残酷な世界で過ごす最小の一日   作:安泰明日

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第八話『ウォール・マリア奪還作戦』

【アルミン視点】

 

クーデターから2カ月後、僕ら調査兵団はウォール・マリア奪還作戦を決行した。巨人との決戦の地は、奇しくも全ての始まりであるシガンシナ区。

 

調査兵団は激戦の末、鎧、獣、そして超大型巨人を撃破することに成功した。

 

壁の外門をエレンの硬質化能力で塞いだ後、壁内に潜んでいたライナーを発見、交戦する。それと同時に獣の巨人に内門を塞がれ退路を断たれてしまい、巨人達に囲い込まれるという布陣を作られてしまう。

 

鎧の巨人と化したライナーについては、巨人化したエレンを兵士達でサポートする形で撃破。しかし、この時にとどめを刺しきれなかった結果、ライナーに吠える隙を与えてしまい、それを合図に獣の巨人の投擲によるベルトルトの登場を許してしまう。内門側は獣の巨人の投石による攻撃、シガンシナ区内は超大型巨人による蹂躙に耐える局面となった。

 

絶体絶命の状況となった調査兵団だが、ここから形勢逆転に成功する。

 

獣の巨人については、エルヴィン団長を始めとする多くの兵士の犠牲を払いながら、リヴァイ兵長が討伐した。超大型巨人は、僕自身が囮となり時間を稼いだ結果、巨人化を解いたエレンが仕留めた。

 

戦いの末捕獲したベルトルトは、巨人化させた僕に食べさせたらしい。瀕死の僕はあのままだと死んでいたそうだ。そこで、リヴァイ兵長の持っていた巨人化の薬を飲ませたそうだ。結果、僕は生き返ることが出来た。

 

正直、生き返るのが僕で良かったのか、という葛藤が無いと言えば嘘になる。でも、その場で辛うじて生き残っていた兵士は僕しかいなかった。『他の候補が居なかったのだから』、対象が僕となるのも必然なのかもしれない。エルヴィン団長が生き残っていたら間違いなく彼に使われていただろうが、内門側はリヴァイ兵長とデイビットとフロック以外は『誰一人生き残らなかった』らしい。

 

僕らの勝利だ。しかしその結果、生き残ったのはたった九名の兵士のみ。あまりにも大きな犠牲を支払うこととなった。

 

 

「気分はどうだ、アルミン。」

 

デイビットが僕に気を遣い、水を差しだしてくれる。デイビットは仲間を見ていないようで、こういう時には僕らを気遣ってくれる。

 

場所はウォール・マリアの壁上。現在エレン、ミカサ、リヴァイ兵長、ハンジさんの四人がエレンの家の地下室を見に行っており、戦いで負傷した僕やサシャたちは壁上で休息を取りながら待機している現状だ。巨人達が戻ってこないとも限らないため、デイビットが一人で見張りをしてくれている。

 

「・・・うん、まだちょっと良くないかな。自分が死にかけたというのも、ベルトルトを食べたというのも、まだ忘れられそうにはない。」

 

「そうか。まぁ、当分慣れない感覚だろうな。幸い、しばらく壁内は穏やかになるだろう。ゆっくり時間を掛けるといい。」

 

そう言うと、デイビットは見張りに戻る。

 

獣の巨人との戦いは壮絶なものだったとリヴァイ兵長から報告を受けている。デイビットもその戦いに貢献したらしい。

 

エルヴィン団長率いる新兵たちを第一波の陽動として獣の巨人に特攻させ、陽動の第二波としてデイビットが背後から奇襲を仕掛ける。背後から迫りくるデイビットと、正面から特攻する新兵たちを対処することに完全に意識が向いた獣の巨人を、本命のリヴァイ兵長が瞬殺したようだ。

 

結果として勝利はしたが、特攻した中央の新兵たちは一人残らず死亡。リヴァイ兵長が獣の巨人に到達する直前で全滅したらしい。エルヴィン団長も心臓を撃ち抜かれて死亡した様だ。

 

・・・

 

僕はデイビットについて、その後ろ姿を見ながら、前々から抱えていた違和感について考える。

 

激しい戦いに勝利出来たのは、デイビットの力が大きかったのは間違いない。彼の力が無ければリヴァイ団長の襲撃までの時間稼ぎが出来ていなかったかもしれない。彼の貢献は大きい。

 

それを踏まえて、僕はこんなことを考えてしまっている。

 

『この戦いでデイビットは本領を発揮したのだろうか。』

 

こんな疑いを、死線を共に潜り抜けた仲間に対して持つなんて許されないとは分かっている。デイビットはこの勝利に『良く』貢献してくれた。

 

でも僕が知るデイビットは、1人でその場を完全に変えることができる人間だ。訓練の時も、トロスト区での防衛の時も、女型巨人の捕獲の時も、彼は単体で状況をひっくり返し、いつの間にか勝利していた。

 

この戦いでの彼は妙に受動的なように感じる。単独で動くことも無く、僕やエルヴィン団長の作戦を忠実に守り、任務を求められた通りにこなしていた。兵士としては十分の出来だが、デイビットにしては大人しい戦果だ。

 

・・・今回に限った事ではない。前回の中央憲兵や巨人化したロッド・レイスとの戦いでも、彼は『手探り』に動いていた印象がある。その前のライナー達との戦いでは参加すらしなかった。

 

もし、意図的に行動を起こしていないのなら、デイビットはなぜそうしているのだろうか。

 

この戦いは僕ら人類にとって最も重要な戦いだ。この戦いの結果で、人類の行く末が決まる。まさに最終決戦のはずなんだ。そんな戦いで消極的になる理由は、いったい・・・

 

疑い出すと止まらない。色んなことを勘ぐってしまう。例えば・・・

 

『デイビットが報告した通り、獣の巨人による投石で本当に全員死んだのだろうか』

 

 

 

 

 

時は少しさかのぼり、獣の巨人戦の最中。

場所は内門側。

 

「大敗北だ。正直言って、俺はもう誰も生きて帰れないとすら思っている。」

 

最悪の状況下にエルヴィン達は立たされていた。巨人達に囲まれ撤退という手段を奪われたうえで、獣の巨人による投石で続々と死者が増えてゆく。残された生存者はエルヴィン、リヴァイ、そしてデイビットも含めた新兵たちのみであった。

 

冷静な声色で絶望的状況を告げるリヴァイに対し、エルヴィンは低く小さな、それでいて意思の籠った声色で返す。

 

「・・・あぁ。反撃の手立てが何もなければな。」

 

壁内人類の反撃が始まる。

 

 

 

「これより最終作戦を告げる、総員整列!!!」

 

「総員による騎馬突撃を目標、獣の巨人に仕掛ける。当然目標にとっては格好の的だ。我々は目標の投石の隙を見て、一斉に信煙弾を放ち投石の命中率を少しでも下げる。我々が囮になる間に、リヴァイ兵士長が獣の巨人を仕留める。以上が作戦だ」

 

『囮になって死んでくれ』と要約しても問題は無いだろう。余りに残酷な作戦だ。間違いなく大半の新兵は死ぬだろう。その命令を耳にして嘔吐する新兵もいる。それでも、エルヴィンは新兵たちに命じた。死んでいった仲間の命に意味を与えろと、そして次の生者に意味を託すために死ねと。

 

新兵たちがその言葉に浮かされたのか、鼓舞されたのか、騙されたのか、それは分からない。しかし、新兵たちは恐怖を隠さない表情のまま、絶望的な顔で、とりつかれたように突撃の準備を始めた。

 

 

「デイビット。」

エルヴィンは新兵の中にいたデイビットを呼び止める。

 

「君を内門側に呼んだのはこの作戦の為だ。君もリヴァイ兵士長と共に、獣の巨人へ特攻してくれ。方法は問わない。」

 

エルヴィンはデイビットの能力を高く買っていた。ここでただの囮として扱うのは勿体ない。そう考え、エルヴィンはリヴァイとの共闘を命じるが、デイビットはその命令に対し無表情のまま返答する。

 

「・・・僕では足手まといになるでしょう。一対一に持ち込みさえすれば、リヴァイ兵士長一人でも討伐は十分可能かと。囮の役割に徹する方が合理的です。」

 

「・・・そうか。なら騎馬突撃に参加し、君もここで死ぬのか。」

 

「いえ、単体なら別の形の攪乱も可能です。そちらの方が騎馬突撃の参加よりは作戦成功に貢献できます。」

 

「・・・具体的には?」

 

「獣の巨人の背後を取ります。周りの巨人で妨害されるので討伐は不可能でしょうが、プレッシャーを与える程度は可能です。」

 

「・・・どうやって背後に回るんだ。見てのとおり、我々は巨人に囲まれている。後ろに回ろうにも巨人達との交戦は不可避だ。」

 

「水路を使って包囲網を潜り抜けます。」

 

ウォール・マリア領域内には、船の移動用の水路が設置されている。5年前のシガンシナ区の襲撃の際、エレンが脱出できたのもこの水路のお陰だ。

 

このシガンシナ区からウォール・ローゼまで流れる水路に忍び込み、察知されることなく巨人の包囲網を抜けて、背後から獣の巨人を襲撃するというのがデイビットの作戦だ。無論、車力の巨人も獣の巨人の背後に控えていることを考えると首元まで迫るのは難しいだろうが、獣の巨人に精神的圧力をかけることは出来る。人は後ろになにかいるとどうしても意識がそっちに向いてしまうものだ。

 

「なるほど、確かに良い作戦だ。だが、水路を通るなら馬は使えない。君は馬にも乗らずに平地で巨人の群れと相対する訳だが。」

 

「時間稼ぎで良いなら可能です。」

 

「十分だ。任せたぞ、デイビット・ゼム・ヴォイド。」

 

「はい。」

 

 

 

 

獣の巨人、ジーク・イェーガーは呆れかえっていた。眼前には自身に向かって突っ込んでくる兵士達。彼等の表情からは死への恐怖がありありと見て取れた。秘策も何もない、彼等は死ぬために突進しているのだ。

それを世間では愚策という。

 

「ま、このまま終わるとは思ってなかったけど。特攻か、もうちょっと何かあると思ったんだけどな。」

 

ジークは調査兵団の悪あがきに失望しながら、ゆっくり振りかぶり、特攻隊めがけて岩を投げつける。

 

「うわぁぁぁ!!!」

「あぁぁぁ!!!」

 

たった一投で、多くの新兵が犠牲となる。

 

「まったく、こんな作戦になんの意味があるってんだよ。」

 

呆れた様に、憐れむ様に呟くと、再び岩を掴み粉々にする。獣の巨人は容赦なく第二投、第三投と球数を増やしてゆく。その度に、半数以上の兵士が朽ちてゆく。このペースだと、あと数球で全滅だろう。ジークの下まで生きて辿り着ける見込みは皆無だ。万が一辿り着いた所で、獣の巨人に加え周囲には複数の巨人が相手だ。背後には車力の巨人ピークまで控えている。あの兵士達に何かできることはない。

 

これ以上ない愚かな作戦だ。

敵指揮官の無能さ加減に腹すら立ってきた、その時だった。

投石開始から数分が経過して兵士の全滅が見え始めた頃、背後のピークから警告が飛んでくる。

 

「ジーク戦士長!!!後ろから敵兵が1人、迫っています!!!」

 

「え?」

 

後ろを振り返ると、そこには濡れたまま単身で自身に迫ってくる金髪の兵士が迫っていた。思ったより接近されている。正面から突撃してくる兵士達に気を取られ、気付くのが遅れてしまった。

ジークはここに来て、兵士たちが囮であることを察した。

 

「・・・あぁ、そういうこと。一応こいつらにも作戦ってやつがあったんだな。本命はこいつだったって訳ね。水路から包囲網を抜けて来たのか・・・そりゃまたご苦労なことだ。」

 

しかし、だからといってジークの中で焦りの感情は一切ない。寧ろ、敵の中に理性が少なからずあったことを知って落ち着きを取り戻したくらいだ。その根拠はシンプル、圧倒的実力差。1人の兵士が平地で迫った所で、何が出来る?

勝負の土俵にすら立てないその力量の違いが、ジークの余裕の源だった。

 

「そのまま逃げとけば良かったものの・・・おい、あいつを殺せ。」

 

自らが相手をするまでもない。

ジークは近くの巨人にデイビットを殺す様に命令する。それを受けた巨人は真っ先に金髪の兵士に向かっていった。

 

「正面の特攻を囮にして、背後から俺を襲撃する作戦だったんだろうが、甘かったな。背後を取った所までは良かったんだが・・・気付かれたらそこで終わりの博打作戦でしかない。」

 

ジークはその巨人がそのまま奴を難なく食い殺すだろう、と判断し、再び視線を特攻隊に向け・・・ようとした。

 

『ガッ』

 

ジークが呑気に第二投目に移ろうとした瞬間、肉が裂かれる嫌な音がする。出所は自身の首元だ。反射的に首元を触ると、立体機動装置のワイヤーが刺さっているのが確認できた。

 

「なにぃぃ!?」

 

ワイヤーの出どころには、先ほどの金髪の兵士。素早くこちらへ迫ってくる彼の後方には倒れた巨人。

瞬殺だったようだ。少し目を離しただけで、けしかけた巨人は塵と化していた。

 

「・・・なるほど、本命の刺客だけあって手練れの様だな。雑魚1体では相手にならないということか。」

ジークは現状を整理し、少し苦い表情を浮かべた。

 

面倒な状況だ。後方から来る奴の対処自体は可能だ。流石に自分が一対一で負ける程ではない。

だが、奴の対応に時間を掛け過ぎると捨て身特攻している前方の兵士がこちらに辿り着いてしまう。そうすると、どうしても今の陣形を崩さないといけない。

 

どうにか奴の相手を誰かに任せられないか、と考えているうちに敵は立体起動装置で迫ってくる。

 

「(仕方ない、さっさとこっちから片付けるか)」

諦めて先に金髪の兵士の処理を始めようと手を伸ばすも、それは杞憂に終わった。

 

突如、デイビットが横から来た巨人に吹き飛ばされたからだ。

 

「ジーク戦士長、彼は私が!戦士長は投石に集中してください!投石用の岩は足元に全て準備してあります。」

 

「ピークちゃん、助かったよ。」

 

その巨人の正体は車力の巨人、ピークだった。

 

ピークの役割はジークの投石のサポートだった。最後方から状況を偵察していた彼女は、敵がジークに迫る様子をいち早く察知していた。

ジークに余計な負担はかけられない。そう判断したピークは敵兵士の相手を引き受け、ジークに指示を飛ばす。

 

場所は何もない平地、相手は知性巨人。先程のように時間を掛けずにこの状況を処理できる程、奴の戦闘能力は人間を辞めてはいなかった。

防戦一方の敵の様子を見て、ジークは今度こそ安心する。

 

「あぁ、本当に頼りになるね。ピークちゃんは。」

ジークはピークの存在の大きさを再認識した。

 

機転と気が本当に利く戦士である。

困っている所に自らの判断でサポートに入り、それでいて投石用の岩も手早く準備してくれる。

ピークのサポートに感謝すると、ジークは再び特攻隊の方へ向き直り、投石を再開した。

 

 

 

 

 

ジークによる攻撃音が響く中、ピークと金髪の兵士・・・デイビットは真正面から対峙していた。

 

「無謀な作戦ね。巨人に対して只の人間がたった一人で特攻を仕掛けてくるなんて。」

ピークは巨人化を保ったまま、生身で剣を構えるデイビットに話しかける。

 

既に数回やり合い、様子見は済んでいる。次からは正真正銘の殺し合いになるだろう。ピークの方はデイビットを殺すイメージが出来ていた。確かに彼の動きはいいが、所詮人間の範疇。車力の巨人の持続力を以てすれば負けようがない。

余裕を確保したうえで、ピークは言葉を続ける。

 

「戦争は国が持つ力を露わにする。パラディ島の力はよく分かった。まさに風前の灯火。壁内人類はこの戦いで終わりよ。」

 

ピークの勝利宣言は傲慢さから来たものではない。純然たる事実を述べたまでだ。シガンシナ区内での戦い、獣の巨人への特攻、デイビットの単独奇襲、そのどれを見ても健全な戦闘組織とは言えない。やけっぱちの作戦と言われても何も否定できない。これが、壁内人類の限界そのものであった。

 

デイビットも、その点は同意見だった。だからこそ、彼はピークに対しこう返答した。

 

「否定はしない。パラディ島勢力は脆弱だ。物量戦を仕掛けられたら一週間も持たないだろう。

 

―――だが、戦略論を君たちマーレ軍に語られるとはね。」

 

「・・・どういうこと?」

 

『お前たちに言われたくない』とも捉えられるデイビットの一言に、ピークは眉を顰める。敗戦国が散り際に行う特攻作戦を平気で使う国の人間が、どの立場で言っているのか。ピークはその言葉の真意を問うたが、デイビットは即答する。

 

「どういうこともなにも、道理だろう。君が車力の巨人ということは、タイバー家が持つ『戦槌の巨人』を除けば、全ての巨人が今ここパラディ島にあるということだ。つまり現在マーレは巨人による防衛手段を持たない状況にある。中東連合との戦いも控えているだろうに、よくもまあここまで国内をがら空きに出来るものだ。」

 

「っっ!」

 

ピークの表情から一瞬だけ驚きが零れる。『何故、そこまで世界情勢を把握している』という疑問に集中力を乱されかけるが、すぐにその答えに辿り着く。

 

「・・・そう・・・貴方がデイビット・ゼム・ヴォイド。ライナーから報告のあった、壁外を知る謎の兵士。こちらの状況には詳しいようね。」

 

ピークによる本人確認にデイビットは反応せず、その代わりに先程までの説明を続ける。

 

「逆に言えば、そこまでしてでも始祖の巨人はマーレ軍に必要だったと言える。継承者とはいえたった4名の少年兵のみで敢行された作戦といい、今回の侵攻といい、分かってはいた事だが―――

 

 

そちらは常に余裕がないな。どれほど危険であれ、今できる事は実行する。それがどんな結果を招くか、理解したうえで。」

 

「・・・っ」

 

ピークは聡明な戦士である。事態を客観的に整理し、状況を正しく判断できる人間だ。故に、デイビットの指摘を否定できなかった。『図星』と感じてしまった。勿論、それを口に出すことは許されない。しかし、心の中でデイビットの言葉に深く同意してしまった以上、もはや何も反論することは出来なかった。

 

「・・・これから消えゆく貴方たちに関係の無い事よ。うちの戦士長には近づけさせない。それで、この国は終わり。」

 

捨て台詞のようにピークは現状の話にすり替える。確かに、いくら舌戦で優位に立とうが、調査兵団にとって絶望的な状況が変化する訳ではない。このままジークが特攻隊を全滅させれば、ゲームオーバーである。

 

しかし、その現実を目の前にしても、デイビットに焦りの様子は見えない。彼は既に勝利への道筋を・・・いや、その先の展開まで見据えていた。

 

「まぁ確かに、兵士として正しい動きは、ここで君と膠着状態に持ち込むことなのだろう。だが生憎、この戦いには個人的な目的もあってな、始祖の描く道筋を辿るためにも、オレは君との戦いを一度終わらせなければいけない。」

 

「・・・一体、何の話?」

 

「それこそ、戦略の話だ。獣の巨人では、リヴァイ・アッカーマンには勝ち目がない。故に、君には一度倒れて貰う。」

 

結論だけを切り取ったようなデイビットの語り口に、ピークは少し苛立ちを見せる。しかし、彼の言葉から一つの違和感に勘づく。

 

「リヴァイ・アッカーマン・・・そういえば、パラディ島最強と言われる彼の姿は何処に・・・まさか!?」

 

そして、一つの可能性に思い当ってしまった。

反射的にピークは後方を向く。投石を続けるジークの右側後方は信煙弾に覆われ何も見えない。

 

だが、煙の中からはワイヤー音と肉を切り裂く音が微かに聞こえる。何者かがジークに迫っていることが、その音から確信できた。それと同時に、ピークは敵の作戦を理解する。デイビット・ゼム・ヴォイドすら、囮だったのだ。本命はまた別にいる。

 

「ジーク戦士長!!!もう一体―――

 

 

 

「すまない、隙だらけだ。」

 

背を向けてジークへ敵の狙いを伝えんとするピークの隙を、デイビットは見逃さなかった。『雷装』の爆撃音が耳元で響き終わる頃、ピークは意識を手放していた。

 

 

 

 

「きゃあああああ!!!!」

「がはっっ!!!」

 

ジークが投石を続ける度に、人が死んでゆく。ジークが投石するたびに、兵士が倒れてゆく。被害者の中には団長のエルヴィンも含まれていた。石を喰らったエルヴィンは落馬してしまう。

 

「団長!!!」

「振り返るな!!!前へ進め!!!」

 

「あー、ちょっと低くなりすぎたな。ワンバウンドしたから威力が半減しちまった。なに揺さぶられてるんだ、俺は。」

ジークは自分の投球を反省する。突然の背後からの奇襲に集中力を乱され、コントロールがすこしずれた様だ。

 

「ランナーが出たからって焦っちゃあ駄目だよなぁ。点さえ与えなければいいんだからなぁ!!!」

 

第三投、第四投、第五投、と投球がかさんでいく。その度に過半数の兵士が死亡する。まさに地獄のような光景だ。

 

それでも、兵士は叫びながら、信煙弾を放ちながら、恐怖で狂ったような面で突撃する。余裕綽綽と岩を放っていたジークは、その様子に徐々に苛立ちを覚え始める。意味の無い行動を繰り返す愚かさに、殉死を美徳と捉えんとするその精神に。

 

「だから、なんだってんだよ。そんなに叫んで・・・なんの意味があるってんだよ!!」

 

そう怒鳴りながら、ジークは渾身の力で岩をぶん投げた。

轟音が響き渡る。一瞬の悲鳴が聞こえてくるが、直ぐに何も聞こえなくなった。

煙が晴れたその場に、ジークに突撃せんとする兵士は一人もいなかった。全員、血だらけになって横たわっているだけだ。

 

特攻隊、全滅である。

 

「あーあ、可哀そうに。」

 

憐れむように亡くなった兵士たちを見ていると、後ろから大きな爆撃音が鳴り響く。

 

「ッ!!!ピークちゃん!!!」

 

ジークが振り返るとそこには爆発による煙が上がっており、その下には雷槍をまともに受けた車力の巨人が倒れていた。ピーク本体の死体は見当たらないので、死んではいないだろう。車力の巨人はその持続力が最大の武器である。恐らく、数分もすれば復活するはずだ。それでもその数分間は、その兵士・・・デイビットの接近を止める者はいない。

 

デイビットは車力の巨人を軽く見下ろすと、視線をこちらに向けた。

 

「ピークちゃんすら・・・お前は一体・・・。まさか・・・こいつがリヴァイか?いや・・・。」

 

ジークはピークまでも生身の兵士にやられたことに驚きと恐怖を感じた。その戦闘能力から壁内人類最強の兵士の名がよぎるが、こちらをじっと見つめる男の空虚な瞳を目にした瞬間、それは別の名に変わる。

 

「(そうか・・お前がデイビットか。この世界の真実を知りながら、壁内人類として活動する、異端者。)」

 

獣の巨人、ジークはライナー達から2人の兵士について報告を受けていた。片方が圧倒的戦闘力を持つリヴァイ。もう片方が、壁の外について知りながら兵士として動く謎の男デイビット。

 

「いいぜ。お前さんについて、興味が湧いてきた。特攻隊も全員殺ったことだし、直接相手してやるよ。」

 

そうジークが不敵に笑いデイビットと正面から向かい合った瞬間、そのデイビットがぼそりと呟く。

 

「準備は整いました、リヴァイ兵長。」

 

ジークの背後に、『人類最強の男』が到着する。

 

 

 

「よぉ、さっきは随分と楽しそうだったな!!!」

 

 

 

そこからは圧巻だった。手、眼、足と順番に細切れにされ、獣の巨人に何もさせないままうなじを切り裂き、リヴァイはジークを引きずり出した。

 

リヴァイ、および犠牲となった兵士たちの勝利だ。

 

「おい、返事しろよ。失礼な奴だな。」

 

引きずり出したジークの口内に刃を突っ込みながら尋問するリヴァイ。その隣にデイビットが到着する。

 

「殺しますか。」

 

「まだだ。お前は特攻隊の中の生存者を確認しに行け。誰か瀕死でも生き残っていたら、そいつを巨人化させてこの髭面を喰わせる。」

 

「・・・了解です。では、失礼します。」

 

命令を受けたデイビットは、即座に立体機動装置で、全滅した特攻隊の様子を確認しに行った。

 

「(こいつはまだ殺せない。誰か、生き残っている奴はいねぇのか。瀕死でもいい。まだ息さえあれば。誰か一人だけ、生き返らせることが・・・)」

 

残ったリヴァイが盟友の顔を思い浮かべながら考えにふけった瞬間、一瞬の隙が生まれてしまった。

辺りの様子は獣の巨人の巨人化解除に伴う煙でよく見えない。

 

 

 

その隙を車力の巨人は見逃さなかった。

煙の中から突如現れた車力の巨人は、ジークを一瞬でリヴァイから奪い去ってしまう。

 

車力の巨人の最大の武器は持続力である。先程、不意を突かれデイビットに一時的に戦闘不能にされたが、思いのほかダメージが浅かったこともあり、一分程で戦闘に復帰出来た。

 

ピークは機転の利く戦士だった。下手に立ち向かうことはせず、手ぶらで逃げ帰ることもせず、最も現実的かつ効果の高い選択肢を選び取ることが出来た。

即ち、戦士長の奪還。回復するや否や行動に移ったピークは、デイビットが離脱し、リヴァイ一人になって生まれた隙を見逃さなかった。

 

「っっっ!!!」

 

そのまま、走り去っていくピークを見ながら、リヴァイは震える様に声を絞り出す。

 

「おい、待てどこへ行く?止まれ。俺はあいつに誓ったんだ。必ずお前を殺すと・・・誓った!!!」

 

そう吠えると、リヴァイは替えのブレードに持ち替え、己を襲う巨人たちを始末しながら、ピークとジークを鬼の様な形相で追った。

 

 

 

 

リヴァイがピークとジークを追跡するのを横目に見ながら、デイビットは特攻隊の生存者を確認していた。リヴァイの命令通り、だだっ広い草原の中、横たわる兵士たちの中に、息のあるものを探しているのだ。

 

結果、生存者は

 

 

 

10名以上。

 

万全のまま気を失っただけの兵士もいれば、手足が無くなりながらもかろうじて生き延びた兵士もいた。

 

ともあれ、ほぼ全滅した特攻隊だが、この兵士達は生き残ったのだ。

 

「生きてる・・・生きてるんだ・・・俺」

「もうだめかと・・・絶対に死んだと思った。」

 

ほぼ死が確定した状況を生き延びたことを喜び、生の感覚を噛みしめる兵士たち。

 

補足しておくと、ここまでの兵士が生き残ったのはデイビットの攪乱の影響が大きい。背後から襲撃を受け、プレッシャーを感じたジークの投石は精度を欠いていたのだ。結果、当たらなかった者、当たったが重症に至らなかった者が、元来の歴史より多くなった。

 

兵士たちの様子を他所に、デイビットはある人物を探していた。

 

存在の有無が、壁内人類の行く末に大きく影響するまでの男。

存在の有無が、今後の物語の変化を及ぼすまでの男。

存在の有無が、『奴』の描く道筋を歪ませるまでの男。

 

その男の名を、生き残った兵士の一人が大声で叫ぶ。

 

「おい!!!エルヴィン団長もまだ生きているぞ!!!」

その兵士の報告に、他の兵士は大いに沸いた。

 

「本当か!?エルヴィン団長が!!!」

「まじか・・・先頭で走っていたのに・・・」

「なんとしても生かすぞ!!!団長を死なすな!!!」

 

「・・・自らを死地へ追いやった上官を・・・よくここまで称えるものだ。」

 

そう呟くと、ゆっくりとそちらへ歩みを進めるデイビット。

 

「エルヴィン団長の状態はどうだ。」

 

「あ、あぁデイビット、重症なのは間違いない。だが、処置をすればちゃんと治る筈だ。少なくとも、瀕死の状態じゃない。必ず生き返る。」

 

「・・・あぁその様だな。」

 

元来の歴史では、エルヴィンは瀕死の状態だった。これもデイビットの妨害の影響による軽症化と言えるだろう。

 

エルヴィンの生存を確認したデイビットは、深くため息を吐きながら、そのまま目を瞑り、目頭を押さえる仕草を見せた。

 

「・・・そうか、エルヴィン・スミスは生き残ったか。」

 

「取り敢えず、早く応急処置を・・・デイビット?」

 

 

 

 

「残念だ。」

 

そう呟いた彼がコートの中からあるものを取り出した後、『パン』という乾いた音が連続してその場に響いた。

 

 

 

 

「・・・うぅ。・・・なんで・・・俺、生きてるのか?」

 

気を失っていたフロック・フォルスターが目を覚ますと、そこは地獄絵図だった。周りを見渡しても死体が転がっているのみ。自分だけが生き残ったのか、と絶望しかけるも、フロックは見知った顔の男が立っているのを確認する。

 

「デイビット!生きていたのか!他の皆は!?死んだのか!?」

 

デイビットに駆け寄ると、フロックは息継ぎも忘れて必死に問いつめる。そんなフロックを、デイビットはじっと見つめていた。

 

フロックを値踏みするかのように眺める、彼の手はポケットの中にあった。

 

「デイビット・・・?」

 

数秒間を置いた末に、デイビットはポケットから手を出して答えた。

 

「・・・・・・・・・・・・・あぁ。生存者はお前だけだ。助かったな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兵長!!!注射を早く!!!アルミンを巨人にして、ベルトルトを喰わせるんですよ!!!早く注射を下さい!!!」

 

場は再び切り替わり、シガンシナ区内。

 

民家の屋上で、黒焦げとなったアルミンと、戦闘不能となったベルトルトが並べられ、リヴァイ、エレン、ミカサらがそれを囲んでいた。

 

エレンが悲痛な声を上げながらリヴァイに懇願する。

 

「・・・待て。あと少しだけ、待ってろ。」

 

「何を待てっていうんですか!?早くしないと、アルミンが!!!死んじまう!!!」

 

「いいから黙って待ってろ、あいつならすぐ仕事を済ませる筈だ。」

 

「だから!一体なにを―――

「戻りました。リヴァイ兵長」

 

「デイビット・・・?」

 

屋上にスタッと到着したデイビットを見て、リヴァイは間髪入れずに問う。

 

「どうだった?」

 

「フロック・フォルスターを除いて全員死亡しています。」

 

デイビットは即答した。

 

「・・・エルヴィンも・・・か。」

 

「はい。」

 

「・・・そうか。・・・・・・全員ここから離れろ。アルミンにこいつを喰わせるぞ。」

 

殆どが元来の歴史通りだ。瀕死の状態だったアルミンは超大型巨人の力を継承し、生き返る。エルヴィンは死亡。この後、エレン達は地下室へ向かい、この世界の真実に知ることになる。

 

過程は違えど、結果はほぼ元来の歴史通りに・・・『始祖の巨人』の目指す展開通りになった。

 

 

 

「時間はかかったが、観測はあらかた完了した。始祖の巨人を顕現させ、世界を終わらせるには『接触』が不可欠だ。エルヴィン・スミスは『接触』の大きな障害となり得る。奴を退場させるには、ここしか無かった。

 

問題ない、オレはオレの責務を果たすだけだ。」

 

 

 

 

 

 

壁内人類は、壁の外の真実を知った。

 

エレンの家の地下室に隠されていたのは、グリシャ・イェーガーの手記。その手記には、マーレという国でユミルの民として暮らしていたグリシャの供述があった。ここパラディ島の向こうには世界があり、そして、世界は巨人の正体である我々ユミルの民を憎み、駆逐することを願っている。

 

女王ヒストリアと兵団幹部たちはこの事実を民衆に公表することを決めた。案の定パニックになった。興奮する者、鼻で笑う者、陰謀に結びつける者など反応は様々だが、この事実を受け止められない民衆が多数を占めていた。

 

そんな民衆を他所に、兵団は五年前に失われたもの全てを取り戻していく。

 

ウォール・マリア内の巨人は掃討されたと兵団は発表。舗装工事が始まったのはそれからすぐのことだった。避難住民が故郷に帰ることを許されたのは、トロスト区襲撃から1年が経過する頃であった。

 

そして、最初の超大型巨人襲来から六年。調査兵団は、ウォール・マリア外の壁外調査を開始した。

 

そして、調査の末に彼等が目にしたものは・・・

 

地平線まで続く青。

自由に飛ぶカモメの鳴き声。

穏やかなさざ波の音。

塩のにおい。

 

海だった。

 

「あ~い!!!」

「うあああ目がああああ!」

「うぉー!しょっぺーー!!!」

 

「うへー!これホントに全部塩水なの?あ、何かいる。」

「おいハンジ、毒かもしれねぇから触るんじゃねぇ」

 

始めての海にはしゃぐ兵士たち。その中も特に感激しているアルミンは、噛みしめる様に笑い、貝を大事そうに拾い上げ、エレンに歓喜に震えた声で語る。

 

「ほら、言っただろ、エレン。」

「商人が一生かけても取りつくせないほどの、巨大な塩の湖があるって。」

「僕が行ったこと間違ってなかっただろ。」

 

「あぁ・・・すっげぇ、広いな。」

 

「ねぇエレン、これ見てよ。壁の向こうには―――

 

 

 

「海があって」

 

「海の向こうには自由がある。」

 

「ずっとそう信じてた。」

 

 

 

「でも違った。」

 

「海の向こうにいるのは敵だ。」

 

「何もかも親父の記憶で見たものと同じなんだ。」

 

 

「なぁ・・・」

 

「向こうにいる敵全部殺せば、」

 

 

 

「俺達、自由になれるのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・」

 

悲壮な面持ちで海の向こう側を指差すエレンを、砂浜にいたデイビットはじっと、ただじっと見つめていた。

 

デイビットの中で、この世界の人類に対する評価が完了した瞬間だった。

 

 




以上、前編でした。
展開、話数、文字数的にも折り返し地点といったところです。
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