ポケモンの世界に転移したっぽいけど、ここは何処なんですか?   作:いろはす/1roh4su

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短めです


第一章「花は笑い、彩は変わる」
第四話「林間学校で作るカレーってなんかやたら旨いよね」


「つ……疲れた……ちょっと休憩……」

 

 ツムグがエールタウンを出てから数時間。

 エールタウンとモルトシティとを繋ぐ山道には、早くも歩き疲れて座り込むツムグの姿があった。

 元の世界では部活にも入らず、体育の授業以外の運動をロクにしてこなかった彼にとって、山道を徒歩で進むのには辛いものがある。

 それに加えて背中にはそこそこの重量のリュックを背負っているため、もはや苦行とも言えるほど過酷である。

 

「とはいえ、いい景色だなあ……」

 

 目の前に広がる雄大な自然。元の世界では見ることのなかった景色にツムグの心は躍る。

 実際に住むとなるといろいろな不便もあるのだろうが、都会生まれ都会育ちのツムグにとって、自然豊かな土地というのはそれだけで価値のあるものなのだ。

 

「ぴーひょろろぴー」

「おっ、ココガラだ。ここらへんにもいるんだなあ……」

 

 空を眺めていたツムグの視界に、数匹の鳥ポケモンが映る。

 ココガラ。「ソード・シールド」での舞台、ガラル地方に生息するポケモンだ。最終進化系であるアーマーガアは飛行・鋼という非常に優秀な複合タイプを持っているため、ツムグも当時は手持ちの一匹として採用していた。

 そんなことを思い返しているうちに、ツムグはふとあることに気が付いた。

 

 

 

(──そういえば俺、ポケモン一匹も捕まえてなくね?)

 

 

 

 大間抜けであった。

 この男、ここまでの道のりで何度も捕獲のチャンスはあったのにも関わらず、本物のポケモンに出会えたことに浮かれるあまりに捕獲することをすっかり忘れていたのである。

 そしてたった今見つけたココガラの群れも、急に頭を抱えたツムグに驚いてどこかへ飛び去ってしまうのだった。

 

(バカ過ぎんだろ俺……! 推定レベルの割にフィジカルが強いからって、イーブイ一匹頼りの現状はあまりにもリスキー過ぎる……)

 

 手持ちが一匹だけしかいない現状、イーブイがやられたら即全滅。相手が凶暴な野生ポケモンだった場合、手持ちを失ったトレーナーを待ち受けるのは野生ポケモンによる蹂躙である。

 本来ポケモンは怖い生き物。人間が生身で抗える存在ではない。

 ここら辺りには凶暴な野生ポケモンは生息していないため、今のうちに少なくとももう一匹は手持ちを確保するべきだ、とツムグは考えた。

 それにモルトシティでは試練を受けることになる。どのような形式になるのかはわからないが、他の地方でのジムのようにポケモンバトルを行う可能性も高い。

 現状、イーブイの攻撃手段はたいあたりとでんこうせっか。そのどちらもがノーマルタイプの技であるため、モルトシティのキャプテンがゴースト使いだった場合、その時点で詰みが確定してしまうのだ。

 

「とりあえずの目標は手持ちを増やすことだな……。よっし! そうと決まれば善は急げだ!」

 

 ツムグは勢いよく立ち上がると、よりポケモンが居そうな脇道へと進み始めるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「グマアァァァーッッッ!!」

 

 

 夕焼けに染まる森の中に、猛獣の咆哮が響き渡った。

 声の主は胸に輪のような模様がある熊のようなポケモン、リングマである。

 目を血走らせたリングマは、自らの縄張りに近づいた侵入者を追いかけている所だ。

 そして迂闊にもリングマの縄張りに入り込んだ侵入者というのは──。

 

 

「うおおおおおおおーッ!? 死ぬうううううううッ!!」

 

 

 ──ツムグである。

 彼は必死の形相を浮かべ、リングマから逃れるべく木々の隙間を縫うように走る。

 しかし、相手は大型の熊ポケモン。ツムグが足止めに利用しようとした木々は、リングマが腕を一振りするだけであっさりと薙ぎ倒されてしまった。

 あの腕で殴られようものなら、人間の体など風船のように弾け飛んでしまうだろう。ツムグの顔が蒼褪める。

 

「こうなりゃ一か八か──頼んだイーブイ、”すなかけ”!」

「ぷっきゅい!」

 

 ボールから飛び出したイーブイは、リングマの顔めがけて後ろ足で砂を飛ばす。

 目に砂が入ってしまったのか、リングマの動きが一瞬止まった。その隙を見逃さなかったツムグは鋭く次の指示を飛ばす。

 

「そんでもって新技、”つぶらなひとみ”ッ!」

「いっぶい!」

 

 イーブイの渾身の”つぶらなひとみ”がリングマに突き刺さる。

 気勢をそがれたリングマはしばらく周囲を見回した後、ツムグを追うあまり自分が縄張りから離れてしまっていることに気が付いたのか、「次はないからな」と言わんばかりに鼻を鳴らして去っていった。

 

「た、助かった……」

 

 緊張から解き放たれ、ツムグは思わずその場にへたり込んだ。

 息を整えながら辺りを見渡すと、先程までいた道がどこにも見当たらない。どうやら逃げている間に随分と森の奥に入り込んでしまったようだ。

 スマホロトムも圏外で使い物にならないため、マップを見ることも助けを呼ぶこともできない。

 紙の地図を開いてみても現在位置がわからないため使い物にならない。

 さらには当初の目的であった手持ちの増員も未だ進捗はゼロ。

 というか、眠っているヒメグマの背後からボールを投げようとしたのがリングマに追い掛け回される切っ掛けになったため、成果としてはむしろマイナスである。

 

「こっからどうするかなあ」

 

 そんな状況に置かれているにも関わらず、ツムグは冷静だった。

 生来の楽観主義に加えて、一昨日ぶり二回目の遭難で感覚が麻痺しているのだ。

 

「えぼぉ……」

 

 主人の危機感のなさにイーブイは思わず嘆息した。

 焦って判断力が鈍るよりはよっぽどマシではあるのだが、先行きが不安である。

 

「……とりあえず、晩飯にするか。腹が減っては戦はできぬって言うしな」

 

 アドレナリンが切れたのか、先程から胃袋が頻りに空腹を訴えかけてきている。

 全力で走った後ということもあり、腹と背中がくっついてしまっているような気さえする程である。

 逸る気持ちを抑えながら、ツムグは調理セットの設営を始めた。

 

 

 

***

 

 

 

「──よし、こんなもんでいいだろ」

 

 ツムグは目の前の鍋をかき混ぜながらそう言った。

 中に入っているのは食欲をそそられる匂いを放つドロッとした茶色の液体──すなわちカレーである。

 

(やっぱポケモンのキャンプって言ったらカレーだよなあ)

 

 飯盒で炊いた米を器に盛り付け、その上にカレーをかける。

 アウルムがドイツに相当する地方ということもあって、米が手に入るかが懸念点だったが、エールタウンの市場で購入できたのは幸いだった。

 

「ほら、お前の分だぞ」

「えぼぉっ!」

 

 ツムグはカレー皿をイーブイの目の前に置く。

 途端に目を輝かせて勢いよく器に顔を突っ込んだイーブイを横目に、ツムグは自分の分を取り分けるべく鍋の方へ向き直る。

 

「お?」

 

 見知らぬポケモンがカレーをじっと見つめていた。

 青い皮膚を持つ小柄な蝙蝠のようなポケモン──ズバットである。

 

【ズバット こうもりポケモン タイプ:毒/飛行】

 

「キ!? キィ……」

 

 しばらくしてツムグの視線に気が付いたズバットは驚き、慌てて飛び去ろうするも、数十センチ飛んだ所で力尽きたように地面に落ちてしまうのだった。

 

「うおっ、大丈夫か!?」

 

 その様子を見たツムグは慌ててズバットのもとへ駆け寄る。

 飛ぶことすらままならない程だ。相当衰弱しているのだろう。そう考えたツムグがリュックからキズぐすりを取り出そうとしたその時。

 

 

 ──ぐぅ~ぎゅるるるる。

 

 

「え?」

 

 どこからともなく腹の音が聞こえてきた。

 ツムグではない。イーブイはもう既にカレーを食べているため、彼でもない。考えられる可能性はもう一つ。

 

「もしかしてお前、腹減ってるのか?」

「きぃ……」

 

 か細い声で返事をするズバット。最早動くこともままならない様子だ。

 「少し待ってろ」と声をかけ、カレーを器に取り分ける。その際、固形物は取り除くことにした。

 飢餓状態の時には液状のものから食べるのが良いとどこかで聞いたことがあったからだ。

 この理論がポケモンにも通用するかはわからないが、少なくともズバット族は血液を主食とするポケモン。固形物よりも液状の食べ物のほうが都合が良いだろう。

 

「ほら、ゆっくり食えよ」

 

 そう言ってツムグは器を差し出す。

 警戒からか、ズバットはカレーの匂いを嗅ぐと、恐る恐る一舐めした。安全なものだと悟ったのか、次の瞬間には物凄い勢いで食べ始める。

 見る見るうちに器からカレーが無くなっていくのを見たツムグは、慌てて自分の分を取り分けるのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「キキーッ!!」

 

 結局、ズバットはカレーの大半を一匹で平らげた。

 満腹になったズバットはすっかり元気を取り戻し、せわしなくツムグの周囲を飛び回り始める。

 

「なんだよ、もうカレーは売り切れだぞ」

 

「キッ!?」

 

 あんまりな発言に、ズバットは心外だと言わんばかりの表情を浮かべた。彼女はツムグの背後に回ると、ベルトにぶら下がっているイーブイのボールを外して彼に見せつける。

 

「お前……もしかして付いて来たいのか?」

「きーっ♪」

 

 我が意を得たりと頷くズバット。

 それを見たツムグの口元も思わず綻んだ。

 

「本当か!? いやあ助かるよ。これからよろしくな、ズバット!」

「ききーっ!」

 

 懐から取り出した空のボールをズバットに当てる。

 ボールに納まったズバットに抵抗する意思がないからだろうか。ボールは一度だけ大きく震えるとカチリと音を立ててロックされた。

 

「よっしゃあ! ズバット、ゲットだぜッ!」

 

 ボールを天に掲げ、お決まりのセリフを言い放った。

 念願の二匹目、テンションも上がるというものだ。

 

 

「最ッ高の気分だ! そうだ、今晩は新メンバー加入のお祝いをしよう。お祝いといえば──やっぱ焼肉っしょー!! ウッヒョー!!

 

 

 いくら何でも振り切れ過ぎである。

 突然非日常に放り込まれたことで知らず知らずのうちにストレスがかかっていたのか、それとも彼の生来の気質か。危機感というものが感じられない彼の性格を鑑みるに、恐らく後者であろう。

 

「ぶ、ぶい……」

 

 突然の主人の醜態にイーブイは深い溜息をつく。

 焼肉だなんだと騒いでいるが、そもそも彼らは遭難中である。この森から抜け出さない限りは街にすら辿り着けない。

 

「ぶーい」

「なんだよイーブイ、わかってるって。俺が何も考えてないと思うなよ?」

 

 そう言うと、ツムグは手に持ったままのボールを放り投げる。

 ボールは空中で弾け、中から勢いよくズバットが飛び出した。

 

「ズバット、空から道を探してくれ」

「きーっ!」

 

 ツムグの指示を受け、空高く舞い上がった。

 すぐに戻ってきたズバットは付いてこいと言わんばかりに一声鳴くと、ツムグ達を先導し始める。

 彼女の案内に従って歩くこと数十分。ツムグ達は無事に元居た山道へ辿り着くことができた。

 とは言え既に日は落ちており、辺りは薄暗い。

 モルトシティまではまだ距離があるため、必然的に今晩は野宿ということになる。

 一日中動き回った疲れもあってか、ツムグはテントを設営し終えるとすぐに寝袋に潜り込み、瞬く間に眠りに落ちるのだった。




ズバット ♀ 特性:せいしんりょく
カレーの匂いにおびき寄せられた。何日も食事がとれていなかったらしい。
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