「ロケ車が入れない!?」
『は、はい……あるのは徒歩で入れる登山道だけで、乗り入れられるのは近くの道路までだそうでして……』
「おめぇ馬鹿か!? 大丈夫だって言ってたよな!? もう車の手配もロケ弁の手配も終わった後だぞ!?」
『すっ、すみません! すみません!』
新入りのADがヘマをこいた。
次のドラマの撮影で入る現場が辺鄙な低山だったのだが、そこに車道がないというのだ。
登山道はあるが、車である程度まで登っていけるものと思っていたらしい。だからこそ色々な物の手配も普段通りだったのだが……最初から関係者全員で登山となると話が変わってくる。
重い撮影機材、音響機材、嵩張る人数分のロケ弁、飲み物、衣装……今回来るわがままな女優や子役だって荷物に入れてもいいだろう。そんなお荷物だらけの状態で夏山を一から登山だと? ふざけるな。無謀だろうがそんなの。だから俺はあれほど整備された山にしろと言ったんだ。……大人しく高尾山かどこかで撮影しておけばこんなことにはならなかったものを……。
「……はぁー……」
『すみません……』
……俺はディレクターだ。ADの責任は俺の責任でもある。
こうなったらもう仕方ない。どのみち、プロデューサーも監督も、口うるさいドラマ原作の作家も「撮影は原作通りあの山で」と言うに決まってるんだ。現場の苦労も知らないで無茶振りばかり……俺だって良い作品を作ろうって熱意に応えたいとは思うが……。
「……撮影は最小限の人数で行く。これは変わらない。だが……荷物を展望台まで運び込むのが面倒だな……」
『……自分が往復します。早くから山に入って、何度かやれば……』
「山舐めんな。低山だからって楽じゃねぇんだぞ。素人が薄暗い時間に焦って登ってたら、間違いなく事故る」
調べたところ、今回の撮影で使う山は低山だが登山道のコンディションが悪い。そりゃそうだ。車が入れないような山だ。ろくな整備がされているはずもない。人が少ないのは撮影する上でありがたいが……クソ、俺が人任せにせず調べておくべきだった……。このADも育ってきたと思ったんだがな。まだまだ甘い。
しかしどうしたもんか。少数精鋭で行くしかないが、大荷物を上まで運ぶのは厳しいぞ……。
『じゃああの! ポーター雇うのはどうでしょうか!?』
「ああ? ポーター? 歩荷か?」
『今サイト見てたら良い感じに安くやってもらえるとこがあって! そこなら嵩張る重い荷物でも安く運んでもらえるみたいっす!』
「人力かよ……けど、登山道しかないならどの道人力になるか……」
結局、その歩荷とやらの手配はADに任せることにした。
名誉挽回の機会くらいはくれてやる。もしもダメなら危険でも往復して運び込むことになるだろう。その時は俺も道連れだな……。
幸い、撮影日当日に都合のつく歩荷が手配できた。
急な相談だったので派遣できる人員は限られていたらしいが、何やら凄腕の新人歩荷がいるらしく、そいつに任せれば間違いないとのことだった。凄腕の新人歩荷ってなんだよ。歩荷業界なんてものがあるのも初めて知った。今回以降関わることもなさそうだが。
だがまぁ、おかげで登山の後にロケ弁無しということにはならなさそうだ。
今もこのロケ車の後ろに積まれた段ボールたちは結構な存在感を放っている。これらを全部一度に運べるというのだから凄まじいもんだ。全部で50kgはあるぞ?
「撮影とはいえ山登りかぁー。私、ロープウェイとかがある山が良かったなぁ。登山とかだるすぎ。絶対暑いじゃん」
「ははは……頑張りましょう、優子ちゃん」
「まー仕事だからやりますけどー。私の荷物ちゃんと持ってよね」
「はい」
今回のメインを張る若手女優、久住優子がまたわがままを言っている。マネージャーはいつも大変だな。
言っていることには俺もほとんど同意だが、仕事前からテンションを下げるようなことは言わないでくれ。
「……」
隣で大人しく窓の外を眺めている天才子役……
彼女を見習ってほしいものだ。9歳だってのにこの落ち着きよう。風格は既に立派なプロ女優だな。
かたや女子高生。かたや小学生。だというのに、これじゃどっちが年上かわかったもんじゃない。
久住優子も今は仕事があるが……これから先、業界で続けていけるのはどっちになるかね。
俺からすると、既に役者のオーラってやつで差がついているように思うんだが。ま、彼女らの未来までは俺の気にするところじゃない。
「おはようございます。今回皆様の歩荷を務めさせていただく各務原 星藍と申します。よろしくお願い致します」
登山口までやってくると、ADが雇ったという歩荷が待っていた。
そいつはジーンズとスカジャンを着た黒ギャルだった。なんで???
「お、おー……よろしく頼むよ。けど……大丈夫? 荷物はかなり多いけど」
「大丈夫です。プロですから」
美人だった。金髪に青い瞳。健康的な褐色肌。スタイルも顔も抜群に良い。監督の目が光るのもわかる。女優である優子や麻央ちゃんと比べても全く劣っていない存在感すらある。
普段自信に溢れる優子がたじろいでいるところから、彼女でも感じるオーラがあるのだろう。
だが……今は別に磨けば光る原石だとか、磨かないでも輝く宝石だとか、そういうものが欲しいわけではない。
俺達は今回切実に、もうほんと単純に、荷物を展望台まで運んでくれる人員が欲しかったんだ。
なんだ黒ギャルて。しかもスカジャンとジーンズて。歩荷どころか山登りの格好ですらないだろそれ。近所のドンキ行く格好だろ。しかもダメージジーンズだし。いや似合ってはいるけど。なんなんだこいつ。
「えっと……各務原さん? あの、運んでいただきたいのはこちらの飲料と、弁当、それとこっちの段ボールなんですが……」
「わかりました。荷造りしてしまいましょうか」
見た目の割に丁寧な物腰で喋るそのギャルは、思いの外テキパキと荷物をまとめていく。
背負子に積み重なっていく大きな箱。高さは頭を優に超える。……撮影班の機材よりも重いが、本当に大丈夫なのか?
「私はまだまだ持てますけど、他に荷物はありませんか?」
「えっ、いや、これ以上運べるんですか」
「余裕ですよ。ほら」
「うわっ、本当に背負ってる!?」
ギャルすげえ。どうやら見た目はギャルだが本当に歩荷だったらしい。
ADが詐欺にあったんじゃないかとハラハラしたが、これなら大丈夫そうだ。
それから俺達は更に大荷物を各務原さんに任せて山登りを始めた。
まだまだ早朝だが、登るのが遅いと撮影に適した時間に間に合わなくなる。急がなければ……。
「はあ、はあ……だるい! 疲れた!」
「頑張りましょう……!」
何一つ荷物を持っていない優子が何度目かになる弱音を吐いている。うんざりだ。叫ぶだけの元気があれば全然いけるだろ。
こっちの撮影班なんか酷いもんだぞ。高い機材を背負っているから転ぶことすら許されない。荒い息遣いを溢すのがせいぜいで、言葉も出てこない。つらい。
「……!」
「麻央ちゃん、大丈夫?」
「! はい、大丈夫です! ありがとうございます!」
それと比べてこっちの子役は健気なものだ。
汗を流して大変そうではあるが、愚痴も吐かずに懸命に登っている。素直に好感が持てる子だ。うちの娘もこのくらい良い子だったらな……。
「あ、演出きた。虹来い虹来い……うっわまた被りかよ。ハズレIDか〜……?」
そして、この……歩荷……みたいなギャルはもう、なんだ?
さっきからずっとスマホを片手にゲームしながら山登りしているんだが……。そのくせ俺らの中で一番歩くのが速い……明らかにクソ重い荷物を背負っているというのに、化け物なんだろうか。
「……ん。休憩しましょうか。そろそろ水飲んで甘い物摂らないと、展望台着くまでにバテちゃいますよ」
なのに意外と気が回る……ありがたいけど。
しかし、汗を全くかいてないってのは一体どういうことなんだ。天狗か何かなのか。
「あー疲れた! しんどい!」
「汗がひどいな……タオルくれ、タオル」
「登る前は涼しいくらいだったのに、上着てらんないなこれは……」
「飲み物くださーい」
「飴ありますからどうぞ」
……既にしんどい現場だが、どうにか時間的にも問題なく撮影に入れそうだな。
俺はそう思っていたのだが……。
「きゃっ!?」
「えっ……うぁっ」
再開した登山の途中、前を歩く優子が足を踏み外し、そのすぐ後ろにいた麻央に接触した。
何も持たないくせにダラダラと登っていたので、二人の間隔が詰まっていたのが良くなかったのか、二人してその場に転んでしまったのだ。
「優子ちゃん!?」
「麻央ちゃん大丈夫!?」
「どうした!」
「いったぁーい! ふっ、ざけんなよ……!」
「こら! 優子ちゃん! ……大丈夫!? 麻央ちゃん頭打ってない?」
「なんでそいつのこと気にするんだよ! 私が先でしょ!?」
優子は傷跡もない、ただ土がついただけの袖を見せながらヒステリックに喚いている。だがどう見ても今の転び方は、優子が麻央ちゃんに倒れかかるような転び方だった。麻央ちゃんは平気か……?
「……っ……!」
「大丈夫!? 痛くない!?」
「へ……平気、です……このくらい」
「……私悪くないし」
「優子ちゃん」
「……ごめんなさい、麻央ちゃん。大丈夫?」
腐っても女優。優子はさも心から心配であるかのような顔を作って声をかけた。今更な演技ではあるが。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。……久住さんこそ、お怪我はありませんか?」
「うん、私は大丈夫よ、麻央ちゃん。ごめんね。痛かったね?」
……出血するような傷はない。良かった。撮影に問題はなさそうだ。
二人の顔色も悪くはない。……はあ、心臓に悪かった。勘弁してくれよな……。
「麻央さん」
土を払って、じゃあ再び歩こうか。そう思った矢先、歩荷の各務原さんが麻央ちゃんの隣に来ていた。
「……はい、なんでしょうか」
困惑したように各務原さんを見上げる麻央ちゃん。それを見下ろす各務原さん。
二人の間に、妙な空気が流れている気がした。
「あ、皆様はお先にどうぞ。展望台までもう少しなので、先に歩いてください。麻央さんには私がついてますから」
「……わかった。麻央ちゃん、先に行ってるからね」
「はい」
さっさと撮影に入らなければ。
まずは優子のシーン、それから回想で幼少期のシーンが麻央ちゃん……既に一仕事した疲れがあるってのに、やることが多いな、クソ……。
「麻央さん。足、捻ってましたよね。少しも顔に出さないのは凄いですけど、処置はした方が良いですよ。ちょっと見せてもらっていいですか」
「……!」
:各務原 星藍
登山しながら荷物運びする系リフレクター。
山小屋まで大量の飲料などを背負って送り届けるバイトをやっている。
かなりキツい仕事だが本人的には楽なので、スマホで動画見たりソシャゲやったりして楽しんでいる。
:蜷川 麻央
初代ブルーリフレクションで登場したキャラ。
天才子役として様々なドラマに出演している。
人当たりが良くわがままも言わないので大人から重宝されている。
:ディレクター
胃が痛い。