ホテルのバイトを辞めた私は歩荷の短期バイトを始めた。
重い荷物を背負って山を登り、山小屋とかまぁそういう目的地まで運ぶ感じの仕事である。
夏になると有名な山なんかだと登山客が増えて、飲み物の需要が非常に高まる。500mlのペットボトル飲料なんて下界と比べて数倍の値段がするのだが、それでも買い手に困らないほどだ。
他にも山小屋で使う建材だとか、変わったものだと展望台に使う石材なんてのも運ぶことがある。
運ぶ物は色々。それらを背負って、人力で荷揚げする。それが歩荷さんのお仕事だ。
面接の時は私のような謎のギャルに仕事が務まるのかと訝しい顔をされたものだが、一度荷物を持って登山する様子を見せれば上司は「君天才だよ」と褒めてくれて、すぐに現場に入れてくれた。
だから今は金に困っていない。かなり重い荷物を運び込んでも一回に一万円程度が給料の相場だけど、私は二万円分の荷物を背負って一日に何往復かできてしまう。
おかげで買い物に困らねぇぜ……ま、買いたいものが多すぎてバランスは取れてないんだけどね。ブヘヘ……。
どうせならデカい山でドカンと稼ぎたかったんだけど、富士山のような有名な山は働き手が多くて、私のようなズブの素人では食い込めなかった。ダメだ富士山……。
だから仕事場はどうしても辺鄙な山になる。意外とそういう場所の方が需要は多いらしい。
私がバイトしてるとこは一定のエリア内の山にそれぞれ必要な時に応じて人員を派遣するという商売をやっており、今の時期はどこの山小屋も飲料不足で困っているのだそうな。
それが私の参入で一気に楽になり、助かっているとのこと。へへへ、人から褒められるってのは悪い気がしないぜ……。
いつもなら飲み物とか物品を運び込むだけの仕事なんだけども。
この日は珍しく、山の展望台でドラマの撮影をするという人たちからの依頼があって、私はそこに回されることになった。
しかも知ってるドラマ、知ってる女優たちだった。
久住優子と蜷川麻央である。現役JK女優と大ヒット中の天才子役だ。激アツ過ぎる。
ドラマの原作となった小説は読んでないけど、漫画になったやつなら読んだことがある。ちょっと暗い場面の多い恋愛物だけど、これがまた面白いんだわ。
まさか歩荷やってて知ってる作品の製作現場に間接的にでも携わることになるだなんて思わなかった。テンション上がっちゃう……。
けどまぁ、こっちはファンだけどただの荷運びだし、あまりミーハーな感じを出して絡みに行っても迷惑になっちゃうからな。
あくまで私は仕事として皆さんを支える裏方に徹しよう。そう、私はどこの山にもいるただの森ギャルだ。
「きゃっ!?」
「えっ……うぁっ」
あくまで裏方。あくまで空気。あくまでただのギャル。そのつもりでいたんだが……。
登っている途中で優子さんが足場を踏み外して麻央さんの方向に倒れたことで、ちょっとした騒ぎになった。
オーバー気味に痛がる優子さんと、目を瞑る麻央さん。
……周りの大人達がハプニングに焦っている。けど、少ししてあまり問題はないと判断したのだろう。登山を再開した。
展望台まで残り僅かだし、何より関係者も皆して疲れているから、判断力が鈍っていたのかもしれない。
でも私には見えていた。
子役の麻央さんが足を挫いていた瞬間を。
そして、凡庸なエーテルを発する彼らの中において、唯一際立った強い感情を燃え立たせたまま、それを一切感じさせない麻央さんの能面を。
「麻央さん」
だから私は声をかけて、彼女と二人きりになったのだ。
「足、捻ってましたよね。少しも顔に出さないのは凄いですけど、処置はした方が良いですよ。ちょっと見せてもらっていいですか」
「……!」
痛みを完璧に外に出さない姿は尊敬に値するけど、何もしないままというわけにもいかないだろうから。
麻央さんの靴を脱がせ、足首を確認すると……案の定、捻っていた。捻挫だ。痛いですね……これは痛い……。
しかし小学生くらいの子供だったら泣いてもおかしくないだろうに、麻央さんはテレビで見るような可愛らしい表情のまま、微笑んでいる。
「すみません、包帯まで巻いてもらってしまって。ありがとうございます、カガミハラさん」
「良いんですよ。捻挫をした後はしっかり処置しないといけませんから。山では転ぶ人も多くて、慣れてますしね」
「そうなんですか? カガミハラさん、すごい人なんですね!」
ああ、眩しい笑顔だ。さすが天才子役。こうしてパッと笑うだけでも全然オーラが違う。
……けど、あれだな。こうしてエーテルが見えちゃうの、結構損だな。
これまで色々と人の想いを守ってきたせいか、私には人間の抱く強い想いがわかってしまうのだ。
見えなければ、知らないままでいられたのだろうが。……わかってしまった以上、無視もできない。
「麻央さん、怒ってますよね」
「……え? 怒る? 私、怒ってないですけど……」
「何か、あったんですか。麻央さんは最初からずっと、怒っているように見えました。転んだ後は、特にですけど。……今は誰もいないですし、私で良ければ聞きますけど」
足首をしっかりと固定しながら巻いていく。
こうして固めてはいるけれど、一番はこれ以上負担をかけないことだ。
これ以降は山登りなんてさせちゃいけないだろう。もちろん、降りも同様だ。
「……カガミハラさんに話すようなことはないですけど」
「もちろん、私は部外者ですからね。テレビとは関わりのない人間ですし、無関係の荷運びです。けど、だからこそ愚痴を吐き捨てるくらいにはお役に立てるのではないかとも、思うんですよ」
包帯は巻き終わった。一応これで応急処置としては良いだろう。
「……ありがとうございます、カガミハラさん。私、もう歩けますから」
「そんな怪我して歩けるわけないでしょ」
「え? きゃっ!?」
靴を履いて登山を再開しようとする麻央さんを強引に引き止める。
アホか。足挫いた子供に歩かせるわけがないだろ。
私は大荷物を背負ったまま、麻央さんの小さな体を優しくお姫様抱っこした。
「ちょ、ちょっと!? 何すんのよ!?」
「それが麻央さんの素ですか。いや、いきなり人に抱き抱えられたらそうもなるか。悪いね、けど恥ずかしいのは我慢して」
「……降ろして」
「駄目です。捻挫舐めちゃ駄目ですよマジで。……ま、ちょっとした休憩時間だと思って、安心して運ばれててくださいよ。私は絶対に、麻央さんを落としたり、傷つけたりはしませんから」
「……」
そう言うと、麻央さんは観念したように息を吐いた。
心なしか先ほどまでの猫被ったような雰囲気はなく、どこかドライな、より大人びた雰囲気を感じる。
先行した撮影班の後を追うように山登りを再開する。
依然として荷物は背負ったまま、腕には足を挫いた麻央さんを抱えての山登りだ。常人ならありえないスタイルだが、私ほどのリフレクターともなれば完全装備のアルピニストよりも安全である。
それでも私に耐えられる揺れや振動はあっても、抱えた麻央さんの方は辛いかもしれないので、彼女を刺激しないように丁寧に運んでいく。そのおかげでさすがにペースは落ちるけれど、足を痛めた麻央さんに歩かせるよりはずっとマシではあるだろう。
麻央さんも最初は抱き抱えられながらの登山に身体を強張らせていた様子だったが、私がより丁寧に運んでいることを悟ると、すぐに身体をリラックスさせた。
なんだかんだ言って、この歳の子がここまで登ってくるのは大変な重労働だったろう。しばらく休んでいてほしいものだ。
「……別に、優子さんに倒れ掛かられたことはそこまで気にしてません。どうせあの人のは、わざとではないでしょうから。あの人は普段からああいう、馬鹿な人なんです」
しばらくして、麻央さんは呟くように話し始めた。
「私が嫌いなのは、優子さんのような、人を不機嫌で操るやり方」
「ああ……周りの人らも手を焼いてるみたいでしたからね」
「マネージャーだって私と優子さんの担当を兼任してるのに、いつも手のかかる優子さんの方を優先してる。私は手が掛からないからって、いつも放置……馬鹿なのはもう変えられないにしても、周りの仕事を増やして私を煩わせるのが嫌いだわ」
「損な役回りですね」
「本当よ」
いざ本音で喋り始めると、麻央さんは思いの外冷徹な印象が強かった。意外だ。テレビの中では花が咲くような笑顔を見せているんだけど。役者ってすげー。
「人の扱いが下手なくせに、王様気取り。……そんな奴が相手でも、今の私じゃ体の大きさで負ける。……そう思うと、悔しいというか。自分に腹が立つ」
「麻央さんはまだ子供ですから、仕方ないですよ。麻央さんはもういくつもドラマや舞台に出演されてますから麻痺しがちですけど、身体だって成長途中ですから。これからです」
「……私が舞台に出てることも知ってるの。そっちは有名じゃないのに」
「知ってますよ。ファンですから。……あ、でも見たのは映像化したやつだけですから、ファンというのは烏滸がましいかも」
麻央さんは澄ました顔を私から背けた。
「幻滅した? 普段は可愛らしい子役の中身が、こんなので」
「あはは、しませんよ」
ギャップに戸惑うことはあるし、知らないフリをしていた方がお互いのためになることは多いとは思う。
何もかもむき出しのままが良いとも思ってはいない。だけど。
「綺麗な部分も汚い部分も、絶対にある。それが普通の人間だと思いますよ」
「……そう」
「それに、麻央さんの見た目は最高に可愛いし綺麗じゃないですか。女優をやるなら、中身よりそっちの方が重要じゃないですか。良いじゃないですか、中身なんて」
「……」
麻央さんは呆れたような目で私の顔を見上げていた。
「……貴女が言うと、説得力があるのかないのか、わからないわね」
「褒めてます?」
「貴女も女優をやってみたらどう? 優子さんより売れそうだけど」
「嫌ですよ。私はテレビに映るよりテレビを見ている方が性に合ってますから」
「もったいない。貴女も見た目だけはとても良いのに」
「やっぱ褒めてねぇな〜?」
「ふふっ」
麻央さんを抱えたまま小さな展望台にたどり着くと、機材をセッティングしていた撮影班の人たちが私と抱えられた麻央さんを見て大慌てするような一幕もあったが、どうにか無事に撮影が始まった。
展望台の柵に手をついて、女子高生が物憂げに過去を振り返るシーン。
優子さんは先ほどの話からちょっとイメージダウンはしたものの、それでもさすがに女優で、私から見ると演技の質はとても高いものに思えた。
「昔はここで、よく遊んだっけ……ユートやサオリも一緒で、楽しかったなぁ……」
うーん、やっぱ優子さんも可愛いな……。
てかあの制服原作通りで良いなぁ。作りもしっかりしてる。コスプレ感が少ないっていうのかな。自然な風合いだ。
「どう、カガミハラさん。ドラマの撮影は」
「麻央さん。すごいですね。やっぱり撮影現場って、雰囲気が違います」
離れた場所で麻央さんと横並びになり、二人で撮影の様子を遠巻きに見守っている。
撮影する人たちの目も真剣そのもの。思わず呑まれるような雰囲気があった。
「だったら、私の演技も見ておいて。私は優子さんよりも、ずっと良い演技をやってみせるから」
「おお、すっげぇ自信……でも素人の私にわかりますかね」
「わからせる。それが私たちの仕事だもの」
麻央さんは、不敵な笑みを浮かべていた。
麻央さんが宣言した通り、彼女の演技はそれはもう素晴らしいものだった。
素人にもわかるクオリティの高さ。なるほど納得だ。子役というと棒読みでぎこちないイメージが強かったけど、麻央さんにはそういった不自然さがない。足も怪我しているのに、そんなのは一欠片も感じさせない完璧な演技。しっかりと役に合わせた、原作そのままのキャラのイメージが伝わってくるようだ。
時間経過で日当たりがちょっと変化し、その影響で機材のセッティングに少し手間が発生したようだったけど、レフ板を持つ役を私が請け負ったことで、時間のロスは最小限で済んだ。ディレクターのおじさんからはものすごく感謝された。
けど、そのおかげで私も近くから麻央さんの演技を見れたし、役得である。
何より……このレフ板、別名をリフレクターともいうのだ。リフレクターだったらこの私がやらないわけにもいかないだろう。そんな、誰にも伝わらない想いもちょっとだけあったからね。
撮影に区切りがつき、みんなでワイワイとロケ弁を食べ、もうちょっとだけ撮影を再開し……そうして、昼過ぎには全てが終了した。
あとは片付けをして、下山するだけである。
「いやぁ助かったよ、各務原さん。あなたがいてくれたおかげで大助かりでした。……これ、私の名刺です。テレビやドラマの仕事に興味があったら、いつでも連絡してください」
「あ、これはどうも。私名刺持ってないんでフリスペ交換してください。短期のお仕事とか貰えるとありがたいです」
「え? フリスペ? あ、うん。こちらこそよろしく」
芸能界に誘われたりもしたが、私はやっぱり裏方の方が性に合っている。私は女優にはなれないが、今回のような仕事があれば喜んで入らせていただこう。
帰りはロケ弁と飲料がゴッソリ無くなっているので、私が運べる荷物がたくさん増えた。荷物を乱暴にしない信頼も生まれたおかげか、ちょっとした重い機材なんかも任せてもらえて、その重量が少し嬉しい。
「……あはは、やっぱりこの格好、ちょっと恥ずかしいです」
「はは……麻央ちゃん、我慢してね。各務原さん、その、本当に大丈夫でしょうか? 麻央ちゃんを抱えながらだなんて……」
「はい、平気です。トレーニングやってますから」
「そういう問題か……? まあ、でも各務原さんに力があるのはわかってるし、我々が背負うよりも安全であれば……彼女をお任せします」
「かしこまり」
そして足を痛めた麻央さんを抱えて下山することになった。
他の人が背負っていくという話も出たけど、私の方が絶対に安全だからと言っておいた。麻央さんも、猫被って恥ずかしそうにしていたのは実際そうなんだろうけど、安全なのは私の腕の中だとわかっているのだろう。強く反対することもなかった。
スルスルと山を降っていくと、麻央さんと二人きりになる。
すると、周りを気遣わなくても良いからか、麻央さんの方から口を開いた。
「……色々と、ありがとう。カガミハラさん」
「いえいえ、仕事ですから。それに、私の方も色々と撮影を見せてもらったりしましたし。皆さんのサインなんかももらっちゃって」
荷物の中には優子さんと麻央さんのサインも入っている。
最近見つけた私の秘密基地に宝物として保管しておく予定だ。
「サインくらいで大袈裟に喜びすぎ」
「何言ってるんですか。麻央さんのサインは将来プレミアつきますよ」
「ふふっ。売るつもり?」
「売りませんけど」
「売っても良いけど。……売ったことを後悔するくらい、私はのし上がってみせるから。子役時代が終わっても……大人の役者としても、必ず」
子役。それは期間限定の役者だ。
子役時代にもてはやされても、成長と共にその属性が失われた時、彼ら彼女らは壁にぶち当たるのだという。
麻央ちゃんも将来必ず訪れるであろう自身の転機に、油断なく身構えているようだった。
「楽しみにしてますね。麻央さん」
「ええ、そうしておいて」
今はまだどうしても周りの環境に振り回されてしまう麻央さんだけど、いつか成長した時、彼女の内に滾る強いエネルギーで、自分から周りをコントロールできるようになるかもしれない。
何年後になるかはわからないけど、そんな未来がちょっと楽しみだった。
「……それにしても、カガミハラさん。あのレフ板を掲げてた時のやつ」
「ああ、リフレクターですか? 私も手伝わせていただきました。監督が“君にしかできない”って言ってくれたので」
「見た時びっくりしちゃったじゃない。なんで木に登ってレフ板掲げてるの」
「そこが一番良い場所だったので……」
:各務原 星藍
人の抱える強い想いがわかっちゃう系リフレクター。
木に登って反射板を掲げる姿に撮影班もちょっと引いた。
フリスペに仕事の紹介をしてくれそうな人が増えて嬉しい。
麻央ともフリスペ交換した。
:蜷川 麻央
猫被りが上手い天才子役。
まだ体も小さく力もないので、思い通りにいかないさまざまなことに対して密かな怒りを覚えている。
今はまだあどけない少女だが、将来的に原作時空になると黒い大人っぽい下着を身に付ける。セクシー…エロいっ