残酷な世界で過ごす最小の一日   作:安泰明日

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第十二話『始祖奪取戦~シガンシナ区~』

 

「そこ」

 

信念の籠った声でそう告げ、エレン・イェーガーを真っすぐ指差す。

ピーク・フィンガーの短い一言が、シガンシナ区開戦の合図となった。

 

開戦と同時に顎の巨人が地面から乱入し、エレンと交戦。それと同じタイミングでマーレ軍が飛行船で上空からシガンシナ区へ侵攻を開始した。

 

パラシュートで降下するマーレ兵。その中に、ライナーの姿もあった。

 

車力の巨人、ピーク・フィンガー

顎の巨人、ポルコ・ガリア―ド

鎧の巨人、ライナー・ブラウン

 

この3体の巨人を相手に、エレンは1人で戦うこととなる。

 

「(エレン・・・お前は1人じゃ脅威にならない。もう観念しろ。お前はここまでだ。)」

 

そう勧告するライナーと組み合い、ポルコの奇襲に対応しながら、エレンは冷静に状況を俯瞰していた。

 

「(無理して倒す必要はねぇ。ジークが来るまでの間、耐えればこっちの勝ちだ。)グオオオオオオオオ!!!!」

 

エレンが咆哮をあげるとともに戦槌の力を発動させると、眼前のライナーと背後のポルコは両者とも戦槌に貫かれ身動きを取れなくなる。

 

1対2の数的不利にありながらも、互角以上に戦うエレン。その要因としては戦槌の力が大きい。万能に硬質化の攻撃を加えられるこの力は、汎用性も破壊力も両方兼ね備えている無敵にも近い能力と言える。

一方で、弱点として体力消費の激しさもあることを考えると、タイムリミットまで全開で飛ばしてジークとの合流を果たす、というエレンの考えが垣間見える動きだ。

 

しかし、始めに告げた様に、敵は2体だけではない。

 

エレン優勢かと思われた戦況は一発の砲音で一気に逆転した。

 

それまでの銃声よりもさらに重低音を響かせて放たれた弾丸は、長い距離を一気に駆け抜けエレンの脳天を正確に打ち抜いた。

 

兵器の名は『対巨人砲装備』

始祖の巨人を打ち倒すべく開発された『車力の巨人』の新たな装備である。

車力の巨人に備え付けられたその装備に乗り込んだ元帥・マガトが自ら射手を務めて発砲するシステムだ。

貫通に特化した構造であるそれは、まさに人類の叡智・進化を表した兵器である。

 

そう、敵は3体の巨人であり、マーレ軍であり、世界なのだ。

対するはエレン1人。イェーガー派の兵士も援護を試みるが、マーレ兵に完封される。

 

ピークの提言通り、諸国の軍も可能な限り引っ張って結成した掃討軍は、パラディ島の少数派に過ぎない1勢力なぞ簡単に蹴散らせる。

 

敗北は時間の問題だった。

 

対巨人砲装備が再び火を噴き、弾丸はエレンの頭に命中する。致命傷によるダメージでエレンは足をふらつかせ、その度に大量の血が零れ落ちていく。2発の銃撃はエレンの運動能力を明確に削っていた。

 

その隙を見逃す戦士ではない。

 

ライナーは自らを貫いた戦槌の槍を引っこ抜き、そのままエレンへと向ける。

 

「(エレン・・・もういい。お前の負けだ。)ウォォォォォォ!!!」

 

大きな雄たけびと共にライナーは突撃し、エレンの胸に槍を突き立てる。

 

「(これ以上誰も苦しめなくていい。これ以上・・・苦しまなくていい!!!)」

 

エレンの胸を貫いたライナーはそのまま体を押さえつける。

 

脳天への二発のダメージ、そして胸のダメージを喰らったエレンはぐったりと項垂れながら、脱獄前の会話を思い出していた

 

『お前はマーレ兵とどうやって戦うつもりだ。』

『確実性は低い。イェレナを始め、親衛隊は大して役に立たないことはレベリオでの戦いで分かった筈だ。それでいいなら止めはしないが・・・まぁ推奨は出来ないな。』

 

「(・・・腹が立つぜ、結局はあいつの見立て通りって訳か)。アアアアアアアァァァ!!!!!」

 

苛立ちを咆哮に変え、咆哮を力に変え、エレンは振り絞った力で戦槌の力を発動させる。

 

「(なぜあがく・・・お前は何のために戦っている!?・・・何のために!?)」

 

「ウォォォォォォ!!!」

 

ポルコが背後から奇襲を仕掛けるが、エレンはそれを読んでいたようなタイミングで振り返り、重いカウンターを与える。

 

しかし振り返るということはライナーに背を向けるということ。ライナーは背中からタックルを仕掛け、エレンをうつぶせの状態のまま押し倒す。

 

「(エレン・・・俺はもう・・・終わりにしたい。)」

 

そのまま頭を押さえつけ、晒されたうなじに嚙みつこうとするライナー。

 

しかし、エレンの執念はライナーの責任感を上回っていた。もはや戦槌の力は残っていない。ただ身を捩じらせ、必死に抵抗する。死にかけの状態で、死力を振り絞るエレンの姿にライナーは恐怖すら感じていた。

 

仲間の未来、自由への渇望、現状の理不尽へ怒り

それらから生まれる感情が、エレンに力を与えていた。

 

「ウオオオオオオオ!!!!!」

 

進撃の巨人から放たれる咆哮はシガンシナ区全域へ響いた。

 

「ウオオオオオオオオオォォ!!!」

 

咆哮は止まらない。

窓は揺れ、地面は響き、両軍の兵士ともに咄嗟に耳を塞ぐ。

 

そして必死の抵抗は、死力を尽くして振り絞った声は、報われることとなる。

 

 

 

ピュン、という風を切る音が聞こえた。

 

それと同時に、エレンを押さえつけていたライナーが突然吹き飛ばされる。

 

吹き飛ばした正体は巨人の頭ほどの大きさの岩。

 

そしてその岩が飛んできた方向を全員が見やると、猿が一匹。

 

壁の上で佇むその巨人を見たマガトは・・・憎々しげに口を開く。

 

「来たか・・・驚異の子」

 

獣の巨人、ジーク・イェーガー

到着

 

 

 

 

「時間通りだ。何とか約束の場所に辿り着けたか。よく1人で耐えたな。エレン。

 

―――後はお兄ちゃんに任せろ。」

 

ジーク・イェーガーの加勢は戦況を再びひっくり返した。

 

長年の学習の末、人類は近接戦闘から遠距離戦闘をメインに戦うようになった。理由は単純。敵の攻撃を受けずに、敵へ攻撃できるからだ。現実に、エレンは近接戦では強力だが、遠く離れた砲撃には成すすべなく倒れた。

 

その遠距離戦において最強の巨人が加勢したのが現状である。

 

まず挨拶代わりといわんばかりに、空中から攻撃を仕掛けていた飛行船に照準を定め、撃ち落とすジーク。

 

撃ち抜かれた飛行船は空中で大爆破し、墜落する。

それだけで、敵戦力は大幅に削られてしまった。

 

 

 

「クソッ、ジーク!奴のうなじを射抜く!方向を合わせろ!」

 

「りょうか、っ!!!!囲まれている!?」

 

ジークの登場に危機を感じ、ピークに指示するマガトだったが、彼等の周りは既にイェーガー派の兵士たちが包囲していた。その先頭にはフロックの姿がある。彼は周りに指示を出しながら、自ら先陣を切って車力に立ち向かった。

 

「車力に獣を狙わせるな!とにかく、車力との距離を縮めるんだ!!!奴らをとことん攪乱しろ!」

 

 

 

 

 

唯一、遠距離攻撃で対抗できるピークらをイェーガー派兵士が攪乱し、自由となったジークは好き放題に投石を続けた。

 

その一投は銃撃戦を繰り広げていたマーレ兵を砂粒の如く粉々にした。

 

その一投は奇襲をかけるポルコを軽々と吹き飛ばした。

 

その一投はエレンを止めるべく駆け抜けるライナーの鎧の身体を貫いた。

 

一投一投が破壊的なそれは、ポルコを、ライナーを、マーレ軍を的確に追い詰めていた。そうしているうちに、エレンとジークの距離は確実に縮まっている。これはもはや先ほどまでの敵を倒す戦いではない。兄と弟の接触を防ぐための戦いである。

 

2人の距離が少しずつ縮まるごとに、ジークは勝利を確信していった。

 

「・・・良かった・・・あの手を使う必要はなさそうだ。エレン・・・もうすぐだ。あともう少しで、俺達の夢がかなう。もう少しで―――

 

 

ん?あれは?」

 

ジークは自らの野望の成就に興奮しながらも、冷静に周りを見渡すと、おかしなものを見付ける。

 

 

それは車力の巨人の残骸だった。すっかり肉は溶け落ち、骨のみとなったその姿はまるで恐竜の化石の様だ。

 

周りには車力の撃破を確信して喜びに浸っているイェーガー派の兵士達もいる。

 

「うぉぉぉぉ!」

「やったぞ!!!車力の巨人を仕留めた!!!」

 

 

 

「そんなところでやられたのか、ピークちゃん」

裏切った身とはいえ、かつての部下がやられたことに少しの悲しみを感じていたジークの表情は―――残骸に装備された大砲がこちらを向いた瞬間、驚きと動揺に満ちたものへと変貌する。

 

 

 

巨人の残骸はブラフだった。

 

「一回限りの騙し討ちですよ。」

他の仲間と共に残骸の下に隠れていたピークはそうマガトに告げる。

 

その言葉を受け取ったマガトは、無論と言わんばかりの表情で標準をジークに合わせ、発砲する。

弾丸は寸分違わず獣の巨人の首元を直撃し、ジークの意識を刈り取る。一発のみの砲撃であったが、間違いなくジークにとって致命傷となった。

 

残骸だけを見せて全滅を装い、兵士が撃破に喜ぶ隙に、最大の脅威であるジークを狙ったこの作戦は見事に的中した。

所詮は新兵だ。死には動揺し、力には恐怖し、だからこそ・・・勝利には気が緩む。

 

 

意識を失ったジークは壁の上から落下、程なくして激しい勢いで地面に激突した。

 

作戦成功だ。危機を逆手に取った痛快な逆転劇と言えるだろう。

しかし、そこは歴戦の猛者。ピークらは勝利に酔うことなく、すぐに次の行動に向けて準備を始めた。

 

「殺しましたか?」

 

「射角がとれない。移動だ!」

 

ジークの生存が現状位置からでは把握できないと判断したマガトは、移動の指示をピーク及びマーレ兵へと出す。

 

「隊長・・・まだ敵が周りにいる。移動は彼等を片付けてからです。」

 

ピークは残骸周りを取り囲むエルディアの兵士たちを警戒する。車力の巨人を仕留めた、と勘違いしていた彼等だったが、今の一発でハッタリだと気づいた様だ。慌てた様子でこちらに刃と銃口を向けていた。

 

ピークは再び訪れる銃撃戦に備え、指示を出すべく、共に車力の巨人の残骸の下へ隠れていたマーレ兵の方へ顔を向けた。

 

「もうひと踏ん張りだよ。速やかにここを片付けて―――

 

 

 

さて・・・ピークは優秀な戦士だ。指示を出すべく仲間たちがいる場所を向いた瞬間、直ぐに2つの違和感に気付いた。

 

まずピークは、仲間のマーレ兵の数が少し増えていることに気付いた。

 

そしてその直後に、ピークは3名のマーレ兵が『見覚えの無い兵』であることに気付いた。そのマーレ兵はマーレの制服を身に付け、マーレの武器を手に取っていた。しかし、そのマーレ兵の顔をピークは見たことが無かった。

 

ピークの部隊、パンツァー隊は先日のレベリオ襲撃でピークを除き全滅した。そのため、ピークの側近部隊はこの戦いのために新たに編成されることとなったのだ。ピークは一応その部隊に参画するマーレ兵を全員確認し顔と名前までは覚えたのだが、その3名の兵士は彼女の記憶になかった。

 

「そこの貴方たち・・・誰?」

 

指をさし、そう口にすると同時にピークは新たな違和感を発見した。

 

その3名の兵士の顔の特徴、体臭、仕草。

それらの特徴から『彼等がマーレ兵ではなく、隣国から招集した兵士であること』にピークは気付いた。

 

ピークの問いを受けた3名の兵士は、それまでの引き締まった表情を『ニタリ』という不気味な笑みに変えたと同時に、懐から信煙弾を取り出して空に向かって赤色の煙を打ち上げた。

 

明らかに何かの合図だ。

 

空へ舞い上がる赤色の煙を見上げるピークの背筋は硬直していた。ピークの感じる嫌な予感・・・それはここに来る前に感じていた感覚によく似ていた。

 

 

 

 

 

 

ジークが倒れたことで戦況は再び逆転した・・・かというとそうではない。

ジークが壁から落下したことで、エレンとの距離はもはや数十メートル。巨人なら数歩でたどり着けるほど近くにターゲットがいることを確認すると、エレンは最後の力を振り絞り、体をジークのもとまで引きずる。

 

だが、ライナーとポルコがそれを放置するはずもない。あと数十メートルというところで足踏みさせられている。

 

 

苛立つエレンの視界の端に、ふと白い軍服が見えた。

 

よく見ると、裏路地に数名のマーレ兵が隠れている様だ。本来は親衛隊らと戦っている筈だが、何故かこの場所に隠れている。ジークも、ライナーもポルコも、彼等に気付いている様子はない。

 

エレンを追撃するために態々無謀にやって来たのか、と考えたがどうも様子がおかしい。エレンに銃口を向ける様子もなく、妨害する気配もない。ただ、数名の仲間同士で何かを話し合っている様だ。

 

「(戦いから逃げてきたのか・・・間抜けだな。よりにもよって一番危険な場所に態々きやがって。)」

 

そうエレンが軽蔑と憐れみが入り混じった感情をマーレ兵に向けていた矢先、隠れていたそのマーレ兵が懐から信煙弾を取り出して空に向かって黄色の煙を打ち上げた

 

一体何を?とエレンが困惑すると同時に、過去の言葉が頭の中をよぎった。

 

―――『オレも出来る事はしよう。』

 

激しい戦闘で熱気立つエレンの身体に、一瞬の寒気が走った。

 

 

 

 

 

 

地面に突っ伏していたジークの目が覚める。と同時に、彼は現状をすぐに把握する。

 

「(地面に・・・落ちて・・・。撃たれた・・・のか?)」

 

顔を僅かに上げると、数歩先の距離でライナーに組み伏せられたエレンが見えた。必死に抵抗し、拘束から離れようとするも、力が出ていない様だ。作戦を成功させるため、兄としての義務を果たすため、ジークは行動に出ようとする。

 

「(エレン・・・今、巨人を)」

 

大声で吠え、多くの兵士を巨人化させようとしたジークだが、ふと頭の中に言葉がよぎった。

 

―――『オレの合図があるまで吠えるな』

 

 

 

 

「俺達の最大の武器は何か・・・だと?」

 

話はすこし遡る。デイビットがリヴァイを退け、ジークと共にフロックが操縦する馬車でシガンシナ区へ向かっている時の話だ。

 

馬車後方の荷物台にどっかりと座って、尋ねてきたデイビットに対してジークは怪訝な表情で返す。

 

「そうだ。これからお前達はシガンシナ区でマーレ兵と争いを繰り広げるわけだ。敵は多数のマーレ兵。味方はお前とエレンのみ。義勇兵やイェーガー派にはあまり期待しない方が良いだろう。

 

まず敵わないこの戦いだが、状況をひっくり返せる切り札はなんだ。戦槌の力か?お前の投擲の力か?違う筈だ。お前達だけが持つ戦略はなんだ。」

 

より具体的に質問を繰り返してくるデイビットに対し、ジークは少し間を空け、口にする。

 

「・・・エルディア人の巨人化だ。俺の脊髄液の入ったワインを飲んだ奴らがシガンシナ区に集まっていると聞いている。そいつらを巨人化させ、混乱を生むことで接触の隙を作ることが出来る。」

 

ジークの答えを聞いたデイビットは表情を一切変えずにその意見に肯定する。

 

「認識に相違はないようだ。その通り、巨人化による混沌が勝負を分ける要因となる。

 

だが・・・それを理解している割には準備が不足しているようだ。」

 

「・・・どういうことだ。」

 

突然のダメ出しにジークは眉をひそめて真意を問い返すが、デイビットの口ぶりがよどむ様子はない。

 

「切り札だからこそ、中途半端に使うべきではない、ということだ。脊髄液を飲んだ奴の場所は把握しているのか。お前の周りにいてくれる保証はない。シガンシナ区もそれなりに広い。お前から離れた場所にいる巨人を発生させても大して助けにはならない。」

 

淡々と問題点を指摘するデイビットにジークは痛い所を突かれたという表情をするも、軽くため息を吐いて反論する。

 

「お前・・・無茶いうなぁ。何人脊髄液を飲んだ奴がいるかも分からないんだ。具体的な場所なんて分かる訳ないだろう。」

 

「そうでもない。つまりは要所に確実に数人配置されていればいい訳だ。その要所は2つと考えていい。

 

1つがお前とエレンの周辺。お前たち2人の間の地点といってもいいだろう。

2つが車力の巨人の周辺だ。正確には対巨人砲装備を備えた車力の巨人とその部隊だな。あれを潰しておかないと接触前に終わりだ。」

 

デイビットが戦場の要となる箇所をすらすらとまとめるとジークは納得した表情を見せた。それと同時に、ジークは彼の洞察力にも驚愕した。マーレ兵にはピークを始め、頭脳面で優秀な人材が多くいるが、その全員を軽く凌駕することが軽く会話しただけで分かってしまった。まるで道理かのように、この複雑な戦況の要点を簡単に説明してみせた彼に対し、畏怖の感情が沸き上がる。

 

「・・・確かに巨人を使ってその2箇所を抑えられれば大きいな。だがどうやってそこに配置する?」

 

戦場の要は分かった。しかし、次の問題はどうやってそこに脊髄液を飲んだエルディア人を配置するかである。

 

しかしデイビットは何でもないかのようにポケットから液体入りのカプセルを取り出し問題ない、と説明を続けた。

 

「既に準備は済ませてある。残る問題は実行のタイミングだけだ。お前とエレンの距離、車力の巨人の位置、兵の配置、その全てが嚙み合う時を待つべきだろう。

 

フロック、お前は兵士を率いて車力に行け。奴の包囲を囲み、距離を詰めて攪乱させろ。巨人化までの時間稼ぎが必要だ。」

 

デイビットが戦場の要となる箇所を説明したうえで馬車を操るフロックへ指示を出すと、鋭い視線と共に声が返ってくる。

 

「それは命令か。お前の指示に従う義理はない。」

 

「いや、ただの提案だ、最終的にはお前の好きにすればいい。」

 

「・・・まぁ、考えておく。」

 

そう呟きフロックは前方へ視線を戻す。

 

 

冷えた反応のフロックとは反して、ジークは閉じていた目を開き、納得した様子でデイビットへ己の仮説を叩きつける。

 

「・・・つまり、お前がその時だと判断するまでは巨人化を発動するな、ということか。」

 

「話が早くて助かる。基本的に好きに暴れて貰って構わない。

 

―――だが、オレの合図があるまで吠えるな。」

 

 

 

 

シガンシナ区へ向かう馬車の中での会話を思い出し、吠えるのを留まるジーク。しかし、彼の心の中は焦りと疑心に満ち溢れていた。

 

「(まだか・・・まだなのか・・・。俺はもう虫の息だ。エレンももうじきやられる。追撃までそう時間はない。・・・それでも・・・まだなのか・・・デイビット・ゼム・ヴォイド)」

 

ここまで追い詰められているジークに、仲間かどうかも分からないデイビットの合図を律儀に待つ義理はない。それでも、ジークは直感していた。

 

デイビット・ゼム・ヴォイドという男がつまらない嘘を吐く奴では無いこと、そして彼が勝利への道筋を違えることは決してない、ということを。

 

ジークは縋るように顔を上げた。天からの啓示を待つかのように、壁の上を見上げた。

 

ジークのその仕草を見た数名の者も、つられるように顔を上げた。

 

 

 

彼等が見上げた先には、男が立っていた。片足を失っているにもかかわらず悠然と壁の上に佇むその男の金髪は、強く風で揺れていた。

 

 

 

ジークにつられて壁の上を見上げた者の中にはアルミンも含まれていた。エレンとジークの接触をサポートするべく戦闘中だった為、はっきりと見えたわけではない。

 

それでもアルミンには、そこに立つ男の正体がすぐに分かった。

 

彼の風貌、雰囲気はよく目立つ。

 

50mの壁の上から、この場の全員を見下ろすその瞳には、愛国心も、憎しみも、顕示欲も、何一つ感じられない。

 

ただひとつ、人類の為に善いことを行う、その一心のみ。

 

「(・・・あぁ、やはり君がこの状況をただ傍観している訳はないんだ。不自然な点は今までいくつもあった。ザックレー総統の暗殺、リヴァイ兵長の敗北。それより前にも、いくつも!

 

一体何をするつもりなんだ?何を狙っている?いや、そもそも君は一体なんなんだ!?

 

―――デイビット!)」

 

 

 

 

 

無造作に荒れる己の髪を抑えることも無く、デイビットは戦況を壁の上から眺めていた。

 

まるで9年前のあの時の様だ。壁内人類の戦いは、ここシガンシナ区で始まった。超大型巨人が現れ、ウォール・マリアが破壊されたあの日も、デイビットは壁の上からじっと戦況を眺めていた。

 

あの時と同じ様に、シガンシナ区は混沌と化している。そしてあの時と同じように、混沌の様を見ても、デイビットの感情が揺さぶられることはなかった。

 

ただあの時と違う点もある。

 

あの時は状況を把握するために傍観していた、すなわち情報が欠落していた。

しかし今回、デイビットは全てを把握している。戦況も、情勢も、この後に何が起こるのかも、全て理解したうえで立っている。

 

あの時は、ただ巨人に蹂躙される街をじっと眺めていた。彼は何も行動しなかった。助けることも、加勢することも無く、ただじっと、人類が喰われるのを眺めていた。

しかし今回、デイビットは『巨人を使って町を蹂躙するために』、じっと・・・戦況を傍観している。

 

マーレ兵の散らばり具合、エレンとジークの間の距離は既に条件を満たしている。後は『マーレ兵に紛れ込んだエルディア人』が所定の位置に着くだけだ。

 

 

 

 

 

調査兵団がマーレへ遠征していた間、デイビットは度々単独行動をしていた。リヴァイや兵団の仲間から良い顔はされなかったが、今に始まったことじゃないと既に諦められていたうえ、何も言わず長期間消えているエレンに比べるとマシだという理由から、半ば放置されていた。―――放置してしまっていた。

 

デイビットが定期的に足を運んでいた場所は、マーレの隣国諸国。それも、過去にマーレに蹂躙された国々だった。デイビットは諸国を歩き渡り、そこに隠れ住むエルディア人を探していた。

 

目的は唯一つ。『マーレに対する復讐心を持つエルディア人の選定』である。

 

ただ復讐心があるだけでは駄目だ。『自分がどうなろうとも、マーレに地獄を味わわせたい』そう強く願っている、自己犠牲精神も含んだ復讐心を持つエルディア人をデイビットは求めていた。

 

数は要らない。10人程度でいい。その方が忍ばせやすい。

 

選定されたエルディア人に対し、デイビットは3つの指示を出した。

 

1つ、ジークの脊髄液を飲むこと。

2つ、パラディ島制圧作戦にマーレ兵として紛れ込むこと。

3つ、戦闘が始まったら速やかにジークとエレンの付近・または車力の巨人の付近へ移動し、信煙弾で合図を出すこと。

 

この3つの指示のみを出すと、用件は終えたとばかりにデイビットは去った。特別な訓練を施したわけでもない、激励の言葉をかけたわけでも、マーレへの憎しみを植え付けたわけでもない。

 

それでも、彼等にとってはその3つの指示だけで十分だった。デイビットの提案はそれだけ、彼等にとって魅力的だった。『例え自ら巨人になったとしても』、マーレを地獄に堕とすことに貢献できるデイビットの作戦に、彼等は歪んだ笑顔で乗った。それが出来る人間をデイビットは選定したのだ。

 

結果、作戦は上手くいった。ジークの脊髄液を飲んだ彼等は、マーレ兵として飛行船に乗り込むことに成功した。皮肉にも、ピークが提案した周辺国からの徴兵が密入を大きく手助けした。これにより、彼等はより容易に招集兵に紛れ込むことが出来たのだ。万全を期すための一手が、爆弾を運び込む結果となってしまった。

 

そして、戦闘開始と同時に持ち場を離脱し、ある者は車力の巨人の方へ、ある者はジークの付近へ移動した。

 

数名は流れ弾などにより脱落した。

 

しかし今この瞬間、ピークの下に3名、ジークの付近に5名、巨人になる準備が整ったエルディア人が揃い、復讐の狼煙を上げた。

 

 

 

赤色の信煙弾と、黄色の信煙弾をデイビットが確認したのは、ほぼ同時だった。

それと同時に、デイビットは銃口を天に掲げる。

 

「王の座に在らずとも、その権能を使え。吠えろ、獣の巨人」

 

そう呟くと、デイビットは黒色の信煙弾を打ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウォォォォォォアアアアアアアアアア!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからの展開は実に一方的だった。

 

まず兵団上層部が巨人化した。親衛隊・マーレ兵はともに蹂躙された。銃撃も戦略も陣形もまとめて巨人に蹴散らされた。戦況は崩壊した。

 

 

 

次に、壁上の車力の巨人付近にいた3名のエルディア人が巨人化した。ジークから『車力の巨人を妨害し、対巨人砲装備を無力化させろ』と指示を受けた巨人達は車力の巨人に一斉に覆いかぶさり、噛みつき、その場を鎮圧させた。

 

必死に抵抗するピークの頭の中には、1人の男しかいなかった。ジークの目線の先にいた男、デイビット・ゼム・ヴォイド。あの黒い信煙弾が全ての合図だったのだろう、そう考えるとこの状況を作り上げた黒幕の正体も自ずと彼だと分かる。

 

そして、ピーク自身がずっと抱えていた嫌な予感の正体も同時に導出される。

 

「(彼だ。彼だった。4年前から感じていたエルディア勢力の気味の悪さの正体は。この不安の正体は。完全に戦略を間違えた!彼を放置してはいけなかった!目を離してはいけなかった!好きに動かせてはいけなかった!)」

 

 

 

最後に、ジークの付近にいた5名のエルディア人と、運悪くそこにいたファルコが巨人化した。『やれ』というジークの一言で十分だった。合計6体の巨人は鎧の巨人と顎の巨人へ襲い掛かり、周りにいたマーレ兵も蹴散らした。

 

本来の歴史では巨人化を解除してジークへ接近していたエレンだったが、その必要はなかった。巨人のまま大きな一歩をジークに向かって踏み出すことができた。本来の歴史では銃を構えてエレンを撃ち抜いたガビ・ブラウンも、無垢巨人に襲われその場を退却するほかなかった。

 

本来の歴史ではエレンの生首をジークがキャッチする形で接触を果たしていた。しかしこの世界では、そのような奇跡的な勝利の道を辿る必要はなかった。

 

合理的に、必然的に、兄弟は・・・いや、エレン・イェーガーは完勝した。

 

 

 

 

 

進撃の巨人の手と、獣の巨人の長い手が接触する。その一瞬の中で、兄弟の間では長い記憶の旅と激論が交わされるが、その内容は彼ら以外には知る由もない。

 

 

2人が接触を果たした直後、巨大な光の柱が落雷の様に顕現する。シガンシナ区・・・いやパラディ島の生活圏を囲う全ての壁が一斉に崩壊する。

 

その中に埋められていた超大型巨人が現れ、歩みを始めた。

 

 

 

始祖の巨人が、ここに誕生した。

 

地ならしの始まりである。

 

 

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