残酷な世界で過ごす最小の一日   作:安泰明日

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第十五話『靄の正体』

始祖の巨人・・・いや、『終尾の巨人』は人類の8割を踏み潰した。残り2割の殲滅に向かい行進を進める巨人に対し、十名程度の兵士と戦士たちは立ち向かった。

 

決戦の場はスラトア要塞。マーレ大陸南の山脈にある砦だ。

 

兵士・戦士たちは飛行艇で『終尾の巨人』の下まで追いついた。飛行艇から飛び降りる形で上空から滑空し、獣の巨人の探索・殺害を試みるが、そこに待ち受けていたのは幾多の知性巨人。

歴代の九つの巨人が、始祖ユミルの意思の下彼等に襲い掛かった。

 

獣の一種にアルミンは攫われ超大型巨人による大爆発も出来ないまま、一行は苦戦を強いられる。

 

しかし、結果的に彼等はアルミンを奪還し、ジークの殺害にも成功する。

転機になったのは3点。

 

1点目が、アニ、ファルコ、ガビの加勢。特に顎の巨人の能力の一環で翼を得たファルコは、一同に機動力をもたらした。

2点目が、兵士・戦士たちにゆかりのある九つの巨人歴代継承者の援護である。「道」にて、アルミンの説得によりベルトルトを始めとする戦士たちが加勢に加わり、戦況が一気に好転した。

3点目が、ジークの協力である。アルミンとの対話の末『増えること』以外の人生の意味を見つけたジークは、クサヴァ―やグリシャら歴代九つの巨人を呼び覚ました。彼等に協力を要請し、自身はリヴァイの前に姿を現し、微かに命を惜しみながら首を刎ねられ絶命した。これにより、王家の巨人との繋がりを失ったエレンは始祖の力を失い、地ならしは止まった。

 

地ならしが止まったチャンスを、彼等は見逃さなかった。ピークが巻き付けた爆薬のスイッチをジャンが押し、『終尾の巨人』の生首が落ちる。

 

しかし、『終尾の巨人』の胴体と生首が分離した瞬間、光るムカデが飛び出した。その正体は謎だが、それが生命であることは確かだった。再度一体化するために一直線に生首へ向かう様からは、生への執着、悪く言えば生き汚さが感じられる。

 

生首と一体化する直前で、ライナーが必死にムカデを食い止めた。彼が決死の覚悟で作った数秒間を、アルミンは無駄にはしなかった。

 

いや、正確には『正史においては』無駄にしなかったという表現が正しいだろう。

 

正史において、アルミンは巨人化に伴う大爆発を起こすも完全に殺しきれず、超大型巨人化した『終尾の巨人』と怪獣決戦を繰り広げる。2人の戦いの隙を見計らい、リヴァイが切り開いた道をミカサが進み『終尾の巨人』の中に侵入。

ミカサは自らの想い人との最後の一瞬を共にした。

 

ミカサの選択により、全ての巨人の力は無くなり、戦いは終結する。

人類は8割を失いながらも、ゆっくりと前進していく。

 

残った者たちは今日を生き、文明を再興し、そして再び争い合う。そんな人類の物語がこれからも紡がれることになる。

 

天と地の戦い。この戦いは後世にそう呼ばれることになるはずだった。

―――そう、『正史においては』。

 

しかし、名とは、物語とは、後に生きる人が紡ぐからこそ存在するもの。

 

戦いの詳細をつらつらと語ったが、聞く人がいないならこんな長話に意味などない。

 

 

 

 

 

「地ならしが・・・止まった。」

 

リヴァイがジークの首を刎ねた途端、世界中で進行を続けていた超大型巨人が歩みを止める。この瞬間、エレンは始祖の巨人の力を失った。

 

地ならしが止まったチャンスを、彼等は見逃さなかった。

 

ジャンが持ち前の立体起動の技術を駆使して、彼を妨害してくる巨人を避けて進む。ジャンは起爆装置まで辿り着くと、頭の中で抵抗を続ける葛藤を振り払い、起爆装置を起動させた。

 

「この・・・死に急ぎクソバカ野郎があああああ!!!」

 

ピークが予め首に巻き付けた爆弾が作動する。

作戦成功だ。

爆発をもろに喰らった『終尾の巨人』の生首が垂直に落ちる。

 

首は地面を転がり『仰向けに口が開いた状態』で止まった。

 

その瞬間、『終尾の巨人』の胴体から光るムカデが飛び出てくる。一直線に生首と融合するべく動くそれを、鎧の巨人が必死にブロックする。

 

「ライナー!!」

ジャンが叫ぶ。既に瀕死のライナーだが、残った微かな力を振り絞り、ムカデと生首の融合を防いでいる。突破は時間の問題だが、時間が稼げれば充分だ。

 

何のための時間稼ぎか、その答えをピークは理解していた。

 

顎の巨人と化したファルコが翼を広げジャンとピークの下へ羽ばたく。

その上に乗るコニーは必死に指示をだした。

 

「ジャン!!ピーク!!急いで離れるぞ!!アルミンがこの骨ごと吹き飛ばす!!」

 

ジャンは一瞬作戦に躊躇する。

「待ってくれ!!ライナーが!!」

 

しかし、ピークは何処までも冷静だ。

「鎧の巨人ならきっと超大型の爆発に耐えられる。・・・何より、この機を逃すことは、ライナーの覚悟をふいにするも同じ。」

 

ピークはやるべきことを理解していた。

 

そして、それは『終尾の巨人』前方にいるアルミンも同じだ。

ここで超大型巨人に変身し、その際の大爆発で『終尾の巨人』を骨ごと吹き飛ばす。

 

超大型巨人の爆発は、現時点の人類の叡智では到達し得ない破壊力を持つ。その爆発は、周り全てを灰燼に帰す。今それを発動すれば、『終尾の巨人』の中のエレンがどうなるか、想像はそう難しくない。

 

アルミンの覚悟は決まった。人類の為に、幼馴染を殺す覚悟は決まった。

クサヴァーを始めとする、協力してくれた九つの巨人歴代継承者の掌の上で、アルミンは準備を始める。

 

殺戮を止める準備を、世界を救う準備を

 

―――エレンを殺す準備を。

 

 

 

「・・・さようなら、エレン」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし

 

 

『コッ』

 

 

アルミンの中には

 

 

『コッコッ』

 

 

まだ靄があった

 

 

『コッコッコッ』

 

 

 

 

「(え―――。いま、後ろからやってくる足音は―――)」

 

巨人が地を踏み鳴らす音ではない、立体起動の甲高い金属音でもない。

 

普通の人が普通に歩くときに聞こえる、普通の足音。

 

人類の生死をかけた巨人との決戦にて、そんな普通の足音は逆に悪目立ちする。

 

アルミンは後ろを振り返る。

 

 

 

 

振り返ってしまった。

一刻も早く巨人化してしまえばよかったのだ。アルミンはそうするべきと彼の理性は理解していた筈だ。

 

それでも、自らの本能に唆され、アルミンは振り返った。

 

 

 

 

1人の男がいた。

 

黒いブーツに、黒いズボン。黒いシャツの上には横縞セーターを着込み、更にその上に黒い革ジャケットを羽織っている。

男の普段着だ。

 

男の金髪は無造作にかき上げられ、その端正な容姿が露わになる。

 

だが、その端正な容姿から生まれる表情はいつも通り、極めて無機質なものだった。

 

そして、その男の眼は目に映る人類全てを等しく捉えていた。

 

その男は、虚無だった。

 

「・・・デイビット・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔々、という程昔でもない。

 

それは845年。全ての始まりの日。超大型巨人がシガンシナ区を破った日。

 

超大型巨人が現れる数刻前、シガンシナ区は実に平和であった。

 

商いに勤しむ男達、世間話に花を咲かせる主婦たち、笑いながら駆け回る子供。

決して豊かなで華やか暮らしが広がっているわけではないが、穏やかな日常がそこにはあった。

 

とはいえ、平和な日常というのはあくまで上から全体を見た時の総括。町の端々には小さな悪意が散りばめられている。仕方のないことだが、人間には異なる者を排除する習性が備わっていた。

 

しかしシガンシナ区の一角で起きていた排除の儀式では、被害者の筈の少年の活きが思いのほか良かった。

 

「へへっ、どうした異端者!悔しかったら殴り返してみろよ!」

 

「そんなことするもんか!そうしたら、お前らと同レベルだ!」

 

「なんだと!?」

 

「僕が言ったことが正しいと認めているから、言い返せなくて殴ることしか出来ないんだろ!?それは僕に降参したってことじゃないのか!?」

 

1対多という典型的な構造に反し、その光景はあまり悲惨に映らない。

金髪の少年は壁に押し付けられ何発も殴られるも、目に宿った光を決して絶やすことなく、真っすぐ言い返す。

少年・・・アルミン・アルレルトが全く恐怖を抱いていない様が、その目からはっきりと分かる。

 

「っっクソッ!この屁理屈野郎が!」

 

とはいえ、結局のところ暴力の前で彼が出来る事など殆どない。勢いよく啖呵を切ったものの、逆上されてこのように追撃を受けるだけだ。

 

相手が拳を振り上げると、アルミンは顔を反らし、目を瞑って衝撃に耐えようとする。

しかし、暫し待っても頬に重い衝撃がやってこない。

 

恐る恐る目を開けると、振りかぶられた拳を誰かが止めているのが見えた。

 

「・・・」

 

「て、てめぇ!誰だ!邪魔すんじゃねぇ!」

 

その者は深くフードを被っていた為、容姿は見えない。しかし、背丈からアルミンより少し年上程度の少年のように見受けられる。

 

「・・・」

 

少年は一言も発さず、ただ振り上げられた拳を抑えるのみだった。

拳は全く動かない。

 

「っ!おい、何とか言ったらどうだ!?」

「てめぇ、この辺の奴じゃねぇだろ!何のつもりだ!」

周りの取り巻きも少年に向かって啖呵を切るが、全く応じる様子はない。

 

交流の意思が見えないうえに、少年に自分を押さえつける体力があることを悟ると、彼等は見るからに苦い表情を浮かべる。

そのうえ、彼等は少年からどこか気味悪さを感じていた。外見は背格好しか分からず、一言も喋らないため内面も不明だが、何故か少年を見ていると居心地の悪さを感じてしまう。

 

「っ!もういい!行く!手を離せっ!」

 

彼等はアルミンを排除する儀式を取り辞めた。捨てセリフを吐いてその場を立ち去る。

暴力でやり返すでもない、話し合うでもない。ただ拳を止めるだけで事を収めた少年を見て、アルミンはこういうやり方もあるのか、と学習した。

 

「・・・助けてくれてありがとう。」

アルミンが少年に感謝を伝えると、少年はあっさりと返答した。先程は一切口を開かなかったが、特に言葉が異なるわけではなさそうだ。

 

「あぁ。気にするな。」

 

少年のそのさらりとした答え方から、アルミンは『かっこいい人だな』と素直に思った。

 

「・・・君は、この辺の人じゃないよね?何かの用事で来たの?」

 

「あぁ、丁度旅から一旦帰ってきた所でな。とはいえ今日中に再出発するので、近場のシガンシナ区で物資を調達していた。自分で用意することも出来るが、やはり信頼できる品物は老舗にかぎる。」

 

「旅か・・・僕とあまり変わらなさそうなのに、凄いね。・・・でも、どうして見ず知らずの僕を助けてくれたの?」

 

その疑問を投げたことに、アルミン側は特に裏の意図はなかった。ただ純粋に、どうして全く関係のない自分に手を差し伸べてくれたのか、気になった次第だ。エレンも良く他人を助けるために動くが、あまり彼と似たタイプの様には見えなかった。

 

「少し気になる言葉が聞こえてな。邪魔させてもらったが、迷惑だったか?」

 

「いやいや、全然。すごく助かったよ!・・・ところで、気になる言葉って?」

アルミンが問うや否や、少年は即座に質問を打ち返す。

 

「『外の世界に出るべき』・・・あれはお前の言葉か?」

 

それは、アルミンが『異端者』と呼ばれていた原因そのものだった。アルミンは外の世界に出ることを夢見ており、良くその考えを周りに語っていた。

しかし、現状賛同者はエレンしかおらず、ミカサも含め周りには否定されるばかりだ。

 

「うん・・・もしかして・・・君も外の世界に興味があるの?」

アルミンは恐る恐る、期待を込めて少年に尋ねてみる。

 

「あぁ、一定以上の関心は持っている。」

 

その瞬間、アルミンのブレーキが外れた。

 

「そうなの!?僕もいつか出てみたいと思っているんだ!!!エレン、っていう友達もいてね、一緒に外の世界を探検してみたいんだよ!!!ねぇ、知ってる?この壁の外のずっと遠くには、炎の水や、氷の大地、砂の雪原が広がっているんだよ!!!僕の父さんや母さんもその世界へ行こうとしていたんだ!!!」

 

アルミンは早口で少年に対し外の世界について、語り倒す。

シガンシナ区はウォールマリアの北端に位置している。そのため、中央程王政の眼が完全に行き届いていない。その事実にアルミンは感謝するべきだろう。少なくとも、ウォール・シーナ内部で憲兵にこの話を聞かれた日には彼の祖父もろとも地獄送りだ。それ程の内容をアルミンは見ず知らずの人間に語っている。平和な街で育ったからこそ、彼の危機意識は少しばかり低い。

 

幸いなことに、少年は王政と関わりを持つ人間では無かった。アルミンの言葉一つ一つに耳を傾け、正面から向き合う。

 

「炎の水、氷の大地・・・か。まぁ、あるのだろうな。確かに、その方が辻褄が合う。」

 

アルミンはこの話をして肯定的な意見が返ってきた事実に感激する。更にギアを挙げて語り走らせるアルミンに対しても、少年はじっと付き合った。

 

さて、ここまでだと、さながら同じ志を持つ者同士の美しい邂逅のように見えるかもしれない。しかし、その実情は大きく違うことは記しておこう。

 

アルミンは壁の外に興味を持っており、彼にとって外の世界を探検するのは『夢』だ。一方で、少年にとって外の世界を知ることとは、目的を達成するための『手段』に過ぎない。

 

「あとね・・・壁の外には『うみ』っていうのがあってね、商人が一生かけても取りつくせないほどの、巨大な塩の湖があるんだよ!」

 

両者の間には大きなすれ違いがあることに、アルミンは気付く素振りすら見せずに一方的に語り続けること4分程。

ここで初めて少年の方から問いを投げた。

 

それはとてもシンプルな問いだった。

 

「炎の水、氷の大地、砂の雪原、そして海か・・・。

 

もし、外の世界が、お前の夢見たその様な世界と違ったら、どうする。」

 

もし、外の世界が自分の希望通りの世界じゃなかったら。

 

もし、現実が夢とは全く異なっていたら。

 

夢見る子供が現実を知り、そのギャップに傷つけられるケースは数知れない。『その狭間を経験した時、子供は大人になるのだ』なんて寂しい意見もある。

夢見る子供に対する質問としては、あまりにも冷めてしまう質問を少年は投げかけた。

 

しかしそんな問いに直面しても、アルミンの目の輝きは一瞬たりとも失われことは無かった。夢見る少年の表情のまま答えを返す。

 

「それは、そういう所もあるかもしれない。でも、きっと外の世界はこの壁の中の何倍も広いんだ。

 

きっとどこかに、僕らが夢見る景色があるはずだと・・・そう思う。

 

だから、僕は世界中を探検したいんだ。僕らが知らない未知の世界を見つけに・・・何処までも遠く・・・駆け回りたい。」

 

アルミンは言い切った。彼の瞳からは欠片の虚勢も、恐れも視えなかった。

 

それゆえ、少年はそれがアルミンの・・・ひいては人類の習性なのだと理解した。

 

「そうか。では・・・

 

 

 

―――人類は滅びるべきだな。」

 

「・・・え?」

 

それはあまりにも唐突な宣言。

 

アルミンの思考が一瞬呆ける。が、すぐに直感で理解した。

 

本気で言っている。

 

それは彼の中の忖度ない結論で、それは彼にとって着手が可能な営みであると

 

『どうしてそんなこと』と尋ねることはしなかった。無意味だと感じた。

瞬間で察したのだ。

 

―――この少年のことを、理解することは何処までも不可能なのだろう―――と

 

アルミンが理解した、その瞬間―――

 

途端に身体が動かなくなった。あらゆる関節が機能してくれない。脊髄レベルで身体が硬直する。

身体に留まらず、思考も停止してしまう。何一つ考えることが出来ない

 

「すまないが、オレはもう行く。どうやら、この後に予定が出来そうだ。今日使える時間はもう少ない。」

 

 

少年はそう言うと、背を向き、外壁の方向へ立ち去った。

彼の姿が完全に見えなくなるが、アルミンはまだ身体を動かすことが出来ない。

人間が持つあらゆる機能が動作停止に陥る。

数分後、エレンとミカサが彼の下に駆け寄るまで、アルミンは何一つ出来ずに、ただそこに立ち尽くすのみであった。

 

この邂逅イベントが、特に何かを引き起こしたわけではない。現に少年はその日の選別対象から、この4分強の記憶を外している。

 

しかしアルミンにとって、この対面は呪いとなった。

それは、『決して理解することを諦めない探求心』を持つアルミンが、『決して理解し得ないモノ』と出会った、その瞬間であった。

 

同時にアルミンの本能にとある感覚がこびり付いてしまう。

 

―――この世には在るのだ。こちらが決して理解できないモノが。

 

―――この世には在るのだ、こちらでは何処までも共感出来ない視点が。

 

―――この世には在るのだ。その視点を以て全てを虚無に塗り潰そうとしている存在が。

 

未知の存在と対面することへの恐怖がこの日、アルミンの脊髄に刻まれたのだ。

記憶を消しても身体から拭いきる事の出来ないその感覚は、アルミンを今後幾年も縛り続ける事になった。

 

そう・・・それが

 

 

 

 

 

 

 

 

「(これが・・・『靄』の・・・正体)」

 

場所は戻り、『終尾の巨人』前方。

振り返る先にいるのは、デイビット・ゼム・ヴォイド。

 

アルミンが振り返ってデイビットを捕捉した瞬間、シガンシナ区での邂逅が記憶に蘇る。

 

「(どうして・・・ずっと忘れていたんだ。そうだ・・・僕はこの感覚をずっと知っていた。

 

―――全く意味の分からない理由で、世界が滅ぼされる可能性(恐怖)を―――)」

 

『靄』は晴れた。

しかし、その先にあったのは希望では無い。

 

その先には、こちらが測り知る事の出来ない動機で、作業の一環のように殺される恐怖があった。

 

動機が納得できないという訳ではなく、動機が理解できないのだ。背景を知ったうえで反対・憤慨・呆れを起こすのとは訳が違う。

 

更に厄介なことに、アルミンはその動機を『ある視点の中では、きっと正しいこと』と直感で感じてしまっていた。

理由は分からないが、きっとそれは正しいのだろう、そう思ってしまったからこそ、余計に気持ちが悪い。

 

別の価値観の中では真っ当な理由で殺される。しかし、その中身は全く分からない。

それが『靄』の正体。

 

仮に神が実在したとして、神の裁きは人々にはどの様に映るだろうか。神の御心なぞ誰も伺えない。訳も分からず、ただただ滅びを受ける。

中にはそれを祝福と捉える者もいるだろう。しかし、常に理解することを諦めないアルミンにとって、それはとても恐ろしいことであった。

 

一応言っておくがデイビットは神では決してない。しかし、人間でもなかった。

外宇宙と接続している彼にとって、地球・・・ましてや1つの島を世界の基準として捉えることは不可能だった。

 

―――デイビット・ゼム・ヴォイドは宇宙視点で物事に当たっている。

 

彼の中で人類を滅ぼすべき理由は確立されているが、それが他の人間に共感されることは決してない。

 

それでもいい。自身が設定した指定(オーダー)を果たすべく、デイビットは歩みを進める。

それが『善いこと』だから。

 

 

 

「地ならしを止めたのか。やるとは思っていたが―――実際に目の当たりにすると、ショックが大きいな。」

デイビットはゆっくりと足を動かしながら、感嘆の言葉を軽く告げる。

 

「アルミン!!!」

上空から顎の巨人となったファルコが滑空する。ファルコの上には兵士・戦士たちが乗っていた。ミカサが必死にアルミンの名を叫び、彼の安否を確認する。

 

アルミンの巨人化に備えて緊急避難した一同だったが、一向に爆発が確認できないため戻ってきた。場合によってはアルミンの爆発に巻き込まれるリスクも孕んだその選択は、正解だったと言える。

戻った先には、最警戒対象として作戦時にリストアップされていた男がいたのだから。

 

 

「そこまでだ、止まれ!!!ジークが死に、始祖の巨人の力は失われた!!!あなたに出来る事はもはや何もない!!!」

 

彼等を代表するように、ピークは歩みを続けるデイビットに向かって、威圧的な声色で牽制の言葉をかける。

しかし、効果は全くない。

 

「止まる理由がない。止めたければ実力で止めろ。オレは今ここに着いたばかり。エレンはおまえたちの背後。直線距離にして、あと20メートル。それでこの世界は終わりだ。

 

こちらには、始祖の巨人の力を再起動する用意がある。」

 

それは明確な宣戦布告だった。一同は既に戦闘態勢に入っている。数的有利は確実に取った、一同はそう考えていた。

 

「・・・始祖の巨人を使って、何をするつもり?本当にエレンと壁外人類を根絶やしにしようっていうの?

そんなことをする理由が、あんたにあるとは思えない。

 

確かにあんたはエルディア人だけど、エルディアという範囲で人を観ていなかった。こんなことをするような奴じゃない。」

女型の巨人に変身する構えを保ちながら、アニはデイビットに問いかけた。それはアルミンにもぶつけた彼女が持ち続けていた疑問だ。

 

「―――理由はある。オレは、そのために壁の中に戻った。」

アニの問いに簡潔に返すと、デイビットは一度歩みを止める。すると今度はアルミンの方を向き、逆に質問を返した。

 

「それにしても、エルディア人、とはな。お前も同じか、アルミン。

 

オレが、地球人類に見えると?」

 

質問を振られたアルミンだが、彼はそれに対する答えを終ぞ最後まで、持つことは出来なかった。

 

「・・・分からない。君の事を、僕は何も知らない・・・」

 

「そうか。今まで幾度となく聞いた。つまらない回答だ。」

 

基本的に全く感情が表に出ないデイビットだが、目を細めて視線を明後日の方向に向けながら、独り言のようにぼそりとそう語る彼の仕草を見るに、本当につまらないと感じている様だ。

 

デイビットは視線の方向を正面に戻すと、気を取り直すように言葉を続けた。

「すまないが、時間がない。今日はあと1分あるかないかだ。」

 

そう言い切るや否や、デイビットの身体から影のような、煙のような、形容しがたい物体が噴き出た。

 

「っ!来るぞ!例の奴だ!気を付けろ!」

その場で唯一、デイビットの力を見ているリヴァイは、周りに警戒度を上げるように指示する。

あの時とは違い、今度は数的有利を取れている。数で攻めれば隙を作れるはず。そうリヴァイは考えていたが、一つだけ誤算があった。

 

―――前より数が多い。

 

「っ!クソッ!!こいつら、10体は居やがるぞ!俺の時は1体だけだった筈だ!」

 

数的有利は瓦解した。完全にイーブン。兵士、戦士一人一人に『それ』はついていた。

 

デイビットの力は合わせ鏡、と別世界では評されていた。敵戦力が多い程、彼が喚んで使役する『それ』の数は増大する。

 

『それ』は暗黒星の端末。

この星はおろか、天の川銀河、いや宇宙全体の物理法則が通用しない、未知の生命。

ビッグバンにて宇宙外に弾きだされた、地球には光すら届かない『それ』と、デイビットは繋がっていた。

 

10体を超える『それ』を従える彼の姿を見て、もう異論を唱える者はいないだろう。

 

『デイビット・ゼム・ヴォイドは、人類ではなかった』

態々言葉にして出すものは居なかったが、その場の全員がそう結論付けた。

 

「お前達エルディアの兵士も、マーレの戦士も、そしてエレンの計画もここで終わる。

 

では、交信を始めよう。」

 

デイビットが歩みを再開すると同時に、戦闘が開始した。

 

ピーク、アニは一斉に巨人化し、デイビットを殺すべく襲い掛かる。ミカサたち兵士も、立体起動でデイビットの歩みを止めようと試みる。

 

しかし、周りを囲う『それ』にいずれも阻まれる。その迎撃手法も常識には全く沿わないものだ。光線を放ってきたり、明らかに外観と見合わない質量で押しつぶしてきたりと、やってくること1つ1つに一切理が通じない。

 

何してくるか分からない。だから、迂闊に近づけない。

 

しかし一同が手をこまねいている間も、デイビットは一歩ずつ進んでいる。その先にあるのは『終尾の巨人』の落ちた首の先端だ。そこから先に足場はない。そのまま進んでも垂直落下し、『生首となり、仰向けに口を開けて地面に転がっている終尾の巨人の口元へ落ちる』だけだろう。

 

彼が『終尾の巨人』の生首のもとへ行き、何をするつもりか、誰も分からない。しかし、このままだとデイビットにとんでもないことを起こされてしまう。その確信が全員にあるからこそ、全力で戦っている。

 

しかし、それでも届かない。デイビットはまた一歩、歩みを進める。

 

ゆっくりと、足跡を付けるかのように踏みしめる。

丁寧に行進を進める最中で、この決断に至った過去の出来事が整理される。

 

 

 

 

 

 

「―――え?」

 

10歳の少年は、自身に起きた事象を処理しきることが出来ず、小さく戸惑いの声を上げた。

 

彼がこの世界でその様な呆けた声を出すのは、これが最初で最後になるが、生憎その声を拾った者は誰もいなかった。

 

場所はウォール・マリア東区に位置する森の中。時刻は夕方4時半ごろ。

 

気付いたら、少年はそこに立っていた。

少年にはこの瞬間に至るまでの記憶が殆どなかった。自分が何処から来た誰なのか、自身について何一つ覚えていない。

 

自分に何が起きたかを考察する前に、少年は自らについて分析を始め、そして数秒で結論を出した。

 

「そうか、オレはこの世界の人類ではないのだな。」

 

何でもないかのように、そう口にする。根拠は感覚的なものだが、少年は確信を持っていた。

 

身体を構成する物質は、間違いなく人類だ。それでも『違う』ものであることは、少年自身が実感していた。この世界に実在している感覚がなかったのだ。

 

それでも、少年は自分を人類であろうとした。

 

どうやって?

自身を人類だと思えなくとも、人類としての定義に従えばよいと、少年は考えた。

 

では、その人類の定義とは。

 

その答えは、少年の頭の中に刻まれていた。記憶はほぼ真っ白だが、何故かその言葉は残っている。知らない男性の声で、世の法則として少年の中に染みついていた。

 

『人間は色々な人種があり、いろいろな間違いを犯すけどね。その根底にあるものは、みんな同じなんだよ。

 

人間は誰に教わることも無く、善いことをしたがるんだ。虫が、光を目指すように。』

 

では、自分も善いことをしよう。成し遂げられずとも、試み続けよう。

 

自らを人類と定義出来るように。

 

新たな世界に放り出されて、1分も経たないうちに少年は自身の使命を決定した。

 

 

 

 

「宇宙・・・か」

 

マーレ大陸の端の町にある、古ぼけた図書館で少年はその概念の名を呟く。

 

壁の中では名すらなかったそれは、この大地のはるか上に広がるまた別の世界の話だ。

 

少年が持つ感覚とその概念は、ピタリと嵌っていた。

 

少年は人類の視点でものを考えることが出来なかった。何か別の価値判断の基準を持っていることは自覚しつつも、その感覚を自身で言語化出来ていなかった。

 

しかし、これを以て、こう言える。

少年は『宇宙視点で物事に当たっている』、と。

 

自身の性質を言語化するや否や、少年はこの世の未来を予見した。

人類の特性、そして宇宙という無限に広がる未知の世界。

その2つのファクターから導き出される人類の未来は必然であった。

 

これは非常にまずい。

少年はそう判断した。

 

人類の視点だと、それは全く気に留めることではない。しかし、宇宙の秩序を善悪基準として持つ少年にとって、その未来は看過できるものでなかった。

 

少年はこれまで様々な人を見てきた。故に、人類という生命種の特性として、それはもう抗えないものだと理解している。

故に、その未来は人類が存続する限り、必ず起きうると判断した。

 

「・・・まだオレの所感に過ぎない。ここでそうなると結論付けるのは早計だ。最終判断の材料がまだ足りない。机上ではない、サンプルとなる実例ケースが必要だ。

 

未知の世界に希望を持つもの、世界の広さにまだ気づいていないもの、そのうえで世界に対抗する力を持つもの

 

すなわち、パラディ島の壁内人類。」

 

奇しくも、世界の行く末を占うにあたっての鍵は自らの故郷にあった。

デイビットは読んでいた本を閉じ、立ち上がると、数秒の間を置き判断する。

 

「・・・・・・・戻るか、壁内に。」

 

そうして、少年は壁内に帰還した。無限に広がるとまでは言わないが、壁の外の世界は広い。それまで壁の中しか知らなかった壁内人類は、外の世界を目にして何を感じ、何を行おうとするのか。

 

それを見届けた上で、少年は指定(オーダー)を定義しようと決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「海の向こうには自由がある。」

「ずっとそう信じてた。」

 

「でも違った。」

「海の向こうにいるのは敵だ。」

「何もかも親父の記憶で見たものと同じなんだ。」

 

「なぁ・・・」

 

「向こうにいる敵全部殺せば、」

 

「俺達、自由になれるのか?」

 

 

その言葉を以て、少年は人類という生命体への評価を終えた。

仮説通りの結果だった。

 

その時、彼は自身の行うべきを決定した。

 

宇宙という未知の世界に人類が目を向ける前に、人類が汚名を負ってしまう前に―――

 

人類を一人残らず絶滅させる、と。

 

 

少年、デイビット・ゼム・ヴォイドは宇宙視点で物事に当たっている。

 

エレンの同志でもないし、エルディア人のために動いている訳でもない。

 

『誰に教わるまでもない、誰に喜ばれる必要もない。人間とは、ただ、善い事をする生き物だ。』

 

その定義に自身を当てはめるために、実直にただ身体を動かすだけの、虚無な男だ。

 

 

 

 

 

 

「やっと倒せた!デイビットは!?」

 

個々で戦う戦術を捨て、連携してまとめてデイビットが使役する『それ』を撃破する方針をとった一同は、浅くない傷を負いながらも、激闘の末全て倒しきる事に成功する。

ミカサが最後の一体が消えるのを確認すると、必死に首を動かしデイビットを探す。

 

「エレンの真上だ。2秒遅かったな、ミカサ。」

 

しかし、遅かった。

声の出どころは『終尾の巨人』の首の先端。あと一歩進めば、エレンの生首へ垂直落下する位置にデイビットは立っていた。

 

ゲームセットだ。

彼の歩みを止めようと必死に戦った一同だったが、ほんの僅か、デイビットが目的地に着く方が早かった。

 

戦いはデイビットの勝r――――――

 

 

 

「1秒あれば充分だ、クソ野郎!!!」

 

突如、太陽の光に照らされていたデイビットの身体に、影が差す。

何者かが彼の頭上に飛び出たのだ。

 

「リヴァイ兵長!」

 

やはり、彼は最強の兵士だった。

とても戦える状態ではない身体を動かし、それでも誰よりも早く『それ』を倒したリヴァイは、デイビットの頭上から雷装を構える。

 

リヴァイは射程距離を測るべく、デイビットを・・・己の戦友を殺した宿敵の相手を鋭く睨み付ける。

 

「喰らいやがれぇぇぇ!!!!!」

リヴァイは自らが装備していた三発の雷装を全て、デイビットに向けて発射する。

 

雷装がデイビットに迫りくるが、彼は視界に入れようともしない。

上空か降り注ぐ雷装は彼の足元に三発残らず着弾した。

 

「・・・」

 

爆発の瞬間も、彼は自らを守る素振りすら見せず、ただそっと目を瞑るのみであった。

 

三発分の轟音がほぼ同時に鳴り響く。

至近距離にいたミカサは思わず耳を塞いだ。

 

辺りは爆発に伴う煙で覆われる。

ファルコの上にいたガビは煙を吸い込んでしまい、大きく咽てしまう。

 

その中リヴァイは決して集中を切らさず、爆発の中心地を睨んでいた。

 

人間に対する攻撃の威力としては、明らかに過剰と言えるだろう。

しかしその場にいる誰も、やり過ぎ、とは考えていない。

この場で確実にデイビットを殺しきる為に、躊躇は禁物だ。

かつての仲間だった104期の兵士達も、それは同様の意見だった。

 

爆心地の煙が徐々に晴れる。

 

バラバラになった死体が現れるだろう。

いや、肉片すら焼き焦げ、僅かに残った骨が散らばっているだけかもしれない、皆がそう思っていた。

 

しかし―――

 

「・・・うそ。」

ピークの口からポロリと零れる。

 

まず見えたのは、垂直に真っすぐ立つ二本の足。

それから胴体、両手と、徐々に全身が露わになる。

首から上まで煙が晴れると、全員の思惑とは正反対に、そこには綺麗な五体満足の状態の人影がいるだけだった。

 

爆発前と全く同じ姿で、その男は真っすぐと立っていた。

 

「・・・いくら何でもそれはおかし過ぎる。」

アルミンが呟く。

 

リヴァイは同意するように口を開く。

「・・・俺は確かに見ていた。爆発の瞬間、奴の四肢が吹き飛ぶのを。雷装は確実に奴を一度殺したはずだ。」

 

すると、アルミンの隣にいたジャンが、はっと思い出すような表情を浮かべ、わなわなと震えた口で疑問を溢す。

 

「・・・おい、今気づいたんだがよ、―――そもそもなんであいつに両手両足が生えてやがるんだ?

 

リヴァイ兵長との戦いで、あいつは手と足を失くしたはずだろ!?」

 

ジャンの疑問はもっともだった。

彼は以前のリヴァイとの戦いで手と足をそれぞれ一本ずつ取られている。

その後シガンシナ区で姿を現した際も、重症の様子だったことをこの場の者は記憶している。

松葉杖をつきながら移動する姿はかなり見慣れないものだった。

 

しかしながら、この場に姿を現したデイビットには両手両足がきっちりと揃っている。

そして今目の前で起きた現象。

導き出される結論は一つだった。

 

「・・・野郎、肉体が再生しやがる。」

リヴァイは舌打ちと共にその答えを口にする。

 

兵士たちの顔に驚きはない。驚き疲れた、というのもあるだろう。しかし、それ以上にもう最早デイビットという男を人類扱いするのを辞めているから、というのが大きい。

 

「・・・もう、お前が人間じゃねぇことはよく分かったぜ、デイビット。」

ジャンの問いに対し、デイビットは即座に否定した。

 

「いや、オレの身体構成は何処まで行っても人類のそれだ。」

 

「嘘つけ!!じゃあ、てめぇのその再生能力は何だってんだよ?」

デイビットの返答に、コニーが噛みつく。

 

それに対し、デイビットは斜め上な回答を返した。

 

「理由はある。

 

―――今のオレは王家の巨人だからだ。」

 

「「「「「「「「「「・・・・・・・・・」」」」」」」」」」

一瞬、兵士・戦士全員の思考が停止する。

彼の言葉を再度解釈した後、思慮深いアルミンも含め、一同の思いが一致した。

『何を言っているんだ』と。

 

王家、そして巨人。いずれもデイビットからはかけ離れている属性だ。

 

まず王家の部分だが、壁内に生存している王家の血筋を引く人間は、中央憲兵に一人残らず把握されている。実は隠し子が・・・という展開もあり得ない。壁外にいたダイナ・フリッツのような例もあるが、身辺調査から彼が壁内生まれであることは結論づいている。彼が王家の血筋を持つというのは、有り得ない話だった。

 

また、彼が巨人という話も受け入れがたい。人の姿を保ちながら巨人になれるのは、九つの巨人だけだ。ハンジの言う十体目とやらがいない限り、彼が巨人という話には余りにも無理があった。

 

彼の唐突な主張は全く説得力がないものだ。『何を言っているんだ、こいつ』という気持ちがモロ表情に出ている者もいた。

 

―――しかしデイビットの一見妄言にも思える主張は、彼が続けて放った言葉と『物的証拠』により、一気に説得力を持つことになる。

 

「なぜなら―――」

 

デイビットは先ほどの爆発でボロボロになった自身の上着のボタンを外し、彼の胸元を露出させると、衝撃の事実を口にした。

 

 

 

「―――この通り、巨人化した王族の心臓がここにあるからだ。」

 

そこには、人間のものにしてはあまりにも肥大化した心臓が埋め込まれていた。

デイビットの身体の中に入り切らなかったのだろう、巨大な心臓は一部が剥き出しになっており、ドクドクと激しく脈打っていた。

 

吐き気を催す猟奇的な光景だった。まだ幼いガビは思わず口元を抑え、気分を落ち着かせようと試みる。

ピークは彼女の背中をさすりながら、生理的嫌悪感を抑えて埋め込まれた心臓を観察する。

巨人研究に比較的明るいピークには、彼のやっていることが何か・・・理解できてしまった。

 

ピークはデイビットに問いかける。

 

「そう・・・それがあなたの切り札ってこと。巨人の心臓を取り込み融合する形で、巨人の力を取り込みながら人間の姿・意識を保つ。ただ身体に埋め込むだけじゃ出来ない・・・細胞単位で移植の可否を分別する必要がある。大した技術ね。」

 

「あぁ、生憎ここ3年は壁内でやることもなくてな、研究の時間は十分にあった。」

デイビットは軽く微笑みながら返した。

 

「・・・そう。ここ数日、私達を放っておいて内地に身を隠して何をやっているのかと思えば・・・全てはこの為の準備ってわけね。」

 

デイビットの再生能力の正体はここにあった。

巨人の心臓を自身に直接埋め込むことで、巨人の再生能力を取り込んだのだった。

 

「巨人と融合って・・・そんなこと出来る訳・・・」

ミカサの呟きに、デイビットは少し食い気味に反論する。

 

「アッカーマンの君がそれを言うのか、ミカサ。

 

そもそも巨人と人類は生物学的には同種だ。明確に区分けできる定義などなく、スペクトラムな関係性、と言っていいだろう。

それゆえ融合、というのは少し語弊があるな。巨人と人類の中間をオレは探ったに過ぎない。君たちアッカーマンに近い分類と言える。

 

無論、遺伝子操作による内部からのアプローチと、外部からの直接的なアプローチという違いはあるが。」

 

「マーレの巨人研究者が聞いたら喜びそうね。」

 

「あぁ、実際彼等の所感は非常に参考になったよ。」

 

表情を強張らせながら、無理やり軽口を叩くピークは、頭の中で考えを巡らせる

 

「(彼の力の源は分かった。でも・・・彼はその力で一体何を?ただの戦力増強のためにあそこまでのことをするとは思えない。)」

 

ポーカーフェイスを貫きながら答えを探るピークだったが、その隣にいたアルミンはその答えに一足先に辿り着いていた。

 

「―――デイビット、君はエレンに接触して、始祖の巨人の力をもう一度発現させようとしているんだね。」

 

デイビットは言っていた。

『今のオレは王家の巨人だ』と。

 

始祖の巨人の力の発動条件は、エレンに巨人化した王族の者を接触させることにある。先程まで、エレンはジークと接触を続けていた為、始祖の巨人を使い地ならしを起こすことが出来ていた。

しかし、ジークが殺された今、王族の巨人とエレンの接触は途切れてしまい、始祖の巨人の力も再び失われてしまっている。

 

デイビットは強引な施術の結果、自らの身体的定義を王族の巨人と設定することに成功した。巨人の再生能力など、ただの副産物に過ぎない。以上の情報から、彼のこれからやろうとしていることをアルミンは予測した。

 

「手段は分からないけど、王族の巨人の心臓と、自分の心臓を取り換えることで、概念的に王族の巨人となることに君は成功した。今の君がエレンと接触することで、エレンは始祖の巨人の力を取り戻し再び地ならしを起こすことが可能だ。

 

問題はその先だ。

君はエレンとは違う。地ならしで君はこの世界の人類を―――

 

「なぁ・・・アルミン」

 

デイビットに自らの予測をぶつけつつ、その先にあるデイビットの行動原理の核心のところまで切り込もうとした時、コニーがアルミンの言葉を遮った。

 

彼の方を向くと、動揺が露わになった表情をしている。

唇は震え、視線は定まらず、過呼吸なほどに荒い鼻息を繰り返しながら、コニーは恐る恐る口を開く。

 

「俺馬鹿だからよく分かんねぇけどよぉ・・・要はこいつ巨人化させた王族から心臓引っこ抜いたんだろ?

 

 

―――その王族って誰だよ?」

 

瞬間、兵士たち全員の背筋が凍る。

簡単な消去法だ。

そもそもこれまで王家の血を持つものは2人しかいなかった。

 

その片方のジークはずっとエレンの中にいて、先ほど死亡が確認された。

となると、必然的に対象は残る1人に絞られる。

 

そんな簡単なことに、目の前のデイビットの理解に必死になっていたアルミンは気付くのが遅れてしまった。

 

口にしたくない・・・確認することで、それを確定させたくない。

そう強く思いながら、アルミンはその残酷な真実を確かめてしまった。

 

 

 

 

「ヒストリアを―――――

 

 

 

殺したの?」

 

「あぁ。」

 

 

 

 

 

「デイビット!!!!!」

 

ミカサがブレードを引き抜く。距離は20m程。

攻撃までに2秒は必要だが、そんな計算など頭になかった。

 

純粋な殺意。ミカサの頭の中はそれだけだった。

しかし彼女の怒気を前にしても、デイビットは冷静に勝利を宣言する。

 

「遅い。オレとの交戦に乗った時点で、そちらの敗北だ。

 

最後に―――初めの質問を返しておこう、アニ。」

 

デイビットは既にいつでもエレンと接触できる準備は出来ていた。

そのうえで、最後に『何をするつもりなのか』というアニの質問に返答する。

 

「オレの目的は『秩序の維持』だ。それが人類にとって善いことだと判断した。

 

この先、人類は更なる英知を得るだろう。そして、力を得た人類はより勇敢に、より強欲に、より純粋に、―――より自由に、宇宙の先を目指す。」

 

「うちゅう?」

アルミンにとって、それは馴染みのない単語だった。

前どこかで聞いたことがある様な気もする。

意味は分からないが、何処か魅力を感じさせる単語だ。

 

戸惑うアルミンを気にせず、デイビットは言葉を続ける。

 

「人類は自由の欲求に抗えない生物種だ。好奇心と探求心を捨てられない生物種だ。そうして好き勝手に暴き、踏みにじった先の未来は・・・今広がっている景色と同じだろう。

 

そうなれば地球人類は138億光年に亘る汚名を被るだろう。『この宇宙に生まれた、最低の知的生命体』と。」

 

兵士・戦士の一人一人が彼の話を聞いている。

そして誰一人、彼の話に対して何一つ欠片も共感できていない。

一部兵士は理解までは出来ていた。しかし共感に至るまでに、彼等とデイビットの間では大きな壁があった。

 

「その前に、オレは人類を終わらせる。

 

アルミン、先ほどの話を少し訂正するが、目的は接触ではない。オレはこれからエレンに喰われ、エレンの中に取り込まれることになる。

 

―――そうすることで、始祖の力をオレが掌握し、人類を終わらせる。」

 

瞬間、アルミンの恐れが確信に変わった。

彼が何をしたいのか、結局はシガンシナ区でのあの時から変わっていなかったのだ。

 

彼は『善いこと』をしようとしているだけだ。

ただ、僕らの視点では決して共感出来ない価値観に基づいて、『善いこと』をしようとしているだけ。

 

―――そうして彼は終わらせる。人類を。

 

自分達は全くその理由を理解できない。

けれど、彼の中での真っ当な理屈に基づいて、人類は滅ぼされる。

 

直接彼を止める事はできない距離関係にある。

彼の試みを物理的に中断させるのはもう不可能だ。

 

アルミンはせめてもと、彼がこれまで敵に対して語ってきた、とある常套句を口にしようとする。

 

『待って、話をしよう』

 

しかし、その言葉が腹を出発し、喉を通過する辺りで、彼は無意味と悟ってしまう。

 

『待って』。

無駄だ、彼は待たない。

 

『話をしよう』

一体何の話をするんだ。

もうこれは損得や理屈の段階ではない。視点の違いだ。

 

話をして彼と分かり合えることが出来るとでも言うのか。

彼が共感できる価値観を、僕達が伝えることが出来るとでも言うのか。

何よりも、僕達に彼の価値観を共感することが出来るとでも言うのか。

 

無理だ。

845年・・・シガンシナ区でのあの日から、『靄』という形で脊髄にその認識を刻み込まれていた。

 

『話をすれば分かる』、これが決して通用しない相手がいる。

『非理性的だから』『育てられた環境が違うから』

そのような話ではない。

お互いの体験・理屈を全て共有し合った所で、根本から違う。

 

そんな相手が覚悟の上、決断を下した時・・・

 

―――最早自分達に出来る事はない。

 

ただそこに立ち尽くし、訳も分からず、何一つ動く事すら出来ないまま、滅びを待つ。

『靄』は―――アルミンに警告し続けていた。

『こうなる前に、なんとかしろ』と。

9年間、アラートを鳴らし続けていたが、結局は恐れていたことが現実となってしまった。

 

「よし、語るべきことはおおむね、語った。」

そう言うと、デイビットはくるりと背を向ける。この会話は彼の中での義理だったのだろう

 

まるで散歩に行くような足取りで、デイビットは足場のない前方へ一歩進み、そのまま垂直落下する。

 

そしてそのまま、デイビットの身体は『終尾の巨人』の口内へと落ちて行った。

 

 

 

 

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