ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか? 作:いろはす/1roh4su
”五傑会議”。それはアウルムを統べる五人のキャプテンが一堂に会し、執り行われる会議のことである。
そもそもアウルム地方のキャプテンは、ヌシを支えるトレーナーであると同時に各都市を統べる街の長としての役割も担っている。
故に地方全体での重要な決め事は必ずキャプテン全員が集う会議にて決められるというのが古くからの習わしなのだ。
ここは首都”ロゼシティ”の中央区に位置する建物──
此度の五傑会議の会場であるその場所に足を踏み入れたのは、フォーマルなパンツルックのスーツに身を包み、くすんだ緑色のロングヘアを後ろで束ねた一人の少女──リコットであった。
【モルトシティ『森林の祠』キャプテン リコット・ルメニア】
(うぅ、まさか就任して二度目の会議をこんな形で迎えることになるとは……)
今回は”臨時”五傑会議。半年に一度定期的に開催される通常の会議とは異なる。
そしてその臨時会議を開くに至った理由というのが、リコットの管轄であるモルトシティで起こった
(というか……まだ誰も来ていないようですけれど。これはひょっとして、少し早く着きすぎましたかね……?)
ドーム状のガラス窓に囲まれ、中央に円卓と人数分の椅子が置かれているだけの会議室。その下座の椅子に腰かけ、何をするでもなく他の参加者を待つこと数分。
擦れるような音を立てながら機械仕掛けの扉が開き、間もなくリコットに声が掛けられた。
「おや、わらわが一番乗りだと思っていたのだが。随分と早く着いたのだな、リコットよ」
声の主はリコットよりも遥かに若い少女だった。
引き締まった腹筋を惜しげもなく晒す踊り子のような衣装と一本に編まれた燃えるような赤い髪が目を引くが背格好は年相応に幼く、その顔つきには未だあどけなさが残っている。
「
「ああ、一年ぶりじゃな」
【ロゼシティ『黒鉄の祠』キャプテン レイア・シャクーナ】
軽く言葉を交わすと、レイアは年齢にそぐわぬ優美な所作でリコットの左隣の席に腰掛ける。
齢14にしてキャプテンとしての歴はリコットよりも長い。それだけでなく彼女は天才音楽家としても名を馳せており、彼女の公演を見るために遠くの地方からロゼシティへと足を運ぶファンも多いという。
その大人顔負けの実力とそれを裏打ちする努力にはリコットも素直に尊敬の念を抱いている。
「それにしても一番乗りとは……其方、相変わらず真面目だな。他のキャプテン達にも見習ってほしいものだ」
「いえ、そんなつもりは……」
「フフッ……おや、どうやらもう一人到着したようであるな」
レイアがそう呟くと同時に再び扉が開く。
現れたのは黒いTシャツの上からジャケットを羽織り、口元に髭を蓄えた中年の男性だ。一目で高価なものだとわかる革靴やサングラスなどの装身具──手に持っているしわくちゃの紙袋を除いて──が男の身分を端的に示している。
「やあ諸君、随分とお早い集合だね。……それとも僕が時間を間違えたか?」
「いいや
【ラムシティ『爆炎の祠』キャプテン デーツ・パームス】
「ああそう、なら良かった。あー、君は相変わらず……風流な話し方だな。まるで
デーツと呼ばれた男はサングラスをジャケットの内ポケットに仕舞いこみながらそう捲し立てた。
大企業の社長にして稀代の天才発明家、加えてアウルムを守る五人のキャプテンの一角と三足の草鞋を履く才能溢れる人物。しかしその才能からくる自信家で尊大な性格から目立ちたがりなナルシストとして世間では知られている。
「……後の二人はまだ来てないのか。随分と時間にルーズだね。僕を見習ってほしいもんだが」
「其方も大概だろうに。先の五傑会議での大遅刻、忘れたとは言わせぬぞ」
「あの時は迷子の子供を助けてたんだ。僕は心優しい天才発明家だからね。殊勝なことだろう?」
「ほう? 以前は転んだ老婆を病院に送り届けた、と聞いた気がするが」
「そうだったか? じゃあそれだ」
そう言いながらデーツはリコットの右隣に腰を下ろし、しわくちゃの紙袋から一つの包みを取り出すと無造作に包み紙を剥いた。
途端に肉とマトマの実の強烈な匂いがリコットたちの鼻を突く。否、それだけではない。ほのかに香る小麦と食欲をそそる濃厚で独特な発酵臭。その正体は──。
「それ、ひょっとしてハンバーガーですか?」
「ああ、来る途中で買ってきた。急いできたもんだから腹ペコでね。……新入り君、物欲しそうな顔をしている所すまないが、生憎バーガーは一つしかないんだ。悪いね」
「いいえ結構です。食事はもう済ませましたので。それに、私は物欲しそうな顔なんてしていません」
「あらそう、そいつは悪かった。謝るよ……ん?」
デーツがハンバーガーにかぶりつこうとしたその時だった。
またしても音を立てて開いた扉からまた一人会議室へと入ってきたのである。
癖のある黒髪にやや浅黒い肌。髪と同じ色のミリタリージャケットを着込んだその男は円卓に座す面々を見るなり──。
「ンだよ、爺さんはまだ来てねえのか」
そう、ぶっきらぼうに言い放った。男は座席にどっかと座り、手に持っていた缶コーヒーを呷る。
中身を飲み干してしまったのか、缶を耳元で左右に振ると男は一息に缶を握りつぶした。
「……僕の記憶が正しければ、その缶の材料にはスチールが使われてたと思うんだが」
男の手の中でクシャクシャとまるで紙屑のように丸められていくスチール缶をデーツは信じられないものを見る目で見つめる。いや実際に信じられないものを見てはいるのだが。
「なあ
「はア──ッ!? ンだとコラァッ!!」
【ドラマーシティ『新緑の祠』キャプテン ゴリランダー】
【マオタイシティ『氷牙の祠』キャプテン ボレウス・ルーピン】
憤然とした表情(リコットには威嚇するゴリランダーそっくりに見えた)を浮かべたボレウスは荒々しく椅子から立ち上がった。まるで瞬間湯沸かし器である。
「誰がゴリランダーだ、表出ろおっさんッ!!」
「ご自由にどうぞ、僕は遠慮しておくよ。まだポテトが残ってる」
デーツの挑発的な軽口にボレウスはたちまち顔中に青筋を立てる。
「またこれか」と、レイアはうんざりした表情を隠そうともせず呟いた。
軽口が多く失言もまた多いデーツと気が短いボレウスが諍いを起こすのはいつものこと。そしてそれをレイアが諫めるのもいつものことである。
「まぁ落ち着け二人とも。もうじき最後の一人も到着する頃合いじゃ。後にしてはくれぬか」
レイアの静止に気勢を削がれたのかボレウスは不満げに舌を鳴らした。
「チッ……それでその最後の一人はいつ来やがる。俺も暇じゃねえんだぞ」
「案ずるな、気配が近い。もうじき──」
そうレイアが言いかけたその時、突然ガラスのドームに強風が吹きつけた。
ガタガタとガラス窓が揺れる音と共に聞こえてきたのは、耳にした者を総毛立たせる”龍の嘶き”。
──ギャシャラララッ……!!
「この鳴き声──やっと来やがったか……!」
現れたのは一匹の
青龍──ギャラドスがその長い体をドームに横付けしたのを確認すると、レイアがガラス窓を開く。
「よっこらせ」と慣れた様子で開いた窓枠をくぐった老人はぐるりと円卓を眺めると、軽く手を振りながら口を開いた。
「ふむ……どうやら、少々待たせてしまったようだな。いやァすまないね。珍しくツキが回ってきていたもんだから、少々熱中してしまったよ」
「ツキ? もしかして爺さん──」
「相変わらず、この街のゲームコーナーは活気があって良いな! 楽しくなってつい──全部スってきてしまったよ」
「本当に何やってるんですか!?」
リコットは頭を抱えた。この老人、ギャンカス過ぎる。
「まあ……リコットの言う通り、
【ギンジョウシティ『清流の祠』キャプテン ヨウザン・アラカシ】
「ハッハッハ、ワシのこれは今に始まったことではないだろう」
「自分で言うことじゃねえよ」
老人──ヨウザンはそう言って豪快に笑った。自覚はあるというのが余計にタチが悪い。
”筆頭キャプテン”。
アクが強いアウルムのキャプテン達を束ねるリーダーともいえる存在であり、その選定基準はシンプルな”強さ”。つまりこのヨウザンという老人は御年78歳にもなって尚、アウルム最強の座をほしいままにしているのである。
今までの長い経験に裏打ちされたその実力は誰しもが認めるもの。一匹狼気質で他者の下につくことを嫌がるボレウスでさえ、彼の実力を認め(とてもわかりにくいが)敬意を払っている。
ギャラドスをボールへ格納し、上座の椅子へ腰を下ろしたヨウザンはその眼に力強い光を湛えて声高に宣言した。
「それでは、五傑会議を始めるとしよう」
「──さて、ではそろそろ本題に入ろうか」
ヨウザンは机の上で手を組み、先程までの様子が嘘のように真剣な眼差しでそう言った。
各キャプテンからの諸連絡も終わり、いよいよ今回の臨時会議が開催された理由に触れる時が来たということだろう。
「議題は先日、モルトを襲った賊──”サテラ団”についてだ。奴らはあろうことかヌシであるワラウコボクを操り祠を破壊した挙句、その中に納められていた物品を盗んで逃亡した……リコット君、この報告に間違いはないな?」
「はい、間違いありません」
リコットの肯定にヨウザンは軽く頷く。ここまでは台本通りの事実確認に過ぎない。
「盗まれた物品については何かわかっておるのか?」
「外見以外は今のところ何も……」
「奴らの目的は何なんだ? 単に僕たちへ嫌がらせがしたいだけってことはないだろ」
「それについてもまだ……」
「手掛かりが少なすぎる。オマエがちゃんと情報を聞き出してれば話は楽だったンじゃねえのか?」
「ボレウス君、よしなさい」
キャプテン達が口々に問うも、その全てが「わからない」といったものだった。
それでは満足できなかったのかボレウスは苛立ちを隠そうともせずリコットを糾弾する。
すかさずヨウザンが窘めるも、リコットがそれを制した。
「……いえ、ボレウスさんの言う通り私の不徳の致すところです。申し訳ありません」
「チッ……わかればいいンだよ」
素直に謝られるとは思っていなかったのか、ボレウスは少々バツの悪そうな表情を浮かべる。
「それで? 僕たちは何をすれば良い?」
「現状、手掛かりは祠の中に納められていた物品。奴らがそれを狙っているということのみだ。故に、諸君にはしばらく街全体の警備を強化してサテラ団の襲撃に備えてもらいたい」
「なるほど。他の祠にも類似する物品が納められていてもおかしくない。そしてそれを狙ってまた騒動を起こすことも十二分にあり得る……ということじゃな」
「そういうことだ、レイア君。加えて祠についての情報収集も頼みたい。何処かに中身についての記録が残っているかもしれんからな」
「あ? ンなモン、力づくでこじ開けて直接中身を確認すれば済む話だろ」
ボレウスの発言にデーツは呆れ顔を浮かべ、これ見よがしに大きく溜息を吐いた。
それが気に障ったのかボレウスは不機嫌そうに眉を顰める。
「ンだよ」
「いや、僕は実に見る目があるなと思ってね。発想からして君はゴリランダーそのものだ。いや、今のはゴリランダーに失礼かな」
「ア゙ァン!?」
「中身が何かはっきりしていない以上、無理に開けるべきじゃない。少し考えればわかることだ。それに──」
「それくらいにしておけデーツ。ボレウスを無駄に煽るでない。ボレウスもボレウスじゃ。デーツの軽口は今に始まったことではなかろう。取り合うでない」
見ればまたしてもボレウスの顔が憤怒に染まりきっている。その形相のあまりの恐ろしさにリコットの口から声にならない悲鳴が漏れた。
対してデーツは飄々とした態度を崩さず澄まし顔を浮かべている。ボレウスの怒りを他人事とでも思っているのだろうか。だとすれば実に面の皮が厚い男である。
「──ッ、とにかく! 俺は好きにやらせてもらう。
「それで構わんよ。ただ、何かわかったことがあれば情報共有は頼む」
「言われなくてもわかってるさ」
そうボレウスはぶっきらぼうに言い放った。
一匹狼気質のある彼にはある程度単独で行動してもらったほうが何かと良いことをヨウザンは知っていた。
加えて仮にも彼は序列二位。サテラ団などという烏合の衆に後れを取ることはないだろう。
「諸君も何かわかったことがあれば都度報告を頼む。他に何か発言のある者はいるだろうか?」
答えは沈黙。それを受けたヨウザンは鷹揚に頷くと会議を締めくくる一言を述べるのだった。
「……よろしい。それではこれにて此度の五傑会議を終了とする」
「そういえばリコット君。君の言う通り、”彼”はなかなかどうして見どころのある少年だった。将来が楽しみだな、ハッハッハ!」
「待ってください。”彼”って、もしかして──」
「何、誰の話? ヨウザンさんがそんなに入れ込むなんて珍しいね」
「ツムグという名の”祠めぐり”中の少年だよ。サテラ団と最初に接触したトレーナーでもある。今頃、ラムでデーツ君の帰りを待っているんじゃないか?」
「ワオ、それホント? それなら、帰りは飛ばそうかな。俄然興味が湧いてきた」