざけを交えてしまう。
「だがお前はそうせず、ラウラを助け、一夏に対しても気づきを与えようとしている。お前は見捨てれば自滅で終わるモノを刺激し、成長を待っている。優しいな、お前は」
「やめてくださいよ。そんな人間じゃ……」
「一夏の無茶を止めてくれて助かった、ありがとう渡辺」
自分自身を偽るというのは非常に負荷の強い行為だ。
大半の時間を他人がいる環境で過ごし、日常も誰が近くに居るのか警戒する日々。
ここしばらくの間、本来の人間性よりも偽りの人間性で過ごすことが多かった。
だからだろう、人格が少し曖昧になっていた。
より正しくは演技を続けることの弊害を曖昧ながら理解していたため元の人格を維持するために『元の人格を演じていた』というべきだろう。
自分はそういう人間である、と。
だが自分を正確に把握できている者など一人もいない。
また、多かれ少なかれ誤解や見栄というモノが存在する。
身内として認めた者には優しく、敵対した者には容赦なく、そうでないものには素っ気なく。元の人格を演じるにあたっての言語化の弊害。
簡単に表せるはずのない人間性をそう表してしまい、そう演じてしまった。
ゆえに人格の揺らぎを感じ、否定した。
「アイツを止めたのはデュノアですよ……」
「そうだったな。なら、ラウラのことに対する感謝だ」
千冬の手の平が頭に載せられる。
彼女は教師だが、それ以上に大人だ。
元親の言う大人。子どもの手本。
彼女は大人として、彼の抱いていた矛盾と鬱積を感じ取り、優しく微笑んだ。
「ドクペとマッコーで返してください。それなら」
「好きだな……」
詰まった鬱積は涙をせき止めていた。
だが声を揺らす。
自覚できるほどに。
「そりゃもう」
「良いだろう。飲みたければ私の部屋に来い。好きなだけくれてやる」
「はは……天国かよ」
誤魔化すように笑った。
そして元親は小さく「ありがとうございます」と呟く。
「まったく……今年は手間のかかる生徒が多くて困る」
「ははっ、事件の渦中にいるのは弟さんですよ。愚痴なら夜にでも聞くのでキンキンに冷やしたドクペでも用意しておいてくださいよ」
「ああ、期待している」
二人の苦笑が交わった。
その後、夜。
元親はゴミや服に荒れた部屋を見て。その日の夜は元親の愚痴にすり替わったという。
――――――――――
「むーん……」
奇妙な部屋に女の声が小さく広がる。
部屋の至るところに機械の備品が散りばめられ、ケーブルがさながら樹海のごとく伸びていた。
その
不要な部品を識別、その構成素材を分解して吸収、別の形状へと再構成するリスなど世界中を探してもここのみだ。
そのセンスもだが、技術も異常。
ここは――篠ノ之束、その秘密ラボだ。
「おー、おー」
その姿もまた異様。
童話『不思議の国のアリス』のアリスのごときワンピースやエプロン、背中の大きなリボン。頭のカチューシャには白ウサギの耳。
顔立ちは箒の実姉ということで似通り、けれど凛々しいツリ目ではなく寝不足の淀んだツリ目。
いわく『天災は思考から解放されない』とのことだが、事実は定かではないし。無人機を学園に送り込む彼女がいかな思考で寝不足なのかも不明だ。
捨てたか捨てざるを得なかった安眠。
クマがつき、安らぎもなく、運動もなし。
にもかかわらずその体型は不気味なほど均整がとれた美麗な曲線を描く。
豊満な胸の膨らみは買い直すのが面倒なのか、それとも逃亡の身ゆえに買い直せないのかサイズの合っていない状態でボタンが奮闘していた。
だがその実、彼女の服は多いらしい。
今はアリスだが、先月は一人で『ヘンゼルとグレーテル』だった。
そんな彼女がバカと天才は紙一重といった今潰しを終え、退屈している中で特徴的な着信音がその場に鳴り響く。
「こ、この着信音はぁ! トゥッ!」
大きくジャンプし、しばらく使っていなかった携帯電話にダイブする。
散乱するさまざまなモノを無視し、束は携帯電話を耳に当てる。
「も、もすもす?
「………………」
切れた。二重の意味で。
「わー、待って待って!」
再び着信音が鳴り響く。
「はーい、みんなのアイドル・篠ノ之束ここに――待って待ってぇ! ちーちゃん!」
「その名で呼ぶな」
「おっけぃ、ちーちゃん!」
「……はぁ。まあいい。今日は聞きたいことがある」
「何かしらん?」
「お前は今回の件に一枚噛んでいるのか?」
「今回、今回――はて?」
首をひねる。
クラス対抗戦に無人ISを乱入させたが今聞かれるには時期外れ。
本当にわからず、首をかしげた。
「VTシステムだ」
「ああ。あれ? うふふ、ちーちゃん。あんな不細工なシロモノ、この私が作ると思うかな? 私は完璧にして十全な篠ノ之束だよ? すなわち、作るものも完璧において十全でなければ意味がない」
「………………」
「ていうか忘れていたけど、つい二時間ほど前にあれを作った研究所はもう地上から消えてもらったよ。……ああ、言わなくてもわかっていると思うけど、死亡者はゼロね。赤子の手をひねるより簡単――ていうかちーちゃん、赤子の手をひねるって結構大変じゃない? 私だけ? あれ、おかしいなぁ」
笑い、束は話す言葉を一度区切る。
「そうか。では、邪魔をしたな」
「いやいや、邪魔だなんてとんでもない。私の時間はちーちゃんのためならいつでもどこでも二四時間フルオープン、コンビニなんか目じゃないね。五〇六〇喜んで!」
「……では、またな」
電話が切れる。
今度はもう一度かかってくるということはなかった。
束は名残惜しそうに一度携帯電話を眺め、すぐにそれを放り出した。
「やぁ、久しぶりに声を聞けて束さんは嬉しかったねぇ。ちーちゃんは相変わらず素敵ングだよ。夕日の向こうには行かないでね」
腕を組んでうなずきながら、笑いを添える。
織斑千冬と篠ノ之束。
小学生の頃からの付き合い。
様々な過去を思い出しながら、彼女は愉快そうに笑った。
そしてまたしても着信音が鳴り響くが、今度は異なる着信音。
久方ぶりの着信音。
相手がわかるがゆえにそのテンションは恐ろしいほど高い。
「やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとず―――っと待ってたよ!」
「――。……姉さん」
「うんうん。用件はわかっているよ。欲しいんだよね? 君だけのオンリーワン、
『
実は既に許していた元親
一夏はともかくとして、千冬に関しては既に許していたのじゃよ
ただね、後には退けないみたいな感じで。嫌いだの苦手と言った手前だったり元の自分を演じる都合でそのままで居続けることしかできなかったっていう
大人になろうとしつつもまだ子どもが残り続ける。モラトリアム
この話、本当は最後の部分入れないつもりだったんよ
原作そのままなぞるだけだし
けどね、色々原作部分端折ってるこの作品だけどいきなり次のお話を描くには流石に端折り過ぎ、篠ノ之束いきなり出すことになるし、紅椿いきなり出すことになるし
仕方ないから入れたよ。入れたくなかった