ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか? 作:いろはす/1roh4su
パームスインダストリー本社ビル、社長室。
高層階に位置するガラス張りのその部屋は、地上数百メートルの高さからラムシティどころかその周辺までをも一望することができる、絶好のビュースポットである。
そんな中、眼下に広がる絶景には目もくれず、忙しなく動き回る男が一人。その男こそこの部屋の主、デーツであった。
「ヤツらが街に辿り着くまでどれくらいかかる?」
『最短経路を予測……およそ10分程かと思われます。猶予はありません』
「各地に警備部隊を配備しろ。それと──」
『
「──すぐに出せ。事態は一刻を争うんだ。街の損害を最小限に抑えることだけ考えろ」
思案する時間も惜しむかのように、デーツは矢継ぎ早に指示を出す。その指示は超高性能AIであるレーズンを通してパームス社の各部署、およびシステムへと伝達される。これによって、社長であるデーツの意志がいち早く会社全体にすぐに伝達されるのだ。
その間も空中に浮遊する無数のホログラムウインドウが、彼の指先一つで弾け、あるいはその形を変え続けている。ラムシティ周辺の地形を模した3Dマップ上には無数の赤い光点が投影されており、じわじわと、しかし確実に敵勢力が街へと近づいている様を映し出している。
突然、軽快な電子音が鼓膜を震わせた。警備部直通、緊急連絡用回線からの着信であった。
『デーツ様。警備部隊のビンロウ様から通信です』
「繋げろ。──どうした? 配置についた……にしては随分早いようだが」
通信を繋いだ途端、慌てふためく警備部長の喚き声が部屋中に響き渡った。
その音声は様々なポケモンの鳴き声や地響きのようなノイズが混じっており、とても明瞭と言えるものではなかった。
すかさずレーズンが音声を解析、
『デーツ社長! 群れの奥に、何か巨大な影が……! あれは……まさかポケモンなんですか……!? ヌシ並みのサイズだ!』
「なんだって?」
デーツの眉根が深く、険しく寄る。彼は即座にGPSからビンロウの位置を取得し、監視衛星と周辺に設置された市街地カメラの
すぐさま空中に映し出された遠景カメラの映像を、レーズンが強引に拡大する。
砂塵の向こう、押し寄せるポケモンの大群のさらに後方に、確かに巨大な一つの”影”が確認できた。
その姿は、怒涛のようなポケモンの群れすべてを従えているようにすら見えた。
「……レーズン、”メトセラ”を出す。準備しろ」
『しかし、アレはまだ調整が済んでいません。実践に投入するのは危険です』
「そんなことを気にしてる場合か? それに、人生には……思い切って飛んでみた方が良い時もある。今がまさにその時だ」
デーツはホログラムウインドウを一斉に閉じると、迷いのない足取りで部屋を後にする。
その背中には、キャプテンとしての責務を全うせんとする、揺るぎない決意があった。
「うわああああ!!」
「逃げろ! 早く!!」
ラムシティ、商業区。
普段であれば多くの人で賑わい、活気に満ちていたその場所は──一瞬にして、混乱の渦へと叩き落された。
「ミノトさん、僕達も早く避難しましょう! ここにいるのは危険だ!」
ルスカがミノトの腕を引き、そう促す。
彼らの脇を、恐怖に顔を歪めた人々が津波となって通り過ぎていく。
「う、うん……! でも、ツムグが……こんな状態で一人なんて、放っておけないよ……!」
ミノトは、ツムグがいる方向──ポケモンセンターのある方角を見遣った。
少なからず精神的にショックを受けているだろう彼が、このパニックの中で果たして無事でいられるのか。
「わかっています! でも、あの警報を聞いたでしょう!? こんな状況、普通じゃない……! まずは自分達の身の安全を確保しなくちゃ何も始まらないんです!」
ルスカの言葉を裏付けるかのように、彼方から地を割るような音が響いた。
それはまさしく、街目掛けて押し寄せる無数の野生ポケモンの足音。”群れ”がすぐそこまで来ていることの証左であった。
「でも──きゃっ!?」
刹那。
爆発音と共に、凄まじい衝撃波が逃げ惑う人々に襲いかかった。
一段と悲鳴が大きくなり、俄かに人波の動きが激しくなる。
──そして崩壊は、突然訪れた。
「グギャアアオ!!」
一つの咆哮が、喧騒を裂いた。ついに、群れのポケモンが人々に追いついたのだ。
頭上を見上げれば、無数の鳥ポケモンの影が黒い雲となって空を覆い始めているのが見て取れた。
「……っ、もうこんなに近くに……!」
ミノトの顔から血の気が引く。
今から避難所を目指したところで、到底間に合わない。それは、今この場にいる全員に言えることだった。
ポケモンは怖い生き物である。
牙や爪、息吹によって、人間の命を容易に摘み取ることができる存在。
ツムグのような異世界からやってきた人間はいざ知らず、この世界に住まう人々にとって、それはかつて「常識」とされていたはずの価値観だった。
しかしその恐怖は今や、ヌシとキャプテンによって齎された”平穏”によって、すっかり薄れきってしまっていた。
「ルガァーッ!!」
「ひっ……いやぁ──っ!!」
その時、群れから飛び出してきた一匹のポケモン──ヘルガーが大きく口を開き、逃げ遅れた少女に襲い掛かろうとした。
「っ──キルリア、”ねんりき”!」
「くる、りーっ!」
瞬間、ミノトは半ば無意識のうちにボールを放り投げ、声高に叫んだ。
今にも鋭い牙によって食いちぎられそうになっていた少女の体は、ボールから飛び出したキルリアの”ねんりき”によって引き寄せられ、寸でのところで難を逃れる。
「──っと! 大丈夫!? ほら、急いで逃げて!」
少女を抱き留め、避難所の方角へと走らせる。
その背後に、獲物を奪われ怒り狂ったヘルガーが迫っていることに気付かぬまま──
「グルガァッ!!」
「──”シェルブレード”ッ!」
一閃。
流水を纏った
ヘルガーは悲鳴を上げることすら許されず、飛びかかった勢いのままどさりと力なく倒れ伏した。
”シェルブレード”は炎タイプのヘルガーにとって”こうかばつぐん”。それを
「あなたって人は……なんて無茶を! あなたに万一のことがあったら、僕はツムグさんに顔向けできなくなる!」
「たちゃ」
「ごめん……気が付いた時には体が動いちゃってて……」
怒りの表情を浮かべながら駆け寄ってきたルスカに、ミノトは心底申し訳なさそうに手を合わせた。
「まったく……とはいえ、これは流石に無茶せざるを得ませんね」
「……だね。キルリア、まだまだいける?」
「きるりー」
彼らの視界に映るのは夥しい数の暴れ狂うポケモン達の姿。
背後にいるのは戦う術を持たず、不運にも逃げ遅れてしまった一般市民達。
二人だけでどうにかなる数ではない。だが、それは逃げる理由にはならなかった。
「皆が逃げ切れるまで、私達が時間を稼ぐよ!」
「きるりぃ!」
「ここが踏ん張りどころだ、フタチマル!」
「たっちゃあ!」
絶望的な状況。しかし、二人の若者は不敵な笑みすら浮かべていた。
人々を”守る”べく、彼らは自らの意思で死地へと飛び込むのだった。
「何だ……? 何が起こって……」
「ひんし」のイーブイが入ったボールを握りしめていたツムグは、突然鳴り響いた耳を劈くサイレンの音を耳にして、弾かれるように顔を上げた。
空を見上げれば、視界に入ってきたのは、空を覆う夥しい数の黒い影。
数百、数千の飛行ポケモンが、何かに突き動かされるように規則的に空を飛ぶその様子は、”異様”としか言い表せないものだった。
「……嘘だろ」
不意に巻き起こった”異変”に、ツムグは戸惑いを露わにする。
『仮面』との戦闘で受けた敗北の痛み、そして焦燥。それらツムグの心に巣くう全てを、より色濃い何かが塗りつぶしていく。
その時だった。彼の耳に、獣の荒々しい咆哮と、絹を裂くような鋭い悲鳴が突き刺さった。
「ミノト……っ!」
咄嗟に脳裏によぎったのは、目が覚めるような銀色だった。
手持ちは未だ未熟。そもそもバトルを始めたのはつい先日のことで、トレーナーとしての経験はツムグにすら劣る。
そんな彼女がこの混乱の只中に置かれているなら。
もしも、何らかの理由で避難しそびれているなら。
「……行かねーと」
ふらつく体で立ち上がり、悲鳴の方向へと歩き出そうとしたツムグ。
しかしその足は、凄まじい音を立てて目の前に降り立った”ナニカ”によって、強制的に止められた。
──否、この場において「降り立った」などという婉曲的な表現はあまりに不適切である。
その勢いと着地に伴った衝撃を鑑みれば、「落ちてきた」と言うのが適切だろう。
「ドゥンパァァン!!」
「コイツ、オクタン……だよな?」
ギラリと鈍く光る外殻を纏っているものの、その隙間から覗く赤いぬらりとした皮膚と窄めた漏斗は、ツムグの知るオクタンそのもの。
しかし、オクタンをオクタンたらしめる特徴的な八本の腕は左右でそれぞれひと塊に纏められ、さながら
それ即ち、リージョンフォーム。
アウルムの地に適応した、オクタンの新しい姿であった。
【オクタン(アウルムのすがた) せんしゃポケモン タイプ:水/鋼】
「なるほど、
そう呟きつつ、ツムグは腰のホルダーへと手を伸ばす。
図鑑が示す通りに鋼タイプが追加されたのなら、毒飛行タイプのゴルバットには打点が少ない。むしろ、等倍であっても──
そこまで思案したところで、ツムグの手がピタリと止まった。
真新しいボールへと伸ばしていた手を迷うように揺らし、その横に据え付けられたボールを掴み取る。
「……ゴルバット、頼んだ!」
「ギィギィー!!」
光の中から繰り出された蝙蝠は、激しく鳴き声を上げ、主に近づく
すぐさま手首のダイヤルを回し、ツムグはその腕をゴルバットへと突き出した。
「……打点が少ないなら、無理やり作り出せばいい。カレイドシフト──”でんき”!」
【ゴルバット≪カレイドシフト≫ こうもりポケモン タイプ:毒/≪電気≫】
ゴルバットは強く羽ばたき、
それは、鋼鉄の装甲を貫き、オクタンの肉体に確実にダメージを与える雷の力。
これこそが、色変わりの石が齎す特別な恩恵──カレイドシフトの力である。
バチバチと音を鳴らす火花と大気が焼け焦げる独特の臭気に嫌な記憶がフラッシュバックする。思わず顔を顰めながら、ツムグは声を張り上げて叫んだ。
「”≪雷の≫エアスラッシュ”!」
「ギ、ギーッ!!」
ゴルバットの翼が空気を切り裂き、電光が一閃する。
そうして放たれたのは、もはやただの真空の刃ではない。オクタンにとって致命の一撃となりうる、高密度の電気を帯びた烈風の一撃であった。
「──どぅ、ん!?」
──直撃。
風の斬撃は鋼の鎧の前では
しかし、その刃に付随した稲妻はその限りではない。激しいスパークを放つその光は、瞬く間に鋼鉄の装甲を通り抜け、内側にあるオクタンの肉体を直接、容赦なく蹂躙した。
【効果は バツグンだ!】
だが、それほどの痛撃を以てしても、オクタンを
白煙を上げるオクタンの身体が、突如として硬質に輝く銀色の光を帯びる。その光は俄かに、砲身の如きその口元へと収束されていく。
──そして。
「──パアァァンッ!」
「ギッ!?」
【野生のオクタンの ラスターカノン!】
【ゴルバットの 特防が下がった!】
放たれたのは眩く光る一条の
高密度の鋼エネルギーはゴルバットの翼を浅く抉り、更にはその体から
しかし、これしきの痛みで墜ちてしまうほど、ゴルバットは弱くない。
空中で僅かに体勢を崩しながらも、強引に羽ばたくことですぐに持ち直す。そして、追撃のために再び光を溜めようとしたオクタンの懐に肉薄し、
「どぅ……!?」
身の毛のよだつような霊気が込められた、鬼気迫る絶叫。
至近距離で精神を揺さぶられたオクタンは、
怯んだオクタンを追撃するべくツムグが口を開いた、まさにその瞬間──
「ドゥゥゥン!!」
「ギ……ッ!?」
【野生のオクタンの オクタンほう!】
どろりとした墨の塊がゴルバットの顔面に直撃した。
”特防”が下がった状態で受けた、タイプ一致の技。それにより、ゴルバットは少なくないダメージを受け、大きく仰け反る。
それでも、まだ”ひんし”に至る致命傷ではない。
故にツムグは、ゴルバットが先程と同じくすぐに体勢を立て直し、反撃に移れるはずだと踏んでいた──が。
「──ギィ!? ギギーッ!?」
「お、おい……どうしたゴルバット!?」
突如、狂ったように羽をバタつかせ、パニックを起こして暴れだしたゴルバットの姿に、ツムグは戸惑いの色を浮かべる。
原因はダメージの深さ──ではない。
着弾の衝撃と共に四方へと飛散した粘着質の墨液が、ゴルバットの視界を完全に奪っていたのだ。
ゴルバットというポケモンは、目という感覚器官がそもそも備わっていなかった
当然、進化前の時に備えていた超音波での周辺把握能力も失われてはいない。しかし、視覚という利便性の高い感覚器官が発達したことにより、超音波による探知の精度は多少なりとも落ちてしまっていた。
頼るべき感覚の喪失。機能が鈍った超音波──夜目も聞かない暗闇に錯乱してしまうのは生物としては当然の反応であった。
「畜生……! ゴルバット、落ち着け!」
その事実に気付いたツムグは、張り裂けんばかりの声で懸命に呼びかける。
しかし、視界を失った恐怖に支配されている彼女にその声が届くことはなかった。
そして、オクタンにその決定的な隙を見逃す理由など、万に一つもありはしない。
ぬらりと光るオクタンの
【野生のオクタンの──】
「ドゥゥゥゥゥ……」
「マズいゴルバット、避け──」
咄嗟に回避を指示するツムグだったが、その声も届くことはない。
【──ねらいうち!】
「──ドゥパァァァンッ!!」
極限まで圧縮され、戦車砲の如き破壊力を伴った水塊が、狙い違わずゴルバットの急所へ迫る。
万事休す、そう思われた刹那。飛び込んできた人型の影が、強引にその射線に割り込んだ。
「──うぎ……っ!」
「な……っ!?」
攻撃をこらえるように腕をクロスさせ、ゴルバットを文字通り「身を挺して」守ったのは、一匹のポケモンだった。
怒髪天を衝くように燃え盛る頭部の業火。すらりとした肢体は人間に近いが、腰から伸びるしなやかな尻尾は、それがヒトならざるポケモンであることを如実に示している。
上半身を覆う体毛は宵闇のように薄黒く、肩や手の甲、そして額には、鏡のように滑らかな金属の装甲が冷たい光を反射している。
ツムグの知るポケモンと酷似していながら、それでいて決定的に異なる姿。それは、目の前にいるポケモンがこの地方に適応した存在であることを示していた。
「ゴウカザル……の、
【ゴウカザル(アウルムのすがた) はんしゃポケモン タイプ:炎/悪】
呆然とその姿を眺めるツムグの耳に、
「解き放て、”ミラーコート”!」
「ウッキャア!!」
【ゴウカザルの ミラーコート!】
上空から降ってきたその号令と共に、ゴウカザルがクロスしていた腕を力強く解き放つ。
その瞬間、ゴウカザルの鏡のような金属装甲が眩く光り輝き、そこから暴力的なエネルギーの奔流が放たれ、オクタンの体を一瞬にして呑み込む。
──ミラーコート。相手から受けた特殊技のダメージを倍にして返す変化技。
炎タイプのゴウカザルにとって、水タイプの”ねらいうち”は効果抜群。ともなれば必然、それを倍加した攻撃はの破壊力は計り知れないものとなる。
「どぅ……」
ゴルバットとの戦闘で消耗していたオクタンは、その一撃に耐え切れなかった。どさり、と鈍い音を立てて崩れ落ちる。
「一撃……なんつー威力だよ……」
「──
「デーツさん、助かりまし…………は?」
頭上から聞こえるどこか軽薄な声色に、ツムグは天を仰ぐ。
太陽の光を背負いながら降下する人影を認め、彼は安堵するよりも先に、思わず言葉を失った。
重力に従って落ちてきたデーツの体の爪先から頭の先までが、くまなく重厚な金属鎧で覆われていたからである。
がきん、と金属がぶつかる激しい音とともに、デーツはツムグの目の前で片膝と拳を地面につける華麗な三点着地を決めた。
「なん……デーツさん、それって……」
「ああ、これ? いいだろ。
微かにモーターの駆動音を鳴らしながら、デーツはゆっくりと立ち上がる。顔を覆い隠していた面がスライドし、端正な髭面が露になった。その姿はまるで、アメリカン・コミックの主人公のよう。
その時、デーツが
『デーツ様、”スーパーヒーロー着地”は関節部に負担が掛かりすぎます。以前、控えるようにと申し上げたはずなのですが』
「まあそう硬いことを言うな、レーズン。……ああわかったわかった、悪かったよ。じゃあこういうのはどうだ? 次は関節の耐久性を上げて、より実践向きの仕様にする。バシャーモの蹴りを喰らっても歪みが発生しないくらい、とびきり頑丈にな。それで文句ないだろ?」
メカニカルな輝きを放つ装甲を纏った(目を凝らせば、膝関節部分に微かな歪みが見て取れる)デーツは、レーズンからの至極真っ当な苦言を軽くあしらった。
瞬間、アーマー越しに重苦しい沈黙が訪れる。ツムグには、プログラムであるはずのアシスタントAIが盛大な溜息を漏らしたようにすら思えた。
『…………まあ、いいでしょう。今気にするべきことではありませんでしたね』
「そう、そんな話は後でもいい。今大事なのは、ラムを襲っているポケモン達のことだ」
「マジかこの人」
どこまでも空気を読めない(というより、意図して読まないのであろう)デーツの振る舞いに、ツムグは慄く。常日頃のレーズンが感じている心労を考えると恐ろしい。……AIに心労という概念があるかは定かではないが。
そんなツムグの内心など気にも留めず、デーツは一転して真剣な表情を浮かべた。
「端的に言うなら、これは”
「スタンピード……の、ようなもの?」
やけに歯切れの悪いデーツの言葉にツムグは首を傾げる。
そもそも彼にとって「スタンピード」は聞き慣れない単語だ。その上「ようなもの」と濁されたものだから、彼の大して良くもない頭は既にパンク寸前である。
それを見越していたのか、すかさずレーズンが補足を入れた。
『”
「とは言っても、僕らも詳しいことはまだわかってない。携帯獣学は僕の専門外だからね。ただ……」
腕を組み、それを覆う金属の鎧をとんとんと軽く叩きながら、デーツは自身の違和感を言語化していく。
「……僕がここに来るまでに遭遇した野生ポケモン達は、どうも『恐怖によって暴走』って感じじゃあなかった。どちらかと言えば……ナニカに
「ご明察!」
突然、鼓膜を破らんばかりの
声の出処を探して、ツムグとデーツは揃って空を仰ぐ。
するとそこに浮かんでいたのは、あまりにも巨大な一輪の花だった。
その姿を視認した瞬間、ツムグの全身を強大極まりない”プレッシャー”が押し潰した。
驚くべきことにその圧力は、
全身を駆け巡る根源的な恐怖に縫い付けられ、ツムグは声を上げることすら出来なかった。
「嗚呼パームス! それでこそワタクシの終生の
ツムグの様子などはお構い無しに、狂気を孕んだ大声が巨花の上から降り注ぐ。
しかし、名指しで称賛を受けたデーツの反応は、声の主の熱量とは対照的にとても冷ややかなものだった。
「あー……悪いけど君、誰だ? 声だけじゃイマイチピンと来ないな。首も痛くなるし、降りてきてくれないか?」
心底怪訝な表情を浮かべ、デーツは頭上へ向かって声を張り上げる。
「おっと、これは失礼! ワタクシとしたことが!」
わざとらしい咳払いと共に、花がゆっくりと高度を下げ始めた。
空を覆っていた影が地に落ち、やがて花弁の上に立つその姿が露わになる。
痩せぎすの男だった。
薄汚れて所々に穴の開いた襤褸のような白い服を纏っており、顔色は病的なほどに悪い。
三日月のように吊り上がった口元と、見開かれた両の目には、明らかな狂気が滲んでいた。
「こうして顔を合わせるのも久しいが、まさか忘れたなんて言わないだろう?」
その男は芝居がかった身振りで両手を広げ、まるでオペラでも歌うかのように高らかに叫んだ。
「──このワタクシ、ロベリー・エリヌスの名を!」