先生へ
私、芹沢マユミはシャーレを退部します。
今までありがとうございました、先生。
正式な退部届を出すとなると先生はハンコを押してくれなさそうですので、手紙でのお別れとさせて貰います。
きちんとした書類でないので先生は認めてくれないかもしれませんが、私自身のケジメとしてこの手紙を出させてもらいます。
まず初めに言っておきたいのですが私の退部は外的な要因によるものではなく、私自身の意志による退部です。
アビドスの小鳥遊ホシノのように神秘目当てにゲトマリアに引き抜かれた訳でもないから安心してください。
私にはやりたいことが出来たんです。
それをするためには、どうしてもシャーレを辞める必要があったというだけ。 別にシャーレや先生のことが嫌いになった訳ではありません。
今でも皆んなの事は大好きです。
でも、皆への愛を持ってしても私の我慢はもう限界なんです。
私の人生の過去現在未来のどの場面においても青春と言える期間というものは存在し得ないのです。
それもひとえに私に忌々しき『不死』などというはた迷惑な神秘が備わっているからです。
ご存知ですか?先生、青春がなんで尊いか。
理由なんてないって思われるかもしれませんが、私には絶対に理由はあると思うのです。
具体的には時間制限があるということです。
短い時間での他での替えが効かない人生において唯一無二の日々であるということが青春の構成要素としてどうしても必要だと思うんです。
そしてその要素は私の不老不死という特性とは致命的なほどに相性が悪いというのは先生にも何となく理解して頂けると思います。
他の生徒たちが感動して目を輝かせる様な奇跡の光景だって、不死の私にはこの先幾らでも体験できる物だから。
他の生徒たちがの友達と一緒に遊んだり、勉強したり、ちょっとイタズラしたりするみたいなかけがえのない思い出になっていく日々だって私にとっては何も特別でない、ただの日常の一幕でこの先永遠に見続ける光景だから。
分かりますか?この気持ち。自分も同じ場所に居て同じ光景を見ているはずなのに自分だけが間違いなく仲間外れで皆と同じ景色を見れていなかったり、根本的に価値観が違うんだとどうしようも無く突きつけられた時の気持ちが。
あれは中々苦しいものです。
何せ世界全てからお前は居てはならないと言われているような気がしてしまいます。けれども不死である以上死という幕引きを迎えることは出来ないんです。
何にせよ終わりの無いものというものはそれだけで不自然なのですよ。
先生はご存知ですよね、楽園の古則。
あれの理論としては得られる幸福は無限大なのだからどれだけ可能性が低くても楽園を追い求める価値はあるというものでしたが、私にも似たようなことが言えるんですよ。この先無限に幸せを味わう機会はあるのだから、今この瞬間に対して精一杯生きる程の価値は見出すことは出来ないんです。
青春は有限だからこそ尊いんです、先生。
無限の時間を持つ不死身の存在には青春は永遠にやってこないんです。
私だって皆と一緒に楽しい思いをしたかったです。分からない勉強にイライラしてみたかったし、イタズラがバレるかドキドキしながら説教に怯えてみたかったです。
でも出来ないんですよ。私の命が永遠である限りね。
私はとっくの昔に世界で一番歳を重ねた生き物になってるんですけど、これまでの人生で、自分にも青春がやってこないかって思わなかった日はありませんでした。
でもいつまで経ってもやって来ることなんてありませんでした。
でも最近変化があったんですよ。
ブラックマーケットってあるじゃないですか。
少し前にあそこにふらっと足を向けたんです。
こんなに面白くない人生なのならば何とか終わらせる方法は無いものかと露店を見に行ったんですよ。で、その時にそこで暮らす生徒達と話す機会があったのですが、話す子皆が私と同じような苦しみを抱えていたんです。
自分たちは絶対にもう戻れない青春っていう舞台に憧れていたし、のうのうと生きている生徒達を妬んでいました。
先生、知ってましたか?キヴォトスにおいて一度ドロップアウトしてしまった生徒が再び日の当たる場所に戻れる可能性って極めて零に近いんですよ。
この世界は余りにもやり直すための仕組みが無さすぎる。
だから彼女たちには憧れ、妬むことしか出来ないんですよ。
何せ彼女たちはその日その日を生き抜くことで精一杯なのだから。
けれども彼女たちと話ができた時は嬉しかったです。こんな気持ちを抱えているのが自分だけではないと知ることが出来たのでね。
もちろんブラックマーケットの子達は自業自得な所はあります。けれども事情があって仕方なく罪を犯して流れ着いた子とか、孤児で初めから居た子もいるんです。
自分は悪くないのに青春を取り上げられたという点では彼女たちは私と同じ立場なんです。
皆許せないって言ってました。自分たちがどれだけ手を伸ばしても届かない輝きを何も努力していないような子供が享受している現状が。
私たち、話し合ったんですよ。これからの自分たちの人生について。
ブラックマーケットの子達はどう足掻こうとも、カイザーとかの悪い大人に搾取され続ける環境から抜け出すことは出来ないって言ってました。残念ですが、私も同じ意見です。彼女たちはこれからもその日その日を精一杯生きて、精一杯頑張っても無理だった日に死ぬ。そんな終わりの分かりきっている人生を生きていくんです。
終わりの分からないどころか終わりの無い私の人生とは全く違うと言ってもいいですけど、その絶望は私にも痛いくらいよく分かります。
自分の人生が自分ではどうしようもないくらい既に定められているという点では彼女たちは私と同じですからね。
先生には分からないかもしれないけどそれって本当に苦しいんですよ。
自分の人生における目的や目標を自分で決められないということは自分が機械と同等にまで堕ちるってことなんですよ。いや、キヴォトスにおいてはオートマタかもいますし、それ以下ですかね?
まあ、初めは人生に絶望している存在同士仲良くやれれば良いなと、そう漠然と思っていました。
けれども、やっぱりと言いますか、私の心は晴れることはありませんでした。
考えてみれば当たり前です。何せ私の心を曇らせていた原因は何一つ解決していないのですから。
それはもちろん彼女たちもそうです。
私が彼女たちに何かをしてあげられる訳でもなければ、私の存在が彼女たちの環境に何か影響を与える訳でもありませんのでね。
私は心のどこかで思ってたんですよ。同じ気持ちを共有出来さえすれば傷を舐めあって心は晴れるんじゃないかって。
でも勿論そんなことありませんでした。
彼女たちは再び心を閉ざしてしまいそうになっていました。
けれども私はどうしても諦めることは出来なかったんです。
だから私は皆を説得するために奔走しました。
私たちに出来る事なんてたかが知れていることもわかっていますし、ブラックマーケットに住む皆の心をひとつに纏めることなんて不可能であることも理解しています。
この先二度と青春を謳歌出来ないと分かっているのだったら何とかして自分たちで青春と言えるような思い出を作りましょうと。
私自身が諦めきれなかっただけなのでしょう。
歳を取って頑固になってしまっただけなのでしょう。
ただの自己満足でしか無いのでしょう。
けれども私はこの計画を何としても成功させたかったんです。何故なら私が初めて心からやりたいと思った事だから。
そんな私の気持ちに彼女たちも答えてくれました。
私は本当に嬉しかったです。今まで生きてきて良かったと本心からそう思えました。
だからこそ行う内容は彼女たちとキチンと話し合い、尊重して決めたかった。
私たちは昼夜を問わず語り合いました。
何がしたいか、何をもって完了とするか。
そして決まった内容はまさに私たちならではのものでした。
もちろん運動会とか文化祭のような華やかなものではありません。
私たちは不死身の化け物と落伍者の集い。
まずまずそのようなものは似合いませんし、私たちが溜め込んできた鬱憤はそのようなもので発散しきることはできないでしょう。
だから、私たちが行うのは自分たちの命を懸けた表現活動、学生運動です。
まあ、学生ではないブラックマーケットの皆さんと生き物かも怪しい私で行うのに『学生運動』とはなんとも奇妙な話ですが、私には私たちの運動を表現する語彙をこれ以外に持ち得ないのです。
こんな私たちでも、青春に足を踏み入れる権利くらいはあると主張し、我々以外の同じような立場の者達に贖罪・救済の機会を与えろと主張するための運動。
私たちの運動に終着点はありません。
私たち全員が玉砕するまで私たちの一団は止まらないように取り決めてあります。
全ては私たちの癇癪です。それは間違いありません。けれども、これは意味ある反乱です。私たちが私たちとして自分の死に様を決めてそれに殉する。
私たちができないと思っていたことを実現しようとして、私たちのような悲しい存在を生み出さないようにする。
反乱を起こして鎮圧されるまでの短い期間で不可能とも言える目標に向かって邁進し、その成功の如何に関わらず人生において大いなる糧になる時間。
まさに青春ではありませんか!
ですから先生。願わくば手心などを加えられませんように。
私たちは皆が皆、願いの末に華々しく散ることを望みとしているのです。
生徒の願いを叶えることの手伝いをするのが先生という存在であるとするのならば私たちの要望を聞き入れられることを祈ります。
ですから私は宣言します。
私、芹沢マユミはブラックマーケットの全生徒と武装蜂起し、連邦生徒会に戦線布告します。
私たちは手強いですよ。
私たちは本当に全員のヘイローが砕けるまで戦います。
そして私たちは証明し、主張します。
目標に向かって全員で一致団結して努力するという青春を象徴するような行為を通して、どんな人間でも青春を謳歌する権利を持っていると、そして落伍者にも今一度救済の機会をと。
それでは先生。さようなら。また会う時は戦場ででしょう。
いけませんね。戦線布告までしたというのにまだ些細な事が心を重くする。
先程も綴りましたが、私は今でも先生やシャーレの面々が大好きです。
そんな皆に敵として銃を向けることになってしまう。
それもあなた方が最も嫌う自分の欲望のために子供達を利用する悪い大人として。それだけが唯一の心残りです。
けれども私はもう止まることは出来ないんです。
今度こそ、さようなら、先生。
今まで生徒として接していた子が欲望のために子供達を利用する悪い大人として現れた時に先生はどうするのが気になりませんか?