ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか?   作:いろはす/1roh4su

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第二十一話「青天の霹靂」

「おーい! 待ってくれ!」

 

 喉を焼くような焦燥に突き動かされるまま、ツムグはただひたすらに、先を行く影を追った。

 雑踏を抜け、路地裏を通り、人通りの少ない場所へと出る。

 だが、どれほど足を速めても、翻る黒いコートとの距離は一向に縮まる気配がなかった。

 

「待てって! おい!」

 

 追いつけないどころか、徐々に突き放されている。

 重くなる足に鞭打つようにして、ツムグは半ば走りだしながらその背中を追い続け、なりふり構わずに声を張り上げた。

 

「聞きたいことが山ほどあるんだ! だから待ってくれ! 『仮面(かめん)』!!」

 

 その瞬間、滑るように遠ざかっていた黒い背中が、唐突にピタリと静止した。

 

「──しつこい」

 

 振り返ろうとする素振りすら見せない『仮面』。その顔を覆い隠す狐面の奥から漏れ出たのは、あまりにも冷たい拒絶の言葉だった。

 

「貴様如きに構っている暇はない。とっとと失せろ」

「如きっておま……いや、今はそんなのどうだっていい。教えてくれ、アンタは何を知ってる?」

「答える必要性が感じられない。去れ、カガミ・ツムグ」

 

 声色に乗る苛立ちを隠そうともせず、『仮面』は端的に理由を述べ、ツムグを突き放す。

 だが、それで大人しく引き下がる程、ツムグは大人ではなかった。

 何より、名前を呼ばれたその事実が、ツムグを突き動かす動力になる。

 

「それだよ、それなんだよ……! なんで名乗ってもないのに、俺の名前を知ってるんだ? アンタは、俺がこの世界に来た原因を知ってるんじゃないのか!? 頼む、何か知ってるなら教えてくれ……!」

「目障りだ。貴様に教えることなど何もない」

 

 藁にも縋る思いで捲し立てるツムグだったが、『仮面』はそれをバッサリと切り捨て、再び歩きだす。

 

「待てよ! 頼むから話を……いや、もういい。アンタがそのつもりだってんなら──!」

「そのつもりなら、なんだ?」

 

 ツムグの中で、何かが音を立てて切れた。

 これまで自分を縛っていた理性が、焦燥という炎に焼き尽くされていく。

 

 その背中に突き刺さる気配の変化を、『仮面』は見逃さなかった。

 突然態度を一変させたツムグに、『仮面』はゆっくりと向き直り、低く、試すような声色で問いかけた。

 

 周囲の喧騒が遠のき、両者の間にだけ静寂が訪れる。

 ツムグは微かに震える右手を、腰のボールへと伸ばし、弾かれるように叫ぶ。

 

「──力ずくで聞き出す! いくぞイーブイッ!!」

 

 放たれた光の中から、小さな影が躍り出た。

 唸り声を上げながら『仮面』を睨みつけるイーブイ。主の焦燥を感じ取ったのか、その瞳には鋭い敵意が浮かび上がっていた。

 

「……ほう」

 

 『仮面』の口端が、わずかに吊り上がる。

 愚かにも己に挑もうとするツムグと、それに付き従うイーブイの姿を、男は静かに見据える。

 

「いいだろう。付き纏われるよりはいくらかマシというものだ。それに──」

 

 懐から、傷だらけで年季の入った一つのモンスターボールを取り出し、無造作に指をかける。

 

「その方が、手早く終わらせられる」

「……俺が勝って、全部聞き出すんだよッ!」

 

 勝機など、まるで見えない。だが、ようやく見つけた微かな手がかりだ。みすみす逃せる道理もない。

 後戻りなど、もうできるはずがなかった。

 

「一瞬で終わらせる。──行け」

 

 

【『仮面』が 勝負を しかけてきた!】

 

 

 投げ放たれたボールが空中で弾ける。

 眩い閃光とともに現れたのは、稲妻を模した尾が特徴の一匹のネズミポケモン──

 

「ラ゙ァイ」

 

 ──しかし、その風貌はツムグのよく知るものとは微妙に異なっていた。

 オレンジ色の体毛は、より深みのある夕焼けのような色。その所々がまるで焦げたかのように黒く染まっている。

 稲妻を象ったかのような尾は非常に大きく発達しており、先端はこれまた焦げついたように黒い。

 そしてそれらとは対照的に、両頬の電気袋は白く色づいており、時折そこから弾けるようなスパークの音が漏れた。

 

 

【ライチュウ(????) ねずみポケモン タイプ:電気】

 

 

「何だ、そのライチュウ……! 俺が知ってる姿と違う……まさかソイツもアウルムのリージョンフォームなのか?」

「ハッ! リージョンフォームだと? そんなチンケなものと一緒にしないでもらいたいものだ」

 

 好戦的な表情を浮かべ、高ぶる気持ちを露わにするように、ライチュウの黒い尾が地面を激しく叩く。

 バチバチと白い頬から激しく火花を散らしながら威嚇するその様に、イーブイは思わず後退りした。

 

「これは理より外れし力──その果ての姿だ。貴様の生温い常識で測れると思うな」

 

 『仮面』の言葉に呼応するように、ライチュウの頬から漏れ出す火花が白く染まる。

 喉が張り付くようなプレッシャー。強者の風格に、思わず怯んでしまいそうになる。

 だが、ここで退くわけにはいかない。

 

「クソッ──俺たちだって成長してるんだ……負けてたまるかよ! 目にもの見せてやれ、”でんこうせっか”!」

「え……ぼォッ!!」

 

 折れかけた心を無理やり奮い立たせ、ツムグは吼えた。

 その叫びに応え、イーブイが力強く大地を蹴り飛ばす。

 恐れや焦燥を置き去りにする、まさに電光石火の速さを以て、イーブイは瞬く間にライチュウへと肉薄し──

 

 

「──念には念を、だ」

 

 

 パチン、と乾いたフィンガースナップの音が空気を揺らす。

 

 刹那、視界を”白”一色に染め上げるほどの閃光が、耳を劈く轟音を伴って降り注いだ。

 

「ぶぃっ──!?」

「なッ!?」

 

 その衝撃でイーブイは体勢を崩し、勢いよく吹き飛ぶ。

 ゴロゴロと地面を転がるも、何とか立ち上がるイーブイ。その姿に思わず安堵の息を吐いたツムグだったが、すぐにその表情を硬く強張らせることになる。

 

 

「ライ──ラ゙ァア゙イ!!」

 

 

 己の体に落ちた白い閃光──雷を身に纏い、全身から純白の稲妻を狂ったように迸らせながら、ライチュウは激しく鬨を上げた。

 夕焼けの体毛は逆立ち、白いスパークは見る者の目を焼く程の光と熱を放っている。

 

「”ひらいしん”、ってわけでもなさそうだな。……イーブイ、まだやれるか?」

「ぶい……ッ!」

 

 能力差は絶望的。未進化のイーブイで、最終進化形を相手取ること自体が無謀だと言わざるを得なかった。ましてやこのライチュウは他のそれとは明らかに違う。異質で、それでいて強大な力を秘めているのは明白だ。

 とはいえ、ゴルバットは飛行タイプ故に相性が悪く、今のツムグに暴走のリスクを押してまでウインディを繰り出す勇気はない。

 能力に差があったとしても、微かな勝機を逃さず手繰り寄せれば、あるいは。

 

「先手を取って一気に決める……! イーブイ──カレイドシフトだッ!」

 

 運命を強引に引き寄せるために、ツムグは一息にダイヤルを回した。

 放たれた光の色は土色。それが齎すのは、力強く堅牢、強大な電気すらも無効化する”地面”のエネルギー。

 幾本もの光の帯が、イーブイに突き刺さる。その、時間にしてコンマ数秒程の僅かな隙。

 

 ──その隙が、命取りになった。

 

 

「──”ボルテッカー”」

 

 

 瞬雷。そう形容するほかない一撃が、今まさに地面タイプへと変わろうとしていたイーブイを打ち据えた。

 帯となって揺らめいていた土色の光は無残に霧散し、イーブイの小さな体を、暴力的なまでの光が蹂躙する。

 

「ぇぼ──ッ!?」

 

 ”ボルテッカー”。命を削るほどの雷を纏った、決死の突貫。あまりの威力に、使用したポケモンにもダメージが返ってくるハイリスクな技だ。当然、その攻撃を受けたポケモンへのダメージは計り知れない。

 

 閃光が収まった後、そこにはただ、大気が焦げたような臭いと、いやに冷たい静寂だけが残されていた。

 電気によって硬直した体はもはやピクリとも動かず、イーブイは体中から薄い煙を上げながら、糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちた。

 

「イーブイ!?」

 

 慌てて駆け寄り、ぐったりと倒れたままのイーブイの体を抱き起す。

 呼吸こそしているものの、豊かな体毛は無残にも焼け焦げ、嫌な臭いを漂わせている。誰がどうみても、”ひんし”の重傷であった。

 

雷気溌剌(”らいきはつらつ”)。受けた電気を己が身に蓄え(”じゅうでん”し)、肉体の敏捷性を高める──私のライチュウだけが持つ、無二の特性。その状態で放つ”ボルテッカー”は鋼鉄をも穿つ。貴様のイーブイが”ひんし”に(そう)なるのも、道理だろう」

 

 淡々と語る『仮面』の声が、鼓膜を素通りして遠くへ消えていく。

 しかし、傷ついたイーブイをずっとこのままにしておくわけにはいかない。

 震える手でモンスターボールを取り出し、イーブイを戻す。

 

「……戻れ、イーブイ」

 

(一撃……たった一撃かよ……!)

 

 キャプテンやジムリーダー、原作の主人公達のような強者には到底及ばなくとも、着実に強くなれているという自負があった。

 しかしまだ、壁は見上げる程高く──果てしなく遠い。

 

「気は済んだか? ……存外、骨のない男だったな」

 

 イーブイのボールを抱えて蹲るツムグを見遣る。

 『仮面』は吐き捨てるように言い、ライチュウをボールへと戻した。

 それとほぼ同時に、腰にぶら下がったボールの一つがひとりでに開く。

 

「その様子なら、もう会うこともないだろう。……精々、指を咥えて見ているといい」

「……っ」

 

 巻き上がった砂が陽炎のように『仮面』の姿を覆い隠していく様を、ツムグは声もなく呆然と見つめるほかなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「……ツムグ、大丈夫かな」

 

 ラムシティ商業区。その中央を貫く大通り(メインストリート)を歩きながら、ミノトはぽつりと呟いた。

 

「こればっかりは仕方ないですよ。あんなことになるなんて、誰にも予想できませんし。とはいえあの様子を見るに、かなり堪えているとは思いますけど……」

 

 先刻の”試練”の結末を思い返し、ルスカは沈んだ表情を浮かべる。

 

「そうだよねえ……。ツムグもウインディも、()()でちょっとは元気になってくれればいいけど」

 

 ミノトは、手に持った取っ手のついた紙箱を掲げて見せた。途端に甘い香りが彼女の鼻腔をくすぐる。中身はワッフルの詰め合わせ、それもアウルムでも指折りの有名店のものだ。

 ポケモンと一緒に食べられるというのが売りだが、味もまた超一級の品だ。これをおやつの時間(カフェーツァイト)に熱々のコーヒーと頂くのがアウルム流なのだとか。

 

「そう言えば、マヨネーズってまだ残ってたっけ?」

「……どうしてこのタイミングでそれを気にするんですか? まさかとは思いますけど──」

「とーぜん! ワッフルにもマヨネーズが合うからに決まってるじゃん! ツムグもウインディも、マヨワッフルを食べれば元気になること間違いなしだよ!」

「絶対にやめてください。フリじゃないですからね」

 

 どう考えても逆効果である。良くて胃もたれとのダブルパンチといったところだろう。

 そもそも、ポケモンにマヨネーズとかいうカロリーのバケモノを与えて良いとは到底思えないのであるが。

 

 その時だった。

 突如として、空気を切り裂くようなけたたましいサイレンの音が、街中に響き渡った。

 

「きゃっ!? 何……この音!?」

「これは──緊急警報!? 一体何が……!?」

 

 いやに不安を煽る不協和音。その音を強引に上書きするように、緊迫した声が割り込んでくる。

 声の主は、つい先刻まで顔を合わせていたはずの人物──デーツ・パームスその人であった。

 

 

『──緊急事態発生、緊急事態発生! ラムシティ近方より、ポケモンの大群が接近中! 自殺志願者でもないなら避難しろ! 繰り返す! 死にたくなければ今すぐ避難するんだ!!』

 

 

 ──平穏が壊れる瞬間は、すぐそこまで来ていた。

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