人間…… ウマ娘であっても、誰しもがこうなる時があると思います。長い休みの真ん中あたりは特にそうです。まあ今日はただの週末なんですが。
確実にやらなければならないということが、例えば宿題とか、そういうものがあるのに、やりたいと思ってる趣味があるのに。
「めんどくさい」
そんな言葉で片付けてしまって、ベッドから起き上がることができないこと。それは、どんなに真面目な人間であっても起こることだと、私――ヒシミラクルは思うのです。
それは勿体無いことだと、自分自身で痛いほどわかっているのです。こうやって自分の部屋に閉じこもってベッドの上に寝転がってスマホが顔面に落ちてくる恐怖に怯えながら時間を無駄にするというのは。寝返りを打って仰向けじゃなくなればスマホは顔に落ちて来ませんが、今度は手首が絶妙に疲れてくるのがごろ寝スマホの困るところです。
どうにかこうにか疲れない位置を探ってゴロゴロゴロゴロベッドの上を転がり、それで労力を無駄にします。すると、今みたいに正気に戻ることがあるのです。
ヤバい。何かしないと。何か人として大切なものを失う気がする。
そんな焦りのせいで、スマホの画面に映し出されたゲーム実況の配信なんて見てられなくなります。一回スマホの電源を落としてみると、黒々とした液晶に自分の顔が写って、あ、寝癖直してない。とか、目ヤニつきっぱなし、とか、歯磨きしてないな〜、とか。色々と湧き出て来て悲しくなります。日曜日にも仕事に勤しむ真面目な人間がいるのに、自分は着古した寝巻きから着替えることもなく牛のように寝転がってるだけ…… いや、牛だってひたすら生きるために草を食ってることでしょう。私は草をはむことすら面倒と切り捨ててしまった愚かな駄バ娘……
と、自分を叩いてみても、私のないすばでーは動く気配がないのです。とりあえずもう一回スマホの電源をつけると、トレーナーさんとツーショットしたのを貼り付けたロック画面には午前10:35と指し示されてます。しかし、やはり私のグラマラスボディは動かざること山の如しなのですわ。
だんだん針の筵の上で寝ているような気分になって来ます。人間、やらなきゃならないという気持ちに潰されて逆に行動不能になることがあるらしいですが、まさしく今の私なのです。それでベッドから抜け出すことができないって、私はどれだけ日常生活送るの向いてないんでしょうか。たすけて。
しかし、こんなくだらないこと誰にも相談できないので、やはり自分でどうにかしなければならないでしょう。どうすれば良いか……
ぐうううう……
そこで、私はまだ朝ごはんすら食べていないことを思い出すのでした。
10時半に朝ごはん。半端、半端が過ぎる……! 食べたとして昼ごはんが入らなくなるし、朝ごはんを昼と一緒としてしまうと3時のおやつが増えてしまう……!
……
「……」
天井のシミでも数えてみるかと思いましたが、ここは中央トレセン学園が誇る栗東寮が一室。シミのシの文字もありません。……あ、ヒシミラクルの中にシミがありますね?
なーに言ってんでしょほんとに。そろそろ脳内で語る内容も尽きて来て本格的に虚無です。眠たくなってきたら終わりなのでどうにかしないといけません。
あーもっ、どーしよっ。宿題やりたくない走る気分じゃないベッドから起き上がりたくない〜。
「う゛あ゛あ゛あ゛あっふふふぶふっ……」
叫ぶと思った以上に酷い声が出て面白かったです。
「……」
取り敢えず、私は外に出ることにしました。
◇◇◇
着のみ着のまま外に飛び出すのは気持ちがいいです! 弱い心に打ち勝って良かったー!
流石にちょっと寒いので、濃いグレーのもこもこパーカーで武装して昼の陽気に身を投じてみると、なんだか澱んでた体内循環が復活したみたいで気分がいいです。寝癖とかなんとかもうなんも直してないけど世のJCなんてんなもんでしょ。期待してんじゃないよ! 蹴るぞ!
時計の音以外はびっくりするぐらい静かで、止まってるような部屋の中とは違って、薄い青空が覆い被さった外には少し風が吹いていて、寮の街路樹の乾いた葉っぱがカサカサ揺れています。いい感じに肌が冷たいのが良いです。
とはいえ、このままだと回れ右してしまう気がするので、私は寮の敷地内を歩き回ってみることにしました。
改めて普段出入りしている寮舎を眺めてみると、なんだかトレセン学園の凄さを感じます。おっきい! 綺麗!
果たしてここを卒業した時、私はここでの暮らしから脱却することはできるのでしょうか? そんなことを考えながらふらふらふらふら……
……
のあー暇です。はやくも動いてるのがかったるくなって来ました。目的もなくフラフラするって思った以上にむずいのです。私にはあらゆるものの情緒を読み取る感性なんて無いんですから。低俗ですから。
お腹減ったぁ……
ん?
「……あ」
せっかく外出たんですから、何か買いに行きましょう! 小腹を満たすんです!
____ちゅーわけで、トレセン学園から信号一つも挟まない位置にあるコンビニへえっちらおっちら歩いて来たのです。若草白青であなたとコンビになコンビニです。つまりファミマです。
中に入ってbgmで入店を歓迎されるのも束の間、私はすぐにレジへ行きました。ここにきたならお菓子買うよりこれなんです。
「ファミチキ一つお願いします〜」
黄色と白と赤の紙袋の中にある、確かな重さと熱さ、そして匂いを嗅ぐと心が躍るは何故でしょうか。トレセン学園の食堂は一流の料理人が集められてるとかなんとかで、それはまあ美味しい料理が毎日のように食えるもんですが、たまに食べるこのチープな味わいは、それはそれで愛おしいのです。
ファミチキ片手にファミマを出た私は、ちょうど雑誌コーナーとかなんだろう場所の壁際を陣取ります。そういえば、この辺前は灰皿置いてありましたけど無くなってますねえ。喫煙者への強風を感じます。
といったところで、私はファミチキが綴じられた紙袋の上をちぎりました。
「すぅぅ……」
袋越しにも感じていた芳しく香ばしい揚げ物の香り。それが、包装が禁断解放したことで濁流かのように私の鼻へ殺到します。にんにくと胡椒でしょうか? とにかくよだれが止まらない匂いです。きっとコスト99パワー99999のT.ブレイカーだったんでしょうねぇ。
しっとりとした衣には脂で照りができていて、指の腹で押せば黄金の肉汁が溢れてきます。あーたまんな、早く食おう。
「いただきまああむ!」
噛みついた瞬間に感じるのは、衣のゴツゴツとした舌触りに植物油の味わい。
「じゃくっ!」
噛み切るのに必要な力が絶妙なのです。硬すぎず軟すぎず。ぶちっと歯切れのいい繊維質の鶏肉で、噛み切った後から肉汁か溢れているのがなんともそそります。
「んぐんぐ……」
噛み始めたらもう大変です。しっとり重くも軽い食感も残している衣のしゃくしゃくとした食感と、千切れてほぐれてと変化する鶏肉の食感が楽しく、ニンニクのガツンとした旨さとスパイスが舌に擦り込まれると、背筋から尻尾にかけて震えるような感覚があるんです。
「んぐっ」
そして、最後はべちゃべちゃなぐらいの肉汁の甘味が全てを包み込んで飲み込むのを助けてくれます。思わず唇を舐めてしまうのですが、その唇すらうまいんです。
結構久しぶりだったのでびっくらこきましたよ、ファミチキってうまいね……
ほんと、ファミチキに不満を言うとすれば絶妙に小さいところですね。この小ささが一種の中毒性を生み出しているのかもしれないですが……
ともあれ、一瞬で食べ終わってしまった私は、ちょっとよそよそしい気分でファミマのゴミ箱に紙袋を捨てて、寮舎へ戻りました。
これで“何かした”という実感を得られたので、3時ぐらいまでは持つでしょう! いぇい!
ファミチキが前菜になってお昼がすんごい入りそう、なんて考えながら、わたしは自室のベッドに倒れ込んでスマホのロック画面を開きました。
最高だった気分がぶっ壊された瞬間でした。
「……」
トレーナーさんの不在着信を見つけたんです。