ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか?   作:いろはす/1roh4su

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第十六話「キャプテン・イン・ザ・カンパニー」

 ラムシティの工業地帯にそびえたつ一棟の超高層ビル──その名も『パームスタワー』。

 アウルムの誇る世界的企業『パームス・インダストリーズ』の本社として知られるそのビルは、ラムシティで執り行われる祠めぐりの試練の受付場所にもなっている。

 というのも、ラムシティのキャプテンを務めているのはパームス・インダストリーズの代表取締役社長(CEO)──デーツ・パームスその人なのだ。

 そんな彼が昨晩、予定よりもかなり早く帰ってきたという噂を聞きつけたツムグは、何故か付いて来たがるミノトを連れてパームスタワーの一階、正面玄関前に位置する受付ブースへとやってきたのだが──。

 

「大変申し訳ございません。社長はただいま取り込んでおりまして……。大変心苦しいのですが、また後ほど改めてお越しいただけますでしょうか」

「えっ」

 

 まさかの門前払いであった。

 先客がいる可能性を露ほども考えていなかったツムグは、想定外の事態に一瞬凍り付いた。

 しかし、考えてもみればリコットのような専業キャプテンとは違い、デーツの本職はあくまでも一企業の社長。外せない用事なんてものはむしろあってしかるべきである。

 幸いにも今の二人にはこれと言って急がなければならない理由はない。それ故にツムグは「わかりました」とだけ答え、二人は宿に戻るために踵を返そうとした──その時だった。

 

『その必要はありません、ミス・カレン。お二人を社長室までご案内してください』

 

 突然、辺りに声が響いた。

 思わず立ち止まった二人だったが、しかしツムグがいくら周囲を見回しても声の持ち主と思しき人物は見当たらない。

 二人が首を傾げていると、先程の社員──”ミス・カレン”と呼ばれていた──が何処か慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「すぐにご案内いたします! お二人ともどうぞこちらへ!」

「はあ、わかりました。……何だかわかんないけど、行こっか」

「……だな」

 

 ミノトの呼びかけに我に返ったツムグは頭にこびり付いた疑問を振り払い、社員に促されるまま社長室へと向かうのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「社長、お客様をお連れしたのですが……」

 

 社員が重厚な木製の扉を叩き、そう告げる。数瞬の後に扉の向こうから「どうぞ」と先程エントランスで聞こえたものとはまた違った男の声が返ってきた。

 

「失礼致します」

 

 そうして開かれた扉の先に居たのはTシャツにチノパンというカジュアルな服装に身を包んだ男と、それとは対照的にかっちりとしたスーツを着こなした男。

 どちらが(くだん)の社長なのか、”彼”が口を開くまでツムグにはとんとわからなかった。

 

「ああ、君か。あー……アンセム君」

「アルセムです」

「そうだった。アルセム君、すまないがこの話はまた今度にしてくれないか。キャプテンとしてルーキーの挑戦は受けてやらないと」

「……承知しました。それではまた後日お伺いさせていただきます」

 

 そう言ったスーツの男──アルセムが露骨に顔を顰めたのをツムグは見逃さなかった。

 であれば当然、彼と直接相対しているもう一人の男──デーツ・パームスが見逃すはずもないのだが、彼がそれを指摘することはなかった。

 

「ああ君、彼をエントランスまで送ってやってくれ」

「──いえ、結構です。失礼いたします」

 

 アルセムはぶっきらぼうにそう言い放つとつかつかと扉へ向かい、デーツを睨みつけながら部屋を出て行った。

 その様子にデーツはばつの悪そうな顔を浮かべながら大げさに肩を竦めてみせる。

 

「彼は随分と──ご機嫌ナナメみたいだな。ま、誰にだってそういうことはあるさ。……君。案内ご苦労だった、もう戻っていいぞ」

 

 社員が退出するのを見届けた後、デーツはわざとらしく咳払いをする。

 

「あー、ごほん……改めて、よく来てくれたねツムグ少年。僕はデーツ・パームス、知っての通りこの街のキャプテンだ。どうぞよろしく」

 

 そう言って差し出された右手に、ツムグもまた右手を差し出して応じる。

 それを見たデーツはにこやかな笑みを浮かべるとその手をとり、固く握りしめた。

 

「どうも、話は色々と聞いてるよ。──それで、隣の彼女は君のガールフレンドか? 見かけによらずやるじゃないか」

「あいや、こいつは成り行きで一緒に行動することになったただの旅仲間で──」

「えー? そう見えますか? えへへ」

「なんでオマエは満更でもなさそうなリアクションしてんの?」

 

 頬に手を当ててくねくねと珍妙な動きをし始めるミノト。

 ひょっとしてミノトは自分のことを好意的に想っているのではないか。ふと、そんな考えがツムグの脳裏をよぎる。

 

(いや、そんなわけねーか。危ない危ない、非モテの勘違いが一番救えねーんだから。あれ、なんだか悲しくなってきたな──

 

 ツムグが突如湧いてきた自己嫌悪感に身を震わせ、心の内でさめざめと泣いていると、にやりと笑みを浮かべたデーツが口を開く。

 

「おいおい照れるな、これでも僕は褒めてるんだ。古より英雄というのは色を好むものだしな。……ひょっとすると君にもあるのかもしれないぞ、”英雄の素質”ってやつがな」

「いやだから本当に違うんですって……。というかそんなことより、さっきの人、帰しちゃって良かったんですか? 言っちゃアレですけど、俺の”祠めぐり”なんかよりよっぽど大事な──」

「あー止せ止せ。良いんだ」

 

 「話だったんじゃないか」。そう言いかけたツムグを、デーツは手のひらを見せることで制止する。

 

「いいか? これは受け売りだが……確かに僕は天才で、金持ちで、ハンサムな、何処にでもはいないただの天才発明家だ。だが、そうある前に僕は──アウルムのキャプテンだ。この役を拝命した時からずっとね」

 

 アウルムのキャプテンとしての責務。それは自然と共生できる環境を維持すること。荒ぶる自然の脅威から人々を守り、次世代を担う若いトレーナーを育てることである。

 

 

 それに、とデーツは続ける。

 

「ヤツは”マルスエンタープライズ”の使いでね。強引な勧誘には辟易してたところなんだ」

「マルスエンタープライズってあのリンゴ印の会社ですか?」

「ああ。最近アウルムに進出してきた多国籍企業なんだが、あちこちの地方で優秀な人材を引き抜きまくってるって話だ。そんな会社が僕みたいな天才を引き抜きに来ないわけがないだろ? 先月は特に酷かった……まさかこの僕がハニートラップを仕掛けられるとはね」

「は、はにー──っ!?」

 

 途端にミノトの顔がゆで蛸のように真っ赤に染まる。

 デーツはその様子を一瞥すると、困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。

 

「……ま、お子様にはちょっと刺激の強い話だったか。ああそんな顔するな。勿論結果は失敗だよ、僕がここにいるのがその証拠さ」

『お取り込み中失礼します、デーツ様。先程お帰りになったアルセム様からお電話が来ておりますが、如何なさいますか』

 

 そう言ってデーツが片頬を吊り上げたところで、突然男の声が部屋のスピーカーから鳴り響き、会話に割り込んできた。

 途端にデーツの表情が曇り、口からは深い溜息がこぼれ落ちる。

 

「もう来たのか……毎度毎度ご苦労なことだな。レーズン、()()()()()()()()()()やれ」

『承知しました、「取り込み中だ」と伝えておきます』

「この声──」

 

 受付で聞こえた声と同じだ。

 そう気が付いたツムグは、先程声の主が見つからなかった理由をようやく理解した。

 しかし何故、毎度の如くスピーカーを通すのか。レーズンと呼ばれた彼は一体何処にいるのか。

 ツムグがそんな新しい疑問を抱いたことを知ってか知らでか、デーツは何処か得意げな様子で口を開いた。

 

「コイツは”R.E.A.S.O.N.(レーズン)”、僕が開発したAIだよ。まあ秘書みたいなもんだな。君達をここに呼んだのもコイツだ」

『お会いできて嬉しく思います。ツムグ様、ミノト様』

 

 人工音声とは思えない流暢な挨拶に面食らうツムグだったが、ふとこの世界(ポケモン世界)の科学力が自身が元居た世界よりも優れていることを思い出す。

 ポケモンという生物をデータとしてパソコンに預ける技術に始まり、プログラムによって人工的に作られた生物(ポケモン)である「ポリゴン」、二点間を繋ぐワープパネルや夢の記憶を取り出す「ゲームシンク」など、この世界は「かがくのちからってすげー!」と思わず言いたくなるような発明で溢れているのだ。

 これほど科学が発展した世界ならば、自律して思考ができるAIシステム程度、大したものではないのかもしれない。

 

「えー、あい? えーあいって何ですか?」

 

 ……いや、まあ。ここに一人、科学とはまるで縁のなさそうな現地人がいるけれども。

 

「まあ……わかりやすく言うなら『人間と同じ知能を持ったコンピューター』ってところだ」

「こんぴゅーたー?」

「マジでかオマエ」

「あー……そろそろ本題に入った方がよさそうだな」

 

 「一から説明してちゃ日が暮れる」と、デーツは見るからに高価な革張りの椅子に腰掛け、わざとらしく咳払いをした。

 

「じゃ、ここから本題だ。君はこの街に”試練”を受けに来た──そういう認識で間違いはないな?」

「はい。リコットから、次はラムの試練を受けるのが良いって教えてもらったんです」

「オーケー。それじゃ、早速日取りを決めよう。レーズン、明日のスケジュールはどうなってる?」

『明日は14時から社内会議、16時から来月行う社内イベントの打ち合わせの予定があります』

「よし、どっちもキャンセルしろ。その時間を彼の試練に充てる。君も予定を開けておいてくれよ。いいか、14時だからな」

「え、ちょ、そんな、大丈夫なんですか? 急にキャンセルなんかしちゃって……」

 

 思わずそう口走ってしまったツムグに、デーツは呆れ顔を浮かべながら指を突き付ける。

 

「何度も言わせるなナンセンス・ボーイ。この会社の社長は僕で──僕はキャプテンだ。どの仕事を優先するかは僕が決める。そうだよな、レーズン」

『……社長のご命令とあらば致し方ありませんね』

 

 ……何故だろう。AIであるはずのレーズンの声が何処となく疲れているような気がする。

 きっとこうした無茶ぶりは今に始まったことではないのだろう。今のやり取りだけでも()の苦労を察するには余りある。

 

「とにかく、明日の14時だからな。遅れるなよ、少年」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 気合は十分。それはボールの中にいる手持ち二匹もまた同じ。

 たとえどんな”試練”が待ち受けていようとも、力を合わせて打ち破ってやる。そんな気概に溢れていたツムグは──

 

 

「あ、そうだ。試練には()()()()()()()()()()()()()()()。いなきゃ試練は受けられないからな」

「──えっ」

 

 

 デーツからの思わぬ一言に、敢え無く思考をフリーズさせる(凍り付く)のであった。

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