「あっつー……」
外から整備棟へやってきた元親は運動後のシャワーで汗を濯いだにもかかわらず新たな汗を流していた。
何故かといえば、発注していた大量のパーツが届き、それを作業場に運搬しているから。
配達された荷物を受け取り、台車で運ぼうと思ったが既に使われていて自力で運ぶしかない。
やはり夏休みといえど。
いや、夏休みだからこそ一部生徒たちが整備棟に籠って作業をする。
ある者は自作ISの完成を目指して。
またある者は将来を見据えての研究のため。
「重かったぁ……」
元親も彼女たち同様、必要なモノを作るために動いていた。
『何してんの?』
「お――」
不意に聞こえた声に言葉を漏らす。
『お前のために面白いモノを作ろうと思ってな』
視界に揺らぐ靄のようで、けれど鮮明でもある。
その両方を行き来する姿の少女。
臨海学校の一件から幻覚のごとく見え、聞こえる彼女は――ISの人格だ。
『ふ~ん? つまんなかったらヒナ、怒るからな』
『俺を信じろよ。相棒』
『うわ、キッショ。そういうこと言っちゃう? ひくわー……』
「ヒデェ……」
ヒナと名乗った少女は元親の言葉に辛辣な反応を見せ。
その作業がまだ始まってすらいないことを理解すると興味を失ったのか姿を掻き消した。
ともに過ごす存在。
そんなヒナからのそんな言葉。
元親は思わず声に出して少し落ち込んだ表情をする。
「も、元親くん。ちょっと良いかな?」
「ん? どったの?」
「その……システムの部分でちょっとアドバイスして欲しくて……ダメ、かな? 忙しいよね?」
「――大丈夫。手伝えて嬉しいからさ、気にしなくて良い」
「あ、ありがとう」
簪からの、助言を求める声。
それに元親は思わず言葉に詰まった。
彼女は楯無との差に独りで思い悩んでいたのだ。
楯無が一人でなんでもできる、と。
そう思い込み。
一種の信仰にも似た、あるいは願望や神格化のような。
簪は更識楯無を実態以上に優れた存在に仕立て上げていたのである。
ゆえに自分もそうなるべきだ。そう認識し、一人でISをゼロから完成させようとしていたのだ。
その以前の姿を否定する彼女の行動に、元親は驚いたのである。
「どこ?」
「ここなんだけど……」
「ん~、ちょっと全体見るな。ちなみにエラー出た感じか? それとも効率化って方向性でのアドバイス?」
「その……エラーは出てないけど、ちょっとここの部分の動作が不安定で……」
「オッケ、そういう感じね――」
彼女の変化は。
元親が特別なにかをしたというワケではない。
が、変化の理由に元親があるのも事実。
何気ないことだ。
世間話の一環。
簪は元親が楯無と訓練していること、虚と勉強をしていたことを知っていて。
元親も簪がそれを知っていることを、知っている。
だから普段の会話で多くはないが、多少そこに触れることがあった。
「――ざっと見た感じだとここの辺りかな? この式がこっちの一連の式と干渉してるんだと思う。明確に異常をきたす不具合じゃないからエラーは吐かないけど、うん、処理に負荷がかかって動作が不安定になってるんだろうな」
「あっ……」
「他は大体オッケー。こういうミスってどこがおかしいのかって一度実験でプログラムを走らせてそこから関わってる部分を調べれば楽だからな、今度練習用のソース送るよ」
「ありがとう……」
「前よりかなり形になって来てるし。簪さんはこういうの上手だな!」
普段の会話を経て、元親との会話を経て。
簪は更識楯無という存在が完璧な人間ではなく、綻びもあることを知り。
また交流によって彼女は少しばかりの自己肯定感を得ていた。
加えていえば。
人生を織斑一夏に狂わされ、恨んでいるハズにも関わらずそれを表に出さず。
そして将来を見据えている彼に憧れを抱いていたのだ。
恨みはきっと自分よりも強い。
けれどそれに囚われず、一人の人間として歩んでいる。
そんな彼のようになりたい、と。
自分も恨みや嫉妬といった負の感情に囚われずに歩みたい。
そう思ったのだ。
「元親くんが教え上手だからだよ……でも、元親くんの言葉を嘘にしないためにも、私頑張るね!」
「おう、頑張れよ」
彼女はまだ自分の道を掴みあぐねている。
前を見始めたばかり。
その焦点は目標の姿を捉えられていない。
けれど、歩む方向は定めた。
「俺も、やりますか」
闇はまだ晴れないが、明るくなり始めた暁の彼女を目に。
元親は自分の目標に取り掛かる。
「生物は出来んボーイなんだがな……」
引いた図面は――人の形をしていた。
――――――――――
「気分はどうかしら? 篠ノ之束のオモチャくん?」
「たった今最悪になった。殴って良いですか?」
「……冗談が過ぎたわね。ごめんなさい」
「ったく……」
休憩時間。
気分転換がてら珍しく普通のブラックコーヒーを飲んでいる元親に楯無が声をかける。
ニュースは見た。
自分の立ち位置を把握した。
だから、それを言われるのは今とても不愉快だった。
「なんで私はこうなのかしら?」
「知らねー。自覚あるなら開口一番揶揄うのやめてくださいよ……」
「本当は貴方にお礼を言いに来たのよ」
「はぁ?」
何を言っているのかわからなかった。
元親は最後に楯無と出会ってから彼女に何かをした記憶はない。
臨海学校を経て、戻って来て、夏。
夏休みの間、今まで彼女とは思えば出会わなかった。
夏休みに入って間もないというのもあるが、それゆえ記憶は鮮明だし。
だからこそ彼女から礼を言われるような身に覚えはなかった。
「最近ね。簪ちゃんと話すようになったの」
「へ~」
「昔みたいに仲良くまでは、まだなってないけど。それでも私と話してくれるようにはなったし。私の冗談に少しくらいなら笑ってくれるようになったの」
「あっそ」
「だから、ありがとう。って」
「俺、なんもしてねーですし……」
認識としてはそれが事実だった。
彼は世間話をしただけ。
彼女が勝手に自分で立っただけ。
救いの手は伸ばしていない。
あるとすれば彼がバラ蒔いた話が水面で勝手に芽吹き、溺れゆく彼女がそれを掴んで助かった。
それだけである。
「きっかけは、貴方よ」
「そう。なら礼は飯にでもしてください。久々にたらふく外食したいです」
「わかったわ。なら今度一緒に出掛けましょう。あと、今度ご飯作ってあげる」
「いや、別に外食だけで――」
「遠慮しないで。そうしたいの」
「どこぞの金髪ドリルみたいなメシマズなら全部食わせますからね」
「大丈夫。私、料理は上手だから」
「自分で言うか……」
期待できるのかできないのか。
そんなよくわからない彼女の張り切りに元親は逆に肩を落とす。
「本当に、ありがとうね」
「礼ならさっき聞きました。飯も食わせてもらうんでもう充分です」
「きっとこれから大変でしょうけど。何かあったら私が助けてあげるから」
「生徒会長といえど一個人でしょ。……過度な期待はせずに頼らせてもらいますよ」
「そう、ね……」
楯無は後ろめたさから表情を少し歪め、すぐ取り繕った。
彼のお陰なのに。私はこんな不誠実で。
そう葛藤する彼女は無意識のうちに元親に触れていた。
「?」
「情けないわね、私……」
「知ってまーす。妹相手に踏み出せずにいる時点でわかりきってまーす」
「もうっ」
「あだっ……」
揶揄いの言葉に彼女は少し救われたような気に。
知らないから当然ではある。
当然ではあるが。
その変わらなさが自分を受け入れてくれたような気がして。
許されたような気がした。
「君がそのままでいれるよう、私頑張るわね!」
「? どういう流れかはわかんないですけど、ありがとうございます」
冗談に冗談で返すように頬を軽く抓った楯無は。
伸びた髪を指先で遊び、そのまま元親の耳を軽く挟む。
「それ、取れないんですよねぇ……」
「え? そ、そうね。痛くはないの?」
「不思議と」
「話は聞いていたけど……多分無理でしょうねぇ」
「ですよね~」
肩を落とす元親。
「なにせ篠ノ之束博士の作った、所有権を示すようなアクセサリでしょ?」
「俺は家畜かなにかですかね?」
「ペットとしたら何かしらね?」
「……猫? 気まぐれで」
まさかその部分が掘り下げられるとは思っていなかった元親はふと自分の性格を考え、ぱっと思い浮かんだ猫で例える。
「ニャーン、って?」
「にゃぁ」
「んっ……唐突な猫真似が想像以上の破壊力を持ってたわね」
「ハハハ」
妙な特技を見せる元親。
普段とのギャップに噴き出す楯無。
ひとしきり笑い、満足した彼女は元親に手を振って立ち去る。
「あ、好みを知るために今日の夜、お礼とは別に料理作りに行って良いかしら?」
「良いですよ。材料は――」
「こっちで材料持っていくから気にしないで大丈夫よ。ああ、でも調味料を借りたいから後で持ってる調味料教えてくれる?」
「あいよ」
――――――――――
「待たせてすまないな」
「いえ、少し前に来たんでお気になさらず」
朝は互いの都合でかみ合わず、手合わせは夕方となっていた。
「少し顔つきが変わったな。これは期待しても良いのか?」
「ええ、一発くらいは当てれるんじゃないかなって」
「ふっ。準備運動は済ませたか? 殴られる覚悟は?」
「準備運動は済んでます。あるのはやられる覚悟じゃなくて一発ぶち込む決意です。そちらは?」
「準備運動は済ませてきた。――お前程度に殴る覚悟も殴られる覚悟もいらんさ」
「むっかー、顔当たっても知らないですからね~。……じゃ――」
「――やるか」
互いに緩い構え。
ともに開始を理解しながら、動かない。
姿勢を変え、位置を変え。
読み合いが行われていた。
「埒が明かん!」
「ッ――」
先手は千冬。
読みが互角というワケではない。
経験の差から戦いにおける読みは千冬が上手。
けれど元親はその差を埋めるため思考のほとんどを防御に費やしていた。
隙があればそこを狙うが見せられた隙に飛びつきはしない。
対して千冬は攻防ともに読んでいた。
一方に徹する元親と、両方併せ持つ千冬。
どちらが戦術的に正しいかは決めつけられないが、両者の読みの能力では元親がその策を取ったのは正しかった。
「ほう、寄られると思考が浅くなる欠点は克服したか」
「観の目強く、見の目弱く。目と頭の使い方は千冬さんを見てればわかりましたよ。実際やるのには苦労しましたけど!」
右ストレート。
元親はそれを手のひらで受けつつ流し。
千冬はそのまま腕を後ろへ回して背で体当たり――いわゆる
体重と似つかわしくない強烈な突進力を元親は両腕交差と背の動き、脚の沈みで抑える。
「はァッ!」
「返すとはな」
脚の沈みで重心を下へ移動させていた元親はそのまま跳ね上げるように脚に力を籠め、右腕でアッパーカットのように掌底を打った。
だが見切られる。
伸びた腕に手が差し迫り、掴まれる。
「ふっ」
「!」
背負い投げ。
右腕が左手で掴まれ、襟元を右手で。
強烈な衝撃の気配。
だが、元親の身体が持ち上がることはなかった。
「抜けたか」
「流石に一手で決着はないっすよねー」
咄嗟に右腕をひねり、拘束を解除し。
膝を抜くことで重心の落下と同時に後ろへ倒れ込み、自身と千冬の重心を離す。
そうすることで力技での背負い投げを封じる。
無論、人間一人程度ならばISの武器を生身で持てる千冬には容易に持ち上げられるはずだ。
けれど、力の加えにくい距離を開けた背後というのは流石の千冬でも難しい。
「じゃ、今度は俺から!」
超加速。
土が沈み込むほどの強烈な脚力。
低姿勢で襲い掛かる元親は上から下へ振り下ろすかのように、弧を描く軌道で背後から千冬の顔目掛けて殴りかかる。
恐らくは背中から拳の機動を隠す目的だろうが低姿勢が仇となった。そう考える千冬は顔を少し横へずらし、カウンターとして膝蹴りを喰らわせようと軽く踵を浮かせ。
「……」
「イェイ」
腹部上――鳩尾に触れる拳の感触で動きを止めた。
「沖縄空手か」
「夫婦手。攻撃のための先手を防御に使ったり、防御のための後手を攻撃に使ったり。両手を同時に扱う武術の考え。正直やり辛いんで多分普段使いはしないですけどね」
「ISで使えるモノでもないからな。しかし、強くなったな」
「正攻法で勝つには骨が折れそうなんで。今日は、ね」
「くっ、そうか。本気で私相手に勝ちに来るとは……面白い」
本で読んだだけの動きをぶっつけ本番で試した元親。
普通は千冬相手に当てられただけでも凄く、一種の思い出にすらなり得るにもかかわらず、本気で勝ちを狙っているという事実に千冬は心底愉快そうに笑い。
そして束が言っていた言葉の意味を少し、理解した。
「さて、お前は私をどこまで楽しませてくれるんだ?」
「とりあえず――二学期終了までには全力本気を出せるように頑張りますよ」
「――ああ、私をその気にさせてみろ」
茜色の陽に照らされ、紅潮した頬が溶けるなか。
二人は笑い、最後に軽く手合わせをして別れた。
思春期において傷つくのも癒されるのも、大きな出来事が必要ってワケじゃないと思うんだよね
大人になってもそれはそうなんだけど、色んな影響を受けやすい子どもの内はそれが顕著だと思うワケ
だから、簪が勝手に救われ、楯無も勝手に救われることがあっても良いと思うんだ
それにさ、二人の間は特別な出来事で壊れたワケじゃなくて、ゆっくりとすれ違って、拗れたんだし。直るのもゆっくりで良いじゃないか
人生が常に劇的ってことはないワケで
個人的にはこれでも良いと思ってる
……キェェェェッ!? いきなりむちゃ伸びてるぅ?!
あ、ありがとよぉ!
頑張るぜぇ。だからこれからも応援よろしくよぉ
評価、感想、お気に入りなんかしてくれっと嬉しいってワケよぉ