「百さん、おはようございます」
「おー……おお?」
待ち合わせ場所にした駐車場のあるコンビニまで行くと、百さんは既にバイクに跨って待っていた。
「レガシィじゃん。本当に車持ってるんだ」
「借り物ですよ」
「キックボードか何かで来るんじゃないかと思ってたよ」
「流石にキックボードじゃタイヤが耐えられませんから」
「ははは。……それ、ボケだよな?」
百さんはスクーターに乗っていた。ちょっと意外だ。てっきり今日は海岸線でブイブイいわせるのかと思ってた。
「星藍はバイク持ってねーの?」
「持ってないですね。買おうと思えばいつでも買えるんですけど」
「運転したことは?」
「ありますあります」
「なんだ。せっかくなら二人でバイクツーリングが良かったなぁ」
「まあまあ。車に色々荷物を積めますし、仕事用の道具も色々ありますから。ツーリングは今度にしましょう」
「お、次があるのか。それは楽しみだ」
「今日は今日の走りを楽しみましょうよ」
「だな。悪かったよ」
ちなみにレガシィは借り物な上、免許証は偽造である。
スノウ・ライで偽装しているとはいえ照会されたら一発で死ぬ。私にできることは、せいぜい警察に捕まらないよう安全運転することくらいだ。
このレガシィもオンボロで“壊してもいいっす”と言われているとはいえ、さすがに借り物をパクられるわけにはいかない。私一人の問題で済まなくなる。やべぇよやべぇよ……。
「バイク用だとこのインカムが良いですよ。距離が結構離れていても大丈夫ですし、大人数もいけます」
「うわっ! これすげー高いやつじゃん! いいの? これ使っても」
「貸すだけですよ。移動中、音楽を聴くだけじゃ退屈ですからね。お喋りしながら行きましょう」
「サンキュー、星藍。あたしからもこれ、はい」
「……漬け物?」
インカム渡したらタッパーを渡された。
わぁい糠漬け。星藍糠漬け大好き。
「今日友達と海岸行くって言ったら、ばあちゃんから渡されてさ。友達と食いなだって。美味いよ」
「ありがたく頂戴します。お昼にでもポリポリしましょうかね」
そういうわけで、私たちの旅が始まった。
百さんのスクーターは大型でもないのに、良い速度が出る。色々と弄っているんだろう。意外と器用な子だ。
運転も荒っぽくないし、普通に上手い。深夜にスピード出してはっちゃけてるレディースみたいなイメージがあったが、なかなか優等生な走りをする。
『いやー悪いね、下道付き合わせちゃって。そろそろまともな道乗るから』
「いえいえ、これはこれで良いですから」
『到着は昼くらいになるけど……星藍、海の仕事ってゴミ拾いなんだろ? 時間とかって平気なのかよ』
「問題ないですよ。予定通り、一泊はしますからね」
『……旅に出て一泊して仕事かぁ。なんか、大人だな』
「百さんも今日から大人の仲間入りですね。ポリッ」
『……あんたひょっとして今、漬け物食べてない?』
「ポリッ」
『私の分残しとけよ』
月ノ宮発の良いところは、首都高のゴチャついたエリアを最初からスルーできるところかもしれない。星ノ宮だったらこうスムーズにはいかなかっただろう。
まあ、東京都内でそれほど車の需要はないんだけども。
「ドライブウェイに夏が来りゃ、あそれイェイイェイイェイイェイ」
『変な歌』
「懐メロです」
『知らねー』
車とバイクはのんびりとした速度で進み、やがて海沿いの道へとやってきた。
良い景色だ。今日は空も晴れていて、気分が良い。
『フゥーーーッ』
百さんのテンションも上がっている。やっぱ海はアガるぜ。
ガードレールも景色の邪魔をしていない。気分よく走れる道だ。
「百さん、今日海泳ぎます?」
『あー? 水着持ってないよあたし』
「現地に売ってますよ」
『……てか、今回行くとこって泳げるんだっけ?』
「泳げます。大量の魚の死骸と海藻があるだけです」
『嫌すぎるわ』
ま、どの道結構汚れそうな仕事なのでね……最終的に汚染されてなさそうな場所で身体を洗い流すことにはなる気がする。
トンネルを通ったり、道路沿いにある海鮮丼の店で観光地値段の無駄に高い丼を食べたり、大きな風車を眺めながら走り続け……やがてナビが、目的地に近づいたことを知らせてくれた。
「そろそろ目的のビーチに到着です」
『おー』
「運転疲れはしてないですか?」
『全然。けど今日の風の感じ、冬なら死んでたな』
「じゃ、そのまま行っちゃいましょうか」
こうして私達二人は海へとやってきた。
さあ、クリーン活動の始まりだ。
……あ、その前に一応あれだわ。フレネルネキに来たこと知らせておかないとな。
SIR:ウィイイイイイッス! どうも〜SIRで〜す
Fresnel:うわでた
SIR:漬桃石さんと一緒にビーチ現着しましたよ! これからクリーン活動していくゾ〜これ
Fresnel:本当に来たんだ
SIR:フレネルネキも無理にとは言わないですから、気が向いたら会うなりしましょう! お茶したり晩御飯食べたり
SIR:てかここに来るまでに食べてきた海鮮丼の店が無駄に高かったので値段まともで美味しい店が知りたい……知りたくない?
Fresnel:あーあれか、入ったことないけど高いらしいね
Fresnel:うん。せっかく二人が来てくれたんだし、私もちょっと会ってみたい
SIR:ヌッ
Fresnel:ビーチに着いたなら、そこから灯台が見えるでしょ
SIR:見えますねぇ! 見えます見えます
Fresnel:その下辺りで待ち合わせにしようよ。二人の仕事が終わった後、何時になるのかは知らないけど
Fresnel:ちょっとくらいなら案内できるから
SIR:あざーっす ガシッ
待ち合わせ場所は灯台の下。なんともわかりやすい。目立つランドマークの正しい使い方だ。
けどそんなオフ会も仕事に一区切りついてから。まず私達は私達のすべきことをしなくてはならない。
そう、魚の撤去だ。
「うえーっ……! どこ歩いても魚魚魚……! こんだけ多いと気持ち悪ぃー!」
「地元の大学が何か魚肥にするそうですよ。他のものを混ぜないで、魚だけを選んで集めて欲しいそうです」
「ギョヒってなんだよぉ燃やしちまえよぉ!」
「魚を使った肥料のことですよ。あ、そういえば前にひまわりが緑肥になるって話を聞いたことがあってですね」
「魚よりひまわり使った方がいいってこれぇ……」
長靴に作業着、麦わら帽。完全装備を整えた上で、打ち上げられた魚の死骸を拾い集めていく。
ビーチ全体にたっぷり乗り上げた銀鱗が眩しい。そこに降り立ったり飛び立ったりする海鳥の群れがうるさくてたまらない。そして臭い。なんてキツい仕事なんだぁ……。
「はあ、はあ……仕事するのって、こんなキッチィんだな……! あたし正直、舐めてたわ……!」
「仕事というのは大変です。生きるということは大変ですよ」
「良いこと言うなぁ」
「語録として後世にまで残したいですよね」
「うあー……ダメだ。あたし今晩魚料理嫌になってきた」
「それはもう、私も同感ですね……」
「鼻の穴が魚の匂い染みつきそう」
「シャワー浴びたいです」
「ほんとだよ……」
魚をせっせと集め、所定の場所に積み込む。引き取ってくれるという大学がなかったらどうしていたんだろう。腐るに任せていたのか、それとも他に捨てていたのか。
自治体のやっていることに無関心だったから、いまいちわからんね。
「続きは明日ですね」
「うおー、終わりだぁ!」
「お疲れ様です、百さん。すみませんね、手伝っていただいて」
「いや、良いって良いって。あたしも金もらうんだからさ」
……今朝、百さんと会った時はフラグメントがちょっと危うい揺れ方をしていた。
ストレスに晒されていたり、窮屈な気分だったり。そういった小さな鬱屈とした気分が重なっていたのだと思う。
けどバイクで走り始めてからは大きく改善され、とても安定するようになった。
単純に特異点を脱してフラグメントが安定化したというのもあるだろうけど、走ることそのものが気晴らしになったのは間違いない。
今もちょっとキツめの仕事を終えた後だけど、むしろ百さんの心はすっきりしているようだった。
「百さんの気が晴れたようで何よりです」
「……あー、なんだ。ひょっとしてバレてた?」
「最近、何やら色々と抱え込まれているかなとは」
「……まぁな。けど、大丈夫だよ。あたしはそんなヤワじゃねえから」
額に汗を流しながら、百さんは魅力的にウインクしてみせた。
私が古代人レズだったら股を濡らすね……。
:各務原 星藍
人から借りた車を偽造免許で乗りこなす正義の味方系リフレクター。
借りたのはオンボロなスバルのレガシィ。車内がちょっと煙草くさい。
一通りの乗り物の運転ができるので、免許はないもののスキルは高い。
:田辺 百
改造した愛用のスクーターを乗りこなすスケバン風不良少女。
祖母に友達と海まで仕事に行くと言ったらちょっと喜ばれた。
ツーリングが好きなので今回の旅は楽しんでいる。
:宮内 伶那
フレネルの名前でゲームをやっている女学生。
父が灯台守で、家もそこに近い。
二人とのオフ会をひっそりと楽しみにしている。