スケバン少女、田辺 百さんはそれからちょくちょく私の前に現れた。
学校は行ったり行かなかったりらしく、出現は昼だったり夜だったり。私も大概神出鬼没だけど、百さんもなかなか自由な学生生活を送っているようだった。
「田辺、タイキック!」
「ぎゃーっ!?」
何度も何度も私の前に現れては友人の仇を取ろうとする。涙ぐましい友情だ。感動的だな。だが人違いだ。
いきなりストリートファイトを仕掛けられることに対して別にムカつきはしないけど、何もしないで無視するのは逆に相手に失礼だ。なので毎回手加減しながら張り倒している。
「いってぇええ……!」
「百さん大丈夫ですか? ケツ割れてますよ?」
「……〜!!」
言いたいことは色々あるけど、痛くてそれどころではない。そんな顔をして、百さんはコンクリの上を転げ回った。哀れ。
「懲りないですね、百さんも。その諦めの悪さを学業に活かしてくださいよ」
「うっ、るせぇ……! 先公かよ!」
「義務教育は終わってるんですから、高校に通うなら通うで専念すべきだと思いますけどねぇ。……まあ、高校生だからこそサボってブラつく青春もアリか……」
「……おめー、何歳なんだよ。先輩か?」
「17歳です」
「歳上か……」
「なに、百さんならすぐ追い抜きますよ」
「歳は追いつくもんじゃねーだろ」
それはどうかな。私は永遠の17歳だから意外とすぐだと思うよ。
「ほら、ジュースあげます。喉乾いたでしょう」
「え? お、おう……っておい、これ……」
「それ不味いですよ。謎味エナジー」
「わざわざそんなもん自販機で買って寄越したのかよ……まあ、いただきます」
決闘()が終わった後、こうして話すことも多くなった。
最初のうちは怒りに任せて襲い掛かるだけだった百さんも、前と後で会話する程度の落ち着きも得たようだ。それだけ私が歯牙にもかけていないということではある。
「……あんたの悪い噂、どこ行っても耳にするぞ」
「美人は妬まれますからね」
「ちげーよ。……どこぞのクラブを潰したとか、外飲みの集まりを滅茶苦茶にされたとか。あたしの知り合いも、仲間が何人かやられたって愚痴ってたよ。なあ星藍、なんでそんなことやってんだ?」
百さんは謎味エナジーを一気に飲み干し、缶をポイ捨てした。おいおい。やめなさいよ。
「あんたが強いのは間違いない。けど、ここ数日話してみてわかった。あんたは別に、言われてるほどひでぇ奴でもない。……いや最低なこと結構するし言ってるけど。そういうひでぇ奴ではないんだろ。なんだって、月ノ宮で暴れ回ってるのさ?」
「……どうしてそうやって素直に聞くまでに、何日もかかるんですかね」
「う、うるせぇっ」
拳を交えなきゃ会話ができない戦闘民族はこれだから困る。マガジンの住人かな?
「違法薬物が嫌いだからやってるんですよ。ただそれだけです」
「……はぁ?」
「百さんはヤクがお好きですか?」
「んなわけねーだろ」
「だからです」
「いや、だからってあんた……こんな……」
「別にそれ以外の理由なんて何もないですよ。薬を使ってる人、売ってる人、それらをしばいて回ってます。嫌いだから消えて欲しい。簡単でしょう。それ以上でもそれ以下でもないんです」
コーラの空き缶をメキメキと握り潰し、アルミのボールにしてからゴミ箱に投げ入れた。重い音がして、見事中に入る。よっしゃ。
「……危ないだろ。それ。そういう薬とかって、ヤクザも絡んでるんじゃ」
「絡んでますよ。だからヤクザもぶん殴るんです」
「……知ってはいたけど、ほんと。あんた、イカレてんな」
「できるからやってるだけですよ」
最強のリフレクターだし単騎だからこそできることだ。そうでなかったらさすがにやってない。
「……なんで美紀が……」
「美紀さんですか。正直、今まで私が手を出してきた数が数なので個人まではわかりませんけど。彼女が何かやってたってことはないですか? それこそ、薬とか」
「なっ……やるわけねーだろ! 美紀が!」
百さんは吠えるが、虚勢だけだ。
私には百さんの想いが見える。強い葛藤、迷い、不安……。
「……やるわけがない。あいつが……そんなこと」
「まだ彼女とは連絡がつかないので?」
「……面会できないって断られてる。家族以外は駄目なんだと。門前払いだった」
「なら私が様子を見てきましょうか」
「え?」
もう既に私と百さんの間に大きな確執はないが、うっすらと犯人扱いされ続けるのも気持ちが悪い。ならばいっそ、真実を明らかにしてやるのも手だろう。
何より、目の前で少女が想いを不安定にさせているのだ。まだお節介な段階ではあるが、安定化の手助けをしたって構わないはずだ。
「私が美紀さんのいる病室まで忍び込んで、様子を窺ってきます」
「そ、そんなことできるのか。いや、どうしてそこまで……」
「疑われ続けるのが嫌いだから。そして、できるからやるんです」
さて、昼か。良い時間だ。潜入捜査も慣れてきたし、いっちょスパイ活動でもしますかね。
「……なあ頼む、星藍。私のダチを……美紀の様子を、見に行ってやってくれ」
「もちろんです。プロですから」
大暴れの後始末になるのかな、これは。
まあ良いか。私も知らないうちに不幸を生み出していたなんてことがあったら軽く三日は凹むからな……この際キッチリ調べてやるとも。
行きますよ〜イクイク……。
百さんから聞いた病院は大きく、規模もかなりのものだ。
ここから虱潰しに目当ての個人を探すのは非常に大変だろう。中には迂闊にうろつけないフロアや区画だってあるはずだ。
「知ったこっちゃないけどな」
じゃあどうするか。答えは変装。そして虱潰しである。美紀さんがどこにいるか受付で聞く? 無理無理。怪しまれて終わりだ、そんなのは。美紀さんの家族に成りすまそうにも顔もわからん。
けど流石に黒ギャルモードでうろつくのは難しいから、適当な人の姿を借りて探す必要はある。
女性の病室が目当てなので、警戒されないよう変装姿は同じく女性。あとは根気よく、だ。
「今日食欲ありますねー」
病室に貼られた名札を見て回り、美紀の二文字を探す。
時々ナースステーションの人が「おや?」って顔でこちらを見てくるが、首から下げた適当な面会証があればある程度はスルーしてもらえる。らくちんちん。
しかし居ないな。ずいぶん探し回っているのだが……。
「……お」
やがて、人通りの少ない病棟の一角で目当ての名前を発見した。フルネーム全てが揃っている。人違いということもあるまい。
「……」
その個室に入り、私は……目当ての少女を見つけたのだった。
「美紀。ミキ。そうか、あなたでしたか」
「……? 誰……」
こけた頬。血の気の薄い肌。寝不足気味な目元。
彼女は、かつて私が壊滅させたクラブにいた少女だった。
半ば無理やり薬を飲まされ、売人達のペットのように扱われていた女の子。
……半分くらいそうじゃないかとは思っていたけど、そうか。この子だったか。
「しっ。静かに。こっそり忍び込んだんです」
「……誰なの。な、ナースコールは、いつでも押せるから」
「私は……田辺 百さんの知り合いです」
「……!」
百さんの名前を出すと、美紀さんは両目からぼろぼろと涙を流し始めた。
「百先輩……私、私……ぅうう……!」
「……まだ美紀さんの治療も長引くでしょうし……直接伝えられない事情もおありでしょう。私でよければ、百さんへの伝言くらいならお伝えしますよ」
痛々しく伸びる点滴の管。痣を隠すように巻かれた包帯。
美紀さんは涙交じりの声で、言伝というよりは己のそのままの心情を、全て吐露してくれたのだった。
「……すまなかった。本当にごめん」
川沿いの道のベンチで病院での出来事を全てを伝えると、百さんは真っ先に私に頭を下げてきた。
「美紀がまさか……本当にそんな、薬に手を出してたなんて……それも、そんなに前から……」
美紀さんから聞いた告白は、概ね私の予想通りだった。
美紀さんは悪い友達伝に違法薬物を知り、最初は遊びで試したのだという。しかしそれからずるずると回数を重ねるうち、より悪い人達との付き合いが増え、それまでの百さんのような友人とは疎遠になり……ついには私が打ち壊しに乗り込むような悪の巣窟に囚われてしまったというわけだ。胸糞悪い……悪くない?
ちなみに美紀さんの身体の痣は私がやったものではなく、それまでの男達によって与えられた傷がほとんどのようだ。良かった、私悪くない。いや良くはないけど。
「あんたのこと、勘違いしてた。あたしがバカだった……許してくれ」
「いやほんと馬鹿なのはそれなって感じです。いきなり喧嘩かましてきますかね普通」
「うぐっ」
「けど、美紀さん側から情報が来なかったのですから、私が真っ先に怪しまれるのもわからないではないですけどね。多分、美紀さんのご家族や学校は醜聞が広まるのを恐れていたのでしょう。だから百さんにも美紀さんの詳しい容態が伝わることはなかった」
「……あたし、美紀のダチのつもりでいたけど……他人なんだよな」
「ですね。他人には、なかなか情報が届かないものです」
「……凹むよ。マジで」
百さんは柵にもたれ掛かり、力無く項垂れた。
……うーん。問題を解決したと思っても、百さんの想いの揺らぎは変わらない。
人の心ってこういうとこが本当に難しいよな。根本的に気持ちを変えるなんてそう容易にできるものじゃない。
全ての人間が何もかも順風満帆な人生を送れるわけではないのだ。
「美紀さん、かなり長くなるそうですよ。転院、そして学校も転校することになりそうだとか」
「……クソッ」
「違法薬物、嫌いになりましたか」
「ああ、今日なった。……最低最悪だな。今すぐ原チャで、美紀をそんな目に遭わせたやつらの塒に突っ込みたい気分だよ」
「スケバンといえど無謀ですよ。何より原チャではちょっと」
「うっせえ。あたしだってバイクが欲しいんだよ。金がねえんだ」
「まあ、薬物に関しては私にお任せください。暴れるのはこれまで通り、私がやりますからね」
リフレクターの指輪を撫でる。こいつが煌めく時、私の仕事が始まるのだ。……できればあまり煌めかないで欲しい。
「……あたしに力はない。だから……任せるよ、星藍。ごめんな、あたし、こういうの頼ってばっかでさ。情けねえ……」
「お気になさらず。任せてくださいよ。百さんの分まで暴れてやりますから」
下手に百さんを関わらせると、報復が怖い。私は報復を恐れてないが、百さんや普通の人が狙われては大変なことになるだろう。下手しなくても死人が出るかもしれない。
「何か私にできることがあれば……言ってくれよ。あんたの力になる」
「ん? 今なんでもするって」
「いやなんでもとは言ってねえよ!?」
「じゃあ勉強」
「……そ、それ以外でなんかない?」
「どんだけ勉強が嫌なんですか百さん……じゃあ、これ」
私はスマホを差し出した。
「フリスペ入れて連絡先交換してくださいよ」
「お、おう。そんなんで良いの……?」
「いえ。そうしたらソシャゲの友達紹介クーポン送りまくりますので、フレンドコードを入力してもらえると助かります」
「ええ……そんなことかよ……」
「そんなことって言い方はないでしょう! 無課金勢の努力の結晶なんですよ!」
「わ、悪かったよ。ごめんって。わかった、ちゃんと登録しておくから」
こうして、私と田辺 百さんは友達になったのだった。
今では時々フリスペで雑談したり、ゲームを紹介したりして遊んでいる。
なお、百さんはあまりゲームは好きではない模様。たまには一緒にやりたいんだけどなぁ。悲しいなぁ……。
:各務原 星藍
戦いを挑まれたら断りはしない系リフレクター。
流れ弾とかで罪なき人を傷付けていたのだとしたら後味が最悪なので、何事もなくて良かったと思っている。
百とフリスペを交換してから、ゲームの招待を送りまくって百を辟易させている。
:田辺 百
スケバンっぽい雰囲気のヤンキー女子。
高校は行ったり行かなかったり。卒業はできないだろうなとなんとなく思っている。
美紀についてはひとまず無事であることに安堵したが、モヤモヤはなかなか晴れてくれない。
:美紀
薬物に手を出して、そのままずるずると悪い方向へ流れてしまった女の子。
家族や友人関係にヒビが入ったことに酷く後悔している。
家族はショックを受けたが、それでも彼女を見捨ててはいない。