『では、明日の22時にお伺いしますので』
夜勤の面接を希望する電話が来た。
電話の声の主は
一応、メモの切れ端に『カガミハラ セイラ 22:00』とだけ書いておく。
……ちょうど最近、バイトが減って困っていた。週三の約束で入れてたおっさんに無理を言って週五で入ってもらって、嫌な顔をされてたところだ。戦力が増えてくれるのはありがたい。
凛とした、良い声の持ち主だったように思う。だが実際に顔を見てみるまではわからないものだ。女の声というものはあまり当てにならない。声が可愛くても実際に会ってみると……なんてことは往々にしてある。
まあそもそも、この職場では見た目なんてあまり役に立たないが。
どこの地方都市にでもあるような小さなホテルの、小さな宴会場の片付けだ。バンケットスタッフというやつである。
宴会やパーティーが終わった後の様々な物を片付けるだけの仕事。それプラス、ホテルの備品の荷物運び。力とスタミナがあればできる仕事だ。時間帯的に客の前に顔を出すこともないので、うちでは適当な人材を雇い入れている。
金に困った学生とか、外国人とか。……雇用形態は、あまり大きな声では言えないが。
まあ、ちょっとした物騒な団体さんの集まりだとか、そういうことにも利用される会場だ。うちにも色々あるのだろう。経営者の使い走りである俺には、あまり理解できないし、したいとも思っていない。ただ、俺は言われるがままに働くだけである。
「……若い女か。やる気があるならそれに越したことはないが、力がないようだったら落とすしかないな」
まあ、キツい仕事だ。学生でも長くは続かない。体育会系ならたまに当たりが出る程度……明日はあまり期待しないでおくとしよう。
夜勤で片付けメインだからさほど時間の制限はないが、力がない奴に務まる仕事ではない。なかなかハードなバイトだ。
一通りやらせてみて、苦しかったら向こうから勝手にバックレてくれるだろう……。下手に教えてから辞められるより、さっさと消えてくれた方が助かるが、さて……。
「各務原 星藍です。よろしくお願いします」
面接に来たのは、何故か黒ギャルだった。予想外過ぎてビビった。
ホテルに泊まった誰かが呼んだデリヘルかと思ったが、面接を希望した子の名前だったので間違いではないのだろう。いや、何かもっと色々なものが間違っている気はするのだが。
ギャル。生きる化石だ。まだ絶滅してなかったのか。そんな感想を抱いたが、彼女をまじまじと見て、驚いた。
この各務原とかいう女の子、別にケバいメイクで隠すような素材をしていないのである。
いやよく見たら化粧そのものをしていない。目付きはややキツめだが、美人系の顔立ち。長いまつ毛も青い瞳も自前のもののようだし、艶やかな褐色の肌も絢爛な金髪も、まさかの素材そのままだったのだ。国籍が全くわからない。
しかもスタイルが抜群に良い。背も高いが特に脚が長い。ミニスカから伸びる褐色の脚が眩しい。
着てるものも、なんか高そうな革とか毛皮とかばかりだし……エキゾチックな素材ばかりを使った、ともすれば下品になりやすい装いだというのに、不思議なくらい彼女とマッチしている。
ただそのままでいるだけで、美しく日に焼けたようなギャル。一昔前の東京の若い子が見たら、羨むような美女だった。……なんでうちに来た???
「あ、あー……うん、各務原さんね。夜勤で、給料は手渡し希望ってことだけど」
「はい。事情があってそうでなければならないので」
「まあ、うちはそれで問題はないよ。うん」
そんだけ可愛けりゃ夜勤なんてしなくても、それこそパパ活すりゃ一晩だけで何十万でも稼げるだろって言いたい。けど、各務原さんはうちで働きたいのだという。可愛いし真面目だが、どういう事情なんだ……。
「えーっと……そうだな。週どれくらい入れるかは今はいいとして、ひとまず仕事をやってみようか。大人の男でも結構キツい肉体労働だからさ」
「実際に働けるかどうかのテスト、ということですね」
「そういうこと。あ、もちろん真面目にやってくれたら今日の分の日当は出すから。少ないけどね」
「わかりました。よろしくお願い致します」
そんなわけで、各務原さんが仕事ができるかどうかをチェックすることにしたんだが。
「まずはこの椅子、幾つも重ねたのを持ち上げなきゃいけないんだけど、あまり回数分けて運ぶと仕事が遅くなるからなるべく多く重ねて……」
「なるほど。これを運ぶと。どっこいせ」
「まぁ各務原さんの体格なら普通の子よりも少し多めでも……ええ……?」
各務原さん、なんかすげぇ量の椅子を持ち上げてるんだけど。
「数が多いから何往復かはしなければいけない感じですね。扉の高さに限りがあるので、あまり高くは重ねられませんし」
「ち、力あるね?」
「トレーニングやってますから」
「そ、そうなんだ」
初日なので色々と各務原さんにやってみてもらったのだが、まあ、色々とわかった。
「お皿は重ねすぎると自重で割れますよね」
「自重で割れるほど重ねたことないからわからないや……ごめんね……」
各務原さんは怪力の持ち主だった。
うちのスタッフで一番の力持ちよりもずっとパワフルだ。上下で重ねたでかいテーブルすら一人でヒョイと持ち上げたのを見た時は普通に目を疑ってしまった。ギャルは無敵とか聞いたことあるけど、ギャルってそんな物理的に強いもんなの?
とにかく、面接初日の心配など杞憂だった。優秀すぎる。即日採用で入ってもらったのは言うまでもない。
若いギャルにパワー負けしてしまったうちのスタッフの何人かがプライドをズタズタにされて複雑そうにしていたが知ったことではない。俺たちの仕事が楽になる分にはそっちを優先させてもらう。
それに、ありがたいことに各務原さんはあまり軋轢を生まない人柄でもあった。
「各務原さん! こっち運ぶのもお願い!」
「はーい」
「各務原さん、ビールサーバーなんだけど……」
「かしこまり」
「各務原さん、医務室に体重計があるんだけど……」
「うぃーっす」
口調こそなかなか丁寧だが、お堅い性格というわけでもなかった。
むしろ話してみるとかなりフランクな感じで、時々ネットスラング混じりの軽口なんかも出てくるような気安い子だったのである。
「星藍ちゃん、いつもそのソシャゲやってるよね。……あの、俺とフレンドになってくれない?」
「あ、いいっすよ。デイリーとウィークリー消化してるくらいの無課金アカなのでサポート編成は弱いですけど」
「大丈夫大丈夫! こっちのは微課金だけど良かったら使って」
「マジですか。助かります。あ、今のイベント特化編成じゃないですか。これサポートにいるとありがたいんですよね」
ギャルというか、オタクが想像するタイプのオタクに優しいギャルみたいな感じだろうか。休憩中は漫画とアニメとゲームの話ばかりしているので、その手の趣味を同じくするうちの男スタッフらはすぐに彼女に陥落した。
男友達のようなノリで接してくれる美人にクラッとくるのはわかるが、一週間もせずにすっかりうちのお姫様である。早い。
仕事は真面目に卒なくこなす。
雑談も楽しく応じてくれて趣味が合う。
何より美人。
各務原さんを目当てに他のバイトが長く居つく効果もあり、大助かりだった。
「星藍ちゃん。今度オフの時会って遊ばない? 俺奢るからさ」
「いえ、お断りします」
「そ……即答か……いや、買い物とかさ。退屈はさせないから」
「オフはオフでやりたいことがあるので無理です」
「頼むよ、一日だけ」
まあ……そんな極上の若い子が放っておかれるはずもなく。
男連中は若いのも歳いってるのも関係なく、彼女にアクションをかけるようになった。そりゃそうだ。各務原さんほどの子がフリーなんだ。狙う奴なんていくらでも出てくる。当然のことだ。
けど、それが煩わしかったのだろう。
「辞めます」
「……そうかぁ」
一ヶ月もした辺りで、各務原さんから退職を願われた。
まぁ彼女の気持ちはよくわかる……最近はずっと男たちもギラついてたし、各務原さんに対するイジメなんかはなかったが、男同士の牽制やら何やらでギスギスもしてたからな……居心地は悪かっただろう。
こっちもサポートはしてたが、どうしようもなかった。本当に申し訳ない。
本人は至って真面目なのだが、結果としてクラッシャーみたいになってしまった。傾国の美女とはこういうものなんだろうなと、なんとなく思った。
「……各務原さんのおかげでうちはすごい助かったよ。残念だけど、ありがとう。……できれば今後も、本当に忙しい日なんかに一日だけヘルプとか入ってもらえると嬉しいけど」
「それくらいなら問題ないですよ。まあ、都合がつく日だったらですが」
「ありがとう……マジで助かる……」
いやほんと、俺にとっては美人とかそれ以前に、彼女のパワフルな仕事ぶりに助けられていたのだ。
居なくなってしまうのが本当に惜しい。下半身に脳を支配された奴らの気持ちもわかるが、余計なことしてくれやがってあいつら……。
「これから各務原さんはどうするんだい。もう次の仕事は決まってるの?」
「はい。夏の間に割の良いバイトの募集がありましたので、そっちに注力しようかなと」
「夏の短期バイトかぁー、青春だねぇ。ちなみにどんな? やっぱり海の家とか?」
小麦色の肌の各務原さんだったら、海の家なんかのバイトはベストマッチだろう。客が大入りしそうだ。個人的にもちょっと見てみたい。
「いえ、歩荷です」
「ぼっ……歩荷? え? 歩荷???」
「はい。車両などが入り込めないような山小屋などに建材や荷物を背負って運び込む、あの歩荷です」
「あ、あー……」
歩荷て。デスストランディングじゃん。あれだろ、背負子ですごい量の荷物を運ぶ仕事。
ギャルのやる仕事じゃねえよ。いや、このバイトもギャル向けじゃないけどさ……。
いや、でも力仕事だったら……ある意味、うちの仕事よりも各務原さんに向いているのかもしれない。
というか絶対に向いてるな。100キロくらいの荷物だったら余裕で運べるような子だぞ。天職かもしれない。
「各務原さんだったら……活躍できそうだね」
「はい。仕事中はスマホもいじれるし、なかなか良い仕事なんじゃないかなと」
「ははは、大荷物背負ったまま山道で歩きスマホなんてそんな危険な……」
「最高ですよね。ソシャゲ周回しつつ動画見ながらバイトですよ。QOL爆上がりです」
いや笑顔がマジだ。本気で言ってやがるこの子。正気か……正気なんだろうな……。
「チーフにはお世話になりました。また何かありましたら、フリスペにメッセージください」
「……ああ。こちらこそありがとう、各務原さん」
そう言って、各務原さんとの仕事は終わった。
バイトから各務原さんが外れたことで、狙っていた男たちは悲嘆に暮れたが……それはもう自業自得である。馬鹿どもめ。
「……全く……もう各務原さんの働く姿は見れないのか……」
しかしこうして振り返ると……この俺自身も年甲斐なく、あの子に色々と淡い想いを抱いていたらしい。
叶うとも思ってないし、ワンチャンも望みはしなかったが……良い子だったんだ。それが失われた穴が……デカい。
「……今日は酒でも飲むか」
また繁忙期が来れば、彼女はヘルプに来てくれるだろうか。
……激務に翻弄されるのは勘弁だったが、彼女とまた会えるなら……なんて考えてしまう俺は、本当に気持ち悪いおっさんなんだろうなと思う。
:各務原 星藍
色々なバイトを試している系リフレクター。
関わるバイトの先々で男達の性癖に褐色ギャルを植え付けている。
稼いだお金は現代風のちゃんとした洋服や化粧品、趣味に投入している。
ホテルでのバイトは美味い食べ残しをつまみ食いできたので結構良かったのだが、男達のアピールが面倒だったので辞めた。
:チーフ
気の迷いでギャルもののAVやエロ本に手を出してみたが、コレジャナイ感が強くて駄目だった。