ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか? 作:いろはす/1roh4su
あの騒動の後、ワラウコボクが無事に目を覚ましたことを確認したツムグはそのまま眠るように気を失った。
後から聞いた話では怪我を押して戦っていたのはリコットも同様だったようで、正気を取り戻したワラウコボクが応急処置をしてくれたらしい。
怪我人二人はそのまま病院に運ばれ、大事をとって検査入院をすることになった。幸い二人とも身体に特に異常はなく、翌日には揃って退院することができたのだが。
その後も諸々の事後処理に追われて数日後。リコットからの連絡でツムグとミノトはモルトシティのとある飲食店にやって来ていた。
「改めて、ありがとうございました。お二人がいなければこの騒動は治められなかったでしょう」
席に着くなり、リコットはそう言って頭を下げた。
「やめてくれよ。大した事は……まあしたと思うけど。でも、俺達も巻き込まれてた訳だしお互い様だぜ。最後の”アンコール”が無かったら俺は死んでたかもしれないしな」
「ツムグさんの言う通りです。頭を上げてください」
そう言われてリコットはゆっくりと頭を上げる。
「……ありがとうございます。ですがお二人にご迷惑をおかけしたのは事実。お詫びと言っては何ですが、ここでの会計は私が持たせて頂きます。是非ともモルトシティの名物を召し上がってください」
そうして運ばれてきたのは骨の付いたままこんがりと焼きあげられた
豚肉とはいっても、この世界には元の世界にいたような”豚”は存在しない。というより、そもそもこの世界には人間とポケモン以外の動物は存在しないのだ。
つまりこの料理に使われている
(パフュートンだってのはわかった上で注文したとはいえ、流石にちょっと躊躇うよな……)
【パフュートン ぶたポケモン タイプ:ノーマル】
元々前の世界でゲームやアニメに触れていたツムグには、「ポケモンは仲間や家族、友達になる生き物である」というイメージが染みついている。言わば日本人が犬猫に対して感じているそれと同質のものだ。
ポケモンを食べることもあるという描写を作中で時折目にしていたとは言え、いざ自分が食べるとなると躊躇ってしまうのは必然だった。
「ツムグさん、食べないのですか?」
「いや……食べるよ。ちょっと心の準備をな」
肉をナイフで切り分け、思い切って一口。
瞬間、ツムグの脳に電撃が走った。
「う、美味いっ!」
「そうでしょう? この店のシュヴァイネハクセは癖になるんです」
外側の皮はクリスピーな食感だが内側の肉はホロホロと柔らかく、噛めば肉汁が溢れ出る。ふんわりとハーブのような匂いがするのはパフュートンの肉を使っているからだろうか。何はともあれとても食欲をそそられる香りだ。食べたそばから体が次の一口を求めてしまう程に。
油がくどく感じ始めてきたらサイコソーダで口内を洗い流す。そうしてまた肉に手を伸ばし、油をソーダで洗い流す。これで永久機関の完成である。
付け合わせの丸い団子のようなモノは「クネーデル」というらしい。ジャガイモの生地を丸めて茹でたものだというそれも、ジャガイモの自然な甘みと絡んだ肉汁のコクが相まってとても美味。何よりモチモチとした食感が日本人好みで非常に良かった。
「お肉もジャガイモも全てモルトシティで作っているものなんですよ」
「へえ、流石農業の街なだけあるなあ。……ところで、さっきからお前は一体何をしてるんだ?」
「え、何ってご飯を食べようとしてるだけなんですけど……」
料理が運ばれてきてから無言を貫くミノトを見やると、彼女は不思議そうな表情を浮かべた。
「お前まさか
──その目の前に置かれた皿には、大量のマヨネーズの塊が鎮座していた。
おかしい。運ばれてきたのはシュヴァイネハクセが3皿だったはずだ。マヨネーズの刺身なんて頼んだ覚えはないし、誰かが頼んでいたという記憶もない。というかそもそもそんな奇天烈な料理が存在していて欲しくない。
「つーかそもそもどっから持ってきたんだよその量のマヨネーズは!? 絶対一本使い尽くしてるだろ、店に迷惑だろーが!!」
「あはは、やだなあ。お店のマヨネーズを使い果たすなんてそんな非常識なことしませんよ。──マイマヨネーズに決まってるじゃないですか」
「そんなモン常日頃から持ち歩いてんの!?」
手に握られているのは一本の空になったマヨネーズボトル。ご丁寧に油性ペンで名前まで書いてある。
……というか自慢気にマヨネーズを見せびらかしてはいるが、飲食店に自前の調味料を持ち込むのは十分に非常識であることに気が付いていないのだろうか。
「何、お前死にたいの? 自殺志願者なの? 何処ぞの鬼の副長なの?」
「何言ってるんですか、マヨネーズは美味しくて何にでも合う
「なワケねーだろッ! 例えそうだとしても大量摂取は体に毒だよッ!」
尚、脂質の多さに目を瞑って栄養価の面だけで言えばマヨネーズは完全食品とも言える調味料だ。山で遭難した登山者がマヨネーズを食べて助かったという事例も存在する程である。
まあ当然、脂質の量がとんでもないので常用は避けるべきだが。
……というかマイマヨネーズを持ち運ぶ程の重度のマヨラーなら、その膨大なカロリーは一体何処に消えているのだろうか。悲しくなるほどにスレンダーなのに。
乙女の身体をジロジロと眺めて不躾なことを考えていると、ミノトが不意に口を開いた。
「あ、もしかしてツムグさんも欲しいんですか? 仕方ないなあ、今回だけですよ!」
「要らねェーよッ! 誰が食うんだこんな犬のエサ! 元の料理の原型とどめてねーじゃねーか、見た目も味も!!」
彼女が鞄から取り出したのは新品のマヨネーズ。お前は一体何本持ち歩いているんだ。
見ているだけで口の中が酸っぱい気がしてきた。最悪の気分である。
その様子にリコットはくすりと笑った。
「お二人の仲が良さそうで何よりです」
「何処をどう見たらそう感じるんだ!? 俺が良い眼科紹介してあげようか!?」
まあ、その良い眼科とやらはこの世界には存在しないのだが。
「ところで話は変わりますが……サテラ団の二人については後日会合の場で他のキャプテン達にも情報を共有しようと思っています。所業が所業なので、おそらくは全国指名手配という扱いになるかと」
「話題の温度差で風邪引くわ。……ま、妥当じゃないか?」
ヌシの守っていた祠を壊してその中に入っていたモノを盗み出すなんて所業、到底許されることではない。
盗まれた品が何であれ、一刻も早く奴らを捕まえて取り戻さなくてはいけないのだ。
「今のところわかってるのは祠の中にあった弓を欲しがっていたことと、あの二人も組織の中じゃ下っ端らしいってことくらいか」
「ええ、そして森林の祠にあのようなモノが入っていたということは、他の祠にも同様の物品が眠っている可能性があります。あれが一体何なのかは未だにわかっていませんが……」
無色透明の宝石が埋め込まれた古びた弓。過去誰かが使っていたものだろうが、街中の資料をひっくり返しても何も情報が見つかっていないのが現状だ。
そもそも現物が奪われているため捜索は非常に難航しているらしい。
他の祠に眠っているモノが狙われる可能性も否定しきれない以上、今リコットがしなくてはならないのは迅速な情報共有。
そしてツムグに必要なのは、再びサテラ団と遭遇したとき、奴らを撃退できる実力を身に着けておくことである。
「ツムグさんは次の試練に向かって旅を続けてください。何か新しい情報がわかり次第、お二人にも共有致します。巻き込まれた貴方達には真実を知る権利がありますから」
食事を終え、三人は店の外へと出る。
入った時間が遅かったこともあってか、辺りは既に夕陽で赤く染まっていた。
「美味しかったですね、あのお肉料理!」
「お前は本当にアレで正しい味を感じられたのか……?」
ミノトが切り分けた肉からマヨネーズが滴り落ちる様を思い出し、ツムグは思わず渋面を作った。
思い出すだけでも胃酸がこみ上げてきそうだ。
あれを食べても味覚が正常ならきっと酸味しか感じられないだろう。味覚が正常ならば。
まさかこんなところに重度のマヨラーが潜んでいるとは思いもしなかった。元の世界にもここまでの猛者はいないだろう。
「ところで、ツムグさんはこの街を出た後どちらに行かれる予定ですか?」
不意にリコットが言った。
「あー……。そもそも俺、この地方の地理とか全く把握してないんだよな……」
「でしたら、モルトから北西に向かった先──”ラムシティ”を目指すのはどうでしょうか。今のツムグさんに必要な能力を鍛えることができるかと」
「ラムシティだな。わかった、行ってみるよ」
マップアプリを確認すると、今いるモルトシティは南部のほぼ東端(元居た世界でいうところのミュンヘンの辺り)、ラムシティは中部のほぼ西端(元居た世界でいうところのケルンの辺り)とかなり距離が離れていることがわかる。
幸い、モルトシティからある程度の所までは鉄道が通っているらしく、数日かければラムシティまで辿り着くことができるだろうということだった。
「では私は次の用事がありますのでお先に失礼します。また何処かで会うこともあるでしょうが、その時までどうかお元気で」
そう言い残してリコットは去っていった。
サテラ団の騒動が原因で警備の強化など色々とやることが増えたらしく、しばらくはゆっくり落ち着く暇もないほど多忙なのだという。
「ミノトはこれからどうするんだ? ラルトスは戦えるようになったみたいだけど」
「そうですね……私も旅に戻ろうと思います。行先はまだ決まってないんですけど、その……」
そこまで言うと少し考えるような素振りを見せ、ミノトはゆっくりと言葉を選ぶ。
「ツムグさんが良ければなんですけど……ラムシティまで一緒に付いて行っても……いいですか?」
「え」
想像だにしていなかった発言に驚くあまり、ツムグの思考は一瞬フリーズした。
同年代の異性と一緒に旅をするなんて気まずいにも程がある。
とは言え、過酷なアウルム地方を旅するにあたって単独で旅を続けるのは様々な意味で危険を伴う。
特に顕著なのが旅の序盤。手持ちが少なく、未だ旅にも慣れていないのが現状だ。となれば二人で行動するというのは非常に理にかなった提案だといえる。
「事件に巻き込まれて、流石に一人で旅をする無謀さを思い知ったといいますか……ダメ、ですか?」
「いや……俺は全然、むしろ同じこと考えてはいたんだけど……」
ぱぁっ、と嬉しそうな笑みを浮かべるミノトにツムグは内心頭を抱えた。
出会って数日しかたっていない異性を旅に誘うだなんて、無警戒にも程がある。
「いいのか? わかってるとは思うけど、俺男だぞ?」
「ポケモン達もいるし……ツムグさんが悪い人じゃないっていうのはよくわかってます。命懸けでヌシポケモンと戦うなんて、よっぽど良い人じゃないと出来ないことですよ」
(この子、いつか詐欺師にこっぴどく騙されそうだなあ……)
命懸けで立ち向かったからと言ってツムグが善人である保証など何処にもないというのに。
「ミノトは何でそこまでして旅したいんだ? 別に試練を受けてるわけじゃないんだろ?」
「……実は私、記憶が無いんです」
「へ?」
記憶がない。それはつまり──
「記憶喪失ってコトか……?」
「はい、覚えていたのは自分の名前だけ。だから私は、私が何者なのかを知るために旅をしているんです」
「マジか……」
重い。あまりにも理由が重い。
気まずいから、なんて理由では断れなくなってしまった。
「わかった。でも一緒に旅をするなら一つだけ条件がある」
「な、何ですか……?」
どんな条件を付けられるのかとミノトは身構えた。
だが、ツムグにだって譲れないことがある。
それは──。
「今後は俺に対して敬語を使うのを辞めてもらう!」
「え、えぇ!? どうしてですか!?」
「ま、単純に俺がやり辛いからだな。ミノトはリコットと違って
昔から同年代の相手に敬語を使われるとムズムズしてしまう質なのだ。
長時間一緒にいる相手に一日中敬語で話されるなんて真っ平ごめんである。
「わ、わかった。そうしま……する」
かなり言い辛そうにしながらもミノトはそう言った。交渉成立である。
「よし。それじゃあ暫くの間、よろしくな!」
「うん、よろしく!」
二人は互いの手を固く握る。
人間二人、ポケモン三匹の一行が目指すはラムシティ。次の町では一体どんな冒険が彼らを待ち受けているのだろうか。
──
【ツムグは これまでの冒険の内容を レポートに しっかり書き残した!】
「まさか、こんなにも早くキャプテンに見つかり指名手配までされるとは……。サテラ団も所詮は烏合ということでしょうか」
「まあいいでしょう。幸いヌシとキャプテンの力量も大方把握できました。次はこちらから人員を出します、これからは指示に従って動くように」
「何、私の”計画”に支障はありません。この程度のミスは想定の範囲内、プランも複数用意しています。諸君らはただ愚直に指示に従いさえすればいい」
「──