「花祭り?」
「はい!この時期になると百鬼夜行で開かれるお祭りでして。いろんな花が満開になるんですよ」
とある日の昼下がり。
私の仕事場であるシャーレのオフィスで、1枚のチラシを眼前に突き付けながら河和シズコはそう言った。
チラシには、開花時期を無視して咲き乱れる梅や桜。秋桜に金木犀など色とりどりの花々の写真が載せられており、裏面には祭りが数週間後に開かれる旨が記載されていた。
「最後は夜空にたくさんの花火が打ち上がって、毎年それはそれは大盛り上がりなんです。お祭り運営委員会としてはそこに参加しないなんて選択肢はありません!」
シズコは目を爛々と輝かせると花祭りの魅力について興奮気味に語った。
そんな様子がお祭りが好きな彼女らしく、微笑ましくなった私はつい口端に笑みを浮かべてしまう。
それに気付いてか、シズコはやや頬を赤く染めて小さく咳払いをして話を一時中断すると、少しの間を空けてシャーレを訪れるに至った理由を話し始めた。
「ゴホン。とまぁ、百鬼夜行でも特に注目されているお祭りなのですが、少々問題がありまして」
「何かあったの?」
「えぇ。今回、花祭りに百夜堂も出店を出させてもらえることになったんです!しかし、かなりの人が来られるので、どうしても人員が足りず……」
ツテを使ってお手伝いもたくさん集めたのですが。と呟いてシズコは消沈した様子で項垂れた。
確かにチラシの写真に映ったお祭りは非常に大規模で、学外のお客さんの姿もチラホラ見える。
他の部活や委員会と比べて人数の少ないお祭り運営委員会では、手が足りない場面が出てきそうだ。
「ほんの少し、手を貸してくれるだけで良いんです!その、先生。ご協力いただけませんか?」
「もちろん。花祭りの日はちょうど予定が空いてるから手伝いに行くよ」
「本当ですか⁉︎」
その言葉にぱぁっ!と花咲くような笑顔となってシズコが勢いよく顔を上げる。
ついでに何人かの生徒にも手伝いをお願いする旨を伝えると、彼女はますます元気になってその場で小躍りしてしまいそうな程に嬉しそうな顔を浮かべていた。
「ありがとうございます、先生!今度百夜堂にいらっしゃった際は、とっておきのサービスをしてあげますから!楽しみにしておいてくださいね!」
「あはは、楽しみにしておくよ」
「それでは私はここで失礼しますね!当日はよろしくお願いしますね、先生!にゃんにゃん!」
そう言って去っていた彼女の背中に手を振り、その影が見えなくなるとグッと背伸びをしてデスクの上の端末を手に取った。
そして、生徒たちの連絡表を開き、暫し誰に連絡を入れようかと思案する。
シャーレに所属している生徒たちは誰もが皆優秀であり、自慢の子たちだ。
けれども、ここでグループチャットなどで無差別に募集をかけてしまうと確実に何かが起こる確信めいた予感がする。
こう、何と言うか……食べ物系の出店が爆破されたり、施設が壊されて温泉になったり、水着姿で路上徘徊をしたり、そんな予感がするのだ。
故に、誰を呼ぶのかはしっかりと考えて連絡をした方が良いだろう。
そう思った私はジッと連絡先のリストとじっと睨めっこをし、突然の着信音に危うく端末を落としそうになった。
「うわっ⁉︎……っとと、着信?誰からだろう」
私は端末の画面を操作すると、着信先を確認する。
そして、そこに久しぶりに表示された名前に少しだけ笑みを浮かべると、すぐに応答のボタンを押した。
「こんにちは、アツコ」
「うん。こんにちは、先生。挨拶は大事、だよね?」
品のある落ち着いた囁き声が耳元に流れる。
連絡者であるその生徒、秤アツコは私の挨拶にしっかりとした口調で返答した。
「次の移動先が決まったから、先生にも伝えておこうと思って。周りには誰も居ない?」
「うん、大丈夫。オフィスには私1人だよ」
もし仮にこの通信が傍受されていたとしても、私には頼れるスーパーAIが居るから安心である。
……まぁ、盗聴と窃視と潜伏はやや不安が残るけれど、問題ないと思うことにする。
「それじゃあ、今からモモトークに送るね?」
「うん、届いたよ……へぇ、次は百鬼夜行の近くなんだ。あっちの方は初めて行くから、ちょっと楽しみ」
「百鬼夜行は良いところだよ。いろんな花が咲いてて、ご飯が美味しい。服もトリニティやゲヘナの物とは結構違ってて、後はみんなお祭りが好きなんだよ」
「お祭り……夏の時みたいなことをやるの?」
「そうだね。けど百鬼夜行のお祭りはもっと沢山の人が参加して、街全体で盛り上がるんだ」
「へぇ、そうなんだ……うん、良いことを聞いた。私も参加してみたいな」
「お祭りは大体誰でも参加できるから、気になったら行ってみるのも良いかもね。特にお祭りだとお面を被っている人も多いし、顔を隠しても気にされないと思うよ」
「そっか、今から楽しみ。じゃあ、今度百鬼夜行でお祭りがやる時は先生も一緒に来てくれる?」
「もちろん。気合を入れてエスコートさせてもらうよ、お姫様」
「……ふふ。ありがとう、先生」
どうやらアツコはお祭りに興味を持ったらしい。その言葉にはどこか喜色が混じっているのが感じられた。
「これは、良い思い出にできるように気合いをいれないとね」
そう呟き、百鬼夜行で開催されるお祭りについて調べようと私はタブレットに手を伸ばし、ふと私の指先がシズコから渡されたチラシに触れた。
「……アツコ、ちょっと提案なんだけど」
♢
花祭り当日。
運営の人々との打ち合わせを終えた私は、降り散る花弁を浴びながらパトロールの名目で百夜堂に立ち寄った。
「おおっ、すごい人の数だ」
そこでは多くの人々が楽しげに話をしながら花見に興じており、店内を色とりどりの和風メイド服に身を包んだ少女たちが忙しげに行き来しているのが見てとれた。
「お待たせいたしました!こちら、桜餡蜜と梅の果実水です!どうぞ、ごゆっくりお楽しみください!」
その中を桜色の着物をはためかせ、まるで疾風のように駆け回る姿が1つ。
私はその姿を認めるとゆっくりと店内に入り、食器を片手に生徒たちへ指示を出している彼女——シズコへと声を掛けた。
「やぁ、シズコ。お仕事は順調?」
「ふぇっ?せ、先生⁉︎いつの間に⁉︎」
私に気付いたシズコは慌てた様子で持っていたお盆で顔を隠し、素早い手つきで髪や服装を整える。
そしてすぐに、いつものような快活であざとい笑顔を浮かべて見せた。
「ごめんね、忙しい時に声を掛けちゃった?」
「いえ、大丈夫です!お店は大分落ち着いてきましたし、全然問題ありませんよ」
そう言ってシズコは胸を張った。
それが本心なのか、虚勢なのかは分からない。だが、彼女が今の状況を楽しんでいることだけはよく分かる。
「それにしても今回は本当に助かりました!まさかこんなにお手伝いをしてくれる人が来てくれるなんて……!流石はシャーレですね!」
「たまたま手が空いてる子たちが沢山居ただけだよ。私は声をかけただけ」
「そんなことないですよ!あ、そうだ!お時間があれば百夜堂に寄っていかれませんか?ちょうど今席が空いたところですし、サービスさせていただきますよ?」
「うーん。それじゃあ、お言葉に甘えようかな」
「はい!それでは1名様ご案内〜!ようこそ、ご主人様!にゃんにゃん!」
シズコの掛け声とともに、店員を務める生徒たちが一斉に歓迎の言葉を口にする。
そして案内された席に着くと、すぐさま横から伸びてきた手が私の前にメニュー表と湯呑みを置いた。
「あ、ありがと——うわっ⁉︎」
私はお礼を言おうと振り向き、その瞬間視界のほとんどが若女の能面に埋め尽くされた。
至近距離に突然現れた顔に驚いた私は思わず椅子ごと倒れそうになり、その寸前で能面の主が嗅ぎ慣れた甘い花の匂いを香らせながら私の背中を優しく支える。
「ごめんね、先生。つい驚かせたくなっちゃって」
「心臓が止まるかと思ったよ、アツコ……!」
そう言って能面の端から顔を覗かせたアツコはどこか楽しそうであり、クスクスと笑いながら藍色の着物の裾を翻す。
そんな彼女をシズコは「コラ!」と軽く叱るが、彼女はそれに対して悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。
「仕事中にふざけちゃダメでしょう。先生に怪我をさせないように気を付けてたみたいだけど、不慮の事故は起こるかもしれないんだからね?」
「ごめんなさい、社長さん。ついやりたくなっちゃって」
「社長じゃなくて委員長!まったくもう、こっちに来なさい!」
そうしてお叱りを受けたアツコは、首根っこを掴まれて店の裏へシズコに連れられて行った。
それから数分後。没収されたのか、能面を外した姿のアツコが和菓子と湯呑みをお盆に乗せて、ゆっくりと私のテーブルに現れた。
「お待たせ致しました。こちらは本日限定品のさくら最中と、サービスの抹茶ラテです」
薄桃色の花形からふんわりと桜の花の香りが仄かに匂るそれが、漆塗りの小皿に乗せられて私の眼前にやって来る。
その横には素朴な色合いの焦茶色の湯呑みが置かれ、中の抹茶ラテには小さな一輪の花が白い泡で描かれていた。
「凄いな。どっちも食べるのが勿体なくなるくらい綺麗なお菓子だ」
「最中の方は出来立て。この抹茶って飲み物も初めて飲んだけど、ちょっとした苦味が最中の甘さにピッタリだったよ」
「それは美味しそうだね。なら、早速いただこうかな」
彼女の勧めに従い、花の形をした最中に手を伸ばす。
すると口に入れた瞬間にサクッと小気味良い音が鳴り、中身の餡子がしっとりとした甘さを舌に伝えてくる。
恐らくは桜の花を餡子に練り込んでいるのだろう。舌触りの良い滑らかな餡子からふんわりと柔らかな春の勾いが香る。
その勢いのまま、今度は抹茶ラテを一口啜る。
まず始めに感じたのは、抹茶の風味と確かな苦味。それからラテの控えめな甘さが舌を包む。
それはシャーレのオフィス近くのカフェで飲めるような普通の抹茶ラテとは全く異なる、甘過ぎず苦過ぎない上品な味わいだった。
例えるなら、花形である最中の魅力をより引き立てる名脇役だろうか。
なるほど、確かにオススメとして挙げられる訳だ。思わず私の口から感嘆の声が漏れ出てしまい、視界の隅で店の裏から見覚えのある振袖の主がガッツポーズをしている様子が見えた。
「こんなに美味しい最中と抹茶ラテは初めてだよ。流石は百夜堂」
「でしょう?実はお菓子作りを少しだけ手伝わせてもらったんだけど、社長さんのとは出来も速さも全然違った」
「シズコはキヴォトス一のお菓子職人だからね。勝てる人はそうそう居ないさ」
「でも、社長さんからコツは教わったから。いつか私も美味しくて綺麗なお菓子を作るよ。それで、私のお菓子をみんなに作ってあげたいな」
「良いね。きっとみんな——特にヒヨリは——喜んでくれると思うよ」
「その時は先生も一緒に食べようね」
「それは楽しみだ。今から良い茶葉を買っておかなくちゃ」
「それはちょっと気が早いよ。せっかちだね、先生は」
彼女はそう言って照れ臭そうに服の袖で口元を隠し、その時奥の席から店員を呼ぶ声がした。
そちらに顔を向ければあどけない芝犬顔の少年が手をあげており、アツコは残念そうな様子で僅かに肩を落とす。
「残念、呼ばれちゃったから行かなくちゃ」
「仕方ないよ、休憩したいお客さんも増えて来たみたいだし」
「本当ならそろそろ交代だったんだけど。また混んできちゃったし、もう少しだけ待たせちゃうかも——」
そこまで言いかけたところで、横から伸びて来た手がアツコの言葉を遮った。
不意を突かれた私たちは腕の主へと向き直り、そこにはハンドサインで指示を飛ばしているシズコの姿があった。
「はいはい。後は私たちがやるから、早く着替えて来なさい」
「えっと、確か私のシフトが終わるのはまだだったと思うけど……」
「アナタの分の仕事はもう終わりました!ほら、早く準備する。先生を待たせない!」
そう言ってシズコはアツコの手からお盆を抜き取り、代わりにさっき没収した能面を手渡す。
その様子にアツコは少しの間、能面をまじまじと見つめていたが、やがて両手でしっかり受け取ると小走りで店の裏へ向かって行く。
「ありがとう、社長さん。お言葉に甘えます」
「だから社長じゃないって……もう、いってらっしゃい!」
そうして大きな溜め息を吐いたシズコに微笑みながら、私は手元の抹茶ラテをまた一口啜るのだった。
♢
「えい」
あれから少しの時間が経ち、百夜堂の店先に立っていた私の脇腹に柔らかな指先が突き刺さった。
突然のことに驚き振り向くと、先ほどまで身に付けていたエプロンとホワイトブリムを外し、代わりに能面と市松模様の手提げを携えたアツコがこちらに人差し指を向けていた。
「お待たせ。待った?」
「いいや、今来たところだよ……で良いのかな?」
「合ってると思うよ。この前読んだ本だと、これがデートのお約束?なんだって」
冗談めかしてそう言うと、彼女は私のすぐ側にまで歩みを進め、くるりとその場で回って見せた。
すると薄藍色の袖と黒袴の裾が花弁を巻き上げ、花の雨の中で佇む姿はさながら花の妖精を思わせる。
「どう?この服、私に似合ってる?さっきはちゃんと聞けなかったから、先生の感想を聞かせて欲しい」
「それは、もちろん。薄藍色の和服だとアツコの綺麗な髪が良く映えて見えるし、服にある花の柄はアツコらしくてピッタリだと思うよ」
「ふふ、お上手だね。ありがとう」
そんな拙い褒め言葉で満足してくれたのか、アツコは服に付いた花弁を摘み取り、素早く私の腕に自分の腕を絡めた。
あまりの密着具合に、流石にこれは不味いと思った私は何とか自然に距離を取ろうと試みる。
けれども、この細腕の何処にそんな力があったのか。アツコの腕は痛みを感じる程には強くなく、それでいてこちらの抵抗を封じる完璧な絡み方をしていて、格闘の末に諦めた私は脱力する。
「それじゃあ、先生。エスコート、よろしくね」
「あ、あんまり慣れてないからお手柔らかにね?」
苦笑いを浮かべながら私は懐から今回のお祭りのパンフレットを手渡す。
お祭り運営委員会が作成に関わったこれは、簡単な地図の他に各店の魅力やオススメの観光スポットなどが図解で載せられており、今回の花祭りに関する情報が分かりやすくまとめられていた。
これならばきっと、アツコの興味のある店ややってみたい事柄が見つかるだろう。
だがどうやらその考えは間違っていたようで、アツコは暫くパンフレットを眺めてから、パタンと閉じてからこちらに向き直る。
「最初に行くお店は先生に決めて欲しいな」
「私に⁉︎それは、一体どうして」
「パンフレットのお店はどれも見たことがなくて、楽しそうで、あれもこれも行きたくなって決められなくなりそうだから。それなら、先生に決めてもらおうかなって」
そんなことを言われてしまえば、断ることなどできはしない。
しかし、アツコに楽しんでもらえるようなものは何だろう。顎に手を当てて考えるが名案は中々浮かばない。
あの射的はどうだろうか。
いや、銃の扱いの上手いアツコにはお手のものかもしれないが、新鮮さに欠ける気がする。
じゃあ、綿菓子やチョコバナナを買おうか?
いやいや、決して悪い訳ではないが、百夜堂の和菓子を見た後では少しばかり見劣りしてしまう。
一体、何を選べば良いんだろう。
答えに窮した私は視線をあっちこっちに彷徨わせ、そこで何となく賑やかな声が聞こえて来る出店に視線が引き寄せられた。
「あそこは……よし、決めた!」
意を決してそのお店の元へ足を運び、ねじり鉢巻がトレードマークのパグ顔の店主は私の姿を見つけると和やかな顔で手を挙げた。
「いらっしゃい、先生!そっちは生徒さんかい?」
「えぇ。少しやっていっても良いですか?」
「もちろん!先生にはいつも世話になってるからな!好きなのを1枚タダで遊ばせてやるよ」
「えっと、ここは何をするお店なの?」
「何だい。お嬢ちゃん、型抜きは初めてかい?」
豪快な笑い声を発して店主が1枚の小さな板を取り出して見せる。
「こいつは型抜きってゲームでな。この板のお菓子に描かれた模様に沿って爪楊枝でくり抜くんだ。型を割らなきゃ豪華商品プレゼント!どうだい、やってみるかい?」
「カタヌキ……とっても面白そうだね。うん、やってみたい」
「おっ、良い返事だ!それじゃあまずはどこ模様にするか選んでくれ!」
店主が差し出した板は花祭り故か、どれも花の模様が描かれており、それでいて種類ごとに桜はシンプルで簡単に。向日葵は花弁が大きく広がっているなど、種類ごとに描き分けられている。
そんな多種多様な板の中からアツコが選んだのは、ピンク色のチューリップが描かれた板だった。
「おっと、中々のチャレンジャーだな。チューリップの板は難しいぜ?」
「カタヌキは初めてだけど、スクワッドのみんなの服を縫ったりはしてたから。少し、自信はあるかな?」
「ほぉ。ならお手並み拝見と行こうじゃねぇか」
自信ありげに拳を握るアツコに、爪楊枝と板が手渡される。
それから、彼女はそれの裏表を暫くジッと観察していたが、数分もしないうちに爪楊枝を握り直して模様の線上に先端を置いた。
カリカリ、パリッ、ペキポキ。
辺りは喧騒に包まれている筈なのに、やけに板の削れる音が鮮明に聞こえる。
花弁から花弁へ。花弁から茎へ。
その爪楊枝は止まることを知らず、また必要以上に板を傷付けずに板の上を滑り進んでいく。
その様子を私と店主は一言も話すことなく見つめ続け、そしていつの間にか集まっていた見物人たちの見守る中、アツコは最後の一欠片を切り離した。
「す、すげぇな嬢ちゃん。もしかして型抜きのプロか?」
「違うよ。通りすがりのお姫様、なんてね」
驚きであんぐりと口を開けた店主に、アツコは勝利のVサインを掲げる。
流石に店主もこれには負けを認めざるを得ないのか、辺りの喧騒に負けない程の大笑いで後ろにあった景品棚を指差した。
「負けたよ負けた!さぁ嬢ちゃん、この中から好きな景品を1つ選びな!チューリップは難しい模様だから、どれも豪華な物だぜ?」
「じゃあお言葉に甘えて……これ、ください」
「おう、まいど!また来てくれよ!」
アツコは棚の隅にあった何かを選び、すぐさま店主はそれを手渡す。
それから店主にお礼を言って、アツコの活躍を見た人たちが集まり始めたいたお店を後にした。
「景品は何を選んだの?」
「うーん、後で教えてあげるね。それより、次はどうしよう?」
景品を隠すように手提げに仕舞い、アツコは期待するような視線でこちらを見つめる。
それに応えるべく、私は暗記していたパンフレットの地図からこの近辺にあるお店のうち、良さそうなところを洗い出していく。
さっきまでのアツコの反応で大体の方針は決められた。
ただ、型抜きはアツコ1人で楽しめるものだったから、次は2人で楽しめるゲームが良いだろう。
となると、その条件に当てはまるお店は——よし、決めた。
「あっちにあるくじ引きなんてどうかな?」
「くじ引き?確か、アウトロービーチのお店にも似てるのがあったよ」
「そう。だけど、くじ引きをするだけじゃなくて、どっちが良い景品を当てられるか勝負しよう」
「面白そうだね。けど私、負けないよ?」
「それはどうかな?私は最近、クラブふわりんで10連2枚抜きするくらい運が良いんだ」
ついでに他のソシャゲでも課金額が万に届く前に新規キャラをお迎えできてるし、浮いたお金で買った超合金シン・アバンギャルド君の請求書もまだユウカに見つかってない。
十分に勝ち目のある勝負だ。
「いらっしゃい!お2人で1回ずつですね!こちらをどうぞ!」
「よーし。当たり、来い!」
「私は、これにしようかな」
代金を支払い、店主のアンドロイドが差し出した箱から1枚の三角札を引き抜く。
アツコも数秒間、箱の中で手を彷徨わせていたが、やがて同じように札を手に取った。
そして私たちは互いに顔を見合わせ、ゆっくりと札をめくっていく。
「こちらは……お嬢さんの方が3等!そちらの大人の方は1等!おめでとうございまーす!」
「ご、ゴホン。どうやら、この勝負は私の勝ちみたいだね?」
「……むぅ」
どうやら、今回は私の勝利だったらしい。
何とか大人として余裕のある態度を取ろうとしてみるものの、勝利の喜びが口元から笑みとして溢れてしまう。
一方、アツコは唇を小さく尖らせて少しだけ悔しさを顔に滲ませていた。
しかし、私の向ける視線に気が付くと持っていた能面で顔を隠し、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「あー、とりあえず景品をもらおうか」
「……えいっ」
「えっ、痛っ⁉︎ちょっ、アツコ⁉︎脇腹、突かないで⁉︎」
唐突に始まった脇腹への攻撃に苦しめられながら、景品としてアツコは駄菓子を。私は黒塗りの小箱を受け取った。
「あ、ありがとうございっ、ましたー!」
「ははは、お幸せに!」
ニヤニヤ笑顔の店主にお礼を言って、邪魔にならなそうな通路の端の方へ駆ける。
そこで私は平謝りすることで何とか脇腹の安寧を手にし、未だ能面を被ったままのアツコとともに景品の小箱を開けることにした。
「これは、オハシ?それにしては1本だけしか無いけど……それに綺麗なお花の飾りも付いてる」
「多分だけど、これは簪だね。束ねた髪を留める髪飾りで、魔除けにもなるから百鬼夜行じゃあ昔から人気みたいだ」
箱から現れたのは1本の漆塗りの簪。
端は鋭くも二又に分かれ、反対側には半透明の花飾りが金細工の葉を纏い煌いている。
明らかに手が込んだ匠の品に、偶然これを手に入れてしまった私は呆気に取られ、そして眼前の少女が能面の上からでも分かるくらいにめをうばわれていることに気付いた。
「アツコ」
「え、あ、どうしたの、先生?」
「これはアツコにプレゼントするよ」
そう言うとアツコは無言で能面を外し、私の顔と簪を逡巡するように視線を動かす。
それから、彼女は恐る恐る簪を手にし、手提げからある物を取り出した。
「それじゃあ、私からはこれをあげる」
「これは……ネクタイピン?」
「さっき、型抜きの景品で貰った物。これを見た時、先生に似合うと思ったの」
「そっか。ありがとう、アツコ。大切にするね」
「うん。私も、大切にする」
暫しの無言。
その間、私たちは何の会話もなく、けれども示し合わせたように贈られたプレゼントを手に取った。
そして改めて彼女に向き合うとアツコの髪には金の簪が光っており、口角が上がっていくを感じた。
そして同じように彼女は私の胸元の銀のネクタイピンを見て微笑んでおり、それがどうにもおかしくて、私たちは声を上げて笑ってしまった。
「それにしても、どっちも綺麗な細工だよね。モチーフになった花とかがあるなら、見てみたいとな」
「気になるの?なら、後で見に行く?」
「え、見に行くって……この花の名前、知ってるんだ?」
「うん、この前図鑑で見た。とっても鮮やかで素敵だったから覚えてる」
アツコは懐から取り出した携帯に何かを打ち込み、ネット検索で表示された画像を見せてくる。
そこには2種類の花の写真があり、簪とネクタイピンの物によく似た特徴が見て取れた。
「簪の方はね、ブライダルベールって花だよ。お嫁さんのベールに似た花弁だからこの名前が付いたんだって」
「なるほど。言われてみれば、ちょっと似てる気ような気がする」
「それで、こっちのネクタイピンの花はリナリア。別名は姫金魚草って言うんだけど、可愛い名前でしょう?」
「姫って、まるでアツコみたいだね!」
「それなら、これから先生の胸には私がずっと居ることになるんだね……ふふっ」
アツコは満足げな様子でしきりに簪を撫でる。
ここまで喜んでくれるのなら、贈った甲斐があったと言うもの。
私は私の豪運に感謝しつつ、ふと脳裏に浮かんだ疑問を口にした。
「そう言えば、どうしてアツコさはこれを選んだの?」
「それは、どうしてそんなことを聞くの?」
「アツコがネクタイピンを使う時はそんなに無さそうだから。他にも色んな景品があるのに、わざわざこれを選んだ理由はあるのかなって」
「……それはね——」
少し間を開けて、ゆっくりとアツコが口を開く。
その瞬間、何かが破裂するような爆音が空から地上に降り注ぎ、夕焼けの空に花火が打ち上がった。
「あ、もう花火の時間だったんだ……ってごめん!アツコ、花火でよく聞こえなかったからもう1回言ってくれない?」
「……内緒。先生には教えてあげない」
「あー、次からはちゃんと聞き逃さないようにするよ。本当にごめんね」
「大丈夫……いつか、ちゃんと理由は教えるから」
「そっか。じゃあ、その日を楽しみに待つよ」
「うん。ありがとう、先生」
そんな言葉を残し、アツコはゆっくりと歩き出す。そうして、空の花火を見上げたまま少し離れた先にある小さなベンチに腰掛けた。
「なんだか不思議だね」
後を追って隣に座った私へ、アツコは小さく呟いた。
「不思議って、何が?」
「火薬は、ずっと私たちにとって人を傷付ける物だったんだ。だけど、ここで使われる火薬はたくさんの人を笑顔にしてる。それが、ちょっと不思議」
アツコが打ち上がった花火に手を伸ばす。
しかし、その手が花火を囲う前に散った火花が四散した。
「ね、先生。私も、いつかあんな風に咲けるかな。あの花みたいに、誰かを笑顔にできるのかな」
今度は4発の花火が上がった。
空に3つの花たちが咲き広がり、それに守られるように1つの大きな花が開花する。
しかし、その花たちはどれも風に吹かれて散っていき、やがて暗くなりつつある空の向こうへ吸い込まれて跡形もなく消え去った。
「ごめんね。ちょっと不安になってた。こんなに幸せで良いのかって、花火みたいにこの幸せが消えるんじゃないかって。少しだけ怖くなっちゃってた」
半歩分、アツコが私の隣から距離を取ろうとする。その寸前、私の手が彼女の動きを縫い止めた。
「ねぇ、アツコ。次のデートは何処に行きたい?」
「えっ?」
明るく軽い調子で発せられた言葉に、困惑の声が上がる。
けれども私はそれを気にすることなく、彼女に提案を重ねていく。
「ミレニアムならEXPOってお祭りがもうすぐ開催するし、アビドスは砂祭りをまたやろうかって話があるんだ。レッドウィンターは……まぁ、毎日がお祭り騒ぎみたいなものだから、その、きっと面白いよ!」
「えっと、その、どういうこと?」
「それが終わったらお菓子作りの練習をしようか。確か、シャーレの近くのお菓子屋さんがアルバイトを募集してるって聞いたから、そこなら教えてもらえるかもしれないなぁ」
一際大きな発射音が響き、空一面に花畑が広がった。
それに負けないくらい大きな声で、瞬きをすることも忘れて私を見つめるアツコへ胸の内を告白する。
「幸せが無くなるのが怖いなら、私がアツコをずっと幸せにするよ!不安なんか忘れるくらい、毎日を楽しい日々にしてみせるさ!」
その言葉を聞き、アツコは何も言わず能面を被った。
えっ、あれ?もしかして、ダメだった?
背中に冷や汗が滲み、緊張で唇が乾いていく。
それでも生徒に寄り添い、力になるのが先生だ。一先生としての矜持を胸に、マイナスな感情を掻き消すような明るい笑みを無理矢理顔に浮かべてみせる。
「それって……ううん。違うだろうけど、嬉しいな」
「えっと、アツコ?」
「じゃあ約束。指切りげんまん、しよ?」
アツコは1歩分こちらに寄ると、彼女の腕を掴んだままだった私の手を取り、白魚のような小指を立てた。
対して、私はふっと小さく息を吐いてから同様に小指を立て、相手の小指にそっと絡めた。
「ゆーびきーりげーんまん、うーそつーいたーらはーりせんぼん、のーます」
その時、最後の一言が口から話される瞬間。僅かにアツコの指の力が強まったのを感じた。
「ゆび、きった」
絡まった指が解かれる。
アツコは自分の指を見つめていたが、1度ギュッと小指を握り締めてから、顔を隠していた能面の縁へ手を伸ばした。
「ねぇ、先生」
「何だい、アツコ?」
何処からか「最後の花火だ!」と声が上がる。
けれどもこの視線は花火の方には向けられず、能面を外したアツコは満面の笑顔で告げた。
「私ね。今、とっても幸せだよ!」
それは彼女の背中に咲いた大輪の花と相まって、私にはその笑顔が一輪の花のように見えて。私は何となく、この一瞬の風景を生涯忘れることはないだろうと思ったのだった。