ジナさんは私と体格の似た女性だ。つまり、長身である。
こうして並んで歩いていても歩幅が合うのが、ちょっと珍しいなと思う。集落には小柄な子が多いからなぁ。
月明かりに照らされた砂浜は幻想的というよりは少し恐ろしい。
波打ち際は黒く染まり、水の砕ける音が闇の中で絶え間なく鳴り響いている。
「原種、だっけ。私はエーテルで目が良いから、一部始終は見てたよ」
「あ、そうなんですか」
「やっぱりセイラは強いな。魔物退治とは全然違う。あんなに動けるだなんて思わなかった」
「原種との戦いは本気ですからね」
「私は模擬戦じゃ、あんたの本気を出させてやれなかった」
ジナさんが右手に青白く輝く槍を生み出し、それを手の中で軽々と回し、美しく舞い、構えた。
穂先が風を切る音は甲高く、ジナさんの武の高度さが窺える。
「33戦33敗。ま、簡単に勝てるとは思ってなかったけどさ。あんな戦いを見た後じゃ、まぐれもないわけだよなって思ったのさ」
「そんなに模擬戦してましたか」
「試合は全部覚えてるよ。私の負け試合なんて、セイラとの組み手くらいしかないからね」
ジナさんはからからと笑い、やがてこちらに向き直った。
「やろう、セイラ」
「模擬戦」
「本気で相手してくれ。私も、本気でやる」
ジナさんの槍がより強いエーテルを帯び、更に長く、鋭利に尖った。
実戦で使うような、殺傷力を増した形態だ。模擬戦に持ち出すような武装ではない。
……これまで、ジナさんとは何度も戦ってきた。
同じ集落を守る戦士として、私はジナさんのことを尊敬していたし、ジナさんも強さに貪欲だったので、暇があればよく打ち合ったものだった。
しかしここまで物騒な得物を作り出すようなことは、今までに一度もなかったのだが。
「セイラ、頼む」
「……人の想いよ、私と共に」
「!」
答える前に変身を済ませ、こちらも武器を構える。
プラチナの盾。白銀の剣。おいおいおい、変身中に棒立ちかよ、ジナさん。
「良いでしょう。ただ、変身中の隙はもうありませんけどね。ジナさんの勝ちの目は……ないものとお考えください」
「アハッ」
ジナさんの全身から燃えるようなエーテルが迸る。
リフレクターとは異なり、普通の人間はエーテルの効率的な運用に向いていない。上手く収束させられず、霧散しがちなのだ。
だがその分、人の全身を短期的に守り、出力を上げることに関しては優秀だった。
「ありがとよ。……戦闘、開始だッ!」
「特別な稽古つけてやる」
「抜かせぇ!」
砂地が爆ぜ、槍が突き出される。彗星のような美しいエーテルの尾を引いて、ジナさんは速攻を仕掛けてきた。
「そんなんじゃ虫も殺せねぇぞ」
「くっ……!」
練度は高い。速度もいい。魔物であれば殺せる一撃だった。
だが、私は原種に勝てるリフレクターだ。この程度の一撃、盾さえ構えていれば防御は容易い。
「ちょっと刃ぁ当たんよ」
反撃させてもらおうか。まずは剣で一発、ガラ空きの足元へ。
「ぐぅッ!? ……ハハッ! いいぞ! セイラ! あんたは畏っているより、その方が似合ってる!」
おっと防がれたか。まぁ、この程度の斬撃は何度も模擬戦するうちに見せてるからな。ジナさんにも読めてたか。
「皆さんと話す時は、美しい言葉遣いを心がけてるんですけどね」
「私相手に遠慮すんな。もっとあんたの本来の姿を見せてくれ」
「……スパンコール・チャフ」
「うっ!?」
距離を取ったジナさんに向けて、剣を振るう。
銀色の飛沫が宙を舞い、それはジナさんの視界をほんの僅かに遮った。
一瞬の隙を見逃さず、距離を詰めて乱撃を見舞う。
……が、ジナさんはすぐさま防御し対応してみせた。チャフでジナさんの周囲のエーテルが乱れ、違和感があるはずなのに。良い対応力だ。
「本気、ね。まぁ、出そうと思えば」
「ふ、フフフ……出させてやる……!」
「!」
ジナさんの反攻が始まった。
しなやかなバネのような身体から繰り出される槍技は力強く、素早い。体捌きの練度で言えば私なんかよりずっと上だ。接近戦の年季が違う。
鋭い槍先が空を斬り、時に槍先から針のようなエネルギーを射出し、私に反撃の隙を与えない。
「オラオラッ! まだ本気じゃないだろ!?」
「もちろん」
「うっ……!?」
飛来するエーテルの針を盾で横殴りにして弾き、そのまま肘をジナさんの腹にぶち込む。
ジナさんは突然の肉弾戦に対処できず呻いた。
「突く」
「! う、おっ!?」
よろめきを狙ってジナさんの急所を外した、とはいえ試合が一発で終わるような位置に向けて突きを放ったのだが、寸前で槍でガードされてしまった。
……しぶといなジナさん。さすが今まで生き残ってきただけのことはある。粘り強さがスタイルに出てる。
「まだまだぁ!」
「うおっ」
「どうしたセイラ! 近くからの乱撃は苦手みたいだなぁ!」
「そりゃ……ここまですばしっこい相手も、いないのでッ!」
「ぐあっ」
実際、生き物としての強度や出力は小型のちょっと強い魔物と同じくらいだと思う。
しかしジナさんを始めとする戦士たちは戦いに関する技術が凄まじく、速度の乗った彼女らとの戦いは非常に厄介だ。
力押しで跳ね返してやれば一瞬で終わる。だが、そう終わらせてしまっては……私も戦う者として、ちと癪なんでね。
「楽しいなぁ、セイラ!」
もう何十、何百と武器を打ち合わせただろうか。
私は無傷だったが、既にジナさんには幾つもの打撲痕や切り傷が刻まれている。
回避しきれなかったり、防げたものの攻撃の勢いをいなしきれなかったためについた傷だ。それでも動くのに支障はないよう怪我をできるのだから、ジナさんは生粋の戦士なのだろう。
今こうして私を睨む目は爛々と輝き、エーテルも既に多く使ったというのに、今が絶頂の時であるかのように湧き出している。
「私は楽しい。セイラが来るまで、私は一番強かった。本気で戦えなかった。人との戦いで敗北することなんてなかった。それが今じゃ……一人の挑戦者になっている」
言いながら、冴えた槍捌きで私に攻撃を仕掛ける。
私はそれを盾と剣で防御するが、崩しても崩しても致命的な隙まではこじ開けられない。焦ったい。
「挑戦者は、良いな。上を見て、ただただ本気を出して戦える!」
「くっ……!?」
エーテルの出力が増した。ジナさんやべぇ、まだ本気出してなかったのか! いや……それにしてもこれは……。
「セイラ、あんただけが私を、本当の私にしてくれる! 本当の戦いに誘ってくれるんだ!」
「あっ、ジナさんちょっと……暴走してるやんけ」
ギンギンにキマった目。迸るエーテル。まるでスポーツでいうところのゾーンに入ったかのようだ。
しかしよく見れば……ジナさんの全身から湧き上がるエーテルは、フラグメントの暴走時に見せるそれそのまんまであった。
何かやたら強いなと思ったらジナさん、マジでリミッター外れてるやんけ!
「さあ、もっともっと戦おう、セイラ! 私は、あんたとの戦いの中でなら死んだって良いんだ!」
「お、お前……重いんだ、よっ!」
「あはっ……!」
なんとかしてジナさんのフラグメントの暴走を止めなきゃいけない。
けど、暴走するジナさんはキレキレの戦闘センスでバトり続けている。この戦いをどうにか終わらせないと……。
「……セルフィー・ミラー!」
「私には通じないぞ!」
「あーね、観戦してたならそうか!」
受けから瞬間移動とカウンターをセットで発動させるセルフィー・ミラーも、手の内がバレていたら通用しない。ジナさんの突きは雑に私の盾を砕き、直後の不意打ちも即座に反応され、回避されてしまった。
カウンタータイプの戦いばかりの私にはなかなか……難しいねんな……! けどよぉ!
「セルフィー・ミラー!」
「ハッ! だからそんなもの──!」
「は嘘、そしてただのパリィ」
「なッ……」
嘘の発動宣言からの、盾で相手の攻撃を誘発させ、体勢を崩す。
おいおいジナさん、こんな子供騙しに引っかかっちゃってぇ〜。
「寝てろッ!」
「がッ!?」
隙を見せたジナさんの顎に向けて、私はかなり強めの蹴りを見舞った。
綺麗に決まったキックはジナさんの脳を揺らし、意識を刈り取り……彼女はようやく、砂浜の上にダウンしたのだった。
「……はぁ、結構しんどかった。ジナさんまた随分と強くなったな……」
そのまま私も砂浜に寝そべりたい気分だったが、今もまだジナさんのフラグメントは暴走を続けている。
さっさと固定してやらなければならないだろう。
ここからがリフレクターのお仕事の時間だ。
「……コモンリープ!」
:セイラ
カウンター主体の近距離トリッキータイプのリフレクター。
真面目に近接戦闘だけでやろうとすると意外なほど手こずってしまう。
:ジナ
近距離万能タイプな原始人の女の子。
集落では戦士長としてみんなを守り、長い間戦い続けている。
戦闘のセンスは飛び抜けている上、セイラの癖や技の性質に関してもそこそこ知っているので、同じ土俵の上であればそれなりに戦える。