MONSTER HUNTER FRONTIER ~蒼天の銃槍騎士~ 作:阿佐木 れい
書いた時期が結構前なので、今は懐かしいドンドルマの街が…。復活して欲しいものですね。
息を切らせて駆け込んだ洞窟が、咆哮を受けて今にも崩れそうなほどに震え上がった。
そしてしばらくの静寂の後、地響きを立てて陸の女王は崩れ落ちた。その大きな体躯によって、離れていた僕のところまで大きく地面が揺れた。
「はぁ……はぁ……」
倒れること2回。もう大人しくしていろと言われ、実際にその通りだと思って待機していたけど、やっぱり何かしないとと急いでキャンプから駆けてきた僕を待っていたのは、
「何をしている。早く剥ぎ取れ」
僕に一瞥をくれ、自分は剥ぎ取ることなく太刀を鞘に収めたひとりの女の人だった。
彼女の周りにいる男たちも、一様に失望の瞳を僕へと向けた。
「……っ!」
僕は、彼女のその失望を含んだ瞳を見ていられなくて、俯くしかなかった。
これを使え。そう言われて使うようになったガンランスがいつにも増して重かった。
まるでその重みで地面に足がくっついてしまったかのようだ。
前にも後ろにも――背負わされた期待が重くて、一歩も動けなかった。
動けといくら命じても、動かない。拳を血が出るほど握り締めても、動けない。
「……好きにしろ」
彼女の声が遠くに響く。クエストはもう達成された。後は、帰るだけだ。
僕の脇を通る彼女の気配が、大きく感じた。同時に、自分がどれほど情けないのか、ガツンと殴られた気がした。
言葉などなく――しかしだからこそ、僕は自分が最後まで必死に抱えていようと思っていた想いまで根こそぎ破壊されてしまうに感じてしまった。
「ったく、つくづく使えねぇやつだな、お前は」
「地雷確定だな、おい。はは、笑えねぇっつの。なあ?
――こっちは遊びじゃねぇんだ。これでさよならだ、弟」
僕と一緒に狩りに行ってくれた人たちが、吐き捨てる。
だけど、僕には反論できない。出来るわけがない。だって、彼らの言っていることは事実だから。
ただ、追いつきたかっただけだ。
僕は、あの時からずっと守ってくれていた人に並びたかっただけだった。
だから、僕もハンターになることを選んだ。いろいろあるはずの道からハンターを選んだ。
才能が無い、といえばその通りなのだろう。今だってひとりで倒せないモンスターばかりだ。猟団でだって、入ったばかりの若い新人たちにも馬鹿にされている。
それくらいは、知っている。
だけど、それでも――
諦めたくなかった。
僕は、あの人に言われるように戦ってきた。
頑張ったなってあの人に褒められたかった。ただそのためだけに、剣を握ってきたんだ。
だけど現実ってやつは厳しくて――僕ひとりがどれだけ頑張っても結果なんて出なかった。
だから、当然だったのかもしれない。
仲間たちが帰ってからずっと、ひとり佇んでいた僕がようやく帰ったのは誰もいなくなってからで。
家の机の上、ただ一枚の紙で僕は通告され、
――ただ今を持って、タスク=リットハルは猟団【真紅の封龍騎士団】を解雇する旨とする。
見捨てられたんだ。
******
あれからしばらくして、僕は傷心中ながらも酒場にいた。
太刀を使っていた女の人――僕の姉さんであるレイラ=リットハルから解雇を通告を受けてから、ずっと考えた。
だけどやっぱり諦められなかった。厳しいし、才能が無いのもわかっているけど、ひとりでハンターをやっていくことに決めた。
僕が持っているのはハンター装備一式とアイアンガンランスのみ。見るからに初心者だってわかる装備に他のハンターたちは目もくれない。
「……はぁ」
でも当たり前なのかもしれない。誰だって、初心者なんかと行きたくないだろうから。
ここドンドルマの街の酒場は、階段から大老殿という場所に行ける。そこでは上位ランクのハンターのみが入れ、受注可能なクエストも格段に増えるらしい。僕のいる酒場は俗に下位と呼ばれ、ソロ専用のクエストなどを受注するときに使われている場合が多い。もっとも、最近では酒場よりも広場の方が活気があるらしいけど。
どこか違う村に行くのも手かもしれないな……。
聞けば、ポッケ村とかモガの村とか――ハンターを募集している場所はたくさんあるみたいだし。
「あの、クエストを受注したいんですけど」
でも、いつまでもため息をついていられない。
僕は意を決してクエストを紹介してくれる受付嬢のひとり、サエグサさんに何か無いか尋ねた。
「あら、タスクくんじゃない。なに、今日はひとり?」
「あはは……はい、まぁ」
素直に白状するにはまだ整理できていないため、言葉を濁してしまう。
だけどサエグサさんは僕のことを知っている数少ない人だ。小さい頃はよく遊んでもらったりしていたため、気心は知れている。
サエグサさんは他の人に向ける愛想笑いとは違う笑みを浮かべながら、
「そうねぇ……」
いくつか僕が受注できそうなクエストを挙げてくれた。
生肉を納品、ランポスを8匹討伐などなど簡単なものから難しそうなものまである。
「う~ん」
ドスファンゴ、ドスランポス――どれも初心者の相手としては相応しいけど、それくらいなら僕だって討伐できる。ぎりぎりだけど。
僕は迷った末、その中から一番強いものを選んだ。
「じゃあ、これで」
「おーけー。人数はどうする?」
「……4人で」
いるはずもないのに、ついつい4人いっぱいの制限を設けてしまう。
僕はそんな自分に内心苦笑しながら、クエスト掲示板に受注書を貼り付けた。
そして、必要なものを揃えるべく買い物を始める。
回復薬に砥石――姉さんから必要だと言われたものを揃えていく。お金はほとんど無くなってしまったけど、これから戦う相手を考えたら、むしろ少ない出費と考えていいだろう。
イァンクック。僕が今まで一度もひとりで倒したことの無い相手だ。
そして、新人ハンターの登竜門とも言える。
ほとんどのハンターがイァンクックを倒し、一人前のハンターとして旅立っている。
僕は準備を終えて、ひとり酒場の椅子に座りながら待つ。誰かが来てくれないかと、淡い期待を抱きながら。
だけど、そんな僕に浴びせられるのは、
「けっ、クックかよ」
「はいはい、先生先生」
「ひとりで倒せるだろこんなのjk」
とかいった、いつか聞いたことのある言葉だらけだった。
でも大丈夫。酷い言葉を浴びせられるのは慣れている。
後ちょっと。もう少しだけ待って誰も来なかったら、ひとりで行こう。準備だってしたし、きっと討伐できる。
僕が拳を握って自分を励ました時だった。
「ねぇ、参加いいかにゃ?」
と、頭上から声が降ってきた。
まさか僕にとは思わず反応しないでいると、
「ねぇってば! 君でしょ、これ貼ったの」
僕の顔が急にふさふさの毛がついた腕でつかまれ、思いっきり上を向かされた。
「あがごっ!? く、首が……」
変な音が鳴ったのはきっと間違いじゃない。
だけどその人は――頭に角がついているふさふさの装備で全身を包んだ女の子は、そんなことお構いなしにもう一度、僕に訊いたのだ。
「これ、あたしの参加いい?」
言って彼女がぷらぷらと見せたのは、僕がさっき貼ったクエスト受注書。誰か参加してくれないかと期待をこめて貼った、イァンクックの討伐クエストだった。
「あ、うん。僕……だけど」
僕は咄嗟のことに言葉が出ず、頷いただけだった。
だけどその人は満足がいったのか、
「おっけ。じゃ、さっそくいこー!」
元気いっぱいに声を張り上げて、受注書を持った手を大きく挙げたのだ。
僕がその様子をぽかんと見ていると、
「こら、何してるの! 君のクエストでしょ? 君が手を挙げないで誰が挙げるのか!」
そしてもう一度、おー! とやる。
僕はその様子に思わず笑みがこぼれてきて、
沈んでいた気持ちが少し浮かび上がる。
「んもう、だから合わせてってばー! よし、じゃあもう一回! 次こそはあわせてよね。恥ずかしいんだから」
顔を少しだけ赤くしていじけたように女の子は言った。
だったらやらなきゃいいのに、なんて言葉は無かった。
手を挙げる。精一杯、上に向かって。
僕は彼女の声に合わせて、
「「おー!」」
力いっぱい、声を出した。
「いいねいいね! その意気その意気っ!」
そして、彼女はもう一度僕の手を取る。しっかりと握り締めて。
よろしくと。力強く握り締めてきた。
その強さはきっと、ずっと僕に足りなかったもの。
強く前に踏み出すという、ただそれだけの想い。
そんな僕たちを見てサエグサさんが笑みを浮かべているのが見えた。
「あ、そうだ」
彼女は足を止めて振り返る。
まだ何かあるのだろうか。僕は呆然と彼女に視線を向ける。
「あたし、アリシア。アリシア=ジルっていうの。君は?」
当たり前の質問を僕にぶつけてきた。
何と呼べばいい?
今まで僕が一緒に行ってきた人たちはみんな僕の名前を知っていたし、僕も彼らの名前を知っていた。同じ猟団の仲間だからこそ、名乗る意味なんて最初の一回だけで良かったし、誰からが僕の名前を呼んでいたからみんな覚えてくれた。
だけど、今からは違う。僕は自分の意志で一緒にクエストに行ってくれる人を募集した。共にモンスターを狩ってくれるハンターを募集した。
――もう一度、始められるかもしれない。
僕は、躓きかけていた自分の心がもう一度立ち上がろうとしているのがわかった。小さいけれど、でも大きな力を持って。
それがどうしてかはわからないけど、確かに感じたんだ。
いつか、自分の力であの人を守れるように――。
挫折も、無力さも。何も知らない中、ただひとつ、いつも見ていた大好きな笑顔をもう一度見たいと思ったから。
僕にも守れるのだと、信じていた頃のように。
そして姉さんに追いつけるように。
だから、
「僕は――」
違う。一度だけ躊躇って、今度は僕に向かって真っ直ぐな瞳を向けるアリシアさんと向き合う。
ここから始めるんだ。そう――決意したのは誰でもない、僕自身じゃないか。
「いや、俺はタスク。タスク=リットハル。よろしく、アリシアさん」
「さんはいいよん。くすぐったいしね、えへへ」
彼女の手を強く握り返した。
そんな俺の気持ちが伝わったのだろうか。アリシアさん――アリシアは嬉しそうに頷いた。
「うん。じゃあ行こう、タスク!」
善は急げとばかりに背を向けて、ずんずんと進んでいく。
その拍子にアリシアの腰に装備された片手剣が音を立てる。
俺の目の前にはあの日見た背中はもう無いけれど、白く気高いキリンが踊っている。
強く、強く――手を伸ばしたら届きそうな距離で。
ああ、そうか。こんなにも簡単な事だったのか。
一度立ち止まって大きく深呼吸する。目を瞑り、いつか見た背中を思い浮かべる。
そして振り払うために、
「よしっ!」
目を開いて、自分の足で一歩を踏み出した。
どうしてだろう。その瞬間、背中に背負っていたガンランスが少しだけ軽くなっているような気がした――。