「作戦完了――と言いたいところだが、お前たちは独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」
「……はい」
「――くぁ」
戻ってきた者たちは二名を除き、正座で反省を促されていた。
そして特にその事実と関係のない元親は眠たげに欠伸を放っている。
「渡辺、ボーデヴィッヒは自室に戻って良いぞ。こいつらの援護、感謝する」
「はい、わかりました。お疲れ様デース」
「え、えっと、渡辺くんは怪我の処置は……」
「あ~、狙撃して現場に駆けつけて
終盤での交戦とはいえ一応は交戦。
ラウラも怪我をしているかもしれないと、ロクに把握していない元親は真耶に診察を頼んで部屋を後に。
「やぁやぁ、本当に狙撃成功させるとはね~。ビックリしちゃった」
「……なぁ、篠ノ之束。アンタ今ブドウ糖かなんか持ってない?」
「ん~、あったかな~? あ、ラムネがあるね~。欲しい?」
「タダでくれんなら」
「仕方ないね、ほらア~ン」
「……んむ」
何故そのやり方を。などと考えつつ反抗する気力もなく、口にする。
指先が唇に触れ、離れ、その最中――元親の長い髪を数本抜き去られる。
「何すんだ……俺、今頭痛いし眠いから辛いんだよ」
元親は第一出撃から一夏と箒が帰ってきたのち、四人が勝手に出撃をすることを見越し、その尻拭いを行うためにずっと起きていた。
今は朝日が昇っており、つまりは徹夜である。
「すぐ終わるからちょっと待ってね――……ねぇ」
「なんだ。終わったなら――」
「これまで風邪を含めて体調を崩したことは? 憶えてる範囲で」
「一回。微熱程度だった」
「アレルギーは? 鼻炎含めて」
「ねぇな」
「不眠症だったころ、ある?」
「あるな」
「睡眠薬を飲んだ。けど眠れなかった」
「……ああ」
「今、思考が止まらないんじゃない?」
「思考、というか。未来が見えるのか姿がブレて見える」
「あはっ」
得体の知れない質問。
だが明確に異常な質問――睡眠薬という点に眉をひそめる。
そんな中で束は愉快そうに笑った。
「そっかそっか! ――これからもっと楽しめそう!」
「はぁ?」
「じゃあお休み! とりあえずバイバ~イ!」
何かを考えようとしたが、極度の集中で脳が暴走状態にあり、通常思考力が低下している元親は面倒になり、自室で倒れるように眠りについた。
――――――――――
「元親くん、結局どういう内容だったの?」
「ん~、言えないかな~。言ったら僕の首が飛んじゃうかも」
「そっか」
食事の最中。
正面に座ったさゆかが訊ねる。
だが機密と理解しているから断ればちゃんと理解してくれた。
「元親くんはさ、ケガない?」
「うん。僕は前線で戦えるほど機体性能良くないからね~、狙撃でアシストって感じかな」
「良かった~。心配だったんだよね~」
「ふふっ、ありがと」
そんな会話の中。
他の女と親しくしていることに嫉妬したラウラがアピールとして慎ましくも浴衣の袖を引っ張る。
「ほ、ほら、頭が痛くて動くのがダルいと言っていたからな。食べさせてやろう」
「お、おう?」
「あ、あ~ん、だ。」
「んむ」
アピールであることは理解しつつも好意であり厚意。
自分が異性としての好意を向けることはないだろうと考えている元親は、こういった行為に応じるのは不誠実だと思いながらも拒絶することができず応じる。
「もっちーはお疲れ~? じゃあ私も食べさせてあげる~。あ~ん」
「ん」
こちらは完全に好奇心と厚意。
そう判断した元親は本音から差し出されたものへ素直に応じた。
「あはは、モテモテだね」
「ははは、両手に花って感じ。どうすれば良いのかがわからないのと、ラウラが止めてくれないのが困るけどね」
「元親、まだあるぞ」
「……」
苦笑が引き攣った笑みに変わる。
「自分で食べるから。もう、良いよ」
最後に一口食べ、元親は再び自分で食べる。
これ以上距離を詰められるのは外聞的にも良くない、と。
「そういえばもっちーは」
「ん?」
「普段いっぱい食べてるけど大丈夫? 足りる?」
「あ~。朝昼で色々食べたし間食もしたから平気かな? それに今日はそこまでお腹空いてないし」
「そっか。よかったよかった~」
そんな本音の言葉に元親はふと合点がいく。
さっき、本音は元親に食べさせるとき元親の皿からではなく自身の皿から料理を出した。
彼女の気遣いだったのだ、と。
「わざわざすまないねぇ」
「良いんじゃよ爺さん。普段お菓子を作ってもらっているからそのお返しじゃ」
「くふっ、じゃあさっきの一口はありがたく」
「ふふっ、どういたしまして~」
元親の唐突な軽い冗談にノる本音。
彼女ならそうしてくれるだろうという普段の信用はありつつも、実際にふざけ返してくれたことに思わず笑ってしまい。
彼女も同様に笑う。
「むぅ……」
ラウラは嫉妬をしていたが。
自分には本音のようなことはできないし、真似をしても意味がないと知っていたから何もできなかった。
「よっ、色男」
「なにさそれは……」
「二人にモテてるな~って。それに実際浴衣も似合っててカッコいいよ」
「さゆかも可愛くて、綺麗だよ。スゴい似合ってる」
「も~、そういう不意打ちは反則だよ?」
「反則しちゃったか~。退場?」
「ん~、ペナルティ! 二人のことも褒めるように」
「おおう」
そう言われ、二人を交互に見比べる。
思ったことを言えば良いとはいえ、言語化するとなるとどう褒めるのが良いのか。
今時の風潮もあって異性との交流が少なかった元親は少し悩み、褒めることにした。
「ラウラはやっぱり外国の顔立ちと和装って組み合わせが新鮮だし、風呂上がりで紅くなった頬で普段よりも色っぽく見えて良いと思う」
「そ、そうか。へへ……」
「本音は……普通に和装似合うね。普段の制服とか寝巻と違ってキッチリして見えるからギャップで可愛さが引き立ってるね。袖がいつも通り緩いのは流石だけど」
「えへへ~」
言葉選びは上手くできなかった。
普段と違って、という言葉は普段が良くないのか、と取られるのではないかと不安になったり。
自覚できるほどの褒め下手に元親は内心溜め息を吐く。
「さゆかも、普段と違って髪を後ろで束ねてるけどその髪型も似合ってるよ」
「――も~っ、だから反則だってば~」
「バツ2になっちゃった。今度こそ退場?」
「そんなことはないけど……も~っ」
「あっはっはっはっは」
――――――――――
「データも取れたし。収穫いっぱいあったなぁ」
「満足したか?」
森を背に、岬で空中投映ディスプレイを眺める束に背後から声をかける千冬。
「やあ、ちーちゃん」
「おう」
二人の間に顔合わせは意味がなく。
それゆえに二人は顔を向き合わせず、互いに違う方向を向いていた。
「それで、満足か?」
「ん~、満ち足りてはないかな~? 私が満ち足りることはきっと、一生、ないから」
「……私としては満足してくれていた方が良かったんだがな。その方が手間がかからん」
「ヒドーイ。それじゃまるで私が手間がかかるみたいじゃんちーちゃん」
「事実だろうが」
千冬の声は少し悲し気だ。
それも当然だろう。
友人が、一生満ちることのない人生を覚悟している。
飢えと渇きの一生を歩む、と。
そう言っているのだから。
「でもね。きっとこれから世界は面白くなるよ?」
「犯行予告か?」
「ちょっとそれもあるけど~。メインは違うよ? 私じゃなくて、もっくん」
「もっくん? ……元親のことか!?」
「そ。きっと、私はこれから彼で愉しむよ」
「どういうことだ……」
僅かに怒気を孕んだ声。
教師として生徒を守る意思。
一人の人間として、友人を守る意志。
危害を加えるというのなら――
「調べたら少し面白いことがわかったの。彼ね――私と同じだよ」
「お前と同じ? 冗談だろう?」
「精神性じゃないよ? もっくんは私と同じで――ちーちゃんやいっくんとは違う。自然発生の異才」
「――」
千冬が息を呑む。
「特別な血筋はなし。出自も経歴も、ただの人間。けれど――環境を、周辺情報の獲得率に長けている。有り体に言えば学習能力が高い、かな?」
それはある種、ラウラのような人間を真っ向から否定する存在。
強化も改造もせず。
ただ、生物として自然な生殖を経て、真っ当に生まれた人間。
個人で生物としての規格を拡張する束と同類。
「今までは寝ぼけていただけ。彼は覚醒した。しばらく制限は掛かったままだろうけど、それでも凡人どもとは全く違うレベルになるよ」
「それは……本当なのか?」
「うん。遺伝子検査もした。私と少し似てた。系統は違うけど突然変異だね」
「……はぁ」
「楽しみだな~。早く完全覚醒しないかな~? そうしたらきっと――ちーちゃんも楽しいよ」
「私はストレスで死ぬんじゃないか心配だ」
ケラケラと、狂気に似た笑みを浮かべる束。
それは恍惚的で。
何を思っているのか。本人しか知らないだろう。
「それはもっくん? それともちーちゃん?」
「どっちもだ」
「も~、変な立場に行くからそうなるんだよ~?」
「お前が面倒を増やさなければ良いだけの話だ」
「ム~リ。あははっ」
悪戯を楽しむ子どものような顔をしていた。
――――――――――
「ねむ……」
欠伸交じりに元親はそう呟く。
帰りのバスではきっと爆睡するだろう。
さっさと席に着きたいが、後方席である元親は未だにバスに乗り込めてすらいない。
「やぁやぁ、もっくん。調子悪そうだね~、束さんがこれをあげよう。じゃじゃーん! 特性栄養剤!」
「なんですか、それ……」
「ま、百聞は一見に如かず、百見は一食に如かず。食べてみるといい」
「ん――甘っ……」
「今のは遅効性だけど楽にはなるよ~。あとこっちね、粉末タイプのヤツ。水に溶かして飲むと良いよ~」
食べさせられたのは白い丸薬。
大きさは飴玉程度。
味はとても甘く。ラムネのように口ですぐに溶けた。
だが水分の吸収が激しく、口内が一瞬で渇き、元親はバスの中で開けるはずだった水を口に含む。
「……なんでこんなこと?」
「面白いから! 楽しませてくれたお礼だよ~」
「胡散臭いですね~」
元親は束のことをあまり信じていない。
少なくとも千冬がいる場所で命にかかわることをしてこないとは信じているが、それ以外は信じていない。
信じないという方向に、信じている。
「でも本当だよ~。頭スッキリするからさ~」
「ま、貰えるなら貰いますけど……」
ストリップ包装された大量の粉末。
それを受け取り、地面に卸していたカバンに入れる元親。
そんな様子を見て、束は少しニヤリと笑った。
「えい!」
収納を終え、元に戻ろうとしていた元親の頭に手が触れる。
途中までは抵抗なく頭が上がったが。
半ば、束と同じ高さで頭が動かなくなる。
そして――
「痛ッ!?」
耳が噛まれる。
それもワリと強めに。
「てめぇッ!? なにしやがんだ!?」
「へっへ~」
元親から距離を取る束。
不快感に元親は左耳に触れ。
唾液の感触と。金属の感触を指先が覚える。
「!? なんだこれ!」
「も~、おしゃれさんめ!」
「ッ! 外れねぇッ!!? 今すぐ外せ! 篠ノ之束!!」
そこについていたのは銀色のイヤークリップ。
ウサギのマークが刻まれたそれは外そうとしてもビクともしない。
元親は理解した。
これが外れるのは束が外した時か、耳がなくなった時だけ。
自分は狂人の玩具になったのだ、と。
「これで君の居場所。いつでもわかるよ」
「キモッ」
「ところで~? 擬態、いいの?」
「……あ」
言われて気づく。
擬態を忘れて怒鳴っていたことに。
意識が朧気だったからだろう。
周囲に人間がいることを忘れ、叫んでしまっていた。
「アハハハハッ!」
「クソがァ……ッ」
不快にさせる笑い声とともに彼女は去っていった。
――――――――――
『あ~あ~、もすもすひねもす~? 皆のアイドル篠ノ之束さんだよ~』
地球全土に発信される。
彼女の声明に国家が注目し、慌ただしくなっていた。
『今回お話しするのは私の玩具のこと!』
玩具という言葉に多くの者が眉をひそめる。
だが彼女はそのまま続けた。
『じゃ~ん!!』
画面にとある人物が映し出される。
それは中性的な顔つき、中性的な髪の長さ。
少し眠たげな眼つき。
渡辺元親だ。
『渡辺元親。ちょっと前に男性二人目の操縦者になった子だね! その子――私の玩具だからさ~、勝手に遊んだら、束さん怒っちゃうから! ぷんぷんだから! じゃ、そういうことで、バイバイ』
配信が切れる。
一時話題になり。
けれど話題性の薄さからすぐに忘れられた少年の名と顔。
一瞬で話題となる。
疲労と心労からバスの中で熟睡する元親がそれを知るのは。
まだもう少し後のことだった。
称号が『篠ノ之束の興味対象・拡散』に変化しました
これにより国家耐性を獲得、自由値が上昇します
また、称号獲得により一定以上の文明での認知度が上昇
称号獲得からの一定期間は知名度上昇に補正がかかります
てなわけで
ナチュラルの意味。そういうことじゃな
人の枠を超越するために製造されたラウラたち
けれどたった一人で、ただの人間の身で、一人で人間の枠を、上限を広げる束という存在
それに類似した元親という存在
汚い科学者の下衆な企みを生きているだけで否定する。それが元親
自然発生の異才
ナチュラルというタイトルには色々意味を込めたが、真っ先に思いついたこの作品のきっかけとなった意味はこれじゃよ
んじゃ
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バイバイ