オリジン・リフレクション   作:ジェームズ・リッチマン

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臭くないのです


田舎のシンデレラ

 

 お互い女同士ということもあり、靭こころさんと一緒に作業をすることになった。

 女子小学生にこんな作業が務まるのか……と思ったけど、こころさんの手際は非常によろしい。一朝一夕では身に付かない、普段から父親のお手伝いをしてなければできないスマートな作業であった。

 

「こころさんの包丁さばきはとてもお上手ですね。家のお手伝いをして、長いのですか?」

「はえっ? あ、は、はい。なのです。……お料理が好きだから」

「良い趣味だと思います。将来何をするにしても、損することのない技能ですからね」

「将来……将来のことは、まだ」

「おっと。そうでしたか? 気が早かったですかね」

 

 この時代、日本においては飢餓で人が死ぬことはあまりない。全くないということはないが、基本的には食うに困る世界ではないだろう。もちろん例外などいくらでもあるだろうけど、一般家庭に生まれた人にとっては縁遠い不幸に違いない。

 腹を満たせるというのは素晴らしいことだ。……みたいな、古代は今よりもっとキツかったんだよ話をしちゃうの、なんかすごいババ臭かったな。やめておこう。

 

「ええっと……星藍さんは、この辺りの人じゃないですよね……?」

「はい。まあ、仕事柄全国を転々としてますけどね」

「なんだかすっごく、都会っぽいのです」

「都会っぽいですか? あはは。まぁ、ナウでヤングなチャンネーであることには間違いありませんね。拠点とする場所は首都圏にありますから」

「なう……やん……? 首都圏かぁ……いいなぁ……」

「都会に憧れでも?」

「もちろんなのです。……だってここ、田舎だし」

 

 こころさんは周囲の景色を見回した。

 山。森。畑。時々、家。……そんな感じの風景である。

 どこを切り取っても何かしらの牧歌的な絵画になりそうだ。

 

「おしゃれな服屋さんなんてないし、どこのお店に行っても知り合いがいそうだし……受験するなら、都会がいいなぁ」

「お店ですか。確かに少ないですよね、この地域は」

「でしょ?」

「コンビニとコンビニの間がこれほど広いとは」

「そうなのです! コンビニすら遠いの! ……しかも店員はご近所の人だし」

「バイトするにも選択肢がなさそうですねぇ」

「だから、私は都会に出たいのです」

 

 おしゃれしたい年柄の女の子にとっては確かに窮屈な世界だろう。

 もっともな願望であり、憧れだ。無いものねだりと言ってやるのは酷な話である。

 

「このお手伝いが終わったら、色々と写真見せてあげますよ。テレビで紹介されてた喫茶店とか、本屋とか、街の小さなパン屋さんとか。こころさん、写真を見たらきっと行きたくて仕方なくなりますよ」

「……あとで見せてください」

「ええ、もちろん。さあ、あと少しです。頑張りましょう」

「はい!」

 

 親元を離れるには適した年齢というものがある。

 それまでは勉強したり、ここで頑張るしかない。

 こころさんは素直で良い子そうだし、憧れをバネに変えて、腐らずやっていってほしいですね……ガチでね。

 

 

 

「えー、本日は各務原さん方にもお手伝いいただきまして、どうにか無事一日で解体作業が終わりました。夕方からは猟友会の皆さんにもご足労いただき、ほんっとうに助かりました。ありがとうございます」

 

 その日の夜、なんやかんやで膨大な量の鹿肉を解体し終わった後は流れるように宴会が始まった。

 普段から猟やら作業が終わった時などはこうして竹中さんのお宅で飲み会が行われているらしい。仕事上がりの猟友会のおじさんたちも参戦して、楽しそうにジョッキを掲げている。

 労うというよりは、このためにみんな集まってきてるんだろうなぁという感じはしなくもない。

 

「いやぁ久しぶりだなぁ、河口さん! また会えて嬉しいぜ! さ、芋いけるんだろ、飲みな飲みな!」

「あ、うっす! どうもっす……! いただきます!」

「本栖さんも、山中さんも! さあ、鹿刺し食って! どんどん減らさないと今日の分の肉冷凍庫に入らんからさ!」

 

 そして私たちが今回助っ人として呼ばれたのも……ひょっとすると三馬鹿達をこの飲み会に参戦させたかったんじゃ疑惑がちょっとある。

 三人ともおじさん達から妙に気に入られて、既にいい感じに出来上がっていた。ウマが合うというやつなんだろうな。

 

「おーい、こころちゃん! 氷持ってきて!」

「……はぁい」

 

 そして、なんというべきか。こういう寄り合いだと何故か、その場にいる女が働かされがちである。もちろん自発的に動くタイプの人が多いパターンもあるだろうが、なんだろうね。地域性……ですかねぇ。

 

「お手伝いしますよ、こころさん」

「あ、星藍さん……ありがとう」

「向こうの部屋は煙草臭くて嫌ですね」

「……ふふ、そうだね。私もあの匂い、好きじゃないのです」

 

 ま、酔っ払ったおっさんおじさんたちに囲まれたらセクハラされそうだし、そんなことになるくらいなら給仕でもしてた方が楽なのは真実である。働かされているように見えて、実はやりたいからやってる面は……結構あるのだ……。

 

「この時撮ったのが季節限定のメープルフェアのやつ。シロップが全部メープルに変わってて美味しかったですよ」

「わぁああ……おしゃれなパンケーキ……こっちは?」

「それはクリームソーダですね。あれ、逆に今の子って知らない感じですか」

「メロン味なのです?」

「メロン……かなぁ……何味だろうこれ……気持ち的にはメロンっぽい気がするけど……」

「気になるなぁ……」

 

 煙草臭い居間はさておいて、私たちは台所に小さな椅子を持ち寄って小さな宴会だ。

 都会では滅多に食べられないであろう鹿刺しをつまみながら、レバー炒めを食べつつジュースも飲む。野趣に富んだ久々の食事が五臓六腑に染み渡るぜ……。

 

「こころさん、時間大丈夫ですか。家に戻らなくても」

「平気なのです。いつもお酒を飲まない前田さんにお父さんと一緒に送ってもらっているから……」

「なるほど、運転手が」

「でも星藍さんのいた所は電車があるからいいなぁ。車とか自転車がいらないのって羨ましい……」

「ああ……交通手段がないうちは、大変そうですね」

 

 どうやらこころさんも今日は夜遅くなるまではいるらしい。ならばいいかと、せっかくなので二人でスマホの画像を眺めている。都会っぽいおしゃれなお店や小物などが映ると、こころさんのテンションは面白いくらい上がっていた。

 

「うー……私も早く高校生になりたいなぁ」

「すぐになれますよ。高校生なんてあっという間です」

「絶対そんなことないよぉ」

「いやいや、すぐですとも。小学生から高校生なんて、二十歳から四十歳になるくらいあっという間のことです」

「……星藍さん、今何か変な例えしなかった……?」

「いずれわかりますよ。いずれね……」

「そうかなぁ……」

 

 飲んだくればかりの居間から空いた食器を回収し、流し場で洗ってゆく。竹中さんの奥さんからはいいのよそんなことと言われたが、こっちはこっちで男三人がお世話になっているのでね……河口さんが森伊蔵をガバガバ飲んでてヒェッてなった。皿洗いくらいさせてくれ……。

 

「あ、私も……」

「大丈夫大丈夫。大した数じゃないですから」

 

 本当にいい子だなこの子。けど、このシンクはまだまだこころさんには少し高い。

 何より酔っ払った大人のケツを拭く癖なんて、つけない方がいっすよ。

 

「こころさんにもいずれ、このシンクの高さがちょうどよくなる日が来ます。新しくもらった教科書の後ろの方を見て、さっぱり理解できなかった部分も、数ヶ月もすれば理解できる時が来るでしょう。身体にぴったりと合っていた制服の丈が短く感じるようになり、今までにいなかったようなタイプの友達と遊んで、新しい趣味を覚えて、資格を勉強して……そんな新鮮さばかりの日々に驚いているうちに、本当にすぐに来るものです。大人になる日というものは」

 

 水を切った皿を立てかけて、私はこころさんに目を合わせた。

 優しい目をした、けれど芯の強さを感じさせる、しっかり者の目だ。

 

「そして今この世の中にいる大人というものは、そんな日が来ることなど思いもしていなかった人々が大半です。ほとんどの人が大人になるまでに大人になるに相応しい準備を怠り、慌てて宿題を間に合わせるような日々を送っています」

「ええー……大人って、そんなに……?」

「あっちで馬鹿騒ぎしてる人達を見てください。あの中にも結構います。あんな感じです」

「……ちょっとわかるかも」

 

 こころさんがクスリと笑ってくれた。

 

「だから、こころさんは油断してはいけませんよ。あっという間にやってくる大人までの時を、ただぼんやりと待ち侘びていてはもったいないです。やれる宿題は、やっておかないと」

「宿題かぁ……」

「努力と呼んでもいいですけどね」

 

 あっ、そうだ。

 

「ちょっと待っててくださいね、こころさん。今ちょっと良いものを用意しますから」

「良いもの……?」

「大人になる前のこころさんへ、前祝いのようなものです」

 

 私は外に出て、軽トラに積んである大きなクーラーボックスから氷を数個だけ取り出した。

 万年氷。普通の人では立ち入れない場所から拾ってきた、なかなか溶けない氷である。これがあるだけでクーラーボックスの性能が最強になるのでとっても重宝している。古代はこんな代物がそこらへんにあったものだが……。

 

「さて……この氷と、こちらにある各種ジュースを使いまして」

「何を作るのですか?」

「まあ、見てろよ見てろよ」

「は、はい」

 

 ここからはちょっと気取って背筋を伸ばしながら。

 お酒好きな竹中さんの台所の隅の方には、カクテル用のシェイカーがあった。カクテルグラスも置いてある。こちらをお借りして、カクテルを作らせてもらおうか。

 

 氷をシェイカーに入れて、メジャーカップでオレンジ、レモン、パイナップルのジュースを計量しながらちゃっちゃと注いでゆく。

 もちろん動作は早く、鮮やかに。

 

「わあ……それってカクテル……!?」

「これから大人になるこころさんのために、特別な一杯を作らせていただきます」

 

 レモンの瓶をひょいっと投げてキャッチしたり、格好つけたりなんかしてね。

 さて、計量したらあとはシェイクだ。

 

 あくまで上品に、優雅に。力任せではなく、流れるような動きでシェイクしてゆく。

 ここシェイクこそが華だよな。だからこそ、ダラダラやらずにキリッとさせる。

 

「わぁー……」

 

 万年氷のカドも取れただろうあたりで、蓋を外してカクテルグラスにドバーッと出す。

 柑橘系の黄色っぽい鮮やかな色合いの、フローズン一歩手前に冷やされたノンアルコールカクテル。

 

「どうぞ、シンデレラです」

「すごーい!」

 

 ちょっぴり薄暗い台所での提供ということもあって、雰囲気がなんだかバーっぽい。まあバーなんて目の前に台所があるみたいなもんだし実質バーよ。

 

「……とっても美味しいのです!」

「お気に召しましたか」

「はい! さっぱりとした甘さで……これがカクテルなんだぁ……」

「それはよかった」

 

 ミックスジュースと言ってしまえばそれまでだが、こういう一杯の雰囲気に酔うのもまた、大人の醍醐味だ。

 

「……いつかこころさんも、この少女だった時代を懐かしく思う時が来るはずです」

「そうかなぁ……」

「そうですよ。ほら、せっかくなので一枚撮りましょうか」

「えー……?」

 

 私はカクテルグラスを手にしたこころさんにスマホのカメラを向けた。

 こころさんはカクテルグラスを両手でたどたどしく持ちながら、恥ずかしそうに微笑んでみせた。

 パシャリ。……うん、良い感じに撮れた。

 

「なかなか大人っぽく撮れましたよ」

「ほ、ほんとに?」

「ええもちろん。こころさんはスタイル良いですからね。カクテルを持つとより大人っぽくなりますね」

「えー、そんなの初めて言われた……えへへ……」

 

 今はまだ幼い少女だが、時が流れるのは早い。

 大人になる自分を夢見て、ただぼんやりと待ち侘びるだけでは損だ。

 

 子供なりの不便はあっても、それでも今を今なりに、楽しんで、そして頑張って過ごして欲しいものである。

 自分の時間を大事に……生きようね! 

 




:各務原 星藍
コモンを通じて色々な素材を取ってきたりしている系リフレクター。
万年氷と冷たい砂粒を入れたクーラーボックスがキンキンに冷えてやがる。
おかげでお肉をたくさん持って帰れるもよう。

:靭 こころ
田舎暮らしにコンプレックスを抱える少女。
早く大きくなって都会で暮らしたいなぁと考えている。
ノンアルコールカクテルを飲んでちょっと酔ったかもしれないと思っているが、気のせい。
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