金色の青春録   作:晴れときどき曇り

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第一貢 その名はガッシュ・ベル

 

 

 少女、浦和ハナコにとってトリニティ総合学園は檻である。

 

 本年に至り二年生となり、学ぶ事が増えていく中で苦戦する同級生を尻目に思う事は一つ。

『くだらない』

 確かに勉強の幅が広がった事で付いていけなくなってしまう事は理解が出来た。

 だが、トリニティ総合学園は勉強に重きを置いた学園では無い。

 

 派閥争い、陰謀、策謀、部活の利権争い、優秀な学生への囲い込み。

 学生でありながら度を超えた領分での争いは関わる事を望む者のみならず、そうした物事を好まない生徒へも悪意の手が伸びる。

 

 早朝、目を覚ましたばかりのハナコは夢に見た過去の記憶に吐き気を覚えていた。

『浦和様は非常に優秀でおいでですわね』

『もし良ければこれから私共の派閥のお茶会がありまして』

『浦和様こそ、トリニティの体現者でございますわ』

『聞きました浦和様、あちらの派閥……浦和様の悪評を内部の生徒に広めているそうですわ』

『聞いた?あの子一年生なのに二年生、三年生の試験も受けたんだって、しかも満点』

『は?なにそれ、じゃあもう学校来る意味無いじゃん、上級生に可愛がられに来てるって訳?』

『学校来んなよ』

 洗顔を終え、鏡に映った自分を、自分の眼を見る。

 淀んでいた。

 輝きなど無く淀んだ瞳。

 

「本当に――下らない」

 吐き捨てた言葉は誰にも受け取られない、しかし聡明な彼女は気付いている。

 心の底から下らないと思っているのなら、影響など受けない。

 

 本当に下らないのは、下らないと吐き捨てる事で己に言い聞かせようとしている――心の弱い自分だ。

 

 けれども、ハナコからすれば日常を楽しんでいたに過ぎない、自分の持てる能力を活かして、自分に声を掛けてくれた人に応対して、昔から人と関わるのが好きだったから、そうして過ごしていただけ。

 なのに、気が付けば今の様な状況。

 

「あの様な人達と共に、学校で何を学べと言うのでしょうか」

 

 もう――期待などされたくない、頭が良いと思われたくない、トリニティの体現者なんて成りたくもない。

 

 だからこそ浦和ハナコは、己の殻を破った。

 秘めていた知的好奇心を全面に押し出し、瞬間の躊躇いを捨て去る事にした。

 

 『大聖堂水着事件』

 

 公にはされていないその事件は、シスターフッドの尽力により生徒の間でも広まる事は無かった。

 礼拝中のシスターに倣い、敬虔な信徒と同じ心を持って祈りを捧げた浦和ハナコは、一体何故なのか水着姿で大聖堂の中に居た。

 誰もが困惑した。

 『何か悩みがあるのか』『何かに取り憑かれているのか』『いいから早く服を着て下さい』

 様々な言葉が飛び交う中で浦和ハナコの回答はシンプル。

 

「己が為に己の成したい事を成したに過ぎません」

 

 不思議な興奮の中にいたハナコは満面の笑みで、やりきったという達成感に包まれながらそう告げた。

 その姿は求道者を思わせる程に苦難の果てを見て来た表情だった。

 

 それが二週間前、それ以来、そして今日もハナコは大聖堂へ向かう。

 シスターフッドが所有する書物、トリニティ総合学園の古書館にも無い歴史と伝統を形にした書物の数々を読む為に。

 

 

 

 我が物顔で大聖堂へ足を踏み入れるハナコに対して苦言を呈する者は居ない。

 それはトップである少女が既に許可を出していると同時に、そのトップの少女を含め複数名のシスターが行方不明(・・・・)になっている事が原因だった。

 

 起きている問題はソレだけでは無い、現在のキヴォトスを襲う異常な現象。

 その始まりは連邦生徒会長の失踪だと言われている。

 正式に声明が発表されてから数日後、連邦捜査本部S.C.H.A.L.Eに『先生』という大人の男性が就任。

 就任と同日、全ての生徒達が同じ症状を発症した。

 

 キヴォトス内において射出する武装・武装を持つドローンが使用できなくなり、全ての生徒の保有する神秘量が均一化される謎の事態。

 コレを連邦生徒会は『試練』と仮称し、各自治区に対し犯罪の増加が見込まれる危険性を周知。

 純粋な『数』が脅威となる時代を迎えていた。

 

「あった……」

 大聖堂の保管室区域、装丁が剥がれ掛けた古びた書物は古代語で記されており、ハナコはソレを読み解く事で一つの項目に辿り着いた。

「これは、今から千年前ですか……武装、神秘は無用の長物」

 端的な表現ではあるが、今キヴォトスに起きている問題と同じく武器と呼べる類の物が使用できなくなった記述。

「鍵を握るは」

 指先でなぞりながら、己の訳が本当にあっているのか疑問を抱きながらも、口に出す。

 

「魔物の……子?」

 

 

 

 その時、破砕音が響いた。

 ガラス、それも大きなサイズの物が割れた音だ。

 ハナコは即座に礼拝堂のステンドグラスを連想し、読んでいた本を閉じて何が起きたのかを確認しに走り出した。

 

 今のキヴォトスは全体的に治安が乱れており、射出タイプ、つまるところ銃器や弓を持つことが出来ずこん棒やハンマー、剣や短刀が武器として使われている。

 加えて全員が同じ神秘量、肉体のスペック自体が高い生徒は何人かいるが、基本的には『数』が勝負を分ける世界だ。

 

 ハナコにとってシスターフッドがどうなろうが、大聖堂がどうなろうが、どうでもいい(・・・・・・)と思っていた。

 いや、どうでもいいと自分は思うだろうと思っていた。

 なのに、その足は動き出した。走り出した。

 

「(どうして……私は走っているのでしょうね)」

 

 現場に向かった所で何になる。

 戦闘になれば足手まといになるのは百も承知、それでも動かずにはいられなかった。

「(本当に……どうして)」

 その答えは分からない、己の中に答えが無い。

 どれ程までに疑問を抱こうと、どれ程までに理解が出来なくとも、ハナコは動き出した足を止めるつもりは無かった。

 

 礼拝堂までは遠くも無く扉を三つ開ければ繋がる場所、破砕音の後に次いで聞こえて来た石床にガラスが叩きつけられて割れる音とシスター達の悲鳴に扉の向こうの光景に最悪の展開を想像しながらも、一瞬でも自身に注意を引ければと考えハナコは最後の扉を蹴り破った。

 

 飛び込んできた光景に、目を瞠った。

 

 非武装の輸送用ドローンの運搬用アームに捕まり、その背にブリと紺色の布を荒縄で体に括り付け、体当たりで強引に割って入ったであろうステンドグラスののあった箇所から差し込む陽光を浴びながら周囲に視線を走らせる全裸の金髪少年。

 

 ハナコの思考は!と?で埋め尽くされ、金髪少年の動きを見守るので精一杯。

「ウヌゥ……」

 右を見て、

「ムゥ……」

 左を見て、

「ウヌゥ!?」

 少年はハナコを視界に収めた途端、一際大きな声を上げてドローンから手を放し床に着地、いそいそと荒縄を解いて紺色の布を頭から被り、布で覆っていたであろう真っ赤な本を小脇に抱え、一緒に解放され床で跳ね回るブリをそのまま丸かじりし食べ始めた。

 

 てっきりこちらに来るのかと思ったハナコは意表を突かれ、周囲のシスターも同様に少年の行動を見守る事しか出来ない。

「やはりブリは美味しいのう!ぷはーっ!お腹いっぱいなのだ!」

 見ている方も笑顔になってしまう満面の笑みで膨らんだお腹を叩く少年。

 周囲に散乱したガラスの破片で怪我をしないか心配していると改めて少年はハナコの下まで歩いてやってきた。しっかりと右手を前に左手を前にと歩く姿は無邪気な少年の振舞であり、何か裏がある様には思えない。

 

「お主が浦和ハナコであっておるか?」

 体ごと首を傾げる少年に「え、えぇ、そうですけれど」と返すのが精一杯。周囲のシスター達から「貴女の知り合い?」という視線を投げ掛けられ全力で首を振る。

「おお!れんぽー……かいちょー?青ピンク殿から聞き及んでいた通りの外見で安心したぞ!」

 話しながら腕を組んで言葉が思い出せなかったのか濁した少年だったが、ハナコはその僅かな情報から「(連邦生徒会長がこの子を私に遣わせた……?)」と推理を始めている。

 

「連邦生徒会長は、なんと?」

 聞きたかったのは此処に遣わせた理由だったのだが、

「お胸がすっごくおっきくて頭髪はエッチなピンク色をしていると言っておったぞ!」

 思いもよらない返答にハナコのこめかみに血管が少し浮いた。

「……ふふ、私は顔も知らない方なのですが、会ったらタダじゃおかない事が決定しました♡」

「う、ウヌゥ?笑顔なのに、こ、怖いのだ……?」

 怒りの具現化か黒いオーラがふつふつと身体から湧いているハナコを前に少年は困惑、「それで」と一呼吸おいて、

「貴方はどなたで、このトリニティにはどうしてやって来られたんですか?」

 今度こそしっかりと尋ねようとした質問に、少年は「ウム!」と元気よく返事。

 

 

「我が名はガッシュ・ベル!お主の腐りきった根性を叩き直す為にやって来たのだ!」

 

 

 満面の笑みで告げられた自己紹介と目的に、ハナコの中で連邦生徒会長への怒りがメーターを突破して「(見た事ないけど会ったら乳首が取れるまでこねくり回す)」と決意を固めさせた。

 




お読みいただきありがとうございます。

不定期更新となりますので気長にお待ちいただけますと幸いです。

タイトルは

金色の青春録(ブルーアーカイブ)となります。
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