服を仕立てると聞いても、私はその手の仕事については無知なのでどれくらいで仕上がるのかわからない。
だからこれが早いのか遅いのかは定かでないのだが、ともかく、良子さんは私のための服を二ヶ月ほどで仕上げてみせた。
すごい熱意だわ……その間に私がやってきたことといえば、今期アニメの一気見と力仕事くらい……リフレクターの姿か? これが……。
しかも良子さんはその間に一度イタリアへとんぼ返りしたりと思っていた以上に忙しなく色々やっていたらしい。他のアーティストにも声をかけたり、材料を吟味したり……そこらへんの話も詳しく聞きたいなぁなんて思ったのだけども、良子さんは制作秘話はともかく、まず私と会って実際の服の調子を確かめたいようであった。
フリスペで送られてきた誤字だらけのチャットからも、彼女の熱意が伝わってくる。
「来てくれてありがとう、星藍さん。……うん、体型に変化はなさそうだね。けど、またもう一度だけ採寸させてもらえる?」
「あ、いいですよ」
アトリエの中に入っていくと、良子さんだけでなく他にも一人、アーティストらしき人がいた。作業机の上にキットカットの空袋が山積みになっていたのが気になるが、“そんなこと気にするなよ”とでも言いたげに、その女性は私に握手を求めてきた。
多分、イタリア人の女性なのだろう。あまり馴染みのない言語だったが、イタリア語っぽい感じがする。私を見て驚いたり喜んだりと、色々感嘆符っぽい言葉を羅列している……が、当然私にこの手の言語はわからない。
すまねぇ、イタリア語はさっぱりなんだ……私にわかるのは古代語と日本語だけなんだ……。
「アイドントスピークイングリッシュ……ファインセンキューアンドユー……」
そう言うと、なんか手を叩いて爆笑した。
よくわからんけど陽気な人なのは間違いないだろう。
「彼女はイルダ。メイクとヘアスタイリングをやってくれるわ。……ちなみに今彼女、“あなたはメイクしない方が美しいかもね”って言ってる」
「髪とメイクですか、なるほど」
「普段は別の子とよく仕事してるんだけど、そっちの子は暗い肌は専門外だったから断られちゃって……イルダは得意だから、ついてきてもらったの」
ついてきてもらったって、簡単に言うけど良子さん。イタリアから日本までの旅費って馬鹿にならないんじゃないすか。まぁ、デザイナーっていうくらいだからその辺り気にならないくらい稼いでるのかもしれないけども……。
「メイクは自分でもほとんどやらないので、是非色々教えて下さい。よろしくお願い致します、イルダさん」
イルダさんにはフィーリングで色々伝わったのか、すごい陽気な“イェー”って感じで返事をくれた。
再び採寸し、サイズが1mmも変化していないことを確認し終わった。
「普通、あなたほどの体型を維持するのはすっごく大変なんだけどね……特別なことは何も?」
「ないです」
そう言いながら、イルダさんからいただいたキットカット抹茶味をムシャムシャするレベルである。
私は体重も身長も変化しないし、おそらく歳もとることはない。そういう風に創られた人間なので。お菓子うめぇ。
「……同じ女性として羨ましいわね……」
「まあ、普段食べる量も少ないですけどね」
食事が趣味的な意味合いが大きいっていうのもある。エーテル食ってりゃええねん。
ただ、過剰に食事を摂ったところで私の体型が変化するかというと微妙なところだろう。
「けど、そんな完璧な美しさが……世の全ての女性が羨望するような肉体こそが、身に纏うことを許される……そんなドレスを作ってみたかったんだ」
「おお……」
部屋の隅に置かれた大きなケースを開けると、そこからパールで織られたかのような白い輝きを放つドレスが現れた。
露出は多めなのだろう。夏のパーティーなんかで使われそうな、活発で涼し気なドレスだ。
しかしパーティーで見せるにはあまりにもデザインが意欲的というか、独特だ。この辺り、やっぱり私には理解できない領域というか、パリコレっぽいと言うほど奇を衒いまくっているわけではないけど、お財布の紐が緩くなるようなデザインではないというか……。
「……ああ、やっぱり。星藍さんの肌と合わせてみると、いい感じ。早速着てみよう」
「構造が何もわからなくて草」
「大丈夫、一人で着るドレスではないから。全部任せて」
言われるがままにドレスを着せられ、というよりその複雑さからどっちかと言うと装着されていき、なんだか高そうなアクセサリーまでジャラジャラと身に付けられ……完成した。
「おー……」
着飾ってみた姿を姿見で見ると、不思議なものだ。
光沢のある白の生地が、どこかリフレクターに変身した時のものをイメージさせてくれる。けどこっちはそれよりもずっとお洒落というか、キラキラしているように見える。
鏡のような平たい銀色のアクセサリー類もなかなか良い。光をめっちゃ反射するだろうから周りの迷惑になりそうな感じもするけど、そんな身勝手な輝きもどこか、私自身のテーマであるかのようで。
「……Bravissimo」
「良い……すごく良い。ここまでイメージ通りにいくなんてことあるんだ……けど、やっぱりこれに合うメイクは必要だよね。イルダ」
良子さんが呼びかけると、今度はイルダさんが鼻息荒く私の髪を弄り始めた。
時々手櫛をしたり束を持ったりして、合間合間になんか爆笑してたりする。やだ怖い……。
「ふふ……星藍さんの髪、綺麗だけど丈夫過ぎて難しいって」
「そういうこともあるんですね……お好きにアレンジしちゃってください。長さも、適当に切って貰って構わないので」
切っても良いというとイルダさんはいやいやと慌てて拒否したが、やがて色々な道具を用いて私の髪を弄り始めた。
「こういう時こそ、ソシャゲだな……」
「ごめん、ちょっと電話してくるね」
「あ、はいどうぞ」
「それと、軽くヘアスタイル決めたらタクシーで移動するから。スタジオに行って撮影してもらう」
「……えっ、スタジオですか」
「うん」
そこまで本格に写真を撮るのか……適当にスマホでパシャで終わりくらいのもんだと思ってたわ。
「……今日は空いているんでしょ。大丈夫、平気だから。うん、ごめん。でも大丈夫。お願い。……ありがとう、じゃあ行くから。よろしくね」
……良子さん大丈夫? スケジュールめっちゃ強引にねじ込んでたりしない?
髪型を決めて、メイクもイメージ作りと色選びだけして、その後すぐに私達はタクシーでスタジオに移動した。
何から何まで初めてすぎてちょっとクラクラしてくる……クラクラしない?
「……え、どこのモデル……?」
「綺麗……」
「さ、こっちこっち。向こうでメイクと髪を調整したら、あとは自由にポーズ決めて撮ってもらえればいいから」
撮影スタジオに到着すると、なんだか一気にただ事じゃない感が増してきたな……場違い感があるというか、いや私は場違いではないんだろうけど、気持ち的にアウェーというか……。
「あの、良子さん。写真のポーズなんてギャルピくらいしかわかりませんよ、私」
「あ、それも似合う。……うん、まぁそういうの以外にも色々あるから、自由にやってみて。大丈夫、星藍さん一人だし、時間は結構あるから」
素人が自由にやってそれでOKならファッションモデルなんて職業は生まれない気がするんだよなぁ……。
せめてもの抵抗として、イルダさんに髪をいじられている間はスマホで“ファッションモデル ポーズ”で検索してみる。……うーん……動画しかない……覚えるのに時間かかるぞこれ……。
まぁなんだろ、基本的にクネッとなったりすればいいんだろ(適当)
最初は強く当たってあとは流れで……。
メイクと髪いじりが終わってスタジオに戻ると、さっきよりも人が増えていた。
良子さんによって急遽集められたであろう撮影の人たちもいるが、それ以外にも外野が増えている気がする。
まあ、見られること自体は別に良いけど……。
「……星藍さん、あんまり名前は知られたくないんだっけ」
「はい」
良子さんが小声で訊ねてきたので、こちらも小声で返す。すると、良子さんはちょっとだけ悩んで、頷いた。
「わかった。じゃあ、撮影中は偽名を使おっか。思ってたより星藍さんの存在感が強すぎるから……その方が良いと思うんだ。ごめんね」
「偽名ですか」
まぁ今の各務原 星藍も偽名っちゃ偽名なんだけど。うーん。
「ではアリスにしましょうか」
「アリス。鏡の国のって感じがして良いね。芸名らしいし」
よし、今から私はアリスだ。今日の撮影中だけ、売れっ子モデルのアリスとして振る舞うことにしよう。
「アリスです。本日の撮影、よろしくお願い致します」
「は、はい。……日本語お上手ですね」
「ええ、それなりに。ポーズはここで?」
「え、あ、はい」
呆けたような態度のカメラマンだったが、私がポーズを取ると即座にシャッターを切った。その辺りの反射神経は凄まじい。
それと、結構このポーズとやらも頻繁に変えなくてはならないようで、その辺りのスピード感もやべぇなってなった。モデルって凄くない? もうさっきまで動画で勉強したポーズ全部使い切っちゃったんだけど。
「どこで切り取っても……あの、アリスさん。色々と自分で、自分らしいポーズを取ってみてください」
「自分らしい」
「何だって大丈夫ですよー、気軽に色々、動いてみてください」
気軽に色々か。そう言われると何しても良いように思えてきたな。
じゃあ、やるか。色々を。
平凡な撮影スタジオに、異物じみた美しさが一つ。
誰も他の存在には目をくれず、ただただ少しずつ所作を変える少女の姿に見とれていた。
褐色の肌に、金糸の髪。白く輝くドレスを身にまとう彼女は美しく、しかしどこの国の出身かはわからない。
ただ、国の垣根すら存在を許さないほどの完成された美が、そこで輝いている。
透き通るでも、彩り豊かでもない。既存の美しさやイメージを投影することを一切許さない、既知の陳腐な何もかもを跳ね返す、鏡のような存在。
彼女はただそこにいるだけで煌めいて、乱暴なまでに輝いて、絶対的であった。
美しすぎるが故に、それは見る人全てに同じ想いを抱かせる。
「……」
無言。言葉を失うその無心にも似た感情。
それがファインダーの中で完成したことを悟り、良子は微笑んだ。
「……良かった。やっぱり、私はこういうデザインのために仕事をしてるんだ」
それから数日後。
有名デザイナーのYOSHIKOは自身のSNSで、何らかのイベントでも仕事でもない、私的な写真を投稿した。
一人の少女がドレスを着て、割れた姿見と共に並んで立っているイメージである。
内容に短く『Alice』とだけ題されたその投稿はネットを中心に大きな反響を呼んだ。
人間離れした幻想的な美しさを持つその『Alice』は爆発的に有名になったが、しかし人々がどのような事務所を探しても、該当する人物が見つかることはなかった。
ひょっとしてあの人なんじゃないかということで、一部地域で妙な人気を誇る神出鬼没な謎の黒ギャルの名前が挙げられることもあったが、あえて入念に行われたヘアアレンジとメイクが功を奏したのか、その変な奴が『Alice』と同一視されることはなかったという。
:各務原 星藍
普段メイクはしないけどメイクをしたらしたで化けはするタイプのリフレクター。
イルダさんから色々と教えてもらったりはしたものの、メイクに使うおすすめの色が日本じゃなかなか手に入らないものばかりで面倒くさくなってやめた。
『Alice』の反響のデカさにちょっとビビったので、しばらく田舎での仕事を中心に入れるようになった。
:良子
世界的に有名なデザイナー。
星藍を通じて自分が手掛けてみたかった作品のひとつを完成させることができてご満悦。
ちなみに自費で作ったドレスの金額はかなりヤバい。ヤバいけど後悔はしていない。
バレエを始めた姪にもまた何か作って着せてみようかと考えている。
:イルダ
イタリアのヘアスタイリストでありメイクアーティスト。
たまに一緒に仕事をする良子が日本で面白いことをやるというのでホイホイついていった。
ちょっと引くほどの美人が出てきて思わず爆笑してしまったけど、良い仕事ができて満足している。
日本の菓子をまとめ買いして帰った。