ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか? 作:いろはす/1roh4su
第一話「初期スポーン地点が森の中なのはどうかと思う」
ポケットモンスター、縮めてポケモン。
この星にはいない不思議な不思議な生き物。
現実にはいないが、ゲーム機の電源さえつければ誰にでも、どこにいても出会うことができる。
ゲームだけでなく、アニメやカードゲーム、果てには体調管理アプリにまで展開しているコンテンツであり、老若男女問わず世界各地の人々を虜にしている。
自室に入るなり鞄をベッドに放り投げたこの少年、ツムグもそのうちの一人である。
「今日もやりますか……」
そう言ってツムグはモニターとニンテンドーSwitchの電源を入れ、コントローラーを構えた。
入っているソフトはもちろん「ポケットモンスタースカーレット」。
今日は学校から帰った後に何も用事がない日、絶好のポケモン日和なのだ。
ツムグは幼い頃からずっとポケモンを愛している。
現実にポケモンがいないことに絶望して泣き叫んだこともある程である。
美しく雄大な自然と魅力的なトレーナー、そして愛らしく格好いいモンスターたち。
幼い頃、近所に住んでいた年上のお兄さんに「ポケットモンスターブラック」を遊ばせてもらったあの時から、ツムグはポケモンという存在に心を奪われているのである。
しかし、それはそれとして。
「やってもやっても終わんねー。後回しにしなきゃよかった……俺はいつになったらレシラムと出会えるんだ……?」
コントローラーを操作し続けるツムグの目は早くも死に始めている。
最新作「スカーレットバイオレット」において過去作の伝説のポケモンを入手するために必要なポケモンのおやつ。入手順がランダムな上、おやつを手に入れるためにはブルレクをこなしまくらなければならないのである。
ツムグはここ一週間、隙間時間を見つけてはブルレクをこなす日々を過ごしているのだ。
(これに加えてマルチもやらなきゃ全部は集められないって……考えたやつには人の心がないのか?)
そう心の中でぼやきながらも操作し続けること一時間。
「ねむ……。ちょっと休憩……」
体育の授業があったからだろうか。急に強烈な眠気に襲われたツムグはコントローラーを置き、ベッドに体を委ねることにした。
両手を広げて仰向けになり、天井を眺める。
少し休んだところで明日は休日。眠気を取って一気に進めたほうが効率的だと自分に言い聞かせ、ツムグは瞼を閉じた。
(あーあ、現実にもポケモンがいればいいのに)
そう考えたのを最後に、ツムグの意識はゆっくりと闇に溶けていくのだった。
肌を刺す暖かな日差しを感じてツムグは目を覚ました。
小鳥の鳴き声とせせらぎの音が耳に心地良い。
ゆっくりと目を開け、飛び込んでくる光に顔をしかめながら起き上がる。
頭を振り、脳にこびりつく眠気をなんとか振り払ったツムグは視界に映る大自然に首を傾げた。
「何処だ、ここ……? 知らない天井、ってより知らない森だな」
そもそもインドア派のツムグが知っている森など存在しないが、それはさておき今いる場所がどこかわからないのは確かである。
学校から帰ってきて部屋のベッドで眠りにつくまでの行動を思い返してみても、どこにもおかしな点が見つからない。
帰ってきて、ポケモンをやって、眠くなって寝た。それだけである。
ここに来た原因を考えることに早々に見切りをつけたツムグは、周囲の確認をすることにした。
辺りを見回すと視界に飛び込んでくるのは、木、木、草、木、花、イーブイ、草、木……。
「……ん?」
見えるはずのないものが見えたような気がして、ツムグは目を瞬かせた。
疲れのあまり幻覚まで見えるようになってしまったのだろうか。それともやはりまだ夢の中にいるのだろうか。
頬の肉を思い切りつねってみる。とても痛い。どうやら夢の中にいるわけではないようだ。
ならば幻覚かと目を擦ってもう一度見てみる。まだいる。
ふわふわの茶色い毛並みにウサギのような耳。ゲームなどで知っている姿より少し体毛が多い気がするが、どう見ても液晶越しに見たイーブイそのものだ。
「……えぼ?」
奇行を繰り返すツムグを不思議に思ったのか、イーブイはこちらを見てかわいらしく首を傾げている。
その首元を覆い隠すふわふわの毛を見たツムグはごくりと生唾を飲み込み、思わずといった様子でイーブイに手を伸ばした。
するとイーブイは怖がる素振りもなく、むしろ甘えたようにツムグの掌に頬を擦り付け始める。
掌から伝わる温もりとやわらかな毛並みの触り心地は、ツムグに状況を理解させるには十分すぎる材料だった。
イーブイのあまりの可愛さにデレデレとだらしない笑みを浮かべながらも、頭をフル回転させて状況の整理を行う。
数秒の処理の後、ツムグが導き出した結論は──。
「なるほどつまり異世界転生……というかこの場合は異世界
──寝ている時に何かの拍子でポケモンの世界に飛ばされたのではないかというものであった。
(冷静に考えたらこれって割とやばい状況なんじゃ……)
幸い今は(何故か)友好的なイーブイしかいないが、野生のポケモンというのは基本的に危険な生き物である。
その力は種類によってもまちまちだが、この森にどのようなポケモンが生息しているかわからない。
ゲームの主人公でさえ、ポケモンを手持ちに入れていない状態では草むらに入れないのだ。
転移してきたばかりで相棒ポケモンもおらず、突出した身体能力があるわけでもないツムグにとって、この状況は極めて危険だと言える。
そのことにようやく気付いたツムグは、名残惜しさを感じつつもイーブイから手を離して立ち上がった。
イーブイに軽く別れを告げて辺りを見回す。
「とりあえず街なり村なり、人が居るところを探さねーと……」
とは言え、今の場所すらわかっていないツムグに街の方向がわかるわけもなく。
(ま、適当に歩いてたらそのうちどこかに着くでしょ)
などと楽観的に考え、ふらふらとあてもなく歩き出すのだった。
森の中を歩いていると茂みから飛び出してくるポケモン。彼らに遭遇するたびにツムグのテンションは上がっていく。
(コラッタにムックル、ホルビー……! あそこにいるのはパチリスか……!? ああクソッ、こんな状況じゃなけりゃ存分に愛でるのに……! というか一体ここは何地方なんだ? もう既にパルデアでもカロスでもシンオウでもないことが確定したんだが……)
そんなことを考えながら歩いていたのが良くなかったのだろう。
「──い! ぶいっ!!」
「ん? お前ついてきてたのか。……ってうわあ!?」
何故かついてきていたイーブイの鳴き声で我に返ったツムグは、声の主の方向へ振り向いた瞬間に思わず悲鳴を上げた。
いつの間にかツムグの周りを数匹のルクシオとコリンクが取り囲んでいたのだ。
更には群れの奥の方でボスと思しきレントラーがその分類通りの鋭い眼光を放っているのが見えた。
考え事に耽りながら歩いているうちに彼らの縄張りに足を踏み入れてしまったらしい。
バチバチと身体から電気を迸らせているポケモンたちを見て、ツムグの顔から血の気が引いた。
(洒落にならねぇ……! 一目散に逃げたいけど確かレントラーには透視能力がある……逃げ切れる相手じゃない)
ポケモンの生態を忠実に再現した「LEGENDSアルセウス」では随分と苦しめられたことをツムグは思い出した。
(どうする……どうすればこの状況を打開できる……!? ダメだ、手持ちもいない俺じゃどうしようも──)
打つ手なし──ツムグが諦めかけたその時だった。
「ぷっきゅい!」
勇ましい鳴き声と共にイーブイがツムグと群れの間に割って入った。
全身の体毛を逆立たせて唸り声を上げ、群れを睨みつけて臨戦態勢をとるイーブイの姿を見てツムグは驚きのあまり目を丸くした。
「イーブイ、お前……」
イーブイは驚くツムグを見やり、任せてくれと言わんばかりに鳴いてみせた。
だがイーブイが味方に付いたところで状況は好転しない。
その証拠にイーブイの身体は小刻みに震えている。恐らく相手と自分とのレベル差を本能で感じ取っているのだろう。
それに、例えレベル差がなかったとしても多対一、多勢に無勢である。
しかしもう策を考えるだけの猶予はない。イーブイの抵抗する意思を感じ取ったレントラーが放つ火花の勢いを強め始めたのだ。
「やれるだけやるしかない──悪いが付き合ってくれ、イーブイ!」
「ぷきゅうっ!!」
ツムグの叫びに応えるようにイーブイは眩い光を放ち始め──
【????は しんそくを つかった!】
「ギャオッ!?」
突如、今まさにイーブイ目掛けて飛び掛かろうとしていたレントラーが、何かに弾かれたように大きく仰け反った。
驚いたイーブイの光はたちどころに消えてしまい、ボスが攻撃を受けたことに驚いたルクシオたちは狼狽えた様子で後退った。
「何が起こって──ッ!? あれは……」
砂埃が消え、目を開けたツムグの視界に飛び込んできたのは──山吹色の鱗を身に纏った”竜”だった。
「りゅーっ!」
【カイリュー ドラゴンポケモン タイプ:ドラゴン/飛行】
(カイリュー!? 何でドラゴンタイプ──それも600族がこんなところに……!?)
600族。ポケモンというゲームにおいて、種族としての能力の伸びやすさを表すステータス、種族値の合計が600になる一般ポケモンの通称。大器晩成型で、育て上げるには相応の労力が必要だとされている。まさに生態系の頂点に君臨する存在だ。
そんなポケモンが何故このような場所にいるのだろうか。
ツムグの疑問の答えはすぐに見つかった。
「いやー間に合ってよかった。そこの君、大丈夫かい?」
声を掛けてきたのは、20代くらいの白衣を着た男性だった。陽の光を反射して煌めく白髪は所々がはねており、黒いサングラスをかけているその風貌はまるでどこぞの最強のようである。
サムズアップを交わしている様子を見るに、おそらくカイリューのトレーナーなのだろう。
「あ、ありがとうございます。えっと……あなたは──」
名前を聞こうとしたツムグを男は手で制した。
「話はまた後で。先にこの子達をなんとかしないとね」
男が指さす先を見ると、先程カイリューに一撃を加えられたレントラーがいきり立った様子でこちらを睨みつけていた。
周囲のルクシオ達も再びじわじわと包囲網を狭め始めている。
そんな状況でも男は微笑みを崩さない。
膠着状態に痺れを切らしたのか、突如としてレントラーが勢いよく飛び出した。
「グルラァ!!」
【レントラーの スパーク!】
電気を全身に纏って突進するレントラーだったが、カイリューはそれを真正面から受け止める。
本来空を飛ぶポケモンには電気がよく効くが、竜の鱗を持つカイリューには通らない。
「カイリュー、”ドラゴンテール”で吹っ飛ばせ!」
「りゅーっ!!」
男の指示を受けたカイリューはレントラーを上に軽く投げ、重力に従って落ちてきた所をその強靭な尻尾で薙ぎ払った。
さながら野球のノックのようなフォームで吹っ飛ばされたレントラーは、木々の隙間を縫いながら勢いよく飛んでいき──
「ナイスホームランっ!!!!」
──瞬く間に見えなくなってしまうのだった。
「それじゃあ、自己紹介のお時間といこうか」
レントラーが吹っ飛ばされた後、群れのポケモン達も戦意を喪失して去った。
残されたのは人間二人とポケモン二匹。
「僕の名前はタドリ。一応ポケモン博士やってるよ」
片手を振りながらそう名乗る男──タドリに、ツムグは軽くお辞儀をする。
「ツムグです。さっきはありがとうございました」
「いいってことよー! あはは──いてっ」
ヘラヘラと笑うタドリに、カイリューがジト目で近づき、咎めるように軽く頭を小突いた。
頭を抑えたタドリは「わかってるってばあ……」と非難するように呟くと、一転して真面目な顔になってツムグに向き直る。
「で、君は何をするために、どこから来たのかな? 一応この”かくりよの森”は禁足地になってるんだけど」
「いや、俺もちょっとそこらへんよくわかってなくて、気が付いたらこの森にいたというか。一から説明すると長いんですけど……」
ツムグが素直に答えると、タドリは目を丸くした。
「ふーん……訳アリみたいだね。うーん……ここで立ち話もなんだし、とりあえずツムグ君を僕の研究所に招待しようか。話はそこで聞くことにするよ」
行く当てのないツムグにとっては願ってもない提案である。
断る理由などないと、間髪入れずに頷く。
「じゃあ早速だけど行こうか。イーブイは一応ちゃんとボールに戻してね」
「えぼ?」
「ああ、こいつはさっき出会ったばっかで、俺の手持ちじゃないんです」
「えっ」
「えっ」
突如タドリの顔が凍り付いた。
その表情を見たツムグは、自分が何かをやらかしたのだと悟った。
(俺、何かまずいこと言ったのか──!?)