マルクトは夜空を引き連れながらゆっくりと前進を続け、私達人間の集落を目指している。途中、原種特有の不可思議なワープを交えながらの移動である。ダアトさんによれば、到着は見かけ以上に早いだろうとのことだった。
『マルクトは前回の勝者となるまでは目立った力のない原種であった。封鎖の力と武器の創造を得意とはしているが、今回の戦いを見ても特筆すべきものはない』
「弱い、ということですか」
『だが、今回は妙な勘の鋭さがある。少ない力で的確に弱点を突き、原種たちを降している。そういった勝負強さには警戒すべきだろう』
「戦い方が上手いと。なるほど」
『ネツァクほどのものではないと考えていたが、ケテルさえ降したとあれば偶然でもなかろう。覇者となったことで何らかの力を得ているに違いない』
「わかりました。最大限警戒はしておきましょう」
通話を続けながら、私はアイーダさんにネイルを塗られていた。
エーテル混じりの染料はとても鮮やかで、こんな古代世界だというのに艶々とカラフルなネイルに仕上がっていく。
戦いの直前に悠長なものであるが、今回はアイーダさんたっての希望であった。
「頑張ってね、セイラ……私たちも、心だけは。貴女と一緒に、戦うから」
「……ありがとうございます、アイーダさん」
リフレクターに変身すればこれらも上書きされてしまうから、本当に気合い以上の意味はないが……みんなからのエールを貰っていると思うと、嬉しいね。
『これがいよいよ最後の戦いだ。想いを束ねる者よ、全力でマルクトを仕留めるが良い』
「ええ、もちろんです。ダアトさん。……巻き戻り対策は、残念ながら見つけられませんでしたけど。だからといって、手は抜きません」
『消滅を恐れるか?』
「そりゃあそうでしょうよ。……はあ。もうあなたを信頼してますし、これが最後かもしれませんから言っちゃいますけどね、ダアトさん。こうして命や存在をかけて戦う人間たちには、相応の報酬があって然るべきだと思いますよ」
詐欺師紛いの魔法少女のマスコットですらなんだかんだ言って前払いで願い事は叶えてくれるのだ。
それと比べたらダアトさんのリフレクターはカスや。だって実質報酬ねーんだもの……。
『ふむ、報酬か』
「その人の願い事を一つくらい叶えてやったってバチは当たらないと思いますけどね。ま、私は良いんですけど」
『想いを束ねる者よ、お前ならば何を望む?』
「だから、私はもういいですって。人間たちの守護はダアトさんが約束してくれているのですから。……ああ、けどあえてわがままを言うなら……一度くらい、ダアトさんから名前を呼んで欲しかったかな」
想いを束ねる者。なんてソシャゲの称号みたいな呼び方は堅苦しいぜ。
『セイラよ』
「はい」
『我と人間のために、勝て』
「かしこまり」
通話は終了した。
ネイルの戦化粧も万端のようである。さて。
「……じゃ、行ってきますかね」
「セイラ! ぶちかましてこい!」
「必ず帰ってきてね!」
「ごちそう用意してるから!」
私は強い。集落のみんなも、それを疑っていない。私が帰ってくるという確信があるのだろう。既に彼らの表情は明るかった。
「……はい! では、また後ほど!」
私は、多分もう会うことのないであろう彼らに手を振って、マルクトのもとへ駆け出した。
『聞こえる? セイラ、私よ。ミッテナ。こっちは退避も進んでるから大丈夫。心配いらない』
天を覆う星空。マルクトに近付くにつれ、夜の領域は色濃くなっていった。
しかし暗いということはなく、むしろ夜空を埋め尽くすほどのオーロラによって眩しいほどである。
私が右手に持ったスマホからは、ミッテナさんからの最後の交信が届いていた。
「こちらはそろそろ会敵するでしょう。……ミッテナさん、いつもありがとうございます。あなたがいてくれると、とても助かりますね」
『な、なによ。急に。……それより、ザザザ……ザザ……あれ、声……ザザザ……』
「電波が……」
『エーテルが、邪魔され……ザザザ……』
いきなり通話にノイズが混じり、やがてミッテナさんの声は聞こえなくなり、ノイズだけになってしまった。
何事かと見回すと、いつの間にか私を大きく取り囲むようにして、巨大なオーロラが円形に辺りを覆っていた。どうもあのカーテンじみたオーロラが、電波障害の原因らしい。そしてこうして私ごと広く包み込んだということは……。
「……いた」
荒野の向こう側、岩の丘陵の向こう側から、一体の大きな人影が姿を現した。
身長は15mほどであろうか。全身はオーロラのような虹色のマントに包まれており、頭部だけが外に露出している。
痩せかけた老木のようにシワだらけな、ミイラのような首だ。額を飾るサークレットから上は赤い結晶が刺々しく生えており、いや、よく見れば目玉や口腔内すら、赤い結晶が飛び出しているようだった。体の内側から結晶が溢れ出したミイラ、といったイメージだ。
ネツァクは綺麗だったのに、マルクトはまたグロいデザインのようである。嫌だ嫌だ……まあ、ウェットなグロさというよりドライなグロさだからマシな方か。
フワフワと浮かびながら前進を続けていたマルクトは、丘の上で停止するとマントの内側を露にした。
……腹より下が赤い結晶塊でできている。脚はない。身体も腕も枯れ木のように細いが……そう思った次の瞬間に右手に出現させた長柄の戦鎚だけは、かなり強そうだ。こちらもやはり、ところどころが赤い結晶に侵食されている。
『ザザザ……ザザ……』
「!」
スマホにノイズが走る。この状況でミッテナさんからの交信が来るとは思わないが……まさか。
『私はマルクトです。あなたの名前はなんですか?』
「……驚いた。知恵のあるタイプの原種か」
頭がいい相手。というだけで私からすれば警戒対象だ。
これまで倒してきた原種も馬鹿ではなかったはずだが、何故だか私の中で警鐘が鳴っている。
「人の想いよ! 私と共に!」
私はリフレクターに変身し、スマホを睨んだ。
画面には着信中の文字と、そしてマルクトの名が表示されている。
「私の名はセイラ。あなたをリフレクトする者の名です」
『少しだけお話ししませんか?』
「……まあ、別に良いですけど」
『私はこの世界を支配している管理者です。これからも、この世界により深く潜り込み、支配を確かなものにする必要があります』
マルクトの声はダアトさんと同じで、年齢や性別のわからない不思議な声だった。しかし個性があるのか、ダアトさんよりもどこか無機質に感じられる。
『100万年かけて、私は世界の機構の一部分に接触することができました。さらに次の100万年を用いることで、私は更なる深淵へと至るでしょう』
ダアトさんも言っていたっけな……マルクトは勝者となり、世界の根幹だかに手をかけたと……そのことを言っているのか?
私には抽象的でよくわからないが。
『なので、ダアトは敗北し、コモンは滅びるべきです』
「……ん? は?」
『次の100万年のために、あなた方は敗北すべきです』
「……あー、何言ってるかわかんねえよ。つまり? 負けてくださいって?」
『その通りです。この場で自死してください。それが、最も有意義な選択です』
私は頭を掻いた。
……言葉が通じてるかと思ったら、通じてないじゃんね。
まあ、てか。そもそもだ。
話したところで何になるんだって感じだよな。これから戦うってのに。
私は白銀の剣をマルクトに向け、睨みつけた。
「じゃあ、死のうか。……てめぇがな」
『戦いを選択するのですね。では、私があなたに死を与えるしかありません』
マルクトが左手を掲げ、指をパチンと鳴らした。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
世界に巨大な鐘の音が鳴り響く。
それはまるで、戦闘開始のゴングのようだった。
『長い戦いになるでしょう』
「それはどうかな」
マルクトが戦鎚を構えて飛んでくる。素早いが、目を剥くほどではない。ネツァクと比べれば全然トロい。
「セルフィ・ミラー」
『潰れてください』
盾を掲げた私に、マルクトの戦鎚が叩き下ろされる。
容易く盾ごと砕け散った私は光の粒子となって……マルクトの背後に現出していた。
「リフレクト・カウンター!」
『ガッ……』
「って、おいおい」
背後からの強力な一撃ではあった。だが、マルクトの首を狙ったそれがクリーンヒットするとも、そして一発で首を落とせるとも思ってはいなかったのだが……現実に、マルクトの首は切断され、岩場に転がっていた。
『い。今のは』
「まさか一撃で終わるとは……」
『盾を囮に。瞬間移動し。反撃。ということですか』
首だけになったマルクトが語る。……しぶといわけではないらしい。既にマルクトの身体は端から塵となり、消滅しつつあった。ウッソだろお前……よわ、早すぎかいな……え、罠とかじゃないのこれ?
「もしかしてこれで私も消滅するの? マジかよ……ラストバトルがあっけなさすぎるだろそれは……」
『理解しました。次は留意します』
「次って……」
その時、マルクトの額に嵌め込まれたサークレットが。
いや、サークレットのように見えていた歯車が、ガチャンと音を立てて動き出した。
ゴーン、ゴーン、ゴーン。
世界に巨大な鐘の音が鳴り響く。
それはまるで、戦闘開始のゴングのようだった。
『長い戦いになりそうですね』
「それはどうかな」
さあ、マルクト戦の始まりだ。
:セイラ
最強の人間にして最強のリフレクター。
その力はあらゆる原種を上回る。
:マルクト
第十番目のセフィラ『王国』を司る原種。
赤い結晶に侵食された影響で、接近戦、遠距離戦、エーテル量、それぞれ原種の中で最も弱くなっている。
セイラが百回戦っても百回勝つ程度の相手。
最弱の原種。