ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか? 作:いろはす/1roh4su
──やがて光が収まった時、その中から現れた一匹のポケモンがコンクリートを砕かんばかりの勢いで咆哮を上げる。
「──クヌオーンッ!!」
子犬のようだった進化前と比べると、格段に大きくなった体躯。鋭く天を突く登頂部の一本角はそのままに、首周りに逆立つ鬣は
そして何より印象的なのは、目元を覆い隠していた長い毛がなくなったことで露わになった、勇猛な輝きを湛える鋭い眼差しだった。
その姿は、即ち──
「──ヒスイウインディ……! でも、何で……?」
【ウインディ(ヒスイのすがた) でんせつポケモン タイプ:炎/岩】
”すがた”を問わず、ガーディがウインディというポケモンに進化するのには”ほのおのいし”という道具が必要不可欠だ。しかし、ツムグはそれを持ち合わせてはいないし、ましてや今の乱戦の中でガーディに与えた覚えなど微塵もない。
では一体何故、ガーディはこの土壇場で進化を遂げることができたのか。
その疑問に答えたのは、アウルム一の炎タイプのエキスパート──デーツ・パームスその人だった。
「……なるほど。進化の石は、結晶化する程に凝縮されたタイプエネルギーの塊。メカべロベルトが放った三つの”かえんほうしゃ”を”もらいび”で吸収したことで、君のガーディはそれを疑似的に再現したというワケか……! 実に興味深い……!」
「そんなことが可能なんですか?」
「少なくとも、君のガーディにとっては可能だったんだろう。だから今こうなってるんだ」
デーツは感嘆の声を漏らし、楽しげな笑みを浮かべながらそう言った。
身を焦がすような知的好奇心を覚えながらも、デーツはキャプテンとしての責務を忘れない。
「……ま、そんなことは今はいいさ。そろそろ再開しようか。レーズン!」
『はい、デーツ様』
レーズンの声を聴き、遅れてツムグは我に返る。
そう、今は試練の真っ最中。呆けている場合ではない。
ツムグは素早くスマホロトムを呼び出し、ウインディが覚えられる技を確認した。ボックスアプリの機能を駆使し、素早くウインディの技構成を組み替える。
「──うっし、反撃開始だ! ウインディ、”いわなだれ”! イーブイ、ゴルバット、後に続け!」
「グヌォッ!」
ウインディが太い前足でコンクリートの床を叩くと、それに呼応して生成された巨大な岩石の礫が、逃げ場のない質量の雨となって三機のメカべロベルトへと降り注ぐ。
【メカべロベルト達は ひるんで 技が だせない!】
『システム──オフライン。復旧まで残り5秒』
チタン合金の装甲が強固な岩石の連撃にによって歪み、大きく揺らぐ。その衝撃は内部にまで伝播し、システムに大きな負荷を与え、沈黙させた。
その隙を逃さず、ウインディの巨躯の影から滑り込んだイーブイの”でんこうせっか”が関節の継ぎ目を打ち抜き、上空からゴルバットが放った”エアスラッシュ”が無防備に垂れ下がる蛇腹の舌を切り裂く。
「このまま押し切る! ウインディ、”ニトロチャージ”で追撃しろ!」
炎を纏ったウインディの突進が、一機の装甲をドロドロに融解させ、その内部機構へと直接ダメージを与える。
完璧な連携。完璧な試合運び。
ここに来てツムグは、確かな手応えを掴みかけていた。チェス盤を俯瞰するように周囲の状況を把握する感覚。複数の仲間に同時に最適な指示を出す判断力。多対多の混戦を有利に運ぶ──指揮官としての技術を。
勝利への道筋が、光の筋となって浮かび上がるような感覚。
まだ完全にモノにできたわけじゃない。でも、この戦いは勝てる。
そう確信し、更なる追撃を命じようと口を開きかけた、その時だった。
「ウインディ……?」
「……ッ、ガァ、ル……!」
まず、肌を焼くような熱気に違和感を覚えた。
次に、荒々しく唸るようなウインディの呼吸に違和感が強まった。
ふと視線を落とせば、ウインディが踏み締めているコンクリートの床面が、その四肢から漏れ出す異常なまでの熱によって赤黒く、飴細工のように溶け始めていることに気が付く。
「おい……どうしたんだよ! ウインディ!」
「えぼぉ……!?」
「ッ……ガ……ルッ……!」
呼びかける声は、届かない。
ウインディは深く俯き、全身を激しく震わせながら、内から溢れ出る
勇猛な輝きを湛える墨染の瞳は、濁り切った”赤”に塗り潰されていく。
そして──
「グルァアオオオオォアアアアアッ!!」
それまでとは違う、断末魔にも似た絶叫。爆発的なその咆哮と共に、その全身から、禍々しい黒炎が溢れ出した。
【ウインディの フレアドライブ!】
──そして、瞬きする間にすべてが終わった。
目に映るのは、土手っ腹に大きな風穴を開け、崩れ落ちる三機のメカべロベルトの姿。そして、その後ろで残心する、黒い炎を纏ったままのウインディ。
過程こそ見えなかったが、ツムグは瞬時に何が起こったのかを理解した。否、理解
ウインディが解き放った黒き炎。それを纏ったまま繰り出された捨て身の突進が、メカべロベルト達を無慈悲に燃やし尽くしたのだ。
『……メカべロベルトMark3、全機大破……試練を終了します』
「いや待てレーズン。これは……」
突然、ウインディの姿が──ブレる。
「ガルァアアアアォオオオオオオンッ!!!」
【ウインディは しんそくを 使った!】
「…………は?」
音を置き去りにしたウインディが現れたのは──ツムグの眼前。
ウインディは再びその内側から禍々しい黒炎を解き放ち、コンクリートを溶かしながら四肢に爆発的な力を込める。
【ウインディの──】
(マズ──これ──死──)
【──フレアドライブ!】
迫りくる炎と暴力的なまでの熱に反応する間もなく。熱で歪む視界の奥、脳裏に過ったのはツムグ自身の終焉──強大な”死”のイメージ。
その圧力に屈し、ツムグは咄嗟に顔を庇い、目を閉じる。
──その時だった。
「”でんこうせっか”──
デーツの鋭い号令と共に、横合いから弾丸の如き速度で突っ込んできた
「随分と元気が有り余ってるんだな、君のウインディは」
「シャモ」
スラリと伸びた手足に、鋭い嘴。二股に分かれた長髪のような冠羽とV字に分かれた赤い鶏冠。
さながら鳥人のような容姿のそのポケモン──バシャーモは、デーツの言葉に腕を組み、「その通りだ」と言わんばかりに頷いた。
【バシャーモ もうかポケモン タイプ:炎/格闘】
「た、助かった……」
荒い呼吸を繰り返し、もはや目を回して倒れ付すウインディをなんとかボールに納め、ツムグはその場にへたり込んだ。あわや命の危機だったのだ、無理もない。
「……メカは全壊、試練自体はクリアだ。ただ……」
鉄屑の山と化した
「君は、
その言葉と同時に、その背後から羽ばたく音が聞こえた。
ツムグが顔を上げると、そこにあったのは悠然と翼を広げ、飛び去って行くハゼルツバサの姿。
猛禽の如く鋭いその瞳は、眼下の惨状にも、疲弊した挑戦者にも、一瞥すらくれなかった。
「ヌシが認めない以上、試練をクリアしたからって『ハイ合格』ってワケにはいかない。ま……今はとりあえず休むことだ」
デーツの声には、皮肉も同情も、失望すらなかった。
ただ、動かしようのない事実を告げようとする淡々とした響きだけがあった。
『──一通り調べてみたけど、まァ、予想通りだね』
翌日、ラムシティの市街地。その中心部に位置するポケモンセンターにて、ツムグはスマホロトムから聞こえる声に耳を傾けていた。
寝癖のついた白髪を掻き上げ、手元のタブレットを操作しながら、画面の向こうの人物──タドリは言葉を続ける。
「予想通り……? 一体、何が……」
『そもそもの話、いくら進化の石が自然エネルギーの塊だからって、”もらいび”でそれを再現することなんて出来やしないんだよ。現実的じゃない』
「でも、デーツさんはそうだって……」
『あの人、別に
『僕には到底無理だけど』と笑いながら、タドリは指先でくるくるとタッチペンを回した。
『”特性”って、要するにポケモンの身体に備わった身体機能なワケ。ポケモンだって生物だから、当然、身体機能に限界はあるし、易々とそれを引き出せないように脳がリミッターを掛けてる。人間も普段は80%程度しか力を使えてないって言うでしょ? それと一緒』
「……リミッター」
そう反芻しながら、ツムグは昨日、パームスタワーの屋上で見た光景を思い返した。
理性を失い、赤に染まった瞳。荒れ狂う禍々しい炎。一瞬の間に暴虐の限りを尽くした、黒く燃えるウインディの姿を。
『まァつまり、そもそもあの状況で、君のガーディがウインディに進化できたこと自体が、想定外の
先天性特性過剰症候群。あからさまに病名然とした名を聞いた途端、ツムグは自分の身体がずっしりと重くなったように感じた。
タドリが普段の昼行灯な態度とは一転し、至極真面目な、研究者としての表情を浮かべていることも、その感覚に拍車をかけていた。
『わかりやすく言うなら、彼の”もらいび”にはリミッターが掛かっていないんだ。周囲の熱を余すことなく吸収する。それこそ、身体の限界を越えようとも、ね』
「それは……治せるもの、なんですか?」
『……残念ながら、現在の医療では厳しいだろうね。それこそ、”特性カプセル”や”特性パッチ”を使って別の特性に変えてしまうしかない。でも生憎、今はどっちも持ち合わせが無いんだ。近くのポケモンセンターでも扱っていないし、今すぐ発注したとしてもかなり時間がかかる』
「そう……ですか」
すぐには治らない。それはつまり、ウインディを手持ちから外さざるを得ないという宣告に等しかった。
例え、ほのおタイプの技を使わないという選択を取ったとしても、相手がほのお技を使わない保証は無い。ひとたび暴走すれば周囲を巻き込み、最悪の場合はウインディ自身の命に関わる。そんなリスクを抱えたまま、ウインディをバトルに出すわけにはいかないのだ。
絶望が冷たい沈黙となってツムグを包み込む。
スマホロトムの向こう側でタドリは、重い口を開いた。
『──まあ、
『じゃあね』とだけ言い残し、ぷつりと通話が切れた。
(ウインディ……)
ポケモンセンターから少し離れたベンチに腰掛け、ツムグは手に持ったボールに目を落とした。
脳裏に蘇るのは、眼前にまで迫った濃密な”死”の感覚。理性を失い、赤く濁ったウインディの瞳。今にもツムグの喉笛に食らいつかんとする、荒い呼吸。思い出すだけで、指先がかすかに震える。
「俺は一体、どうしたら……」
空を見上げ、独り言ちる。掌の中に収まる一つのボールは、あれ以来どうしようもなく重く感じられた。
その時だった。
ふと、視界に見覚えのある姿を捉え、ぼんやりしていたツムグの意識が半ば強制的に叩き起こされる。
人混みの中、周囲の喧騒から浮き上がるようにして、その人物はいた。
それ故に、その表情の一切を読み取ることができないが、ツムグはその”男”のことを鮮明に覚えていた。否、忘れるはずもなかった。
「──『
かつて、サテラ団の魔の手からツムグとミノトを救ってくれた恩人。そして、今のツムグが知らない
気が付いた時には、ツムグは吸い寄せられるように、その背中を追い始めていた。