残酷な世界で過ごす最小の一日   作:安泰明日

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第十四話『決戦前の作戦会議』

アルミン、ハンジら兵士6名、マガト、ライナーら戦士6名は森の中にいた。

 

パラディ島の港から馬で五時間程度の、藻掻けど迷えど出れない森の中に、彼等はいた。

 

『つまり…正義に目覚めたというわけか…』

『今…正義を語ったのか…?あんたが?あんたらが送り続けて来た巨人に抵抗してきた俺達が悪だったのか!?』

『あぁ…お前達は悪魔に見える。パラディ島脅威論は現実路なり今や世界は滅びつつある。違うか?』

『地ならしまで追い詰めたのはお前らだろうが!?』

『今更歴史の話をしようというのか?先にマーレを苦しめ蹂躙したのはエルディアってことぐらいは理解しているんだろうな?』

『二千年も前のことでいつまで被害者面してやがる!?』

『その様な戯言が実在する二千年の歴史に通用すると思っているのか?』

 

巨人に故郷を奪われ、仲間を殺された男と、巨人を送り込んだ男。

長い蹂躙を受け続けた国家の子孫と、長い蹂躙を繰り返し続けた国家の子孫。

 

自らの加害者としての一面を上塗りするかのように、自らの被害者としての一面を互いに押し付け合う姿は実に美しくない。だが『我々は共に被害者であり加害者だ』という上っ面の正論を掲げて笑いながら手を組むには、互いに敵を殺し、仲間を殺され過ぎている。

 

自らの友を殺した相手に向かって躊躇なく笑顔を向けられるのは、よく言えば聖人、悪く言えば人でなしだ。

その場にいる全ての者もジャンとマガトの主張に怒り、共感することを止められない。ひとえに、その場にいるのは皆『人間』だからだ。

 

とはいえ、『人間は争い合うものだ』と、観測者気取りの主語の大きい正論風現状肯定で開き直れるほど、彼等は暇ではない。

世界を救うために立ち上がったのだ。今こうして言い争いしている間にも人が死んでいる。その冷ややかな事実を以て、怒りで燃え上がった二人の頭が理性を取り戻す。

攻撃的な表情を保ちながらも、互いに言葉を噤んだ。

 

お互いの言い争いがひと段落したところで、争いを中断するリングの音の様に、ハンジは鍋を軽く叩く。

 

「シチューができたよ。食べよう。」

 

決して穏やかとは言えない雰囲気の中シチューを口にする一同。その間の沈黙は重苦しく、とてつもなく長いものだった。

 

沈黙を破ったのはハンジだった。現状の分析と今後の動き方について、冷静な表情でスラスラと語る。

 

「馬を休めても港まで最速で5時間はかかる。頼りはアズマビト家だ。キヨミさん曰く、地ならしの視察用に飛行艇を港に用意してあるらしい。それを使えばあの始祖の巨人に近付ける」

 

「やはり、アズマビトが裏で手を回していたのか。」

 

「問題は、始祖の巨人がどこにいるかだ。闇雲に飛んでもすぐに燃料は尽きる。」

 

互いの指揮系統上のトップであるハンジとマガトの間で話がトントン進む。共に兵士・戦士を率いてきた経験は長く、戦略のビジョンは共有されているのだろう。余計な補足などに話が全く逸れない。

 

しかし、そんな淀みなく進んでいく議論を捻じ曲げる、待ったの声がその場を支配する。

 

 

 

「ちょっと待って」

 

議論を邪魔されたマガトは、どうせ戦略の基礎も分かっていない素人が話をかき乱すのだろう、と嫌気の感情を露わにする。しかし声を発した者を確認すると、一変して怪訝な面持ちになった。

 

その者は優れた戦術眼を持ち、これまでマガトと対等に議論を交わし、マーレに大きく貢献した人物だったからだ。マガトは巨人化を解いた彼女を見据え、口を開いた。

 

「なんだ、何か意見があるのか。ピーク。」

 

鋭い視線を浴びながらも、マーレの戦士ピークは真剣な表所で全員に語りかける

 

「始祖の巨人の場所や移動手段の話より、まず最優先で確認するべきことがあるはず。」

 

彼女の直属の上司にあたるマガトは、それに対し厳しい口調で応じた。

「敵の位置とこちらの経路確保は戦術における基本だ。そんなことも忘れたか。」

 

しかしマガトの厳格な態度に対してもピークは全く引き下がらない。

 

「戦術の基本すら、今は一段階優先度を下げなければなりません。先の戦いにおいて、我々は『それ』を軽視したから始祖の誕生を許し、敗北を喫しました。」

 

「なんだと・・・?」

 

鬼気迫る表情でそう訴える姿にその場の全員が息をのむ。

 

「ピーク、その確認するべき点とは・・・『それ』とはなんだい?」

全員が抱いた疑問を、代表してハンジが問うた。

 

ピークは軽く息を吸い、全員に聞こえるはっきりした声で問うた。

 

 

 

 

「デイビット・ゼム・ヴォイドは今、どこで何をしているの?」

 

ピークの問いが場を支配してから、3秒ほど間が開いた。その間、複数の兵士と元兵士のみ、ハッとした表情を浮かべる。しかし残る者たちは質問の意図を把握しきれず、困惑の表情を浮かべていた。

 

僅かに生まれた沈黙を、困惑の表情を浮かべていた一人のコニーが破る。

 

「・・・知らねぇけど、イェーガー派の中にいるんじゃねーのか?なんでそれがエレンや地ならしの対策より大事なんだよ。・・・どうでもいいだろ、別に。」

 

その答えを聞くや否や、ピークは呆れの籠ったため息を吐く。

「・・・そう、ずっと奴と一緒にいたあなたがそれを言うんだ。」

コニーから興味を失くしたように視線を外すと、今度はジャンに向かい問いかける。

 

「ジャン、あなたも同じ?所詮人間のデイビット・ゼム・ヴォイドなんて、あーんなにおっきい始祖の巨人や地ならしに比べれば、些事だと思う?」

 

ピークのその問いかけに対し、ジャンは直接答える事はしなかった。その代わり、その一個前の質問にジャンは答えた。

 

「・・・デイビットは、イェーガー派の中にはいなかった。フロックに聞いた所、シガンシナ区にはもういないそうだ。」

その答え方から、彼も同様にデイビットの動向が掴めない現状にむず痒さを感じていることがありありと伝わる。それを察するとピークは立て続けに詰めていく。

 

「目的地は?」

 

「分からねぇ、壁の内側へ向かったとは聞いている。」

 

「内側にまだ何か兵器でもあるのかしら。彼は何を考えているの?目的は?」

 

「さぁな・・・俺達があいつの考えていることを、事が起こる前に読めたことなんて、これまで一度もねぇんだ。」

 

「奴自身の戦力は?」

 

「確かに強いが、最後に見たときは四肢が欠損していた。あれじゃ立体起動も満足には使えねぇだろう。」

 

そこまで情報を集めると、ピークは一息吸って呟いた。

 

「そう・・・ということは今がチャンスってことね。」

 

「ピーク・・・お前、何を・・・?」

 

何が何だか分からない、という表情で尋ねるライナーを無視し、ピークは全員に向かって宣言した。

 

「この際はっきりと言うけど、私はこの戦いで最も警戒すべきはデイビット・ゼム・ヴォイドだと思っている。そして出来ることなら、1日を犠牲にしてでもこの島の何処かにいる彼を探し出して始末するべき。本気でそう思っているわ。」

 

ピークの言葉に一同は息をのむ。

 

「血迷ったか、ピーク。お前がそこまでの戯言を抜かすとは思っていなかった。」

 

マガトの厳しい声に対してもピークは全く動揺することなく言葉を返す。

 

「元帥、シガンシナ区での戦いで我々はデイビット・ゼム・ヴォイドを1兵士、ただの人間としてしかカウントしなかった。その結果、我々は彼一人に戦況を一変され、始祖の誕生を許してしまった。」

 

「あの時はあの時だ。そもそも、始祖の誕生を実現させた時点で奴の目的は達成した筈だ。」

 

「彼はイェーガー派に属しています。イェーガー派の目的が大陸の滅亡なら、それを阻止しようとする我々と彼は間違いなく敵です。」

 

「仮にそうだったとして、奴1人に何が出来る。四肢が欠損したエルディア人が我々に何が出来るというんだ。」

 

「彼の脅威は戦闘力じゃないことはもうご存じでしょう!?生きている限り、何をしてくるか分からない。一歩も動かないまま、我々をまとめて排除してくるかもしれない。」

 

「その『かもしれない』という曖昧な推測のために我々が行動を遅らせた分だけ、何千万の命が奪われるんだぞ!」

 

「っ・・・」

 

マガトの言葉にピークは押し黙る。そして、少しの間が開いた。

 

マガトの言葉は全くの正論だ。ピークの懸念は理解している。だが、懸念程度で一日を無駄に出来る戦況では最早ないのだ。『デイビット・ゼム・ヴォイドを放置することで世界が滅亡する理屈』が得られない以上、余計に時間は使えない。彼等が数秒を無駄にする分、超大型巨人は一歩多く歩みを進める。その一歩で万単位の人間が踏み潰される。その重さを何よりも理解しているマガトの理屈は極めて正しい。

 

一方でピークの主張の根幹にあるのは恐れ、言い換えると直感だ。これまでデイビットに2度敗北を喫した経験から、デイビットを放置すると世界が終わるという『直感』をピークは持っていた。

 

男の理屈と、女の直感。実際にどちらが正解かなど、この時点で証明は出来ない。しかし、こと議論の場においては理屈が断然優位に立つ。

 

ピークも元々は理屈をベースに行動する人間だ。それだけに、自分が如何に不利な戦いをしているのかを理解している。それゆえ、数秒間の沈黙を許すこととなった。

 

その沈黙の間に、また新たな声が飛び込んできた。

 

「どのみち、私達10人ぽっちで島中を探したところで、デイビットが見つかる訳はないでしょ。手負いとはいえ、1日程度で簡単に殺せるんだったら、こっちも苦労していない。」

 

「・・・アニ。」

 

「けどピーク、あんたのその恐怖は私にも分かる。私も、デイビットが野放しになっている現状が気持ち悪くてたまらない。

 

あんた達も分かるでしょ。今まであいつが一人で勝手に姿を消した時、ただの一度でも何も起らなかったことがある?」

 

訓練兵時代から時間を共にした調査兵団の仲間たちに、アニは問う。

彼等の間に即座に数々の記憶が思い起こされた。

訓練兵時代、トロスト区襲撃、壁外調査。

デイビットが1人になったとき、その戦場は最終的に必ず彼に掌握される。

 

「あんた達は味方としてしかデイビットを観てなかったでしょ。さぞかし頼もしかっただろうね。

 

けど、こっちは何度も敵としてあいつを見てきた。あいつが単独で消える度に気が気じゃなかったよ。そして毎回嫌な予感は当たっていた。終いには殺されかけて4年間も氷漬け。

 

あんた達も今回初めてデイビットを敵として観測している。だから先人としての教訓だけど、あいつとの戦いは一瞬で終わるよ。誰にも制御できない混乱した戦況の終盤に、あいつは突然現れる。そしてあいつを敵として認識し始める頃には、もうほぼ決着がついている。」

 

訓練兵時代をデイビットと共にした兵士達はその言葉を重く受け止めていた。

全員一度は彼の背中を見て思っただろう、『この男が敵じゃなくて良かった』と。

その頭の中で思い浮かべた悪夢が、今現実になったのだ。

 

「…では、どうしろと。」

ミカサは声を落としてアニに問う。

 

数年前の様に、デイビットを一騎打ちで倒せばよいと吠える事は彼女にはできなかった。もはや、デイビットとの戦いがその様な次元の話ではないことを、彼女も理解していた。

 

しかし、だからといって何が最善の対策か彼女には分からない。

それはアニも同じだった。

 

「そんなの私だって分からない。何処にいるのかも、何を企んでいるのかも、私達があいつの動きを読めた例なんてない。正直今出来ることなんて何もないよ。

 

―――でも、一つだけ約束して欲しい。」

 

アニはミカサらを1人1人見据えたうえで、これまでにない真剣な眼差しで願いを口にする。

 

「デイビットは敵、その認識を今ここで心に刻み込んで。仲間の情をかけている暇はない。『どうして?どうやって?』なんて疑問や過程を抱いている暇もない。頭で考えずに、対峙した瞬間にあいつを殺してでも止めるべき対象として接すること・・・出来る?」

 

過去にここまでアニが切羽詰まった声色で指示を出したことはないだろう。

断ることを許さない、というメッセージが露わになっている。

その命令にも近い懇願に、誰も反論しなかった。

 

アニの圧に押されたからではなく、彼ら一人一人の判断として、だ。デイビットを仲間としてではなく、脅威として見る事に全く違和感を抱けなかった。

まるで、長年ずっとそのように見ていたかのように、警戒対象としてのデイビットは良く馴染んでいた。

 

この反応は正直デイビットに気の毒ではある。

実はアニから同様の問答が少し前にもあった。デイビットではなくエレンについて、対峙した時に殺せるか、ミカサを中心とした兵士の面々に問いかけた。

 

その時の反応は、彼等の間の仲間意識が十分に表れたものだった。

 

『…エレンを止める方法は殺すだけじゃない…』

『エレンと話してみないと…』

 

世界を滅ぼす敵としてエレンを止めなければならないのは承知しつつも、そこには仲間として殺したくないという葛藤があった。

 

気の毒なものだ。先程まで必死に殺害以外でエレンの止める方法を思索していたミカサは、既にデイビットとの戦闘シミュレーションを脳内で始めている。

 

とはいえ、彼等に全く非はない。エレンとデイビットでは、在り方から、日々の過ごし方まで差があり過ぎる。

仲間としての情がない訳ではないが、不気味さと危機本能が一瞬でそれを上回ってしまったのだ。

 

彼への警戒心を超えるほどの信頼関係を築けなかった、デイビットの責任である。デイビット自身、それを否定しないだろう。

 

「・・・私からはそれだけ、ピークもそれでいい?」

兵士の反応を確認すると、アニはいつもの無表情に戻り、腰掛けつつシチューを口にする。

 

「・・・ええ、ありがとうアニ。少なくともデイビット・ゼム・ヴォイドに対する情けを捨てて貰えるなら、一旦それでいいわ。」

 

ピークはアニの問いかけに肯定の意を示す。ピークは計算高い戦士だ。元々、デイビットを探す為に一日を費やそうなどと、本気で考えてはいなかった。しかし、デイビットへの警戒を過剰気味に訴えることで、一先ず兵士も含めた全員に『デイビットを敵として意識させる』という妥協点を勝ち取ったのだ。

 

議論は一旦決着を迎えた。ピークもアニも、兵士の面々もデイビットへの対処について方向性が決まった所で、マガトが訝しげに問いかける。

 

「ただの一人の人間に大した警戒ようだな、ピーク、レオンハート。」

 

「それ程までに、デイビットという人間は―――

 

 

 

「人間じゃねぇよ、あの野郎は」

 

ピークの返答を誰かが遮る。

その声には苛立ちの感情がこもっていた。

声の出どころは、シチューを囲む円の外側、重症者を乗せた台車からだった。

 

「リヴァイ、起きたのか。気分はどうだ」

 

その重傷者、リヴァイ・アッカーマンに対してハンジが声を掛けるも、それをはねのけるかのようにリヴァイは続ける。

 

「よく眠れていたんだがな、嫌な野郎の名前を聞いちまったせいで、台無しだ。」

 

頭からつま先まで包帯に包まれていたため表情は殆ど見えなかったが、その声色と眼差しから負の感情がありありと伝わる。

リヴァイが放つ不機嫌なオーラを受け止めながら、ハンジはずっと気になっていたことを尋ねる。

 

「…リヴァイ、起きて早々申し訳ないが、君が重傷を負った経緯について、もう一度聞こう。ジークの脊髄液入りワインを飲んで巨人化した兵士達を殺し、ジークも倒した君は彼を引き連れて森の外を出た。しかし、そこで待ち構えていたデイビットと交戦し、その重傷を負ったと。

 

ここまでの話に、強く違和感を覚えているのは私だけではないだろう。

いくら連戦で疲労していたとしても、平地という不利な状況だったとしても、君がデイビットに負けるはずがない。」

 

曲がりなりにもデイビットは7年間兵団に所属し、身体能力は人間の範疇と結論が出ている。もっとも兵士としては十分優秀ではあるのだが、リヴァイやミカサのような『アッカーマン』とは隔絶した差があった筈だ。

 

無論、ただ身体能力だけでゴリ押しする相手なら、いくらでもデイビットに勝機はある。しかし、リヴァイにとって身体能力はベースでしかない。アッカーマンという基盤を持ったうえで、ケニー仕込みの技術、天性の戦闘IQ、冷徹な精神を持つゆえ、リヴァイは最強の兵士なのだ。

 

撤退戦で逃がしたならまだしも、直接の対決でリヴァイが敗れる筈がない。

これは絶対だ。

この前提を語ったうえで、ハンジは本題の質問に移る。

 

「しかし現に君は生きているのが不思議なほどに全身ズタボロだ。なぜこんなことが起きているのか、理由は1つしか考えられない。

 

デイビットはこれまで力を隠していた。人間としての身体能力ではない、もっと根本的な力を、手札を。

 

そう…まるで、九つの巨人の力のような。」

 

ハンジの仮説は一瞬で場を凍らせた。

巨人の力を持つデイビット、まさに悪夢。

鬼に金棒、虎に翼、弁慶に薙刀と、まぁそんなところだ。

 

しかし、陣営が絶望に染まりきる前に、すぐさまマガトが矛盾点を指摘する。

 

「有り得ない。九つの巨人の正体は全て割れている。奴が取得できる巨人の力などない。」

 

「その九つの巨人も、所詮は伝承だろう?隠された十体目なんか、いてもいいじゃないか。私は好きだよ、そういうの。」

 

ハンジの声色に期待が滲んでいることに、長く共にしてきた兵士たちは気付き、呆れた視線を向ける。調査兵団団長としての肩書を剥がせば、そこにいるのは生粋の巨人狂科学者(マッドサイエンティスト)。新たな巨人の一面を知ることに快楽を覚えるハンジにとっては、未知の知性巨人だったというオチの方が幾分も面白い。

 

ただ、残念ながらハンジの希望はリヴァイの一言で粉々に砕け散る。

「・・・あれは巨人の力じゃねぇ。」

 

「・・・・・・あぁ、そう」と表情に影を落とすハンジを他所にリヴァイは続ける。

 

「・・・影とも、靄とも違う。この世のもんじゃねぇような異物を喚びだしてきやがった。ひらひら舞ったかと思えば巨人より重く、伸縮自在かと思えば鉄よりも固ぇ。終いには虹色の光線まで撃ってきやがる。」

 

全く意味が分からない説明だ。状況報告に慣れているリヴァイによるものとはとても思えない。

一同のポカンとした表情を見て流石に要領を得ない解説だと自分でも悟ったのか、リヴァイは一度整理し直し、現象を総括する。

 

「…まぁ口で説明できるタチのものじゃねぇってことだ。俺もあの力については何一つ分からねぇ。ただ確信して言えるのは、あれは巨人とは全く別の性質の力であること、そしてデイビット・ゼム・ヴォイドは人間じゃねぇ、ってこと。この2つだ。」

 

「デイビットが人間じゃないって、最初にも言ってたね、それ。」

 

「身体に潜んでいるのか知らねぇが、あんなモノと繋がりながら正気保っていられる奴を人間と呼ぶなら、そいつは俺とは違う解釈だ。」

リヴァイはそう言い放つと、語り終えたと言わんばかりに再び横になる。

 

さて、リヴァイの証言によりデイビットのことがまた一つ分かった。

『デイビットは我々が知らない戦闘手段を保有している。中身は謎。』という実に貴重で役に立たない情報だ。

 

それにより議論は前進したか?もちろん答えはNo。

力の中身が全く不明な以上は対策の立てようがなく、ただこちらの警戒リストが一行増えただけだ。

 

知ろうとすればするほど、謎が増える。近づけば近づくほど遠ざかる。

問いばかり積みあがるのみで、結局何一つ解は分からない。

こちらが明かりで照らしても、そこには新たな暗闇があると分かっただけ。

デイビット・ゼム・ヴォイドとはそういう男だ。

 

議論が完全にどん詰まる。

場が沈黙したところで、ピークが意外な人物に話を振る。

 

「イェレナ・・・デイビットは何を考えているの。曲がりなりにもイェーガー派の貴女なら、彼の目的について分かる所があるんじゃない?」

 

全員の視線が、輪の端にいたイェレナに向く。それまで一言も言葉を発さず、ぶっきらぼうな顔で議論を眺めていた彼女は、一瞬面食らった様子を見せるがすぐに問いかけを否定する。

 

「いや、ちっとも。私だけでなく他のイェーガー派にとってもあの人物はよく分からない兵士だったので。」

 

イェレナは続ける。

 

「元々彼は我々の計画外の存在だった。しかしどこから計画が漏れたのか・・・ある日いきなり我々の下に現れ、改善案を提示するとすぐに去っていった。その後も同じように、時々現れては一言告げてすぐに去る。こちら側が彼の動きを把握したことはありませんでした。」

 

「・・・どこでもブレねぇな、あいつ。」

コニーが呆れたように呟く。

 

「結局、何も分からずじまいね・・・。謎が増えていくばかりだわ。謎の力の正体も、パラディ島の外の事情を始めから知っていた理由も、彼自身の目的も、肝心なところに繋がる情報はまったく―――

「おい・・・ちょっと待て」

 

「・・・なに、ジャン。」

 

ピークがため息を吐きながら愚痴るように零れた言葉を、ジャンが遮る。

何気なくピークが口にしたある言葉を、ジャンは看過できなかった。

それはミカサ、コニー、ハンジも同様だった。

目を思いっきり見開き、口をわなわなと震わせる彼等を代表して、ジャンがピークに問う。

 

「デイビットが『パラディ島の外の事情を始めから知っていた』、ってどういう意味だ・・・?」

 

「いや、そのままの意味だけど・・・確かライナーの報告だとそうだったよね?」

 

ピークが黙々とシチューを食べていたライナーに尋ねると、「あぁ」と低くか細い声で答える。

 

「あの日、俺とベルトルトでエレンを拘束して逃亡した日、デイビットは突如俺達の前に現れた。俺達は数分ほど会話しただけだったが、その時奴ははっきりとこう口にした。『この壁の外の世界について知っている』と。」

 

ライナーの告白に兵士の一同は驚きつつも、うち何名からは辻褄が合った、とどこか納得するような様子も垣間見える。

彼等の心の中の何処かで『だろうな』、と思っていたところがあったのだろう。始めから全て分かっていたという方が、よっぽど『らしい』。

 

「・・・ってことは、デイビットもお前ら同様、マーレから来たってことか?」

 

コニーの問いにライナーは「いや」と否定する。

「俺もそう思ったが、あいつは自分で壁の中の人間だと言っていた。つまり、壁の中で生まれ育ちながら、壁の外の世界を知っていた、ってことになる。

 

あいつがどうやってそれを知ったのか、それはずっと不明だが・・・」

 

俯きながら語るライナーに対し、ジャンが「そ・う・い・う・大・事・な・こ・と・は・・・早く言え!!!」と激しく突っかかり軽い取っ組み合いが始まる。

ミカサやアルミンもそれを止めない辺り、同感なのだろう。コニーに至ってはマウントを取られているライナーの顔面にストンピングを喰らわせている。マーレの面々も全く止める様子はない。

重苦しい議論の中のささやかな休息であると、まぁギリギリ言ってもいいだろう。

 

さて、また彼に関する問いが増えただけという、お馴染みの現象かと思えたが、今回は違った。

 

「・・・そうか!あれはそういうことだったのか!!」

いきなり立ち上がり大声で合点のいった面持ちを見せたのはハンジだった。

一同が困惑の表情を浮かべる中、ハンジは「あぁ、ごめんごめん」と頭を掻き、着席してから語り始める。

 

「実はデイビットについては調査兵団内でも色々探っていたんだ。エルヴィンからの指令でね、彼が我々の味方ってことを保証する必要があった。」

 

元調査兵団団長エルヴィン・スミスは博打を打つが、それでいて合理的な司令官だった。彼はデイビットが存分に能力を発揮できるように行動の自由を与えると同時に、彼が本当に人類サイドか調査していたのだ。そんなエルヴィンの指令が、彼の死から4年後に効果を出すこととなった。

 

「彼の出自はウォール・マリア東区のセムという小さな村だ。村人に直接聞いたけど、確かにデイビットは844年、ちょうど超大型巨人に侵攻された前年までそこで暮らしていた様だ。

 

だが、その844年にデイビットは突然姿を消したらしい。」

 

「あいつって俺達と年そんな変わらねえよな。ってことはその頃まだガキじゃねぇかよ。」

コニーの言葉にハンジは頷きながら続ける。

 

「あぁ、その通りだ。10歳辺りだろう。そんな子供が1人で消えたのだから、村人も必死で探したようだが、結局見つからなかった。

 

我々は村を出た後のデイビットが辿った足跡を追った。最後の手掛かりは845年、ちょうど壁が破壊された日のシガンシナ区だ。見慣れない10歳ごろの子供がいた、という目撃情報があったらしい。子供の特徴はデイビットと酷似していた。

 

それ以降の二年間は、全く痕跡なしさ。彼の姿も記録も全く壁内には残っていない。まさに空白の二年だ。巨人侵攻により喰われたのだろう、と普通なら考えるだろうが・・・

 

二年後の847年、彼は訓練兵デイビット・ゼム・ヴォイドとして、再び壁内に姿を現した。ここから先は君たちの方が詳しいだろう。

 

我々の調査の最大の謎はこの空白の二年間だった。彼はこの二年間何処でどうやって生き延びていたのか。山奥でひっそり暮らしていた、壁内の拠点に引きこもっていたなど様々な仮説があったが、今はっきりしたよ。」

 

デイビットの調査結果について一通り報告を終え、己の答えを出した。

 

「デイビットは壁の外に出て、海を渡っていた。彼は大陸を歩き回り、世界を知った。無論、1人でね。それが、彼の空白の二年間の正体だ。」

 

ハンジの解答に対し、リヴァイは表情を歪めた。彼は険しい表情でハンジに再確認する。

 

「ってことはあれか・・・あいつは独りで壁の外へ出て、巨人に殺されずに海まで到達したってことでいいのか?俺達の仲間が何人も野垂れ死にながらも近づく事さえできなかった、島の果てに。」

 

リヴァイの問いに、ハンジは声を落として肯定する。

「悔しいけど、その通りだよ。我々調査兵団の長年の命題だった壁外の先への突破。デイビットはそれを一人でクリアしたんだ。10歳で巨人の力もなしでね。」

 

「・・・気分の悪ぃ冗談だな。俺達の仲間が捧げた心臓は一体何だったのか、また問い質したくなる。」

 

調査兵団の面々、特にリヴァイとハンジの様な長く自由の翼を背負った兵士の反応は非常に納得のいくものだ。

壁の外に何があるのか。その命題のために何人もの兵士が死んだのだ。

それを一人の子供があっさり達成しているという事実は、決して面白いものではない。

 

それと同時に、兵士達の中からは怒りにも近い別の疑問が湧き出てくる。

 

「じゃあよ・・・あいつは・・・壁の外の世界を知っていながらそれを俺達に黙って戦ってたってことかよ。・・・はは・・・馬鹿みてぇに映っただろうな、俺達。」

コニーの零れる様な一言は104期生の胸をチクリと刺した。

 

次々と命を落としながら、それでも兵士達は壁の外に希望を持って戦ってきたはずだった。しかしずっと、デイビットはその輪の中にいなかったことになる。

正直薄々感じていたことだが、7年もの間、彼1人だけ全く別の方向を向いて戦っていたことがここに来てはっきりと証明されてしまった。

その事実から、裏切られたと解釈してしまうことを責めることが出来るだろうか。

 

しかしコニーの悲しい吐露は意外な同期から優しく否定される。

「・・・いや、単に伝えるべき時ではない、と判断しただけじゃない?」

 

「アニ・・・」

 

「確かにあいつはあんた達と同じ方向を向いていなかった。仲間が壁の外を明らかにする為に命を落としていくのを見ながら、それでも決して自分から全てを明らかにしなかった。調査兵団の兵士としては最低だろうね。

 

けど、決してあんた達を裏切ったわけじゃなくて・・・その・・・あいつのやり方で壁内の人間を守ろうとしたんじゃないの?明確にあんたらを殺そうとしたあたし達と違って・・・」

 

アニの言葉は単なる優しさや、裏切り者としての自分に対する自虐だけから来ている訳ではない。彼女はデイビットの未来予知にも近い洞察力を身をもって知っている。だからこそ、なんとなく『あぁ、あいつ最初からこの展開読めていたんだろうな』と、察していた。

 

「自分の目的を達成するにあたって、何をして、何をしないべきか、あいつは決して間違えない。遠くない将来に迫りくるマーレに勝つ為に、壁の中の人間を守るための道筋を、あいつは全部理解していた。

そして現に、あいつがずっと黙っていたという行動の結果、この状況が出来上がっている。」

 

「この状況って・・・」

 

「今こうして始祖の巨人、エレン・イェーガーが復活し、マーレだけじゃない、世界中の国々を地ならしで滅ぼしている現状以外に何がある?」

ジャンの呟きに対し、力強くマガトが回答した。

マガトに同調するように、ピークが続ける。

 

「デイビット・ゼム・ヴォイドがこれから何をしてくるのかは謎だけど、彼の大まかな経歴と、目的は整理がついたと言っていいようね。」

 

ピークは立ち上がり、大きく息を吸ってゆっくりと、これまでの話を全てまとめながら解説を始める。

 

「エルディア島で生まれた彼は、その類まれな能力を以て壁外を踏破し、マーレへ渡った。マーレに渡り世界情勢を知った彼は、マーレにより自身の祖国エルディア島が攻め滅ぼされようとしている未来を阻止するために、行動を開始した。

 

祖国を守るための防衛策として、彼は地ならしによる大虐殺を選択した。これまでの行動の全ては、その為の布石だった。地ならしを起こす為に始祖の巨人がいるエルディア島へ帰還し、兵士として始祖の巨人に接近。彼が地ならしを選択するようにこれまでの戦況を常にコントロールした。エレンがジークの安楽死計画を拒んだのも、彼は織り込み済みだったのでしょう。

 

そして、彼の目的は見事に成就した。今、世界はエルディア島を除いて真っ新になろうとしている。

 

これがエルディア島の兵士、デイビット・ゼム・ヴォイドよ。

総括してみて改めて実感したわ。

 

―――まさに悪魔よ、彼。」

 

悪魔、これまでエルディア人が数え切れないほど言われてきた用語だ。その言葉に傷つけられ続けたピークは敢えてその用語を選択する。それは憎きエルディアの兵士を一括りに憎悪するための差別用語ではない。自らの故郷を蹂躙する恐るべき個人を的確に総括するため、彼女はこの表現を使用した。

 

「彼の目的通り、エレンは始祖の巨人として世界を踏み潰そうとしている。そして、ここに彼の目論見を止めようとするちっぽけな死に損ないが数匹。

 

ここまでの全てを計画していた恐るべきデイビットさんは、我々のような矮小な抵抗勢力は気にも留めずに、油断して予祝の美酒でも飲んでてくれるでしょうか?

 

―――そんな訳ない。

我々がエレンを止め得る力と策がある限り、必ず我々の前に立ちはだかる。アニの話の繰り返しになるけど、デイビットとの戦いは既に始まっている。彼の策が分からない以上出来る事はほとんどないけど・・・

 

―――いつ現れても直ぐに殺せるように心の準備だけ、頼んだわ。」

 

ピークは長い演説を終えて軽く体を伸ばすと、少し離れて巨人化した。常に臨戦態勢に入るように、という周りに課した戒めを自分から実践に移した形だ。

 

ハンジは一旦結論に辿り着いたことを察すると、長い議論に終止符を打つように手を叩き、話を閉じる。

 

「・・・デイビットについては、一旦以上で良いだろう。とにかく、何が起きても対応できるように準備しておこう。」

 

「・・・ふん、大分脱線したものだな。」

 

数分を一人の男への対策に使ったことに対する不満をマガトは口にするが、ハンジがそれを理性的に宥める。

 

「まぁまぁ、先に合意できるところだけでも合意しておくことは大事だよ。特に、今の我々のように互いの目的が入り混じって、目標がはっきりしない組織ではね。」

 

「・・・まぁ、いい。それで、これからの移動経路だが・・・・」

 

「あぁ、それは・・・・・」

 

そうして、互いの指揮系統のトップによる議論が再開する。地ならしを止める為に、マーレへ渡る足をどの様に確保するか、どの様に戦力を分散させるべきか、マガトとハンジは互いの仮説を惜しみなくぶつけ合った。今度は特に中断が入ることも無く、先ほどと同様に話がトントンと進んでゆく。

 

 

アニは2人の議論を軽く耳に入れつつも、積極的に参加する姿勢は見せなかった。代わりに、彼女はとある兵士の下へそっと近寄る。

先ほどの議論の中で完全に腹落ちしていなかった点がアニにはあった。そのモヤモヤへの答えを持つ人間はこの中に一人しかいない、そう考えた彼女はその兵士の横に腰掛けた。

 

その兵士は、これまでのデイビットの話に一切参加せず、ただひたすら切羽詰まった表情で地面を見つめていた。

 

アニにとって、それはある意味不自然に思えた。彼女が知る限り、デイビットのことを一番見ていたのはその兵士のはずだったから。

 

訓練兵時代、アニはその兵士がぼーっとデイビットを眺めては、難しい顔をしている姿を何度も見かけた。彼女が硬質化により自らを封印した後も、彼は彼女の下に足を運んでは、時折デイビットへの心象をしどろもどろになりながら語っていた。

 

ハンジとマガトの会話を邪魔しない程度の声量で、アニはその兵士の名を呼ぶ。

 

「アルミン」

 

「・・・アニ、どうかした?」

 

「どうかした、はこっちのセリフ。さっきからずっと俯いて黙ったままだけど。」

 

「うん・・・ちょっとね。」

 

本来、頭脳面において兵団内で重宝されているアルミンは今後の戦略についての議論に参加するべき立場だ。しかしそうすることはせず、彼は輪の端でじっと下を向いて何やら考え事をするのみだ。

 

考え事の中身について、アニには容易に想像がついた。

だからこそ、アニは真っすぐに切り込む。

 

「・・・あんたはどう思ってるの?デイビットについて。ずっと見てきたあんたから、デイビットはどう映ってる?」

 

「・・・・・・」

 

考え事の核心をいきなり突かれたアルミンは、咄嗟に言葉を返せなかった。

 

頭の中で整理を試みては、口を開いては、いや違う、と首を振り再び言葉に詰まる。普段にもましてはっきりしない彼からの答えを、アニはじっと待っていた。

 

決して急かさず、フォローすることもせず、不機嫌な様子を見せることもせず、ただじっと、待った。

 

そうして、アルミンの口からようやく出た答えは、とても答えと言えたものでは無かった。

 

「・・・みんなと同じ認識だよ。彼は・・・強くて・・・天才で・・・でも何を考えているか分からない・・・僕たちの同期だ。」

 

アルミンが語ったそれは周知の事実である。しかし、逆に言えば彼が優秀な104期生である点以外は、なにも事実として信じられない、というアルミンの心象がその端的な回答からは垣間見えた。

 

「・・・そう。その割には、デイビットの出自の話の時、あんただけ反応薄かったようだけどね。まるで、あいつが世界を始めから知っていたって分かっていたみたいに。」

 

アニの鋭い指摘にアルミンは苦笑いする。4年前と変わらず、意外と人のことを良く見ているなぁ、とアルミンは心の中で感心しながら、問いに返答する。

 

「そりゃあ、昔壁外に出ていたっていうのはびっくりしたけど、正直『だろうな』って思った所もあるんだ。デイビットが何も知らない兵士として動いている姿は、あまりにもしっくり来ていなかったから。」

 

「・・・まぁ、私も訓練兵団を卒業する頃には薄々そう感じていたしね。気持ちは分からなくないけど。」

 

振り返ると彼の言動は明らかに壁外世界を踏まえたうえのものが多かった。当時は微妙に話がかみ合わなかったが、今思うとかなり核心を突いた言葉だ。そもそも隠す気などなかったのでは、と勘繰りたくなる。

 

「「・・・・・・」」

 

2人の間で暫しの静寂が流れる。アルミンは再び顔をしかめながら地面を見つめ始めている。

 

その姿を横目で見ているアニには、彼が何を考えているのか何となく分かっていた。アニにとってはそれを聞くのが本題のつもりだった。上手いことさりげなく彼の考えを聞ければ良しと思っていたが、自身にそんな社交術がないことを改めて自覚せざるを得ない。

 

「はぁ」と軽く諦めるように息を吐き、開き直って単刀直入にアニは尋ねた。

 

「・・・私とピークが話したデイビットの目的について、あんた全く納得してないでしょ。」

 

「・・・」

 

アルミンがなにも返答しない様子を確認し、アニは更に続けた。

 

「無意識かもだけど、ピークが話している時あんた難しい顔をしていたよ。あんたが今考えていること、教えてくれる?」

 

先程の議論で、デイビットはイェーガー派として地ならしを率先して引き起こした男、と一旦の結論が出た。その際、アルミンは一瞬だが大きく顔を歪ませたのを、アニは見逃さなかった。彼の中においてこの結論は賛同しかねるものであると、アニは見抜いていたのだ。

 

「・・・本当に良く見ているね・・・アニは。」

 

肯定の意を示すように、アニの観察眼に感嘆の言葉をこぼす。それに反応することなく、アニは問いをより具体的なものに変える。

 

「デイビットはイェーガー派だと思う?地ならしを起こしてパラディ島を守ることが彼の目的だと?」

 

その問いに対するアルミンの回答に迷いはなかった。

 

「・・・違うと思うよ。パラディ島の平和のために、大陸の人々を皆殺しにする。デイビットがそんな人間臭いような人に、僕は見えない。」

 

「・・・。」

 

アニはアルミンの言葉にすんなり同意できてしまった。先程アニはデイビットの目的を『壁内人類をマーレから守る事』と説明していたが、その反面、自分で自分の仮説に疑問を感じていた。

 

アニから見ても、デイビットは非人間的な男だ。これまで一度も感情で動いたことの無い彼が、実は愛国心あふれる青年だった、という展開はとても想像できなかった。

彼は差別をしない。彼の瞳には人類が等しく映っている。そのことにアルミンもアニも気付いていた。

 

アルミンは更に言葉をつづけた。

 

「ピークの仮説も全部が間違ってるとは思わない。多分、おおまかな筋としては合っているんだと思うし、デイビットのこれまでの経歴を踏まえて、その様に仮説を立てるのは悪くないと思う。

 

でも、デイビットの目的を断定するにあたって、僕たちは彼の行動原理に対する理解が足りていない。ピークはデイビットがエルディアのために動いていると言ったけど、それはあまりにも僕たちの尺度に基づいた結論だよ。彼の行動原理は僕らの感覚や理屈では測れるようなものではない。」

 

ピークとアルミンの考えの違いは、デイビットの人としての異質性に目を向けているか否か、という点から来ている。ピークはあくまで戦闘個体としてのデイビットに、一方でアルミンはデイビットの人としての在り方に警戒を払っていた。俗的に言えば、彼の価値観とも言い換えられるかもしれない。

 

人として持つべき当たり前の感覚を、デイビットは持ち合わせていない様にアルミンは感じていた。逆に、僕たちでは意味すら分からない理由で動くことも彼にはあった。それを長年感じていたアルミンにとって、ピークが語るデイビットのプロフィールはあまりにも人間的に思えたのだ。

 

「・・・じゃあ、そのデイビットの行動原理って何だと思う?地ならしに協力してまで成し遂げたいあいつの目的は?」

 

アニは最後の疑問をぶつけた。結局のところ、一番の疑問はそこに尽きる。彼は何がしたいのか。

そしてその問いの答えは7年間終ぞ変わることなかった。

 

「・・・分からないよ。7年間共にいたけど、彼のことが・・・分からない・・・なに一つ。」

 

いつでも、どこでも、誰からでも、デイビット評は変わらなかった。それはずっと彼を見続けたアルミンも変わらない。

ただ、アルミンは解不明で問題を投げ出すことはしなかった。感覚を頼りにした仮説について・・・彼は言うか言うまいか熟考の末にゆっくりと口を開く。

 

「・・・ごめん、今から凄く変なことを言うんだけど・・・」

 

アルミンは他の兵士とは一風変わった印象をデイビットから感じ取っている。

彼が長年苛まれ続けていたそれについて、先ほどとは打って変わって所々言葉を途切れさせながら、彼は初めて誰かに伝えた。

 

「・・・ずっと・・・頭の中で『靄』がかかっているんだ。訓練兵団に入団してから・・・いやもっと前からかもしれない。言葉に出来ない感覚が、僕に囁いてくるんだ。『目の前の障害が本当に全てなのか?これが最悪のシナリオだと勘違いしていないか?』って。」

 

「・・・デイビットがその『靄』に関係しているって?」

 

アルミンは軽くうなずく。

 

「・・・分からない。けど、デイビットを見ていると、その感覚が一層強く感じられる。

 

まるで何かの前触れの様に、ずっと。僕にはその正体が分からないでいる。そう・・・まだ分からないんだよ・・・。アニ達が巨人だと分かった時も、壁の外に人類がいることが分かった時も、エレンが始祖の巨人になって世界を滅ぼそうとしている今でも、『靄』は全く晴れる気配がない。

 

まるで、これから更に何かが起きようとしているように・・・。今僕たちが見ている惨憺たる状況すら、その前触れでしかないかのように・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

争いの地からは程遠い内地の牧場。そこでとある少女が立ちすくんでいた。

少女は物憂げに南の方向をじっと見つめていた。その先には、始祖の巨人となったエレンがいるのだろう。少女のいる場所から、直接何かが見えるわけではないが、それでも少女は祈りを届けるように南の方向を見つめていた。

 

少女は計画を知らされていた数少ない一人だ。ゆえに、これから何が起こるのかも、それが誰のために行われるかも、知っている。

 

「・・・エレン」

 

少女は部外者ではない。腹部のふくらみがそれを雄弁に語っている。今現在、多くの命を踏み散らかしている地ならしに、彼女は加担している。彼女の様からは、まるで戦場に駆り出された恋人を待つ姿を思わせるが、現実はそんなものではない。

 

彼女は呪っているのだ。こうなるのが分かっていながら、結局はこの道を選ばざるをえなかった自分を。自分達に非情な選択を強いたこの残酷な世界を。

 

こぼれ落ちるように少女の口から言葉が出る。

 

「・・・本当に、これしかなかったの?このやり方しか・・・」

 

彼女はその問いかけに返答を期待していなかった。

 

 

 

 

 

 

「他にも手が無かったわけじゃないが、これが奴の答えだ。善いことをしようとする、まさに人類だからこそ打てる究極の一手と言えるだろう。」

 

「!!!」

 

突如、少女の背後から予期せぬ返答が聞こえる。彼女の胸が貫かれたのは、それと同時のことだった。

 

「ぁ!!!ぁ・・・・・ぃ・・・」

 

その瞬間、少女の身体が発光し始めた。少女は、それが何の合図かよく知っていた。

彼女は最後の力を振り絞り、男の正体を目にしようと背後を向こうと首を必死に動かす。

 

しかし、少女が下手人を捕捉しきる前に、彼女の意識は途絶えてしまう。

 

少女の意識が消えると同時に、光の柱が轟音と共に出現した。

 

 

 

程なくして、2つの命がそこで終わりを迎えた。

 

「オレ個人としてはどちらでもいいんだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

奴が最後までやり遂げた以上、こちらも指定(オーダー)は果たす。」

 

 

 

 

 

 

 

男は虚無だった。

 

記憶に関する障害は持っているが、身体を構成する塩基配列は人類そのもの。

二つの眼で世界を観測し、二つの手で目的地を指し、二つの足で歩き回り、一つの脳で情報を処理する、どこをとっても正常な『ヒト』の機能を持つ生命体であった。

 

それでも男は自覚していた。

『自分は人類ではない』と。

 

何をしてもこの世界のものである感覚はない。

いくら人と接しても同じ生物として共感できない。

誰も彼を理解することは出来ない。

そして彼自身、誰も理解しようとはしない。

 

『現実にぽっかりと空いた孔』と、彼をそう形容する仲間もいた。

 

男には10歳以前の記憶が殆ど無い。微かな記憶しか持たない状態で壁に囲まれた世界に放り出された。

 

唯一、男の中に残っていた記憶。

それは映像でも、知識でもない。

 

―――『人間は善いことをする』

ただそれだけの言葉だった。

 

男は自分が人類では無い事を自覚している。

しかし男は人類であろうとした。間違いなく自身の精神性は人類のそれではない。それでも、人類の法則に従う事で、男は自身を人類の定義にあてはめることが可能と考えた。

 

『人間は善いことをする』

 

ならば、善いことを行い続ける自分は人でいられるのではないか。まっさらな記憶のまま新たな世界に放り出されて、1分も経たないうちに彼は自身の使命を決定した。

 

 

 

 

 

この世に転がり込んでから1年、男はセムという東地区の小さな村にて過ごした。善良な村人の下で穏やかに暮らしていた。男は1年の間で、壁内文化、歴史、文字、言語、あらゆる知識を身に付けた。その時点で、男は壁内文化の正体や成り立ちについて、ある程度察した。しかし、同時に壁の中の情報だけでは既に辿り着ける仮説に限界が来ることにも気付いた。

 

1年後、男は村を飛び出した。ウォール・マリアを乗り越え、たった1人で壁外調査を始めたのだ。通常は不可能だが、男の明晰な頭脳により巨人の襲撃を悉く回避し、2ヶ月たらずで男はパラディ島を踏破し、海岸へとたどり着いた。その後1年をかけて壁外を隈なく調査し、この地が海に囲まれた島であること、そして海の向こう側にも文明があることを察した。

 

1年間の壁外調査の後、男は壁内へ一度帰還した。男が外壁の最南部にあるシガンシナ区へ辿り着いた日は、偶然にもウォール・マリアが破壊され、壁内人類の凌辱が始まったその日だった。3体の知性巨人、そして夥しい数の無垢の巨人が壁内人類を虐殺する様を壁上から眺めながら、男は通常とは異なる巨人の動向を幾つも観測した。その様子を壁の上から一通り眺めた男は壁内の常識を更新する必要性があると察し、海の向こう側、すなわちマーレまで渡航することを決めた。

 

男はその後、2年間かけて世界を観て回った。それまでパラディ島の中という部分的な側面からしか捉えていなかった世界を、男はより網羅的に観測した。それと同時に、世界の全てと誤認してしまいそうになるこの星の中の環境も、所詮は重力に閉じ込められた壁の中と変わらず、『空の向こう側には更に世界が広がっている』ことを察した。

 

人類という生命種についても、察した。人類という生命体が何故ここまでの繁栄を成し遂げたのか、それを可能にさせた人類の特性は今後も一層発揮されるであろうことを。男は人類の行く末を察した。

 

ここまで男が世の中の現状と行く末を察しようとする理由はただ一つ、人類にとって『善いこと』を行うためだ。その為に、人類という生命と、その人類で構成されている社会について、把握する必要があった。人について、世について察する為に男は村で学習し、壁を越え、海を渡った。

4年の期間を経て、男のインプットは完了した。

 

男は事情と未来を察した。しかし、男は予測した来たる未来について、最後の判断を必要としていた。自分の頭の中の仮説だけで、行動に移す訳にはいかない。男は最終判断を下す為に、パラディ島へ戻る決断をした。壁の中に捉われた人類が歩む軌跡、それは人類種という生命の未来を確証づける為のサンプルとして最適と考えたからだ。

 

壁内社会を中心に世界は大きく変わることを予め察していたというのも、パラディ島へ戻った理由として大きい。男は巨人についても学習し、巨人の成り立ちの仮説や9つの巨人について知った。その事実からウォール・マリアで自ら目にした異変の正体も察した。それと同時に、始祖の巨人に今後の世界は大きく振り回されることも察した。変化の中心に身を置き、世の行く末を正確に観測するべきと男は判断した。

 

そこから先の物語は既に語った通りだ。男は始祖の巨人の狙いを察すると、その狙いに沿うように極力動いた。その方が都合がよかったからだ。

 

何に都合がよかったか

 

 

―――彼の指定(オーダー)を完遂するため

 

 

あの砂浜で、虚ろな目で、自由を求める少年が海を指差す様を見た時、男の中で人類種の評価と、この世の末の観測は確定した。男はその未来を拒む。それが人類にとって最終的には善いことだからだ。

 

 

 

しかし悲しいかな。人類の視点を持たない男にとっての『善いこと』は誰にも理解されることはない。

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