訓練兵団入団から3年近くが経過した。立体起動装置、対人、座学等、様々な分野で鍛えられた訓練兵は、3年前と比べて精悍な顔つきをするようになった。
訓練期間は3年。そろそろ卒業の時期だ。
それすなわち、兵士としての活動が正式に開始するということ。どの兵団で活動するかを自由に決められるのは上位10名だけ。その座を狙い、訓練兵は今日も必死に評価を上げんと励んでいた。
しかし、評価と言うものは3年間を通して行われるもの。直近の成績が一番のサンプルになるのは当然だが、大概上ではもうあらかた固まっているものだ。
訓練兵団教官キース・シャーディスは森の中で行われている演習の様子を眺めながら、主だった訓練兵を評価する。
「(やはりこの代は粒ぞろいだ。斬撃に非の打ち所がないアニ・レオンハート、高い潜在能力を持つベルトルト・フーバー、屈強な体格と精神力を持つライナー・ブラウン、歴代でも類のない逸材のミカサ・アッカーマン。この辺りは特に優秀と言える。しかし・・・)」
小気味のいいブレードの金属音が鳴り響く。
キースが音の方向へ目を向けた先には、首元が深く切り刻まれた数体の張りぼて巨人のみ。彼が180度目線を変えた先には既に小さくなった金髪の男の後ろ姿だけが見えた。
「(やはり頭抜けて優れているのはデイビット・ゼム・ヴォイド。予知にも近い洞察力と極限まで突き詰めた効率性が特徴。決して無駄なことはせず、必要最低限の時間で最大の成果を出す。ただ1日に数分しか同僚と時間を共にせず、殆ど孤立状態なのが欠点か)」
「上位の10名も見えてきた。さて、今年は何名が調査兵団へ入団するのか。」
演習終了の合図を出しながら、キースは何処か無念の見える表情で呟いた。
時は変わり、場所は訓練場。訓練兵は束の間の休息ともいえる対人格闘術の訓練を行っていた。大半が適当に流すこの訓練だが、一部には真面目に取り組む兵士もいる。
「うぉぉぉぉぉ!!!!」
そのうちの1人、エレンは模型ナイフを振りかぶり相手に襲い掛かる。
「・・・」
しかし対戦相手のデイビットは無駄の無い動きでナイフをいなし、背負い投げの要領でエレンを地面に叩きつけた。うめき声をあげるエレンからナイフを取り上げるデイビット。
「無事か。」
「いててて・・・大丈夫だデイビット。」
「・・・よくやるものだ。」
倒れているエレンに手を差し伸べるデイビット。エレンは対人格闘術の訓練を真面目に行う数少ない訓練兵の一人だった。彼には強い目的意識がある。その目的の為に、無駄な時間は過ごせない。目の前の訓練に、誰よりも貪欲に向かい合っていた。エレンはこうして時折デイビットに組み手の相手を依頼しては、アドバイスを貰っている。
「これは憲兵の業務を想定した訓練だが、調査兵団を志望するお前がなぜここまでやる。」
「俺も前まではそう思ってたんだけどよ、どんな状況に陥るか分からないんだから、なるべく武器は多い方が良いかと思ってな。」
「・・・そうだな。オレには無用の長物だがお前ならその方がいい。むしろ重宝すると言っていいかもしれない。」
そういうデイビットの視線は、転んだ際に出来たエレンの傷跡に向けられていた。普通の人間と比べて明らかに治りが早い。
「・・・?おう、そうだよな・・・。でもやっぱりデイビット、お前すげぇよ。対人格闘術まで極めてるんだからな。俺だけじゃなくて、他の奴らとも対戦してみろよ。アニやミカサとかはどうだ。」
エレンはデイビットに提案するも、デイビットは乗り気ではない態度だ。
「・・・身に余る責務を負い疲労しきったやつを相手にするほどオレも気遣えない男じゃない。お前ならともかくオレが相手ならあいつもストレスになるだけだろう。ミカサは・・・どうもな。あの手合いは相手にすると長くなる。」
デイビットの言葉にエレンは苦笑いを浮かべる。彼は自身の幼馴染の執念深さを頭に浮かべると、呆れた様子でデイビットに同意する。
「・・・まぁそうだな。あいつ、初対戦でお前に一本取られてからずっとお前を目の敵にしてるしな。」
「・・・そうか。そんなこともあったのか。」
「おいおい、記憶にもないってか。ミカサが聞いたらまた喧嘩売られるぞ。言っとくけどあいつ、お前に総合成績で負けたくないって今相当ピリピリしてるからな。」
確かにミカサの様子を見てみると、いつもより目つきが鋭いのが見て取れる。組み手の相手をしているクリスタは軽く涙目だ。
「その意気込みの根底にあるのは別の気持ちだろうが、お前に言うのは無粋だな。ミカサには悪いが主席はオレだろう。奴が協調性に優れてたら話は別だったが。・・・訓練はもう終わりでいいか。そろそろ時間がなくなる。」
「おう、ありがとよ。」
「じゃあな。」
デイビットは定番と化した去り際の言葉を告げると、ナイフをエレンに投げ返し、目の届きづらい場所へと身を隠した。
エレンのその後ろ姿を見て、大きくため息を吐いた。
彼の心境は、まだ誰にも伝わっていない。
そして卒業の時が訪れる。
場所はトロスト区。
厳しい訓練を経て幾周りも成長した訓練兵に対し、教官は最後の号令をかける。
3年前から続いてきたお決まりの号令だ。
「心臓を捧げよ!!!」
それに対する訓練兵の敬礼や応答は、もはや入団時のような形だけ取り繕った気の抜けたものではない。
背筋の伸びが違う。
声の張りが違う。
そして、面構えが違う。
「はっ!!!」
卒業生たちの成長した姿をしっかりと確認すると、教官は今後の配属の説明に入った。
「本日をもって卒業する諸君らには3つの選択肢がある。駐屯兵団、調査兵団、憲兵団。無論、憲兵団を希望できるのは先ほど発表した成績上位10名だけだ!」
そう宣言する教官の前には10名の兵士が横一列に並んでいる
正真正銘、厳しい試練を勝ち上がった選ばれし10人だ。
10番 サシャ・ブラウス
9番 コニー・スプリンガー
8番 マルコ・ボット
7番 ジャン・キルシュタイン
6番 エレン・イェーガー
5番 アニ・レオンハート
4番 ベルトルト・フーバー
3番 ライナー・ブラウン
2番 ミカサ・アッカーマン
首席 デイビット・ゼム・ヴォイド
王に仕える権利を勝ち取った10名の表情はいずれも鋭く、勇ましく、頼もしいものだった。しかし、その内心の様子は1人1人異なる。
純粋に勝ち残ったことを喜ぶ者達。
王に仕える栄誉を噛み締める者。
安全な内地への切符を手に入れ安心する者。
内地に一切の関心を持たず、憎き敵に対する闘志を燃やす者。
戦士としての計画の進捗に焦りを持つ者達。
見ていて危なっかしい大切な人間を案ずる者。
『善いこと』のために、自らの
成績優秀者のみ憲兵団に入団できるこのルールに反し、上位5名の誰もが全く内地に関心を持たないのは実に皮肉なものだ。
彼等の意思は、素性は、愛情は、在り方は、王政の思惑を遥かに凌駕していた。
この日、歴代で最も優秀かつ、最も異質な104期生が、訓練兵団の門から巨人蠢く壁の外へ一歩踏み出した。
卒業式の後は宴の時間だ。このご時世だ、決して豪勢な会ではない。
しかし、これまで必死に訓練に励んだ若者が祝い合い、労い合い、夢を語り合う場としては十分すぎる。
卒業生たちは会食場で思い出話やそれぞれの進路について語り合っていた。
そんな中、場の注目を一際集めるのはやはりエレンだった。彼自身が意図して注目を集めようと行動したわけではない。しかし、彼の意思が、覚悟が、熱量がどうしようもなく体から溢れ出て、周りの視線を引き寄せてしまう。3年を経て、彼の調査兵団への想いは終ぞ折れる事は無かった。周りから調査兵団への入団を辞めるように強く説得されたエレンだったが、その倍の勢いで跳ね返すように、自身の信念を言葉にする。
「俺は・・・巨人を一匹残らず駆逐して、狭い壁の中から出る!!!それが俺の夢だ!
―――人類はまだ本当に敗北したわけじゃない。」
訓練兵時代にも幾度となく耳にしたエレンの啖呵だが、卒業生たちは熱く演説する彼から目を離せない。熱に浮かされた様な表情の者もいた。これが彼の持つカリスマなのだろうか。
語り終えたエレンは卒業生からの視線に耐えられなくなったのか、外へ逃げるに様に飛び出す。それをミカサとアルミンが追う。残された会場が、先ほどの盛り上がりを取り戻すのは不可能だった。卒業生は彼の言葉を真剣に受け止めてしまう。今一度自分の進路を見つめなおす者もいた。
熱気に満ちた会場の中で1つだけ冷めている箇所がある。いつもと変わらぬ表情で端の席で1人、パンを齧っているデイビット・ゼム・ヴォイド。彼も他の卒業生と同様にエレンの言葉を受けて思考に耽っていた。とはいえ、他の卒業生のように自分の進路について頭を悩ませていたのではない。より大きな視点で、エレンの言葉をかみ砕き、仮説を強化していた。
そんな中、1人の女性が彼の向かい席に遠慮のない様子で腰掛ける。
「全くどいつもこいつも、あんなイカれた死に急ぎ野郎の言葉に簡単に乗せられてやがる。
―――よう、首席サマ。随分と物思いに耽ってる様子だな。何考えてるのか教えてくれよ。」
そばかすの女性、ユミルはニヒルに笑いながらデイビットに問いかける。デイビットは先ほどのエレンの言葉を独り言のように繰り返した。
「・・・『狭い壁の中から出る』、か。この壁内は直径約1000キロ、ウォールローゼ内でも約800キロはある。この広大な壁内の世界に満足できないのなら、人類はどこまでもいっても満たされることはないのだろうな。」
デイビットはそう呟き、水を口にする。彼が自らのこうして意見を口にするのは珍しい。ユミルは軽く驚きの表情を見せつつ、彼が生み出した話題に乗った。
「・・・そりゃあれだろ、好奇心ってやつじゃねーのか。わからねーもんに対して希望を持って知りたがるのは人間誰しもあんだろ。私もクリスタのあんなことやこんなことが気になって夜も眠れねぇ。」
緩みが一切見えないデイビットの表情を前に、ユミルはあえて砕けた様子で冗談を吐く。彼はその冗談に一切付き合わずに、語りを続けた。
「相手からすれば勝手に希望を持たれて土足で暴かれ侵されるんだ。いい迷惑だろう。」
「あぁ?そりゃ私への皮肉かよ。いいんだよクリスタは私の嫁だからな。」
ユミルはユミルで、冗句の線路から外れようとしない。おどけた様子で返答する彼女に視線を向けることなく、デイビットは手に取ったパンを眺めながら呟く。
「やはり人類は・・・」
ぽろりと言葉をこぼすが、彼は途中で口を止めた。そして出てきかけた言葉を再び腹の中に戻すかのように、水を飲みこんだ。
その様子をユミルはじっと見つめる。先程のふざけた様子でも、普段のやる気のないだらけた様子でもない。珍しく引き締まった真剣な表情で、ユミルはデイビットを見据える。デイビットから一瞬こぼれた言葉から、ユミルは何かを感じたのだ。
「デイビット・・・お前、もしかして・・・」
彼女のその呟きから数秒、沈黙が生まれる。
その間、ユミルは疑心の視線をデイビットに突き立てる。しかし数秒の思案の末に『まさかな』と内心で呟き、普段のおどけた表情に戻して、話題を変える。
「結局、最後まで相変わらず意味の分かんねぇやつだったな、お前は。まぁいい、デイビット・・・あんたははどの兵団に行くんだよ。」
「調査兵団のつもりだ。」
デイビットの返答を聞くとユミルはふーん、と殆ど驚きの無い様子で返す。
「ま、折角の首席とか身の安全とか考える奴じゃねぇだろうし、お前の場合そんなに驚きはないぜ。だが、理由は分かんねーな。そんなに巨人が憎い様子もねぇし、もしかして・・・あんたも死に急ぎ野郎に乗せられたクチか?」
「それが『善いこと』だと判断したからだ。これは入団前から決めていた。」
『善いこと』
それは明らかに具体性に欠ける答えだが、これがデイビットの行動原理である。訓練兵時代も偶に聞こえる彼の口癖だが、その言葉の意味について問いを投げた者は殆どいなかった。
「・・・偶に口にするよな、その『善いこと』ってやつ。入団時にも教官に言ってたっけ。・・・クリスタがいつも『良いこと』しようと必死だからよ、ダブったりすることもあるんだが・・・」
ユミルはそこまで口にすると真剣な眼差しでデイビットを見つめる。そして、3年間どの訓練兵も、どの教官も、決して破らなかったデイビットに対する境界を超えた。
「お前のそれはそんな可愛い類いのものじゃねぇ。もっと何か理解できない、やばいことを視ている、そんな気がするんだよなぁ。・・・なぁ、デイビット・・・
―――お前のその『善いこと』ってのは、本当に人類の為なんだろうな。」
そう問いかけるユミルの声色に、先ほどまでの冗談の要素は全く含まれていなかった。尋問の様な張り詰めた雰囲気の中、デイビットは一切表情を崩さずに返答する。
「あぁ。オレの目的は秩序の維持だ。それは『人類にとって』善いことであると、そう判断している。」
ここでデイビットは初めてユミルを見返した。彼女の問いに堂々と肯定の意を返す。嘘を吐く際によく見られる目線の揺れや声の震えは一切なかった。
その様子を見て、ユミルはため息を吐いた。安堵のため息ではない。それは呆れ、そして同情の類のため息だ。
「そろそろ時間だ。オレは行く。明日は忙しくなるだろう。お前も早く寝ておけ。」
デイビットはそう言うと席を立つ。いつのまにか食事を終えたようだ。
無駄の無い動きで会場を出る彼を止めることも、別れの挨拶を返すこともせず、ぼーっと眺めたユミルは一人で呟いた。
「イカれた奴が何かの為に動くと、大抵イカれたことになるんだよ。エレンにせよ、デイビットにせよ、あんな奴らに気遣われる人類が私は不憫で仕方ないね。」
その翌日、人類は再び惨劇を目の当たりにした。
突如、トロスト区の外壁から轟音が鳴り響く。
点検作業を行っていた兵士全員が反射的に音の鳴る方を向くと、そこには五年前と同じ光景が映っていた。
壁の上から町を見下ろす巨人。
吹き飛ばされる門。
侵入してくる無垢巨人。
「とうとう痺れを切らしたか。だが、この混乱に対して始祖がどう動くのか、オレも見定めるとしよう。」
佇む超大型巨人を視界にとらえながら、デイビットは自身の