あたしは
ダチからは「漬物石の百」って呼ばれている。あたしの拳の硬さと守りの頑丈さが石みてぇだって言われて、それからついた呼び名だ。
一部のダチからは「それちょっとダサくない?」って言われたりもしてるけど、漬物石はすげぇ重いし強そうだろ。あたしは気に入ってるんだけどな……。
「もちろんヤクザに囲まれることだってあります。それでも私は抵抗しますよ。拳で」
「いやさすがに拳じゃ無理だろ……」
「魔法少女に変身できるくらいのレベルになったらいけます」
「またアニメの話かよ。ほんと好きだなあんた、そういうの」
「百さんも見れば良いのに。最近のは本当に良くできてますよ」
「だから、そんな興味ねーんだって」
そんなあたしに最近、ダチというか、変な知り合いができた。
名前は各務原 星藍。きっかけはあたしの勘違いで絡んでいって、みたいな、ちと情けねぇ理由からだったんだけど。そっから何度も顔を合わせていくうちに、どういうわけかこうしてちょくちょく会うような関係になった。
わかんねえもんだよな。まあ、一番わかんねえのはこいつそのものなんだけど。
「月ノ宮に戻ってくるなりまた大暴れかよ。あんたはいつも忙しそうだな」
「この街がもう少しゴッサム感薄ければ私も楽できるんですけどね……やめたくなりますよぉ〜リフ活ぅ〜」
「全体的に何語?」
各務原 星藍。
あたしよりも背が高く、浅黒い肌色をした、金髪の女だ。鋭い目は鮮やかな青。
だからまあ、とにかく目立つ。どこにいても何してても目立つ。
明らかに日本人ではないんだけど、あたしなんかよりも流暢な日本語を話す。一度直球で「何人?」って聞いてみたら「ピテカントロプス人」って返ってきた。検索したら古代人らしい。こいつは本当に息するようにどうでもいい嘘をつくな……まあ、聞くなってことなんだろうけどさ。
星藍はいつもふらりと月ノ宮にやってきては、悪党を成敗して去っていく。まるで正義の味方だ。悪を許しておけないらしい。物語の中から出てきたみてーな奴だけど、実際にやってのけるし、実在もしている。
こうして直にあって話すことも一度や二度じゃないのに、未だに現実味がないってか、よくわかっていない。多分、星藍そのものがフワフワと掴みどころのない性格してるってのもあるんだろうけどさ。
「百さんの方はいかがですか。高校の方は」
「あたしのことはいいだろ」
「ついに退学ですか……?」
「ちげーよ! ……別に、なんてことねーだけだよ。今まで通りすぎて、喋ることなんてねーの」
嘘をついた。
なんてことないわけではない。
ちょっとだけ、本当にちょっとだけ気合い入れるかって感じで、学校に通ってた。
一限目から席について、あたしにしては珍しく、寝ないで教科書だって開いてた。
あたしが勉強をやってみたんだよ。笑えるだろ。
……きっかけは、ちょっと前に星藍から「これやってください」って言われて始めたゲームだった。
そこには星藍の他にフレネルって奴や香織って奴もいて、みんなして協力してゲームをしたり、時にはゲームとは関係ない話もしている。
で、そこにいる連中がまあとにかくあたしと違ってゲームそのものに熱心なんだけど、だからってゲームばっかやってるわけでもないみたいで。
二人とも部活は一生懸命やってるっぽくて、なのに勉強もしっかりこなしてるみたいだったんだ。ゲームもやってるのにだぜ。信じられねえよ。
星藍はあのチャットにいる二人を「なんとなく歳下っぽいですね」とか言ってたけど、だとしたら尚更やばい。あたしなんかよりずっと真面目だし器用だ。それに多分、あたしよりも頭がいい。
だからまあ、ほら。さすがに焦るじゃん。時々とはいえ一緒に遊んでる年下の連中より、馬鹿でゲームも下手でとかさ。格好がつかないじゃん。さすがに情けねえよ。
そんなこともあって、あたしはまた真面目に学校に通い始めたんだ。
年上として、しっかりしなきゃまずいよなって思ってさ。
思ったんだけどさ。
『進学? 田辺が? 無理だろう』
将来のことをちょっとだけ。けど、本当に真面目に考えて、先公に聞いてみた。
けど返ってきた言葉は、なんてことはない。無理。それだけだった。
そこであたしは一気に冷めちまって、相談って呼べるほど話す前に、それ以降は食い下がることも、聞くこともしなかった。通い直した学校へもまた行かなくなって、教科書も読まなくなった。……まあ、見たってどうせわかんなかったしな。
「変わらない。今まで通りさ」
あたしは変わらず、腐り続けるままだった。
……情けねえ。
「百、皿洗いありがとうね」
「いいって、そんくらい」
学校に居場所はない。家も、親がウザくて出てきてしまった。
そんなあたしに居場所をくれたのは、ばあちゃんだった。
「あら、またバイクの部品買ったのかい。別に良いじゃないの、今の原付で」
「好きで原付に乗ってるわけじゃねーの。しょうがないだろ、事故ったんだから……ほらこの部分、どうにかしてやらないとさ」
「そんで修理も自分でか。貧乏は辛いねぇ」
「もぉ、うっさいなぁ。原付じゃサマになんねーの! バイクじゃなきゃダメなの!」
「ははは」
ばあちゃんはこんなあたしを家に置いてくれる、優しい人だった。
けどタダで居座らせてくれるなんてことはなくて、家事の手伝いを覚えさせ、やった分だけお小遣いをくれるって感じ。おかげで今ではちょっとした家事なら色々できるようになった。
「っとと、また通知が……あっ、今日レイドか。よくやるなぁあいつら」
「なんだい、百の友達か?」
「んーまあ、友達かな」
「バイクの子かい?」
「いんや。そういう友達じゃなくて……最近一緒にゲームするようになった奴らだよ」
「へぇ。友達とねぇ。最近のゲームはすごいんでしょ」
「ばあちゃんはインベーダーしか知らないだろ」
「パックマンとマリオも知ってるよ」
「古いなあ」
「けど、百もそういうゲームやるんだね。意外だよ」
まあ、そうな。あたしもゲーム好きってわけじゃないしなぁ。
「ゲームってやつはさ。あたし、息抜きに何も考えずにやるもんだと思ってたんだ。けどいざ自分でやると全然そんなことなくてさ。考えることがいっぱいあって、全然うまくいかねーでやんの」
「へえ、そうなのかい」
「よく考えたら昔からそうだったんだけどね。あたし、小さい頃からずっとゲームが得意じゃなかった。上手い奴はいくらでもいて……ああ、それであたし、やらなくなったのか」
黒ずんだオイルで汚れた手を拭い、一息つく。
……ゲーム。まあ、ちょっと軽くやる分には楽しいさ。暇つぶしになる。けど、星藍とかフレネルとか香織みたいな、上手くやることはあたしにはできない。多分、あたしが馬鹿だから。
「……好きこそものの上手なれ。好きでもないものを上手くなれってのは、難しい話さ。百はゲームがそんなに好きじゃないんだろ」
「まあね」
「それでいいのさ。好きなことに打ち込んだら良いんだよ」
「……バイクとか?」
「本気でやるなら、それでも良いさ」
本気。本気か。
……あたしの手の中で、修理中の愛車が輝いて見えた。
「人生、何か一つでも得意なこと見つけて、突き抜けてみな。今は良い時代だよ。女だからってどうこう言われることもないからねぇ」
「ばあちゃんの若い頃は、違かったんだ」
「随分とね。ま、その時代の良さもあったさ」
ばあちゃんは縁側から立ち上がると、首を鳴らした。
いやぁな音だ。年寄りがそういう音出すの怖いからやめてくれよな。
「三時の休憩だ。百、身体綺麗にしたらお茶にしようか」
「あたし、しょっぱいの食べたいな」
「漬け物でも食べる?」
「うん。食べる」
「よし」
本気で何かに打ち込む、か。
……仮にバイクだったら、何すりゃ良いんだろう。
爆走? いやぁ……多分違うよな……うーん……。
:田辺 百
プチ家出中のヤンキー女子高生。中途半端。
自分が何をしたいのか、何ができるのかもまだよくわかっていない。
ばあちゃんが作る漬物が好き。