レベリオ襲撃成功の立役者でありパラディ島の英雄、エレン・イェーガーを拘束するという知らせに憤慨した民は多かった。兵団からしてみれば、勝手に単独で動き、兵団を巻き込んだエレンを罰するのは当然ではある。しかし民衆からすれば、国の英雄を独房にぶち込んでいる兵団は強権的と見えるのだろう。
エレン拘束の件の漏洩は、想像よりも大きなダメージを兵団に与えた。民衆からの抗議の声は兵団に精神的圧力を与え、判断を難しくさせている。
この情報は兵団内で非公開にしていた筈なのに、いつの間にか漏れていたのも兵団にとっては悩みの種だ。調査兵団団長ハンジは調査の末、フロックなど、エレンの行動に賛同する兵士たち、通称イェーガー派が情報の漏洩元と突き止め、彼等を拘束した。
頭を悩ませているのはハンジだけではない。役所を囲む民衆を眺めながら、兵団の総統であるダリス・ザックレーは重々しく口を開いた。
「ハンジは相変わらず飛び回っているらしいな。」
「はい、確かめないといけないことがあると。」
ザックレーの呟きに返したのはアルミンだった。アルミンとミカサがザックレー総統の下を訪れている理由はただ一つ。エレンとの面会許可を貰うためである。
しかしザックレーから返ってきた回答に、彼等は大きく失望する。
「君たちとエレンを面会させることは出来ない。」
「!!!・・・どうしてでしょうか?」
「義勇兵イェレナとエレンの接触が明らかになったからだ。エレンは義勇兵と密会したことをひた隠しにして、今回のマーレ強襲劇に及んだ。現在は密会を企てた首謀者や関係者への調査が続いている。」
「!!!」
総統の口から明らかになった真実に2人は驚きを隠さない。それもそのはずだ。外国から来訪者であるイェレナは常に監視状態に置かれていた。そんな中、エレンと密会を実行できるとは思えない。誰か協力者でもいない限り・・・。
「おそらくエレンはジークに操られていると、我々は見ている。」
「エレンが・・・そんな・・・。」
あまりにも単独行動が過ぎる彼の動きに絶句するアルミン。しかし、アルミンは「だからこそ」と総統に訴えかけた。
「しかし総統。エレンが黙秘するのでしたら、なおのこと僕たち2人がお役に立つのではないでしょうか!?確実にエレンから真意を聞き出せるとは申しませんが、試して損はないはずです!」
アルミンの必死の談判にも、ザックレーは頷くことなく、拒絶を示した。
「事態はより慎重を期す。話は以上だ。」
重い面で部屋を出るアルミンとミカサ。前からは、憲兵団が3名歩いてくるのが見える。ザックレーに用があるのだろう。
「なぜ・・・アルミンの言う通り、損はないはずなのに。どうして駄目なの?」
憲兵団を警戒し、声を落としながらミカサは溜まった疑念をこぼす。アルミンも同じく声量が抑えられた言葉で返答する。
「考えられるとしたら、兵政権は既にエレンを見限っているのかもしれない。もしそうだとしたら、始祖の継承者選びも始まっている。」
憲兵とすれ違う。
ザックレーら上層部が頑なに拒絶する真意を測るアルミンとミカサ。アルミンの推測の末に出てきた答えは、彼等にとって最悪なものだ。彼等にとって何よりも大切な存在は、彼等の属する組織から排除されようとしているかもしれない。
先程すれ違った憲兵がザックレーの部屋へノックし、「失礼します」と一声かけ、入室する。
「っ!あの部屋の会話を聞いてくる!」
憲兵が部屋の中へと消えた様子を確認したミカサは通常の声量に戻し、アルミンに直訴するが、アルミンは慌ててそれを止める。
「待ってよ!ミカサ。今、兵規違反を侵したらまずいよ!」
「大丈夫バレない様に出来る。状況がこうなった以上は、兵団の方針をいち早く知る必要がある。」
「それでも・・・今は慎重にならなきゃいけない。」
「どうして!?何かがエレンにあってからじゃ遅い!」
己の信念からくる焦りを強くはっきりとアルミンにぶつけるミカサに対し、アルミンの方は悩んだ表情で恐る恐る考えともいえない主張を口にする。
「どうしてか・・・僕にも分からない。でも・・・説明できないけど・・・今の混乱は始まりでしかないような気がするんだ。・・・まだ、動きを見せていない勢力がいるような。ずっと、静観を保って、好機を待っている。そんな存在がいるんじゃないか。」
アルミンは、この感覚をずっと持っていた。ずっと、とはここ数日ではない。それこそ最初の巨人襲来の頃から、何処か違和感がある。その正体を懸命に明らかにしようとしても、『靄』がかかり手掛かりが掴めない。
この『靄』はずっとアルミンの中に鎮座し、彼を優純不断にさせ続けていた。
そんな時、彼等の背後から無駄のない扉の開閉音が響いた。
『ガチャリ』
『バタン』
憲兵団が部屋から出てきたのか、と2人は部屋の方を振り返るが、そこには誰もいない。
「・・・誰?今部屋に入ったの。」
「いや・・・見えなかった。」
アルミンの中の靄が一瞬晴れる感覚を覚えた。この感覚を、アルミンは何処かで感じたような気がした。
「以上が継承者候補の説明ですが・・・正直一択しかないと考えています。」
「同意です。継承後にも巨人に適応する必要がある。何よりも『始祖』『進撃』『戦槌』の3つの能力を持った巨人です。有象無象は勿論、優秀な程度の兵士に預けるには荷が重すぎる能力と考えています。」
「エレンと深い関係を構築しておらず、図抜けた力を持つ者で言えば、もう一人しかいません。」
アルミンたちを退室させたザックレーは部屋の中で憲兵の報告を聞いていた。一通りエレンが持つ巨人の力の経書者候補の話を聞くと、深いため息をつきながら、ザックレーは呟く。
「エレンの継承者を早いところ決めなければならない。時間をかけると何をしだすか分からないからな。得体のしれないところはあるが、腹を括らなければならない状況であるのも確か・・・か。」
すると、ノックも無しに扉が開き、1人の兵士が入室する
入室した男を見て、ザックレーは予想していたかのように話しかける。
「丁度君の話をしていた所だ・・・。時間通りだな。ノックを忘れるとは珍s―――
ザックレーが言葉を終わらせる前に『ピュン』という高い音が4回鳴った。
「・・・」
全員が何も口に出来ない様子になったのを見て、男は何事もなかったかのように部屋を出たのであった。
ザックレーが暗殺された。
緊急会議が開かれ、重苦しい雰囲気の中憲兵団のローグがそう状況を説明した。
「死因は銃殺。頭にそれぞれ一発ずつだ。大した精度だ。余程使い慣れてないと出来ない芸当だそうだ。」
ローグがマーレからの義勇兵を見ながらそう言うと、ハンジが反論する。
「彼なら一日中私と一緒にいたし、義勇兵は全員軟禁中だ。」
「では、他に考えられる勢力は?」
疑念のまなざしを止める気配のないローグに、アルミンは当事者として報告した。
「僕とミカサは・・・被害者である憲兵3名が入室した後、更に誰かが入室したような扉の音を聞きました。」
「顔は見たのか?」
憲兵団団長のナイルがはっきりとした口調でアルミンに問うが、アルミンは顔を落として答える。
「・・・いえ、誰かまでは・・・」
「話にならんな。」
ローグがそう切り捨てたその時、ドアが激しく開き、1人の兵士が焦った表情で報告した。
「緊急事態です!!!エレン・イェーガーが地下牢から脱走しました!!!」
「「「「!!!」」」」
一気に雰囲気が緊迫する。
「クソ!義勇兵の連中の協力か!?」
「やはりイェレナだ!あいつが裏で何か仕掛けているに違いない!」
「まずは兵を総動員して捜索するんだ!急げ、我々も行くぞ!」
ナイルの指示の下、兵士たちが急いで準備を始める中、ミカサは呆然とした表情で、問いかける。
「アルミン・・・一体何が起こっているの?」
アルミンはその問いに返すことが出来なかった。
場はまさに混乱下にある。
この状況の裏には誰のいかなる思惑が潜んでいるのか、アルミンは答えを出せなかった。
確かにイェレナは不気味で、ジークは恐ろしい。今は大人しく拘留されている彼等だが、腹に何かを抱えているのは間違いないだろう。この混乱は彼等にとって間違いなく都合良いはずだ。彼等が今後静観を破り、行動に出ることは十分にあり得る。
「(でも・・・そんなものじゃない。4年・・・いや、それ以上の間抱えてきたこの『靄』の正体は、そんなものじゃないはずだ。)」
アルミン・アルレルトは、形を持たぬ『恐怖』に対する理解の手前で、ただただ足踏みを続けていた。
ピーク・フィンガーは、形を持たぬ『不安』を、無理やり整頓しようと試みていた。
場所はマーレ、作戦指令室。
レベリオの惨劇から数日。マーレ、いや・・・世界中がエルディアの悪魔への恐れで混乱に陥る中、マーレ軍はパラディ島への掃討作戦を決断した。
本来なら世界連合軍の集結を待ち、半年後に実行する予定だった。そこを大幅に早める代わりに、マーレ軍単体での攻撃を仕掛ける作戦へと変更されたのだ。
このような早い段階で攻撃を決断した理由は二つ。
一つ目は、パラディ島勢力に時間を与える隙を与えない為。彼等に数日の猶予を与えただけでも、始祖の巨人という最強の存在を覚醒させるには充分かもしれない。
二つ目は、攫われた戦士候補生の存在である。ガビとファルコはマーレ軍の未来を担う人材であると同時に、ピークたちにとってかけがいのない後輩だ。彼等に何かがあってからでは遅い。
以上の理由から、マーレ軍は単体でのパラディ島への攻撃を決めた。この決断を強く推し進めたのはライナーだ。
「世界連合軍を待ってはいられません!!!今すぐにパラディ島を奇襲すべきです!!!」
そう強く主張したライナーの言葉により、元帥のマガトは掃討の準備命令を下すこととなった。
侵攻に積極的なライナーとは正反対に、ピークの表情は何処か堅い。
「・・・浮かない顔だな、ピーク。侵攻には反対か?」
真剣な表情で思案するピークを見たポルコがそう尋ねると、ピークは目線と表情を一切動かさないまま返す。
「いや・・・侵攻自体には私も賛成。そう悠長に時間があるとは思えない。後手後手に回っている間に、始祖の巨人が完成してしまうことは最も危険だから。」
「じゃあ・・・なににそんな悩んでいる。ジークのことか?」
それもある。マーレを裏切った可能性が高いジーク。その存在は今思えばよく分からないことが多かった。その親衛隊であるイェレナについても疑うべき点はいくつかある。
しかし、それではない。この不安は、そのように言葉に出来るものではないのだ。
「分からない・・・けど、何か・・・嫌な予感はしている。」
しいて言えば、『何かを見誤っている』という感覚だろうか。
それは敵勢力についてなのか、自分の勢力についてなのかは分からない。ただ、これからの戦いについて、何処かで予想外の何かが起きるだろう。そんな第六感にも似た感覚だった。
「・・・とにかく、何が起こってもおかしくはない。この先は絶対に負けられない戦い。余力を残すのは危険です。侵攻をするのなら、可能な限り戦力を投入するべきかと。」
ピークの提言に対し、マガトは当然というように返す。
「分かっている。マーレ軍に残っている全隊を動かすつもりだ。」
「それだけでは、まだ不十分です。周辺国からも可能な限り兵を集めるべきかと。とにかく、今すぐに投入できる全勢力をパラディ島に集結させる必要がある。」
ピークがここまで強く主張する事は珍しい。その事実が、事態の重大さを表していると言える。
ピークと数秒目を合わせると、マガトは「俺から諸国に連絡する」と提言を受諾した。
これで・・・今集められるすべての勢力がパラディ島に集まることとなる。
『何があるか分からないから、出来る限り多くの人員を投入する。足りないから他国からも連れてくる。』
その判断は決しておかしいものではない。これは総力戦だ。出し惜しみして力負けしては話にならない。ピークの提言は至極真っ当なものである。
ただ、特別に先に答えることにしよう。
―――この選択は大きな誤りであった、と。
「そういえば、ライナー。一つ聞きたいんだけど」
会議が終了し、全員が侵攻に備えようとしている時、ピークはライナーを呼び止めた。
「どうした、ピーク」
ピークの中には、どうしても気になっていた人物がいた。パラディ島勢力に与するその人物について、ピークはより詳細を知る必要があると考え、彼を知るライナーに声をかけた。
その人物は、先日のレベリオ襲撃で彼女を戦闘不能にし、仲間を皆殺しにした。
その人物は4年前のシガンシナ区での戦いでも、巨人状態の彼女を不意打ちとはいえ一度倒した。
そして・・・
シガンシナ区外壁でジークを抱えながらリヴァイから逃げていた時を思い出す。逃げながらほんの横目で確認しただけだが・・・見間違えでなければ・・・
その人物は、仲間である筈の兵士を銃殺していた。
「デイビット・ゼム・ヴォイドって、何者?」
「デイビット・ゼム・ヴォイドが何者か、だと?」
リヴァイは、巨大樹の森の中でジークと会話していた時のことを思い出す。
先ほどまで捕虜にはとても見えない態度で書物を読んでいたジークは「そうだ」と肯定し、より具体的にリヴァイに問いかけた。
「お前と一緒に4年前・・・俺を散々な目に合わせやがった、あの野郎だ。お前・・・あの兵士についてどれだけ知っているんだ。」
説明の途中で苦々しい記憶を思い出し、少し顔を歪めながらも確認を続けるジーク。それに対するリヴァイの対応は変わらず棘があった。
「お前が知る必要はねぇ。態々4年前のシガンシナ区での話を持ち出しやがって。あの時仲間を全員殺した張本人が目の前でクソみたいな面晒していると考えると、思わず手が出ちまいそうだ。」
「そういうな。これはどちらかというと、お前達の為の質問だぞ。」
そうジークが言うと、リヴァイは少し間を取った後、無難に答えを返す。
「・・・うちの兵士だ。それ以上いう事はねぇ。」
明らかに具体性を欠いた返答だったが、それだけでジークは何かを掴んだかのようにうなずいた。
「・・・大方、何か抱えているのは感じつつも、大きな戦力になるから敢えて触れないでいた、ってところか。」
「・・・随分と無駄話が好きみてぇだな。てめぇの部下もこれに付き合わされていたと思うと、散りカス程度の同情が湧いてきたぜ。」
「誤魔化すなよ。・・・戦力のために目を背けていたツケはかならず返ってくるぞ。」
そこまで口にすると、ジークは一度コーヒーを飲み干し、喉を潤してから語り始めた。
「・・・この4年間、ライナーの話をもとにパラディ島勢力の分析は一通りしていた。エレンを除いた脅威として挙がったのは、エルヴィン、リヴァイ、ミカサ、そしてデイビットだ。」
「・・・」
「既に死んでいた様だが・・・優れた扇動力と指揮能力、そして狂気じみた行動力を持つエルヴィン。圧倒的な戦闘力を持つお前とミカサ。こいつらはまぁ、分かる。いや、まぁ意味は分からないんだが、力の根拠について予想がつく。
ただ、デイビット・ゼム・ヴォイド・・・重要なポイントでのみ現れ、最小限の行動で問題を解決する人物と報告されているが・・・こいつについては何一つ情報が掴めていない。」
「・・・それがどうした。ただてめぇらの部下が間抜けだっただけじゃねぇのか。」
「おいおい、お前の部下でもあったんだぞ。」
そう軽い口調で返すも、すぐに鋭い目つきに戻し、ジークは続ける。
「情報が掴めないだけじゃ、ここまで気にしてはいない。・・・お前たちも知らないだろう。あいつには・・・秘密が2つある。」
「・・・」
リヴァイが無言で続きを促すと、ジークは身体を前面に押し出して、ゆっくりと告白した。
「1つ、あいつは4年前の時点で既に壁の外の世界についてある程度の知識を持っていた。
そして2つ、4年前のお前達との戦いでのことだ。先ほど俺が壁の外でお前達を全滅させたといったが―――
俺は投石で少なくとも数人は殺し損ねている筈だぞ。」
それが、ほんの数日前にリヴァイとジークの間で広げられていた会話だった。
リヴァイは、ジークと交わしたその会話内容を頭に思い浮かべていた。
思い浮かべながら、目の前に佇む男を睨みつけていた。
場所は巨大樹の森を出てすぐの草原地帯。
巨大樹の森を除き、辺り一帯は障害物の無い平面である。
そんな場で、リヴァイは目の前の男と対峙していた。
目の前の男について偉そうに語っていたジークはその後結局、リヴァイ達を騙して全員を巨人化させ、巨大樹からの脱出を試みる様な奴だった。そんな奴が語っていた事など、所詮は自分達に同士討ちさせる為の汚い作戦だったのだろう。
そう理性では理解しつつも・・・リヴァイの本能が目の前の男への警戒を強めるよう、命令を下す。だから、リヴァイの戦闘態勢は解かれていない。
本来はここにいる筈のない兵士の放つ雰囲気は4年前と全く変わらず、異質なものだ。
「お疲れ様です。リヴァイ兵長。」
「何故ここにいる、デイビット。」
目の前の男からは、薄っすらと靄が出ていた。