残酷な世界で過ごす最小の一日   作:安泰明日

16 / 16
第十六話『残酷な世界が迎えた最小の一日』

男は虚無だった。

 

これまでデイビット・ゼム・ヴォイドという存在を形容する際に使用してきた語りだ。

 

では何故、男は虚無なのか?

 

彼のこれまでの経歴は既知のとおりだ。

壁内で生まれ、単身で壁外を調査し、壁内に戻ってからは兵士として活動しつつ、最後には人類を滅ぼさんと自らの指定(オーダー)を遂行していた。

これらは全て、彼の原理―――『人類は善いことをしようとする』―――に従った末の行動である。

 

しかし、そもそも彼はどういう存在なのか。

何故、他の人類とは異なる宇宙視点の視座を持ち、外宇宙の生命体と繋がりを持つのか。

この辺りの説明が不十分だろう。

 

彼の在り方について、少しばかり引用を交えながら語るとしよう。

 

そもそもだが、彼は元々この世界の存在ではない。

 

―――それは全く別の世界の話。

 

とある父と息子がいた。

 

父は研究者だった。彼はこの世ならざるものを研究対象として扱っていた。

息子は映画好きのただの少年だった。

 

父はある日研究で『天使の遺物』と呼ばれる物体を発見した。一見変哲の無い木の輪っかだが、それが地球にあってはならない外宇宙のものであることは、研究者でなくとも分かる。

彼は上から研究室を与えられ、『天使の遺物』を監視する役目を与えられた。

父は20年間、ひたすら『天使の遺物』の研究にあたっていた。

 

長年の研究の末、彼は結論を下した。

『これは何の変化も起こさない神の贈り物である』と。

 

父はある日、息子を研究室に連れた。

その日にそれが起きたことに何も必然性は無く、ただの偶然だった。

 

『天使の遺物』から発せられた光が研究室を照らした。

その0.2秒後の世界に、父と息子は居なかった。

 

死んだのでも消えたのでもない。

ただ、始めから居ない事になっていた。

 

 

「―――え?」

 

そうして、息子―――映画好きの少年はこの世界に転移した。

正史において、彼は研究室に現れる筈だった。しかし、何か手違いが起きたのか、はたまた運命のいたずらなのか、彼は全く縁もゆかりもない巨人が支配するこの世界に転がり込んだ。

 

いや・・・どうだろうか。

正確には、『息子と、全く同じ身体構成をした少年がこの世界に現れた』の方が正確かもしれない。

 

『SFの物質転送機には二種類ある。

一つは空間を繋げて、人間を転移先に送るもの。

もう一つは人間を原子レベルで分解して、転移先で再構成するもの。

 

今は後者の方が現実的だと言われているが、道徳、倫理、哲学的には受け入れがたい所がある。

原子レベルで分解されたら人間は死ぬ。

全く同じものが転移先に現れるとしても、それは同じ生命ではないのではないか、ってね。』

 

細胞レベルで身体を構成する物質は同じ。

人格も同じ。

それでも『違う』ものであることは、少年が誰よりも分かっていた。

 

外宇宙と繋がりを持ってしまったことで少年は『それ』と縁を持ってしまった。そして、思想も価値観も視点もあり方も人類のそれではなくなってしまった。

 

 

 

 

少年は記憶力・・・物事を記録する方式が他の人間とは違っていた。

 

彼は24時間中、5分間の事象しか記録できない。

少年にとって一日とは、5分間の出来事になった。

 

より正確に言うと、一日の終わりに彼の記憶は全て真っ白に更新される。しかし、少年の信念―――『更新』に抗う意志が、5分の記憶の保持を可能としていた。

他の者なら、常にあらゆる記憶を漂白され続ける廃人と化していただろう。

だがその精神性により、彼は失われることの無い/忘れ去られることの無い思い出を獲得していたのだ。

 

少年は常に必要なものだけを5分間保存する。

1日を5分に圧縮する彼にとって、24時間を有する通常の人間は、優しく緩やかな、無駄の多い時間にいる。

 

最小の一日(デイ ビット)。

虚無の遺物が生んだ、空虚な男。

 

それが、デイビット・ゼム・ヴォイドという存在である。

 

 

 

 

 

 

気付くと無限に広がる空間の中に、エレン・イェーガーはいた。

足元は砂漠の様、見上げると夜空の様、空間の中心には大樹の如き光の柱がそびえたっている。

 

「ここは・・・」

 

「やあ。」

 

突如眼前に繰り広げられる無限大の空間。その背景を探っていると、背後から聞き慣れた声が肩を叩く。振り返らずとも、エレンにはその声の正体は分かっていた。

 

「・・・デイビット。」

 

「良かった。オレがいることは了解済みのようだ。」

 

背後を振り返り、捕捉した人物は予測通りだった。デイビット・ゼム・ヴォイド、同期にして、協力者。それでいて、エレンが最も危険視している人物。

 

エレンにとって唯一、動きが読めない男だった。制御できない男だった。

このタイミングで、この場所で、デイビットと1対1で対峙している。エレンはこの状況を楽観的に解釈することは出来ない。目的も手段も分からない。だが、この場で奴は何か事を起こそうとしていると、エレンは確信を持っていた。

 

「別に了解してねぇよ。ここは全ての道が交わる場所―――『座標』だ。本来お前が入ってこれる場所じゃねぇ。

 

―――何しにきた?」

 

そう、ここは『座標』。それは生も死もない世界。

エレンにとって、この世界への訪問は二度目だ。飛ばされた瞬間に、自分の居場所と状況を把握できた。

 

「一応、手続きは踏んだうえで来ているんだがな。」

 

「だから、それだけじゃ分かんねぇよ。もう、ここまで来たんだ。いい加減、何がしたいのか・・・分かるようにちゃんと説明しろよ。」

 

エレンは説明を求めた。どうやってここに来たのか、何が目的なのか。いつもの端的な回答ではない、きちんと順序を追った解説を彼は要求した。

 

「そういうものか。必要というなら、段階を踏んで説明しよう。」

 

デイビットはエレンの要求に応じ、状況を詳細に説明し始めた。常に結論のみ切り取って事象を話す彼が事細やかに会話するのは初めての事である。

 

「エレン・・・お前はオレを喰らった。それはすなわち、オレと一時的に接触を果たしたということだ。ヒストリアの心臓を埋め込み『王家の巨人』という枠にハマった、オレという存在とな。そうして、オレ達は今ここにいる。

 

―――始祖の力は再び起動した。」

 

王家の巨人と始祖の力を持ったものが接触することで、始祖の力は解放される。その際、力の保持者は常に、ここ『座標』に呼ばれる。歴代の継承者もそうだった。

デイビットにとっては『座標』は初体験の筈だ。にもかかわらず、彼はその場に平然と佇み、自分の故郷を紹介するかの如く現状の解説を続ける。

 

「無論、この力は刹那的なものだ。なにせ、オレはお前に喰われた。今ここにいるオレは、『お前に喰われたが、まだ完全に事切れていない』、生死の境にいる断面のオレだ。数秒後には完全に死亡し、そうしたら再び始祖の力は失われる。だがこの瞬間に、確かにオレは存在し、始祖の力もここにある。」

 

デイビットの解説をエレンは割り込まず、じっと聞いていた。特に質問が無い事を確認すると、デイビットは次の話に移る。

 

「経緯はこれでいいな。あとは動機か。話したように力はこの一瞬だけのものだ。だが、それでも始祖の力で今できる事は確実にある。」

 

デイビットはエレンから目を外し、視線を別の方向へ向けた。

その先には、ポツンと佇む少女が1人。

 

貧しい身なりをした少女だった。

古い桶を両手で抱えた少女の名はユミル。

全ての始まりの少女、『始祖ユミル』だ。

 

デイビットは始祖ユミルに視線を向けながら、選択肢をエレンに提示する。

 

「始祖の力を使えるこの瞬間で、始祖ユミルに命令出来る要件は幾らでもある。例えば、最後の一人を踏み潰すまでマーレ大陸を歩み続けるように壁の巨人に命令させれば、始祖の力を失った後でも地ならしを継続させることは可能だろう。」

 

デイビットは再びエレンに視線を戻して、そう口にする。無機質なデイビットの瞳と、意志の宿ったエレンの瞳が交差する。

 

「・・・それが、お前のやりたかったことか?・・・デイビット。壁外人類を駆逐するために・・・パラディ島を守るために・・・俺のために、お前はこれまでずっと動いていたと?」

 

ここに来て、エレンは久しぶりに口を開く。

8年間、デイビットの目的がずっと見えなかった。何を叶える為に兵士として動いていたのか。どの様な背景でエレンの暗躍を支援していたのか。

 

彼は良く口にしていた。

自分は『善いことをする』と。

 

その『善いこと』とは、エルディアを救うことだったのか。

彼の理想と、エレンの理想は同じだったのか。

本当に、彼はエレンの同志だったのか。

 

エレンはデイビットに尋ねた。

その問いにデイビットははっきりと、躊躇なく回答する。

 

 

 

「いや、オレはお前の目的には与していない。自分の意思と判断でここにいる。」

 

デイビット・ゼム・ヴォイドはエレン・イェーガーと違う、明確な対立宣言であった。

 

その回答を受けてもエレンの表情に全く驚きはない。既にエレンの中でも確信があった。初めて彼を見た時から、感じていたのだ。

 

『こいつとは相容れない』と。

 

「ああ、そうだろうな。お前を知っていれば、それは言われなくても分かる。

 

―――でも、だから何だ!?

お前は何のためにここにいる!?」

 

それまで互いに、緊張感はありつつも、低く落ち着いた声量で会話をしていたが、その均衡が破られる。無限に広がる『座標』に響き渡る怒声で、エレンはデイビットに問いかけた。

 

彼の目的を。

真意を。

その行動原理を。

 

 

 

「オレの目的は『秩序の維持』だ。それを果たすためにここにいる。」

 

その回答を聞くと、エレンは形容しがたい嫌悪感に襲われた。生理的な・・・根源的な違いをデイビットから突きつけられたように、エレンは感じた。

エレンは少し顔色を曇らせるが、デイビットは気にせずに続ける。

 

「じきに、お前と始祖ユミルは共にこの『座標』から姿を消す。そして、残ったオレが力を手にする。

 

―――そして、人類は終わる。マーレ人も、エルディア人も、全ての人類が滅亡する。」

 

それこそが虚無の男、デイビット・ゼム・ヴォイドの目的だ。

エルディアを守るために壁外人類の虐殺を目的としたエレンとは根本的に違う。

この地球に現存する『全ての人類』を、彼はこれから滅ぼす。

 

―――人類滅亡。

 

『善いことをする』を行動原理として持つ男が辿り着いた結論だった。

 

 

 

「・・・それがお前の目的か。」

 

エレンは驚くことも、否定することもしなかった。その回答は非常に納得のいくものだったからだ。自身のために動く同志としてではなく、人類を終わらせる姿の方が、デイビットにはよく似合う。

 

「あぁ。それが秩序の維持、ひいては人類にとっても『善い』ことと判断した。」

 

「意味が分からねぇよ。人類を絶滅させておいて、何が人類にとって『善い』ことだ。何の秩序が守られるって言うんだ。」

 

エレンの問いは一般的な人間視点においては極めて正論である。人を滅ぼして叶えられる秩序とはいったい何のためにあるのか。まず人を第一に考える以上、デイビットの行動には全く理屈が通っていない様に見える。

 

しかし、デイビットは不幸なことに、その視点を持ち合わせていなかった。

 

「無論、『宇宙』の秩序だ。ここで人類を終わらせることで、その秩序は守られる。」

 

「・・・『うちゅう』・・・だと?。」

 

エレンはデイビットの回答に困惑した表情を浮かべる。初耳の単語が出てきたからだ。

 

『宇宙』

 

それは壁外の学問では一般教養として広がっているものの、パラディ島内では浸透が広がっていない概念だった。

それが何かは分からない。しかし、エレンはその言葉の響きに神秘を、甘美を、自由を感じ取った。

 

「そうだな・・・まだ『時間』まで少しある。そこから説明するとしよう。」

 

デイビットがそう言うと、突如周りの景色が一変する。

先程までは、『座標』特有の砂漠の中にいた2人は、気付くと超常的な空間に囲まれていた。

 

そこは暗闇だった。

しかし、闇の先には小さな光が一面に広がっている。

 

上下左右、何処を見ても果てが見えない。

そもそもどこが上で、どこが下なのかも分からない。

 

広大という概念すら不適格なほど無限に広がる空間に、二人はいた。

 

「お前達は壁の向こう側にしか関心を持っていなかったようだが、地球の上空にもまた世界は広がっている。遠く広がる世界を・・・人類は『宇宙』と呼称した。」

 

場所が再び切り替わる。

二人の眼前には、真っ赤に燃え盛る巨大な天体があった。

 

「これは・・・」

 

「0.00001581光年ほどの距離にある恒星だ。お前達が太陽と呼んでいる天体だ。」

 

 

 

再び場所が切り替わる。

今度は、真っ青な天体だ。

天体の地表まで降りてみると、一帯の地面が氷のような物体で覆われている様だ。

 

「ここは2億3476万光年ほど先にある天体だ。少しだけ離れたな。この地表は氷ではない。地球には存在しない物質だ。ダイヤモンドより硬いが、熱で簡単に変形する。」

 

「・・・」

 

 

 

今度は実体が確認できない、不気味な天体だった。

中央に先の見えない漆黒の穴が開いており、その周囲の空間は大きく歪んでいる。

 

「130億光年ほど先にある天体だ。重力の強さが地球の比ではなく、際限なく周りの物質を吸い込んでいる。光ですら脱出不可能だ。」

 

ここまで解説を終えると、デイビットはクルリと振り返る。

漆黒の天体を背景に、無機質な瞳でこちらを見据えるデイビットの姿は、実によく似合っていた。それはまるで、彼の在るべき場所が地球ではなく、宇宙の遥か彼方にあるかのように、闇の広がる光景とデイビットはマッチしていた。

 

「これが宇宙だ。地球人類も壁内人類と変わらない。地球とは、重力という見えない壁に捉われた閉鎖空間だ。壁を越え、空を抜ければ、そこには無限に広がる世界がある。

 

地球とは比べ物にならない規模に、世界は広がっている。

炎の水も、氷の大地も、砂の雪原など、取るに足らない。お前達の想像を超越した景色がそこには広がっている。

 

―――お前はこの世界を、どう観る?」

 

長々として解説から、唐突に振られた問いにエレンは返せなかった。

いや、違う。

エレンはそもそもデイビットの解説を途中から聞いていなかった。

 

気付けばエレンは幼少期の姿になっている。

彼の現在の精神状態がそのまま外見に反映されているのだ。

この無限にも思える程に広がる世界が、『宇宙』が彼を幼い姿に変えたのだ。

 

エレンはそのことにも一切気を留める様子はない。

少年の姿のエレンはただ、圧倒されていた。

 

広大な世界に。

不可思議な世界に。

未知の世界に。

 

口をぽかんと開け、恍惚とした表情を浮かべる。

彼の口から、微かに声が漏れ出た。

 

「・・・すっげぇ・・・!!!。」

 

その姿を見て、デイビットは「まぁ、そうだろうな」と一人納得する。

そうして、語りを再開する。

もはやエレンが聞いていなくとも構わない。自らに対して語り掛けるように、意思を固めるように、デイビットは人類の未来を語った。

 

「そう・・・人類は近い将来、本格的に空の先に世界を見出す。宇宙に焦がれ、宇宙に理想を抱き、そして宇宙を踏破しようと試みる。

 

―――そして、人類は繰り返す。」

 

二人は始めに居た座標の場に戻ってきた。

エレンは先ほどの光景の余韻にまだ浸っている様だ、ぼーっと上を見上げている。

 

 

 

「始めは小さい規模の干渉だろうが、時間と技術の問題だ。力を積みあげ、野望を広げ、自由を濫用するにつれ、事態は取り返しがつかなくなる。

 

―――その究極の例を、ここではない『何処か』でオレは経験している。」

 

記憶と言えるほどハッキリしたものでもない。

ただ、確かにそれはデイビットの感覚に残っていた。

 

それは別世界にて試みられていた傲慢の極みとも言える所業。

 

鳥籠の中に宇宙を閉じ込めるという冒涜的な計画。

 

想像しうる誹謗の言葉全てに、正当性を持たせてしまう程の悪行。

 

薄暗い部屋で、全く悪びれる様子もなく、その男は穏やかに己の指定を説明していた。

 

その際の記憶が全て残っている訳ではない。しかし、その際に感じた『危機感』だけは、世界を超えてデイビットの奥底に微かに・・・それでも確かに・・・残り続けていた。

 

「この世界が例外であるという保障はどこにもない。

その結果として宇宙の秩序が乱されるのは、オレは看過できない。

 

だから、オレは人類を滅ぼす。

宇宙の秩序が乱される前に。

『最悪の生命種』の汚名を被る前に。」

 

 

デイビットの行動原理は語られた。

彼は宇宙視点で物事にあたっている。

宇宙の秩序を守るうえで、人類は滅ぶべきと判断した。

 

しかし当然ながら、その考えに共感できるものはこの星にはいない。

エレンは呆けた表情を保ちながら、ぼそりと返す。

 

「意味が分かんねぇ・・・。起きてすらもねぇ妄想を理由に世界を滅ぼすって、イカれてるよ、お前。」

 

「そうか。」

 

「何だよ・・・宇宙の秩序って。まだ、うっとうしい『壁』があるのかよ。

 

―――壁の先には、こんなに『自由』があるのに。」

 

エレンはぼそりと嘆く。

幼少期からエレンは壁に囲まれてきた。

『行きたい場所へ行けない』

『やりたい事が出来ない』

その不自由への怒りが、エレンの原動力となっている。

 

「壁の外の現実は・・・オレが夢見た世界と・・・アルミンの本で見た世界と・・・違っていたんだ。

―――壁の外で人類が生きてると知って、オレはガッカリした。」

 

4年前に壁の外を知った時、エレンは失望した。

壁の外も、壁の中と変わらなかった。

そこにも結局『自由』は無かった。

 

「でも、今・・・ようやく見つけた!この空の先には・・・この壁を越えれば、あるんだろ。宇宙には・・・俺が求めた『自由』が、やっと・・・!!」

 

デイビットから語られた宇宙の存在は、自由を求めるエレンにとって一筋の光だった。正真正銘、この空の向こうに人類は居ない。そこには謎がある。神秘がある。『自由』がある。

 

 

 

だが、エレンは・・・人類はその先には行けない。

デイビット・ゼム・ヴォイド、『宇宙の秩序』を守らんとする『壁』がその前に立ちはだかるからだ。

 

その『壁』は、エレンの求める自由を断罪する。

 

「その自由は、空の先に他の存在が居ないことを前提としているだろう。

 

自由というものは、反対から見たら不愉快だ。

引き出しに入れて出し入れしていい代物ではない以上、自分の不愉快は認めてもらうが相手の不愉快は認めないは許されない。

 

自由の障害が現れた時、人類の取る選択肢は常に一つしかない。」

 

 

 

―――向こうにいる敵全部殺せば、俺達、自由になれるのか?―――

 

 

 

海岸での一言がこだまする。

 

確かに規模は違う。

難易度もまるで違う。

 

だが、同じ状況になれば人類は再び同じ選択をするのだろう。

そして、人類にとってそれは可能な営みであるのだろう。

 

長い間の観測の末、デイビットはそう判断した。

 

あの海岸で放ったエレンの一言は、デイビットの中で人類種を評価するには充分であった。

 

 

「・・・やっぱり俺、お前のこと苦手だよ。」

 

デイビットの行動原理を受け止めたうえで、エレンは自身の本心を告白する。これまで頭の中で言語化までは至らずとも、常に抱えていた感情だった。

 

アルミンが抱えていた『靄』という恐怖とは違う。

不快なことをされた記憶はない。嫌いなタイプの人間という訳でもない。だが、エレンはデイビットに根源的な嫌悪感を持っていた。始めから、あの日キース教官に対して無機質な表情で『自分は善いことをするためにここに来た』と語る彼を見た時から、この気持ちを胸に抱いていた。

 

その正体が何か、今までは分からなかった以上、誰かに話すことは無かった。

だがその理由が分かった今、エレンは初めてそれを口に出来る。

 

「いつも何を言っているか分からねぇからじゃない、俺達に世界の真実を黙っていたからでもない、俺の計画を利用したからでもない、

 

―――お前が『善いこと』をするから、だったんだな。」

 

エレンは自由を求めて生きてきた。

自由とは、何にも縛られないこと。

 

デイビットは『善いこと』を自らの指定(オーダー)として定めて、動いていた。

彼にとっての善いこと・・・それは『秩序の維持』。

 

秩序は自由の反対側にある概念とも言える。

自由の権化であるエレン・イェーガー。彼にとって、デイビット・ゼム・ヴォイドという男は『壁そのもの』であった。

 

故に、根源的な嫌悪感。

 

 

 

 

 

「さて、これで経緯と動機は一通り話したが、何か質問はあるか?」

 

エレンからの告白を受けても、それが当たり前と言わんばかりに処理したデイビットは、話を仕切り直す。

 

「『宇宙の秩序の為に人類を滅ぼします』なんて宣言された後に、質問なんか何も出てこねぇよ。」

 

「そうか、ではオレから尋ねることとしよう。オレの指定(オーダー)にかかわる大事な質問だ。」

 

デイビットはエレンに半身を向けた状態で、鋭く貫く矢のような問いを放った。

 

 

 

「お前があの戦いでミカサに殺された先には、どんな景色が広がっていた?」

 

「・・・なぜそれを・・・」

 

先程まで繰り広げられていたスラトア要塞での戦い、別称『天と地の戦い』。デイビットにより完全に展開がひっくり返ってしまったが、もし彼の乱入が無ければその先に何が起きていたのか。

デイビットにはその先の展開が見えていた。

 

「お前の一連の言動が気にかかってな。始祖の力で壁外人類を踏み潰すだけにしては、不必要な動きが多かった。」

 

「・・・」

 

「極めつけがスラトア要塞での戦いぶりだ。お前は戦っていながら、止められたいように感じられた。まるで、殺されに動いているようにも感じた。それも、特定の誰かに・・・だ。」

 

「・・・本当に気持ち悪い洞察力だな。答えが出てんじゃねぇか。」

 

「オレはお前のように未来が視える訳じゃない。分からないのが、その先にある筈だった現象だ。・・・ミカサがお前を殺した先に、何がある?」

 

デイビットの問いに対し、エレンは口を噤んでいた。それは誰にも・・・ジークにもフロックにも口にしなかった秘密だ。

しばしの静寂の後、エレンは閉ざしていた秘密を打ち明けた。

 

「・・・あの勲章授与式で・・・俺は見た。ミカサの選択がもたらす結果が。」

 

「・・・」

 

「フリッツ王の命令に2千年間、始祖ユミルは従い続けていた。だから巨人の力は存在する。ミカサは、自由を求める始祖ユミルを解放してくれる存在だった。

 

どうしてかは分からねぇ。けどミカサの選択が、その結果が―――巨人の力をこの世から消し去ることになる。」

 

それこそ、エレンが目指していた未来。

その先に自分は居ない。

それでも巨人を駆逐したかった。

皆を守りたかった。

エレン・イェーガーの旅路は、全てこの結末へ向かうためだった。

 

「その先の世界は、どうなる?」

 

「・・・分からねぇ。ただ人類の8割が滅亡し、壁外世界はパラディ島と同等の文明レベルに陥ることになる。」

 

「つまり、戦況は均衡状態となる訳か。」

 

「あぁ・・・その後の事は、アルミンに任せようと思っていた。」

 

「なるほど、戦後に対処出来る程度まで人類を減らしたうえで、巨人の支配からアルミン達を解放させる、と。

 

それがお前の指定(オーダー)か。

それが、お前にとっての人類の救い方か。」

 

デイビットがそう結論を出そうとするが、エレンはその答えを否定する。

 

 

 

「・・・いいや、違う。それだけじゃない。・・・アルミン達に止められる結末が分かってなくても、俺はこの世の全てを平らにしてたと思う。」

 

「・・・何故だ?そこまで壁の外に拘るのは割が合わない。」

 

エレンが地ならしに踏み切った理由は一言では語れない。

仲間を世界から守るためでもある。

巨人へ復讐するためでもある。

 

しかし、彼の行動の根本にはあったものは、そのいずれでもない。

それは彼の行動原理である。

 

彼は常に『それ』を求めて藻掻き続けていた。

皮肉なことに、『それ』を求めるあまり、最期には『それ』の奴隷になり果ててしまった。

 

―――『自由の奴隷』に。

 

「・・・・・・何でか分からねえけど、やりたかったんだ・・・どうしても。」

 

「・・・そうか。」

 

答えになっていない答えから、デイビットはエレンの行動原理を理解した。

そして納得し、自身の定義を再確認した。

 

そうして彼は質問を終えた。

 

 

 

こうして、2人の男の指定(オーダー)は明かされた。

 

行動自体は2人とも一致している。

即ち―――人類虐殺。

極端な男たちである。

 

だが、その背景はお互い全く反していた。

片方は、『宇宙の秩序』を守るため。

片方は、仲間を守るため。そして壁の先にある自由を手に入れるため。

 

互いの思いが打ち明けられたうえで、両者は分かっていた。

 

妥協点はないと。

決して相容れないと。

どちらか一方の未来しか選ばれないと。

 

デイビットが『善いこと』を成し遂げるにあたり、エレンの『未来』は許容できない。エレンが『自由』を求めるにあたり、デイビットは『壁』である。

 

互いの意思がぶつかった時、やる事は一つだ。

 

―――戦え

 

―――戦え

 

―――戦え

 

「・・・諦める気はないんだな。」

 

「おかしなことを訊く。

オレとお前は同じだ。責務じゃない。やりたいからやっている。自己満足というヤツだ。

 

お前はパラディ島を救う。

オレは宇宙を救う。

人類を救うという目的は同じでも、手段が異なる以上、対決は避けられない。

 

今までも、そうして戦ってきただろう、オレ達はずっと。」

 

「・・・気付いていたのか。」

 

デイビットの口ぶりを聞き、エレンは少しバツの悪い顔をする。

 

「それはそうだろう。あれだけオレに干渉しようとすれば流石に気付く。」

 

そう、既に2人の戦いはとっくに始まっていたのだ。

それこそ、序章から。

 

「・・・そうだ。例え自由を奪う行為だとしても、デイビット・・・お前だけは制御したかった。記憶を読み、目的を暴き、強制的に止めたかった。」

 

始祖の力は、神の力だ。それは、全てのエルディア人―――『ユミルの民』の記憶への介在を可能とする。それも、過去・現在・未来と、全ての時空のエルディア人の記憶を覗き、操ることが出来る。

ユミルの民である以上、エレンの支配を逃れる事は不可能だ。

 

「―――だがデイビット、俺はただの一度もお前を支配出来なかった。」

 

しかし、デイビットだけは例外だった。エレンはその力をもってしても、デイビットの記憶に干渉できなかった。彼の目的を知る事も、彼を操る事も最後まで出来なかったのだ。

 

その理由はシンプルなものだった。

 

「あぁ、生憎記憶力だけは人後に落ちなくてな。体質上、オレは一日のうち5分分の出来事しか記憶できない。その代わり、記憶したものは砂の一粒すら忘れない。

 

―――相手が始祖であろうと、自分の記憶は守ることが出来る。」

 

そう、記憶力。多くの事を記憶する類の記憶力ではない。残すと決めた記憶は決して手放さない体質が、エレンの支配を妨げていた。これまで毎日『更新』と戦ってきたのだ。たとえ始祖であろうと、彼の記憶に干渉する事は許されない。1日に5分しか記憶できない性質だからこそ、その5分の記憶を彼は決して手放さなかった。

 

単純な理由故に、エレンはその原理に納得できなかった。しかし少し考えた末、不要な試みである、と理解することを諦めた。

 

 

 

互いの胸のうちは語った。

あとはこの世界に残るべき勝者を決めるのみだ。

 

『座標』における勝者とは即ち、『始祖の力』を奪取すること。

始祖の力を再起動させたところで、その力を扱えるとは限らない。力を使用する権利を・・・始祖ユミルへ命令する権利を、始祖の巨人の所有者であるエレンと奪い合う必要がある。シガンシナ区でジークとエレンが接触した際、エレンはその戦いに勝利し、始祖の力を手にした。

 

その経験をしている分、エレンは自分に分があると考えた。

 

ゆえにエレンは思考を巡らせる。

どうやって、デイビットはエレンから力を奪い取るつもりだ?

どう始祖ユミルを従わせ―――――

 

 

 

「すまない、『時間』が来た」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、座標が光に塗りつぶされた。

砂も

空も

無数の『道』も

光の柱も

 

エレンも

始祖ユミルも

デイビットも

 

座標の全てが、白に塗りつぶされた

 

突然の環境変化に適応する間もなく、何の動きも出来ない状態のエレンの耳に、微かに声が届く。

 

―――お前はオレを喰らった。

 

―――知っているだろう。

 

―――人を喰うということは、その人物の一部を・・・特性を継承するということだ。

 

 

 

 

―――出所が分からない飯を無暗に食べるなと言われなかったか?

 

 

 

 

エレンの自我が薄れる。

意識がぼやける。

意思が霞む。

―――エレンの『記憶が漂白される』。―――

 

始祖ユミルの願いが散る。

呪いが溶ける。

魂が枯れる。

―――始祖ユミルの『記憶が漂白される』。―――

 

デイビットの視界がぼやけてゆく。

定義が揺らいでゆく。

指定(オーダー)が掻き消えてゆく

デイビットの『記憶が漂白s―――――――――

 

 

 

 

光が止んだ。

0.2秒ほどの怪奇現象だった。

 

0.2秒後の『座標』に、エレンは居なかった。

0.2秒後の『座標』に、始祖ユミルは居なかった。

 

それは『更新』。

『天使の遺物』に侵されたデイビットの呪いだった。

『一日に一度、彼の記憶は全て真っ白に更新される』

どんなに楽しい思い出も、強い憎しみの感情も、全て漂白化されてしまう。

 

人を喰うということは、『その人物の特性を受け継ぐ』ということだ。

エレンはデイビットを喰らった。

よって、デイビットが持つこの特性も、エレンに継承された。

 

―――そうして、エレンの中で『更新』が発動した。

 

始祖の力・・・『座標』を持つエレンの中で起こる『更新』は何を意味するか。

すなわち、『座標』そのものの更新だ。

 

全てのエルディア人を繋ぐ『道』の交わる場所、『座標』。

『座標』で起こった更新の影響は、『道』を伝って、全てのエルディア人にまで伝播する。

 

結果として、特性を引き継いだエレンも、『座標』の住人である始祖ユミルも、『座標』から広がる『道』の先のエルディア人も、『全ての記憶の更新』を受けた。

 

記憶とは、人が残した記録であり、人を知性体たらしめるキーとなる概念だ。

全ての記憶が更新された人は、皆等しく廃人と化す。

 

そうして、全てのエルディア人は記憶を失った。

 

そうして、『座標』から人類は消えた。

 

 

 

 

 

 

そう、『人類』は。

 

ただ1人、『座標』に残った男は

―――人類ではないのだから

 

『ザッ』

 

何者かが砂を踏みしめる音が、誰もいない筈の座標に響く。

その音は、『何か』が座標に存在していることを証明していた。

 

ただ一人その場に残った『何か』の正体は語るまでもない。

 

外宇宙と接続し続けていた男は毎日この事象と戦ってきた。

『更新』は男の記憶の全てを無に帰そうとしてきた。

 

しかし、男には意思があった。

その『更新』に抗う強い意志が・・・一日に5分だけの記憶の保持を可能としていた。

 

―――生憎、記憶力だけは人後に落ちない。

 

他の全てのエルディア人は、『更新』に耐え切れず、廃人と化した。

だが男だけは、その精神性により5分間分の記憶を守り切った。

 

 

 

 

 

こうして、『座標』にはデイビット1人が残った。

こうして、デイビットは始祖の力を手に入れた。

 

―――しかし、デイビットの仕事はまだ終わっていない。

むしろ、ここからである。

 

 

 

「さて、ここからが長丁場だな。『あれ』を顕現させるためには、並の時間では足りない。」

 

 

 

始祖の力の一つに『巨人の生成』がある。

始祖ユミルはこの力で、これまで数多の巨人を生み出してきた。

永遠にも等しい時間を掛けて、ここ『座標』で巨人を一体ずつ作っていた。

 

始祖ユミルが消えた今、それが出来るのはデイビットのみだ。

長い道のりをかけて、一体の生物を生成しようとしている。

 

とはいえ、デイビットが生成しようとしているのは、巨人なんて生ぬるい代物ではない。

デイビットがこの世界に転移した際に、記憶の中に残っていた僅かな記憶の中に、それは混じっていた。

 

「本物には遠く及ばない・・・が、人類を滅ぼす分には十分だろう。」

 

それは、まさに終わりの象徴。

人類を終わらせる存在として、これ以上はいないとデイビットは確信していた。

 

完成までの道のりは気が狂う程に遠い。

それでも、デイビットの頭には明確な完成形が描かれていた。

あとは、手を動かすだけだ。

 

「凡そ5100万3555分もの―――いや、8年程度の話だ。構わない。」

 

デイビットはその場にしゃがみ、手のひら一杯に砂をすくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永久にも感じられる刹那の末

 

 

 

 

 

 

 

誕生した。

 

最悪の生命体―――『究極の一』が

 

 

 

「まず、スラトア要塞周辺の人間が死ぬ。

 

もちろん、大陸の人類の残り2割も消える。

 

そして、パラディ島の人類も死に、人類が終わる。

 

 

 

―――世界に終焉を齎せ、ORT」

 

デイビットが出した指定(オーダー)を、その化け物は正常に受け取った。

 

 

 

 

 

 

場所はスラトア要塞。

デイビットが落下し、終尾の巨人の口の中に入った直後、巨大な爆発が起きた。

 

スラトア要塞にいたマーレ兵は「なにごとか!?」、と望遠鏡で爆心地を見るも、煙で何も見えない。

 

「おい、何が起きた!?お前達なら分かるだろ!?」

 

マーレ兵は近くのエルディア人に声を掛ける。

 

「・・・?」

 

しかし、その場にいたエルディア人は例外なく全員、質問を理解していなかった。いや、そもそも話を理解していなかった。

全員、地面に座り込み、キョロキョロ辺りを見渡すのみだ。

まるで立ち方を忘れたかのように。まるで、辺りの物体が初めて見るものかのように。

―――まるで生まれたての赤ん坊かのように

 

「おい!どうした急に―――

「おい、煙が晴れたぞ!見ろ」

 

仲間がそう叫ぶのを聞くと、マーレ兵は再度望遠鏡で状況を確認する。

 

 

「・・・なんだ・・・あれは・・・」

 

 

それの外見を一言で表すなら・・・『蜘蛛』だ。

 

だが、全身のほとんどが金属のような外皮に覆われている。

手足の先端には、淡い青色の炎が纏われている。

各関節部分からは、触手のような物体が何本か飛び出て、うねりを見せる。

背中には巨大な円盤が付いており、その中央からは怪しい光が放たれている。

 

明らかに、この星の生物ではない。

 

終わりの星

極限の単独種

膨張する太陽

星喰らい

デイビットが元々いた世界では数多くの異名を持ち、最強の生命体として君臨していた。

 

これこそ、デイビットの記憶の片鱗にいた怪物

これこそ、人類を終わらせる『究極の一』

 

―――これこそ、ORT

 

 

マーレ兵がORTを観測した2.7秒後、スラトア要塞から半径2km以内の全人類―――死亡。

その0.4秒後、『光るムカデ』ことハルキゲニア―――死滅。

 

 

その27分後、マーレ大陸上の全人類―――死亡。

 

その33分後、パラディ島の全人類―――死亡。

 

 

 

 

 

 

 

854年 人類は滅亡した。

 

 

 

 

 

 

 

こうして―――

 

デイビットのこの世界での物語は終わりを迎えた。

 

デイビットの旅は終点に辿り着いた。

 

デイビットの指定(オーダー)は完遂された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――っ」

 

ふいに、男は目を見開いた。かすかな変化だった。だが、それは確かな反応だった。

 

男は違和感の原因をすぐに突き止めた。

 

ほんの数秒前までは存在しなかった記憶が増えている。

わずかな増分。

だがその一つ一つが、紛れもなく『意味』を持っていた。

 

外部からの傍受ではなく、自分で守り抜いたモノであると判断した男は、そっと目を閉じてそのメモリを開封する。

 

「・・・・・・・・・」

 

彼の基準では、異様に長い読み込みだった。

欠片も逃すまいと情報を嚙み砕き終えたとき、その表情には苦みが滲む。

 

目を細める。

押し殺した苦悩。それは、彼が時折だけ見せる顔だった。

 

 

 

「・・・そうか、それが『オレ』の決断だったのだな。」

 

 

 

それは、確かに在った自身の記憶。決して失うまいと守り続けた最小の一日。

そこで歩んだ旅路を、男は確かに自らのモノと解釈した。

 

そして、同時に理解した。

 

その者が下した決断を。

 

その者が定義した指定(オーダー)を。

 

確かに『善いこと』であると、共感した。

 

「・・・・・・」

 

それでも、男は苦悶の表情をしばらく解かなかった。

 

何が男をそうさせているのか。その理由は容量にして僅か数ビットかもしれない。

だが、もし・・・その日々の違いが―――

 

「・・・いや・・・『オレ』は『オレ』の責務を果たしただけだ。それ以上の評価は不要だな。」

 

仮の結論が出そうになったところで、男はいつもの無表情に戻る。

『虚無の男』のまま、残酷な世界で過ごした工程を知らない男にとって、それは意味の無い仮定だ。

 

男は・・・それ以上考察することをしなかった。

 

 

 

 

 

その代わりに、もう手の届かない残酷な世界に向かって、男は最後のメッセージを告げた。

 

「最後に、礼を言わせて欲しい。」

 

「確かに、盲目的なところはあった。良い結果を生まないことが多かった。だが、それを成さんとする意志は、間違いなく本物だった。」

 

「エレン・イェーガーだけじゃない。アルミン・アルレルト、ミカサ・アッカーマン、ライナー・ブラウン、アニ・レオンハート、ベルトルト・フーバー、フロック・フォルスター、ジャン・キルシュタイン、マルコ・ボット、サシャ・ブラウス、コニー・スプリンガー、ヒストリア・レイス、ユミル、ディータ・ネス、リヴァイ・アッカーマン、ハンジ・ゾエ、エルヴィン・スミス、ジーク・イェーガー、ピーク・フィンガー、オニャンコポン。

 

君たちを全員、尊敬している。

 

 

 

人間は善を成そうとする生き物。

 

―――父さんの言葉を守ってくれて、ありがとう。」

 

 

 

それが、男が残酷な世界に向けて告げた最後の言葉であった。

 

言葉を紡ぎ終えると、男は歩みを始めた。

 

新たな戦いに向けて。

 

『善いこと』のため。

 

 

 

 

 

 

 

男は独り歩く。

 

辺りは白い霧で覆われていた。

 

行き先が何処かも分からない。

 

それでも、男は歩いていた。

 

 

しばらくすると、男は視界の先で明かりを捉える。

 

焚火だった。

煙を上げながら、パチパチと音を立てている。

焚火の更に先には、森のようなものが見えた。

 

そこで、男は初めて気づく。

焚火の脇に、誰かがが座っていることを。

 

長く美しい金髪が特徴的な男は、その恰好も特徴的だった。

サングラスをかけ、黒いジャケットを羽織ったその神は、デイビットを見つけると、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

それを見たデイビットも、穏やかに口角をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

「よう、兄弟。一仕事終えた気分はどうだ?」

 

「わざわざ視ていたのか。世界を超えてまで、よくやるものだ。」

 

「なぁに、大したことじゃない。オレは戦の神だ。どんな戦いであれ、見届ける責務がある。」

 

「なら、せめて境界は守ってくれ。あちらじゃお前という神は存在すらしていなかったぞ。」

 

「名はただの飾りさ。戦がある以上は、何処だろうとオレの世界だ。」

 

「便利な概念の神だな。それで、今回の戦いはお前の嗜好に合ったか?」

 

「最後までやり遂げたのは良かったが、以前に星の終わりを期待させられた分、刺激は弱かったな。生憎人類の終わりは何度か経験済みだ。」

 

「オレを領域から追い出しておきながら、勝手なものだ。」

 

「そりゃあそうだろう。結果がどうあれ、今回のオマエは勝者だ。オレのミクトランパにオマエの居場所はない。

 

勝者に与えられるのは次の戦だ。

場所が何処かは分かっているな?」

 

「・・・あぁ、問題ない。」

 

「ならいい。オレは先に行っているぜ。遅れんなよ、デイビット。」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言うと戦の神は霧の向こうへ姿を消した。

 

デイビットはその後ろ姿が見えなくなるのを確認すると、逆の方向へ歩みを進めた。

 

彼は独り歩く。

 

壁が囲む残酷な世界での指定(オーダー)は完遂された。

 

それでも、彼は独り歩く。

 

なんのため、彼は歩き続けるのか。

 

もはや説明は要らない。

 

彼が守り続けてきた最小の一日に、その在り方は詰まっている。

 

 

別の世界では『善いこと』の為に人類を滅ぼしたものは、この世界でも・・・その先にある新たな世界でも、引き続き人類であろうとする。




以上、完結です。
最後までお付き合いくださいましたこと、深く感謝申し上げます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

パッチワークとハートの私(作者:月日は花客)(原作:ONE PIECE)

私はSCP-2295になった、元人間です。▼何故か、ぬいぐるみではなく人の少女の形をしています。それでも、私は人を治せます。▼この世界は、争いが多いみたいなので、頑張ってみたいと思います。▼すべての傷を癒すことができるのは、時間だけですが、私にも、なにかやれることはあるはずだから。▼カイロスちゃんなんとなくこんな見た目ですというイラスト描きました。作者の手描…


総合評価:5691/評価:8.63/連載:48話/更新日時:2026年05月15日(金) 02:50 小説情報

黄金寓話(作者:いなほみのる)(原作:呪術廻戦)

羂索がマハトと悪友やる話です


総合評価:2354/評価:8.36/完結:30話/更新日時:2026年05月08日(金) 00:00 小説情報

もしも五条悟がフリーレン世界に転生したら(作者:ケンタ〜)(原作:葬送のフリーレン)

▼ もしも五条悟がフリーレン世界に転生したら。▼ 最強の大呪術師はどう生きるのだろうか。▼ 注意▼ 五条悟がバチバチに戦いますが、最初は実力出てないように見えるかもしれません。▼ でもその時は『まだ五条様は本気を出していない』だけなので、安心して読み進めてください。


総合評価:5836/評価:7.45/連載:45話/更新日時:2026年05月13日(水) 17:52 小説情報

|暗殺する魔法《ザバーニーヤ》(作者:ヒゲホモ男爵)(原作:葬送のフリーレン)

▼全方向から中指立てられる魔族とかいうのに転生した可哀想な奴の話。▼顔がアカンわ。▼


総合評価:7337/評価:7.85/連載:7話/更新日時:2026年03月04日(水) 08:16 小説情報

Re:TS白黒ストライプバニー老害によるナツキ・スバルの悲喜劇観賞会(作者:F・M・T (フランチェスカ、マジ年増))(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

「アハハハハッ!始まり、始まりぃー♪パンフレット買った?ポップコーン持った?早くしないと世紀の戦いを見逃しちゃうよ?」▼ Fakeのあのキャラに転生したオリ主が、スバル君の奮闘を眺めてケラケラ笑いながら観賞をする話。▼「……あれれー?もしかして、このスバル君。放っておいたら正史から簡単に外れちゃうぅ?」


総合評価:4705/評価:8.79/連載:3話/更新日時:2026年05月07日(木) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>