環境エーテル量に変化が生まれている気がする。
そう気付いたのは、久々に星の宮に戻ってきた時だった。
「特異点とはいえ、こんなに多かったっけ」
手の中にガラス片を生み出し、握り潰す。うーん……やっぱりエーテルによる生成能力の使いやすさが前より上がってる気がするんだよな。
誤差っちゃ誤差だけど、誤差でもそんなフワッと上がるもんなのかね。
まあ、リフレクターとしての力が使いやすくなる分にはありがたいけども。あんまり環境エーテルの変動が激しいと、特異点内で暮らしてる人々の感情が暴走してしまうかもしれない。そうなるとちょっと厄介だ。
「ダアトさんに聞いてみるかなぁ……けどこのくらいことで電話するのも失礼になるか……? しかし、何かあったらなぁ……」
スマホ片手に、アクセサリーショップで頭を悩ませているそんな時であった。
「あの、ごめんなさい」
「ん、はい?」
女性に声をかけられた。
振り向くまでもなく、その人は正面から私をじっと見つめている。
涼しげなショートカットに、あどけない少女のような顔立ち。歳は三十は過ぎているようには見えるのに、どこか若々しい魅力を放つ人だった。
「……やっぱり、とっても綺麗」
「は?」
「ああ、突然ごめんなさいね。あなたみたいな綺麗な人、日本では滅多に見ないから。驚いてしまって」
ええ、いきなり真正面からめっちゃ褒めてくるやん……近くの画廊で絵を買えばいいんすか?
今なら一万円までなら買いますよ。
「少しお願いがあるんだけど、良いかしら? お話だけでも」
マジでそのまま絵画とか壺とか買わされそうな流れになってきたが、男ではなく女に口説かれるのはかなり珍しかったので、なんとなくホイホイついていくことにした。
ああ〜^ たまりませんわ……。
奥まった場所にある隠れ家的おしゃれカフェで、その女性は自己紹介をしてくれた。
「え、YOSHIKOってあのYOSHIKOさんですか」
「ふふっ。どのYOSHIKOかは知らないけど、私はデザイナーをやってるYOSHIKO。最近作ったやつだと……ええと、これとか? あ、これもう半年前なんだ」
「あ、知ってますこれ。この服……ええ、超有名人じゃないですか」
彼女の名前はYOSHIKO。本名も良子、日本人だ。イタリアを中心に活躍する、超有名ファッションデザイナーである。
テレビや雑誌なんかでもよく紹介されており、ファッションに興味が薄くても名前を聞いたことがある人も少なくないだろう。
実際、検索してみれば少し掘り進めた先で何かの賞を授与された時の彼女の姿を確認できた。本物である。
「最近までずっとイタリアにいたんだけど、発表がひと段落したら日本の温泉宿が恋しくなってね。それでちょっと帰ってきてたの」
「ちょっとで帰って来れるものなんですね」
「息抜きだから。それで、星の宮に……地元だから、ゆっくりしてたんだけど。そこであなたと出会ったというわけ」
「はあ……私はええと、こういう者ですが。多分、良子さんは私のことを知っていたわけではありませんよね」
「あら名刺? ご丁寧にどうも。……わ、奇抜ね。あ、私の出し忘れてた。はいどうぞ」
「あ、どうも」
有名人の名刺を手に入れた。スゲー、なんか豪華な箔押しと……なんかこう、デザインがすげぇや。私よりデコのクオリティ高くてなんか悔しいぞ。
「そうね、星藍さん。私はあなたの名前も、仕事をしているなんてことも知らなかった。けど、一目見てあなたに惚れてしまったの」
「レズ者……?」
「あはは、そういうのじゃないよ。……没個性的な装いの多い街中で、一人だけ鮮烈に自己を主張するように存在していたあなたに、目を惹かれてしまったの」
良子さんは窓の外を見た。
「ほら、見て。星の宮も都会だから人通りは多いし、お洒落をしてる人もたくさんいる。秋っていうのも、良いよね。ファッションの秋と言うだけあって、装いの幅も広い」
「ですね。星の宮は賑やかな街ですから、いろいろな格好の人がいます」
「けど、そんないろいろにもパターンがある。用意されたいくつかのパターンから選んで、暗黙のドレスコードを守って、人々は自分を表現している。なんだかんだ言って、型にはまっているんだよ。特に日本の人って、そういうタイプが多いよね」
暗黙のドレスコード、か。
まあ、無難なファッションっていうのもあるし。流行ってのもそんな感じだろうし、私からすると普通のことだと思うんだけどな。
「それが悪いこととは言わないけど……私は、もっと個性を引き出すファッションが好き。そう、まさに今の星藍さんのような」
「個性的ですか」
「素敵だと思う。あなたはきっと何を着たって美しいままだけど、そのレザーとファーを身に纏っているあなたからは、不思議な自信と誇りを感じるんだ。……本当に、とても素敵。なんでだろうね」
古代の素材を身に付けた私を見てそんなこと言う人に初めて出会った気がする。
なんとなく褒めてくれる人はそりゃいたけども、良子さんは私の姿のより深い部分を見つめているようだった。
「……今の日本って、またシルエットを誤魔化す服が増えてきたでしょ。世界的にも、細身でなくても良いような風潮が出てきてる。……イタリアでやってるからかもしれないけど、私はその流れがちょっと苦手でね」
「細いモデルが良いということですか」
「そう。私みたいなのが表立って言うと荒れちゃうから、堂々とは声を出せないんだけどね。……けどやっぱり、星藍さんのような素敵な子を見ていると思っちゃうんだ。ああ、私はこういう子の美しさを、より美しく見せる服を作ってみたいんだな……って」
うっとりとした表情で私を見つめながら、良子さんはそう言った。
なんだか妙な色気を放つ人である。デザイナーだからだろうか。あるいは天才だからなのか……。
「……一着だけ、作らせて欲しい」
「服を、ですか?」
「うん。あなたに合うドレスを一着、作るから。それを着て……写真を撮りたいの」
「ふむ」
私は椅子の背もたれに体重をかけて、抹茶ラテを一口飲んだ。
……あまりメディアに露出したくはない。外で行動するのに、有名人になると人が鬱陶しくなってしまうからだ。だから今までもスカウトは色々あったが、全て断ってきた。
これは自惚れではない。私の素材であれば、そうなる確信がある。
だからこの話もあまり良くはないんだけど……私の懸念よりも、今は良子さんが何を作って見せるのか。その好奇心の方が上回った。
「……美しすぎて、私を知る人すら一目でわからなくなるような。そんな一着を作っていただけますか。私はあまり、バレたくないので」
「! いいの? 本当に?」
「私の名前を出さないでいただけるなら、喜んで。こちらこそ、是非ともよろしくお願い致します」
「やった! ありがとう、星藍さん!」
「おおう」
良子さんは私の手を取ると、手の甲にキスをしてくれた。
なんか、もうほんと日本人離れしているというか、妙な魅力に溢れた人だと思う。
それから私はアトリエ……というか良子さんの家に立ち寄って、諸々の下準備をした。
非常に細やかな採寸である。驚いたのはこの採寸、完全に素っ裸の状態でやったということだ。本気度合いが違う。
「……均整が取れすぎてる。骨も、筋肉も、脂肪も……肌の質感も……星藍さん、美容にお金かけてる?」
「いえ全然」
「そうよね、ここまでくるとそんなレベルじゃない……説明がつかないというか……神様が設計したのかな」
ボソリと大正解を口にしながら、良子さんは私の身体の作りを次々に数値化し、書き留めてゆく。
「……星藍さんにメイクはいらないけど、星藍さんっぽさを隠すためには必要ね。あくまでドレスの一部、ファッションとしてのメイクとして……だから、これはこうで……星藍さん、あなたとしては何か欲しいモチーフとかイメージってあるかしら」
「モチーフ、イメージ……ですか」
少しだけ考えて、私はすぐに答えを出した。
「鏡ですね。ミラーの方の」
「鏡」
「あるいは光を乱反射するようなダイヤモンド。輝きを跳ね返す存在。それが、私のありようでしょうから」
私はリフレクターとして創られた。であれば、そのモチーフは跳ね返すものに違いあるまい。
「……うん。うん、わかった、降りてきた」
「えっ、何が?」
「黙ってて」
「……」
良子さんはメモにグチャグチャと、私には読めない文字で走り書きをし……大きく息を吐き出した。
「材料費がかかるけど、まあいいや。……ありがと、星藍さん。ドレスの完成までは時間がかかるから、それまでは待ってくれると嬉しいな。あ、待っていてっていうのは、あなたの体型のことね」
「ははは……いや、私の体型は変わらないので安心してください」
「良かった。……必ず。必ずあなたに見合った一着を作るから、楽しみにしてて」
良子さんは頬を赤く染め、ギラついた目で私を見ながらそう言うのだった。
……この人のフラグメントもなかなか結構暴走気味にはっちゃけてるけど、これはエーテルの環境というよりは多分、良子さんの気質なのだろう。どうもそんな気がしてならない。
:各務原 星藍
アクセサリーショップでデコレーション用の小物を爆買いする系リフレクター。
最近の趣味はネイルいじりとレジンアクセサリー作り。
普段のファッションは適当だったりヤンママ一歩手前だったりが多いが、昔の服をなんだかんだ愛用している。
:良子
YOSHIKOの名義でファッションデザイナーとしてイタリアを中心に活躍している女性。
年齢より若々しく見え、非常に美しい。
星の宮で見かけた星藍にちょっとした運命を感じている。