残酷な世界で過ごす最小の一日   作:安泰明日

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第四話『トロスト区襲撃』

トロスト区では、五年前の地獄が再現されていた

 

突如現れる超大型巨人。破られる扉。侵入する巨人。潰される街。喰われる人類。

 

あの日のシガンシナ区と全く同じ光景がそこにはあった。しかし五年前から変わったこともある。

 

あの惨劇から五年間、人類は対巨人戦闘のノウハウを磨いてきた。改良された陣形、マニュアル、兵器を武器に、トロスト区の兵士は巨人に立ち向かう。

まさに、人類が築き上げた進歩の真価が問われる一戦だ。

 

作戦はシンプル。前衛、中衛、後衛に分かれて、補給支援、住民誘導、巨人撃破にあたるというものだ。

 

訓練兵は中衛を担当するのだが、デイビットとミカサについては特別に後衛を担当することを命じられた。首席と2位の二人については、兵団側も失うのが惜しいとの判断だろう。

 

そのため本来デイビットは後衛にいるべき―――なのだが、任務が始まってから数十分後、彼の姿は後衛には無かった。一言も告げずにその場から消えたデイビットを、現場は『人知れず喰われたのだろう』と結論を出した。しかし、同じく後衛にいたミカサは確信していた。

 

「あの男、持ち場を勝手に離れたな。」

 

 

 

ミカサの予想は的中していた。喰われたのでもない、逃げたのでもない。彼は彼の意思で、自らが赴くべきと判断した場所、『トロスト区駐屯兵団本部』へ向かっていた。

 

本部は元々駐屯兵の上層部が指示を出していた拠点である。そこには武器の装備やガスの補充が配備されている。しかし、戦況が悪くなるや否や、駐屯兵上層部キッツは本部を放棄。殆どもぬけの殻状態となってしまっていた。

 

そんな場にデイビットが一人で突入するのは明らかに命令違反だが、指揮系統のトップにいるキッツ上官が本部を捨てたことで軍の規律は崩壊していた。デイビットが何者かに縛られることはない。

 

窓を蹴破り本部建物内に侵入したデイビットの目の前には、彼の想像通りの光景が映っていた。

机でバリケードを作り、震える補給兵たち。本部を守り切れずに突破を許してしまったのだろう。この下にある補給所には数体の巨人がいることが予想できる。

 

「あ、あなたは―――

「補給兵は何名残っている。」

「・・・は、八人よ。キッツ上官はここ本部を放棄したわ。」

 

兵士はデイビットに対して怯えながらも、即座に状況を説明する。

 

それを聞きつまらなそうな表情で呟く。

「だろうな、あれは規律に沿った行動が求められる際は有能な上司だが、この様な混沌状態では役に立たない。」

 

ふぅー、とため息をついたデイビットは表情を引き締め、下の階へ続く階段へと向かう。

 

「八名か、充分だ。よく生き残ってくれた。下手に応戦して無駄死にしたら叶わなかっただろう。これで人数分には足りる。」

部屋を出る直前、デイビットは軽く笑みを浮かべて生き残った補給兵を称えた。

 

「あ、あなた、どこへ行くの?下には巨人がいるのよ。」

 

「5分で片付く。その間に動ける準備をしておけ。すぐに補給支援に向かう。」

 

 

 

 

 

【アルミン視点】

 

デイビットは不思議な人だった。

 

常に無表情かと思えば、穏やかに微笑むこともごく稀にあった。無口かと思えば、僕たちに協力的な言葉をかけてくれるもあった。

 

無愛想かと思えば、面倒見はよく、気が利き、空気も読める。

 

先の見えない暗闇のような人間かと思えば、明確に、僕たちの迷いを晴らす光になることもあった。

 

『何も分からない、空洞の様な人』

それがデイビットだった。

 

二年間で彼を理解した者、彼に理解された者はいないが、それでも僕らにとって頼りになる仲間だった、と思う。

 

なぜ僕はこんな時に彼のことを考えているんだろう。

 

多分、有り得ない想像に縋っているんだ。もし彼がいたら、エレンたちが死ぬことはなかったのだろうって。きっと、無事に生き残って皆と合流できたんだろうって。こんな・・・僕一人だけが惨めに生き残って、情けない姿を晒しながら皆と合流するようなことにはならなかったんだろうって。

 

もう、無理だ。

 

最初からこの世界は地獄だったんだ。僕たちがそれに気づいていなかっただけで。強いものは弱いものを喰らう。弱い僕を守ってくれたエレンとミカサを守れるように強くありたかった。けどその結果がこの様だ。僕のせいで、みんなが・・・エレンが・・・・・。

 

周り兵士も絶望的な表情を浮かべている。燃料が切れて壁を登れず、撤退しようにもできなくなっている現状だ。皆、己の死を悟ったのか、戦意を喪失している。中にはサシャのように本部へ向かって補給しようと考えて周りを鼓舞する兵士もいたが、いまいち周りを巻き込めていない。

 

僕も同じだ。エレン達を見殺しにした自分が情けなくて、早く死にたいとさえ思っている。立ち上がる勇気なんて、湧きやしない。

 

「アルミン!!!」

 

僕の名を呼ぶ声が聞こえる。ミカサだ。

成績優秀者の彼女は、デイビットと共に後衛にいた筈だ。何故ここにいるのか、その背景の考察に頭を巡らせる余裕は今の僕には無かった。

 

ダメだ。会わせる顔がどこにあるっていうんだ。僕なんか無駄に生き延びただけだ。こんなことならあの時一緒に死んどくんだった。

 

「アルミン、怪我はない?大丈夫なの?」

 

心配するように声を掛けたミカサに対して、僕は力なく頷く事しか出来なかった。そのことに安堵してくれたミカサは続けて尋ねた。

 

「エレンはどこ?」

 

それはもっとも、聞かれたくない問い。彼女にだけはその事実を伝えたくない。

だが、兵士として、彼女の幼馴染として、エレンの最後を見届けた生存者として、僕はそれを口にしなければならない。

僕は涙を流しながら顔を上げて、許しを請う様に声をひねり出した。

 

「僕達…訓練兵・・・34班・・・」

 

「トーマス・ワグナー、ナック・ティアス、ミリウス・ゼルムスキー、ミーナ・カロライナ、エレン・イェーガー。以上5名は自身の使命を全うし、壮絶な戦死を遂げました・・・!」

 

僕の言葉に、周りの兵士たちは動揺を見せる。

「そんな・・・」

「34班はほぼ全滅か・・・」

 

「ごめんミカサ・・・エレンは、僕の身代わりに僕は・・・何もできなかった・・・すまない・・・」

 

言うことを言い切った僕は、彼女からの罵声の言葉を覚悟する。

震えて嗚咽を漏らして、断罪を待つ僕に対して、ミカサは無機質な声で語り掛けた。

 

「アルミン」

 

ミカサの顔を見ると、彼女は能面の様な表情で僕を見つめて、言葉を続ける。

 

「落ち着いて、今は感傷的になっている場合じゃない。」

 

ミカサは立ち上がると、本部へ向かって歩きながら、マルコへ問う。

 

「マルコ、本部に群がる巨人を排除すればガスの補給ができてみんなは壁を登れる。違わない?」

 

「あぁ・・・そうだけど、でもいくらお前がいても・・・あれだけの数は―――

「できる」

 

ミカサはブレードを天に掲げると、訓練兵へと振り向き、無機質ながらも声を強めて宣言する。

 

「私は強い・・・あなた達より・・・主席の癖に肝心な時は何処かほっつき歩いているデイビットよりも強い・・・すごく強い!ので!私は・・・あそこの巨人共を蹴散らすことができる・・・例えば・・・1人でも。あなた達は…腕が立たないばかりか・・・臆病で腰抜けだ・・・とても残念だ。ここで、指をくわえたりしてればいい。

 

―――くわえて見てろ。」

 

「ちょっとミカサ!いきなり何言い出すの!?」

「あの数の巨人を1人で相手する気か?

「そんなことできる訳が・・・」

 

「・・・できなければ死ぬだけ・・・でも・・・勝てば生きる。

 

―――戦わなければ勝てない・・・」

 

そこまで言い切るとミカサは立体起動装置を起動して、本部へと向かった。

 

呆然とする僕たち。その中ジャンが続いて訓練兵を鼓舞する。

 

「おい!俺たちは仲間に、1人で戦わせると学んだか!?お前らは本当に腰抜けになっちまうぞ!!!」

そう言い、コニーと共にミカサの後を追う。彼等に続いて訓練兵が次々と後に続く。

 

僕もその一人だ。腰を上げ、涙と鼻水をふき取り、戦闘のミカサを見据える。

 

もう終わりだと思った。早く楽に死にたいと思った。

それでも、あまりにも下手なミカサの鼓舞を見て、彼女を一人にしてはいけないと感じた。

 

悲観するのは後でいい。

後で、ゆっくり泣けばいい。

今はただ、ミカサを一人にしない為に、生き残るために、戦わなくてはならない。

 

僕は残り少ないガスをふかし、ミカサの背中を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ジャン視点】

 

「クソッ!!」

 

先頭を走っていたミカサが路地に転がり落ちたのを見て俺は吐き捨てる。あいつ、やっぱり感情に任せて身体を動かしてやがる。ガスの管理が全く出来てない。

訓練ではあんな姿見たことねぇが、無理もない。こんな極限状態で涼しい顔出来るやつは、同期では1人しか想像できねぇ。

 

「ミカサ!!!」

 

アルミンがミカサを追って方向を転換する。

俺も反射的にミカサとアルミンを追おうとしたが、コニーが俺を制した。

 

「ジャン!お前はみんなを先導しろ!俺がアルミンにつく!」

 

「いや、俺も!!!」

 

「何言ってんだ!巨人はまだいるんだぞ!お前の腕が必要だろうが!」

 

コニーはそう言うと、アルミンの方へと移動方向を変えた。

 

「クソッ!俺がやるしかねぇのか。」

 

馬鹿の癖に、コニーの一言は非常に的を得ていた。

誰かが先導しないと集団は混乱する。それを理解しちまった俺は後続に向かって声を上げた。

 

「おい!全員俺に続け!」

 

そうして俺が集団を率いる事になった

 

が・・・現実は非常だ。

 

 

 

「ダメだ・・・本部に近付く事さえできない。犠牲を覚悟しない限りは・・・」

 

本部への移動を開始してから数分が経ったが状況は好転しない。巨人がうろつく中、一直線に本部へ向かうのは自殺行為だが、そうこうするうちにガスは消費されていく。

 

「うわぁ・・ああ!」

 

まずい!あいつガス切れだ!

機動力を失った訓練兵に向かって巨人たちが寄っていく。

 

「うわ・・・来るな!!!」

 

「トム!今助けるぞ!」

 

仲間を助けるべく後ろにいた訓練兵が巨人の群れに突っ込もうとする。

まずい、自殺行為だ。

 

「おい!!よせ!!!あきらめろ!!」

 

しかし俺の声は届かず、複数の訓練兵が巨人に捕まってしまった。

 

「いやぁぁ、イヤだ・・・死にたくない!!!」

「助けて!!助けて!!」

 

今にも喰われそうな訓練兵の叫び声が響き、俺はただそれを眺めていることしかできない。

 

どうして止めなかった?強引にでも止めていればこんなことには・・・

 

俺に資格があるのか・・・責任のある立場になる資格が・・・

先頭に立って指示する役目が・・・俺に務まるのか・・・

 

そんな状況でないと分かっていながらも、自らの能力に疑いをかけてしまう。

自信が失われていく。

 

上位10名に入ろうが、俺はただの人間だ。そもそもの力は他の奴等とそう変わらねぇ。

その場の最善の選択肢を選ぶことが出来ようが、そもそも『巨人に喰われる』選択肢しか残っていないなら、なんも意味はねぇ。

 

せめて、ミカサほどに巨人に対抗できるやつがいれば・・・

絶望的な状況をひっくり返せるような奴がいれば・・・

 

有りもしない可能性を夢想する間にも、捕らえられた訓練兵が巨人の口の中に入り、目の前で嚙み千切られようとしている。

 

その瞬間だった。

 

 

 

「すまない。予定より数分、誤差が生まれた。」

 

 

 

そんな声が聞こえたかと思えば、1人の兵士が巨人の間を縫うように移動するのが見えた。

速いうえ、無駄の無い動きだ。

 

その兵士が巨人の間を抜けきると同時に、巨人のうなじから血が噴出し、巨人たちは次々と倒れていく。

その下手人はスムーズに俺達のいた屋根上に着地した。自然と俺の視線は下手人の兵士の方へ向く。そこにはよく見知った俺たちの同期がいた。

 

「お前たちが本部への移動を開始する前には到着するつもりだったが、どうやらそちらがオレの予想より早く動いた様だ。」

 

そいつはまさに、『絶望的な状況をひっくり返せるような奴』だった。

 

「デイビット・・・来てくれたのか・・・」

 

「あぁ」

 

やっぱりこいつの神経はイカれてやがる。こんな状況下なのに、普段と一切様子が変わらない。お陰で、こっちも少し落ち着いた。

 

それと同時に、俺の頭の中で一気に勝ち筋が見えた。

二年間で何一つ理解できなかった意味不明な野郎だが、この状況でこいつよりも頼もしく感じるやつは他に思い浮かばねぇ。

 

こいつがいれば・・・本部まで行ける!!!

俺は手短に状況をデイビットに伝えようとする。

 

「デイビット・・・俺たちはもうガス切れ寸前だ。補給の為に本部へ行かなきゃならねぇ。お前が先陣切って巨人を倒し―――

 

 

しかしあいつが見ていた勝ち筋は、俺のそれより数十歩先にあることを、次の言葉で分からされる。

 

 

「いや、本部にもう用はない」

 

 

俺の言葉を遮ったデイビットは淡々と背中からガスボンベを取り出した。それと同時に、10名近くの兵士があいつの後ろに次々と着地する。そいつら全員の背中にはガスボンベが着けられていた。

 

「お前らは・・・まさか、補給兵か?」

 

「状況は把握している。オレ達は補給支援の為にここへ来た。人数に十分足りる程度にはあるだろう。」

 

・・・まさか・・・こいつ・・・

 

「・・・デイビット。お前、本部から燃料持って来たのか?どうして・・・。」

 

「あの司令官なら早々に本部を諦める事は予想がついたからな。補給が滞ることも必然的に予測できた。お前たちのガス切れ前に補給活動を再開させようと本部へ寄っていたが、余計だったか?」

 

「・・・本部には巨人が集まっていた筈だが。」

 

「あぁ、邪魔な相手だけ排除した。」

 

「・・・そうか・・・いや、助かった。」

 

俺は反射的にそう答えるしか出来なかった。俺の気の抜けた返答を聞くと、デイビットは壁側とは逆の方面へ身体を向けた。

 

「では、オレはアルミン達の支援に行こう。お前達は先に行っていてくれ。」

 

そういうと、デイビットは単独で去ってしまう。その後ろ姿を、俺達はただぼーっと見つめることしか出来なかった。

 

・・・前言撤回だ。頼もしいなんてもんじゃねぇ。あいつは末恐ろしい。

訓練兵時代でもそうだ。未来予知かってレベルで先を見据えて動いている。

 

今この一瞬、あの巨人への恐怖より、あいつの底知れない洞察力への不気味さの方が上回っちまった。巨人の恐ろしさをあれだけ間近で経験したのにも関わらず、そんな感情に支配されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、デイビットはアルミン、コニー、ミカサと合流する。ガス欠の彼等に対して補給を施した後、壁への帰還行動を始めた。

 

帰還の際、彼等は謎の奇行種を利用することとした。アルミン達に目もくれずに巨人を攻撃している一体の謎の奇行種。あの巨人を上手く誘導して本部の方向へ向かわせて巨人を対処して貰う、というものだ。

 

作戦は想像以上に上手くいった。

 

謎の奇行種が壁側まで向かう様に上手く巨人を討伐したことで、スムーズに壁側まで近づくことが出来たのだ。

 

万全の状態のミカサが多くの巨人を倒していったのも大きい。デイビットに張り合う様に次々と巨人を切り刻む姿はとても人間には見えなかった。

 

「やべぇな、ミカサの奴。遠慮を捨てるとあんなに動けるのかよ。」

コニーが冷や汗をかきながらつぶやく。

 

「もとより、単純な戦闘能力では104期の中で群を抜いている。なにかあいつの中で吹っ切れたのだろう。」

ミカサのサポートに回りながらデイビットは答える。

 

先の展開を完全に読み切り窮地を救ったデイビットと、卓越した戦闘能力で次々と巨人を討伐しているミカサ。104期卒業生の上位10名の中でも、この二人は別格だ。そのことがこの戦いで完全に証明されていた。ただ、生き残るのに精一杯の他の訓練兵とは、動きがまるで違っていた

 

これからの兵団は彼等を中心に回っていくのだろう。アルミンはそう予感した。

 

「アルミン、一つ聞いていいか。」

 

自慢の仲間を誇る気持ちと、そんな彼女らに守られて引け目を感じる気持ちがせめぎ合っているアルミンに対し、デイビットは尋ねた。アルミンが「うん」と返すと、デイビットはアルミンをじっと見つめて口を開く。

 

「お前の班の者が見えなかった。お前以外全員死んだのか。」

それはアルミンが今最も聞かれたくない質問だ。

 

「おい、今はそんなことを聞くときじゃないだろ!」

コニーが彼を気遣って止める。だが、アルミンはその問いに答える義務があった。

 

「・・・うん、僕以外全員巨人に食べられて、・・・エレンも僕をかばって巨人に食べられたよ。」

答えを聞いたデイビットは少し怪訝な表情を浮かべて、更に質問をする。

 

「なら、なぜお前は喰われていない。」

 

「・・・分からない。エレンが死んで・・・あまりのショックで気絶してたんだ。死体と思われたのかもしれない・・・」

 

それを聞くとデイビットは数秒間だけ深く考え込む様に黙り込み、「そうか、嫌なことを聞いてしまったな。」とだけ答えた。

 

そうこうしているうちに、一同は壁際に到着する。そこには既にジャンやアニたちがいて、アルミンらを迎え入れる。

作戦成功だ。多大なる犠牲を払いながらも、彼等は壁際に帰還することが出来た。

 

「ミカサ、アルミン、コニー。無事だったか。」

ジャンが安心したように声を掛けてくる。

 

「まぁデイビットがついているなら、大丈夫だろうとは思ったがな。それよりお前ら、あの巨人は一体・・・」

ライナーはそう言うと、謎の奇行種を指さしてアルミンに尋ねる。なにか有り得ないものを見た様な、そんな表情だ。

 

巨人が自分達人間に目もくれず、巨人を殺している。その姿を見た兵士たち一同は戸惑いを全く隠せない。自分達の眼では勿論、訓練兵の座学でも聞いたことのない現象だ。

 

「あれは途中で遭遇した奇行種、巨人を殺す巨人だ。僕たちもよく分からないけど、あいつを利用してここまで来れたんだ。」

アルミンが謎の巨人について、ライナー達に説明する。

 

「・・・そんなことが、あるのか・・・」

「・・・まさか。」

 

ベルトルトが驚きを隠せない様で呟く。普段表情を表に出さないアニすら、目を見開いてその奇行種を見ていた。

先程のライナーの反応といい、この3人だけ周りと少し驚愕の種類が違うのだが、一旦それは良いだろう。

有り得ない状況を前に沈黙する中、ジャンが全員に声を掛ける。

 

「おい、取り敢えず壁の上に登って本体に合流するぞ。あの巨人のことは一旦忘れろ。」

 

このような時に仲間へ次の行動を提示できるジャンは優秀なリーダーなのだろう。

しかし、ライナーがそこで待ったをかける。

 

「待てよ、あのままじゃいずれ他の巨人に食い尽くされちまう。そしたら何も分からずじまいだ。あの巨人を取り敢えず延命させよう。」

 

彼の提案にジャンが有り得ない、と反論する。

 

「正気かライナー!?やっと、この窮地から脱出できるんだぞ!」

 

ライナーの提言にアニも賛同した。

 

「例えば、あの巨人が味方になる可能性があるとしたら?どんな大砲よりも強力な武器になると思わない?」

 

「味方って・・・んな馬鹿な・・・」

 

 

奇行種を活かすべきか放っておくべきかの議論が交わされている中、デイビットだけ、ただじっと未知の巨人を見つめていた。

アルミンはその様子を不思議に思い、デイビットに問いかける。

 

「デイビット、どうしたの。あの巨人に何か・・・」

 

「・・・あの動き方の癖に、オレは覚えがある。」

 

謎の奇行種が巨人を倒す様を見てデイビットはそう呟いた。そして再び数秒考え込んだ後、顔をあげるとその場の全員に聞こえる様に声を出した。

 

 

「よし、奴を殺そう。」

彼にしては珍しく、大きな声で、周りに聞こえるように宣言した。

その声にライナーらが反応するも、すでに遅い。

 

ライナーがデイビットに腕を伸ばした時、彼は立体起動装置で素早く巨人のもとへと移動していた、

 

「おいよせ!!!!デイビット!!」

ライナーが焦る様に制止の声を掛けるが、デイビットは止まらない。

 

「フンッッッ!!!」

そのまま、とうとう奇行種のうなじを切り裂いた。

 

「あの野郎、やりやがった!!!」

 

奇行種は倒れ、消滅する。

しかし、消滅の仕方が奇妙だ。他の巨人とは違い、煙を上げて、肉体が崩れるかのように消えていく。

 

何かがおかしい。その場にいた104期生全員がそう感じ、冷や汗を流しながら消滅していく巨人を観察していた。

 

そして、彼等が想像だにしなかった事象が起こる。

煙が晴れると、崩れた巨人の肉体の中から、徐々に一人の人間の姿が見え始めたのだ。

それは彼等が良く知っている人物だった。

 

それは、死んだはずの親友だった。

 

「・・・エレンッ!!!」

 

ミカサが我を忘れた様子でその人物のもとへと向かい、感触を確かめ、鼓動を確認し、強く抱きしめる。

巨人の肉体の中で、大声を上げて泣き叫ぶミカサと眠る様に意識を失っているエレンが、そこにはいた

 

その異様な光景を前に一同は混乱の前に息すら忘れてしまう。

 

「アルミン。」

謎の奇行種・・・いや、エレンを引っ張り出したデイビットが、アルミンの下へ戻って声を掛ける。

 

「もう一度、聞かせろ。エレンは本当に喰われたんだな。」

 

虚偽を許さぬ問いがアルミンへ投げかけられる。その圧力に少し気圧されながらも、アルミンは自身が知っている限りの情報全てを伝えた。

 

「あぁ・・・その筈だよ。僕は目の前で見たんだ・・・。エレンが腕を噛み千切られて、そのまま飲み込まれていく様を・・・」

 

「・・・飲み込んだ・・・か。」

 

デイビットの呟きをよそに、死んだはずの友達が生きていた事実にアルミンの感情がこみあげる。アルミンはエレンの方へ走り、彼を抱きしめ、ミカサと共に彼の生還を泣いて喜んだ。

 

 

 

 

「周りの巨人を使ってオレを止めなかった。オレが中の人間ごと殺さないことを知っていた。殺意の宣言までした。全てオレの匙加減で決まり、オレしか真意は知らなかったはずだ。

 

となると、座標とは―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、人類は初めて巨人に勝利した。

 

重すぎる責任で錯乱状態になったキッツに大砲と恐怖の感情を容赦なく向けられたものの、アルミンの必死の訴えとピクシス司令の登場により、エレン達は何とか処刑を回避。

 

その後はアルミンが考案した作戦でピクシス司令のもと、巨人化したエレンが岩で壁に空いた穴を塞ぐことに成功し、人類はトロスト区を奪還した。デイビットは壁際に巨人をおびき寄せる為にアニらと共に誘導作業、機材トラブルにあったジャンの救助等を遂行した。

 

トロスト区に残った巨人たちはその後やって来た調査兵団により丸1日かけて掃討された。

 

人類初の勝利だが、その犠牲も多い。104期の訓練兵も多くが亡くなった。その中には成績上位のマルコも含まれていた。

 

 

 

 

この戦いをきっかけに・・・正確にはエレンの巨人化をきっかけに、戦いは急速に進展することになる。

 

そのことをいち早く確信していたデイビットは、雑用を手っ取り早く終わらせるべく既に動いていた。

 

場所はウォール・ローゼ北区。

レイス家領地の礼拝堂。

真夜中の厳かな雰囲気に反し、その場所で行われていた営みは惨たらしいものだった。

 

「だからいったとおりだ!!!始祖の巨人の力は奪われた!!!2年前のあの日に!!!グリシャ・イェーガーを名乗る男に!!!もう言ったから!!!もうやめ、痛い!痛い!!!」

 

営み、すなわち拷問。

下手人と加害者の2人しかいないその地で、響き渡る悲鳴を聞き取るものが誰一人いない。

 

うつ伏せに寝かされながら叫び声をあげる小太りの男の名はロッド・レイス。真の王族という正体を持つ彼だが、今の彼に王族の気品は欠片も感じられない。巨人化の薬を研究している最中に突如背後から襲われ、気が付いたときには自室でうつぶせにされた状態で拷問を受けていた。

 

「奪った、ということはグリシャ・イェーガーもまた巨人化出来る人間というわけか。巨人の名称と能力はなんだ。」

 

下手人の男、デイビットは顔を隠しながら質問を続ける。

 

「な、名前は進撃の巨人!!!進撃の巨人だ!!!能力は、、、ええと、確かだな・・・うわ、やめろ・・・やめてくれ!!!いうから!!!いうから!!!ギャァァァ!!!」

 

拷問の定番の爪剥ぎを躊躇なく実行しながらデイビットは口を開く。

 

「・・・オレの考えが正しいかだけ答えろ。

 

―――未来の閲覧と過去への干渉か?」

 

デイビットの答えに対してロッド・レイスは痛みを堪えながら頷く。

 

「・・・奴は言っていた。『進撃の巨人は未来の継承者の記憶をも覗き見ることが出来る。つまり未来を知ることが可能なのだ』・・・と。過去への干渉については知らないが。」

 

「・・・やはりな。方向と主体は違えど、時間を超えて情報を送信出来るのだろう。・・・何者にも従わない巨人か、皮肉なものだな。」

 

言ってしまえば、デイビットにとってこの問答は確認作業だった。エレンがあの時巨人から出てきた瞬間に、彼の中である程度の答えまでたどり着いていた。しかし確証が持てなかったうえに不明な点があった為、それらの疑問を解消するべく彼はここにいる。しかしその作業も殆ど終わりを迎えようとしていた。

 

「・・・最後の質問だ。その時のグリシャ・イェーガーの様子はどうだった。」

 

「・・・狂人そのものだった。我々を襲うかと思えば、思いとどまり、助かったと思えば何かを呟いて発狂しながら巨人化して我々を襲った。」

 

「・・・・・・・・・・なるほど、そういうことか。始祖の巨人もよくやるものだ。これはもう理屈では語れないな。自由への妄執とでもいうべきか。・・・・・・さて。」

 

数秒の思考の末に答えにたどり着いたデイビットはもう用はないと言わんばかりに横たわるロッド・レイスを見下ろす。それを感じたロッド・レイスは自身が始末されると悟り、恐怖の感情を露わにして許しを請う。

 

「ぜんぶいいいっただろう!!!だれにもいわない!!!約束する!!!ころさないでくれ!!!!」

 

「・・・本来なら殺すところだが・・・進撃の巨人がお前だけを見逃したのには何か意味があるのだろう。それを敢えて壊して様子を見てもいいが・・・おそらく奴の描く道筋通りに動いた方がオレにとっても都合が良い。」

 

そういうとデイビットは内ポケットから注射器を取り出し、ロッド・レイスが口を開く間もなく彼に打つ。

 

「グリシャ・イェーガーが調合した記憶を消す薬に改良を加えた。心配せずとも、直ぐに起きる。折れた骨も傷も、そして記憶も元通りだ。」

そう言葉にするや否や、ロッド・レイスは意識を失う。用事を終えたデイビットは薬品をポケットに戻して立ち去る。

 

その途中で思い出したように「あぁ」と呟き、意識を失っているロッドに振り向いて口を開く。

 

「研究中の巨人化の薬のサンプルも貰った。非常に参考になる代物だ、重宝させてもらう。では、これきりだ。色々と世話になったな。礼にというわけではないが、巨人化の薬には改良を加えておいた。そちらが後々に行動を起こす際には役に立つだろう。」

 

そう言うとデイビットはコートを翻して屋敷を出る。

 

この世界について、彼は知った。まだ小さな不明点はあるが、彼にとっては重要なことではない。

 

そしてこの瞬間、デイビットは自身の行く末も視えた。

まだ人類の観察は終わっていない。しかし彼が結論を出した時に成される『善いこと』、その為の計画は今はっきりと決まった。

 

「・・・兵士としての動きに注力するべきだな。奴がどの様な筋書きを求めているかはっきりとは分からないが、オレも空気は読める。

 

なんの問題もない。オレはオレの責務を果たすだけだ。」

 

 

 

 

 

 

 

トロスト区襲撃から3か月後、東のカラネス区にて鐘が鳴る。

 

それと同時に調査兵の表情が引き締まる。

 

「付近の巨人はあらかた遠ざけた。開門30秒前!」

 

デイビットは馬上でこの作戦の結末を予測し、自らの役割と目的を再確認する。

 

「これより人類はまた一歩前進する。お前たちの成果を見せてくれ!!!」

 

「おおーーーっ!!!」

 

門が上がる。それと同時に団長のエルヴィンが目を見開いて力強い声で指令を下す

 

「進めぇぇっ!!!!第57回壁外調査を開始する!!!!

 

前進せよぉぉっ!!!!」

 

人類の存亡をかけた次の戦いが幕を開く。

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