でも燦自体がサ終が間近で感情がこわれる
「それじゃあ、早速作業の方入らせていただきますので……」
「はい」
駒川さんのお孫さんは、礼儀正しいように見える。
しかし、私の指輪から流れてくる感情の起伏は、平時における人間のそれとはちょっと異なっていた。
「……うーん」
というか、ナタでさくさくとひまわりを刈り取る度に感情の波が僅かに揺れるのがなんか……すげぇ嫌なんすけど……。
まるでひまわりが傷付いて悲鳴を上げているみたいだから勘弁して欲しい。なにこの罪悪感。
「……あのー、すみません。本当にこちらのひまわりは収穫してしまってもよろしいのでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
いや大丈夫かどうかすげー微妙なメンタルが伝わってきてるんだよこっちは。
嫌なら嫌って言って欲しい。実際のところ、嫌なのかどうかはわからんけども。
「……こちらのひまわり畑に、何か思い出でもおありなのですか?」
「いえ、特にはありません」
ウッソだろお前……もしかして平然と嘘をつけちゃうタイプ?
「ああ……昔、私が小さい頃に一度だけ、祖母に見せられたことがあります。それくらいですね」
「なるほど。そんなに昔から、この花畑はあったんですね」
「そうみたいですね」
丈夫な茎をサクサク刈り、花を横倒しにしてゆく。
ただ植物が横に積み重なっているだけだというのに、どうしてこのひまわりという植物は、こんなにも人間を想わせるのだろうか。大輪の花が土に倒れる姿はまるで、死体のようである。
「昔より広くなりました。年々、広げていったのだと思います」
「そのようですね」
「祖母が昔、言っていたんです。“
「詩」
「私の名前です」
詩。ウタさんか。
そんなお孫さんのためにひまわりを植えて畑にして。良いおばあちゃんじゃないの。
「でも、それは多分祖母の勘違いなんです」
「え?」
「私は、別にひまわりが好きではなかったので」
「お好きではないのですか」
「特には」
詩さんはさらりと言ってのけた。
「それよりも、ひまわり畑を増やしたことでこちらの親戚の仲が少し悪くなってしまったようで。私は、そちらの方が気になってしまいます」
「あー……紘子さんの息子さんは、早めにひまわり畑を撤去したがっているようですからねぇ……綺麗ではあるんですけど」
「役に立たない花畑よりも、利益になる作物を育てた方が良いじゃないですか。そういう意味でも、祖母は間違っていたのだと思います」
「いえ、それはどうでしょうか」
詩さんのちょっとドライすぎる言葉に、さすがに私は訂正を挟み込んだ。
「紘子さんは自分の意志でひまわりを育てていました。それに間違いも正しいもありませんよ」
「……祖母のこの畑は、みんなから疎まれていましたが」
「損得勘定とも違うのかもしれませんね」
鉈についた青臭い汁を拭い、私はそれを詩さんに差し出した。
「……これは?」
「夏季の短期バイトです。せっかくですし、一緒に収穫作業、やりませんか」
「……」
詩さんは鉈を二度三度振って調子を確かめてから、特に乗り気とも面倒とも思っていない無表情で頷いたのだった。
夏空の下、私と詩さんはひまわり畑で刃物を振るっている。
ざっくりと茎を切り倒すだけの雑な伐採作業だ。詩さんも鉈を振るい、ザクザクと瑞々しい茎を切り崩している。
作業を始めた当初は、ひまわりを傷付ける度に詩さんの心も揺れ動いていたが、今では慣れたのか、心の揺れも大きくはない。
まぁ自分でやってみれば感覚も違うだろう。刈っても刈ってもひまわりの壁が立ち塞がるのだ。心の中で愛着があったとしても、うんざりする気持ちは出てくるものだ。
「いやぁ、すごい数ですね。紘子さんもご高齢だというのに、よくぞこれほどのひまわりを植えたものです」
「……そうですね」
「しかもこれ、毎年植えてるわけですからね。相当な労力だと思いますよ」
「ひまわりは、毎年植えるんですか」
「らしいですよ。根気のいる作業でしょうね。私はちょっとこういうめんど……大変そうなのは無理です」
額に汗しながら、二人並んでひまわりを片付けてゆく。
詩さんはジョークや世間一般的な雑談に関しては死ぬほど無関心というか好きじゃないオーラを出してくるが、実務的な淡々とした話ならばまだ普通に受け答えができる子だった。
そういう性質がわかってくると、話を振るのもなんとなく楽である。
「しかし、種をつける前のひまわりは緑肥として有用らしいので、今回刈り取ったひまわりは次にこの畑で育てる作物のための良い土となってくれるはずです。それだけでも、完全に無駄な花だったということではないのでしょう」
「それだったら、ひまわりではなくレンゲとかでも良いんじゃないですか」
「これは手厳しい。……まぁ、ひまわりのメインは見た目の美しさですよ。レンゲよりもグレードは高いですよ、多分」
「言っていることがよくわかりません」
「少なくとも、私自身はそこそこ好きなんですよ。このひまわりが」
一本のひまわりを短めに刈り取って、手の中でくるくると回す。
うん、綺麗に咲いたひまわりだ。……本当に勿体無いなぁ。
「詩さんも、今はこのひまわりに対してなんとも思っていないとしても。あるいは好きとは異なる想いを抱いていたとしても。物事の好き嫌いなど、年月と共に移ろうものですから、いつか好きになる日が来るかもしれませんよ」
「……好きになることが、本来は当たり前ということですか?」
「当たり前かどうかは、さあ。嫌いになるパターンもあるかもしれません。まあ、静かに咲くだけのお花を嫌いになるようなきっかけなんてそうそうないでしょうけど」
小ぶりの向日葵の茎に虫がついていないことを入念に確認して、私はそれを使って後ろ髪をぐるぐるとまとめた。
棒一本でできるかんざし、そのひまわりバージョンだ。
「どう?」
「似合ってます」
微笑みながらそう言う詩さんだったが、心の底からどうとも思ってないオーラを感じる。マジで感情が渋すぎる子で草。
いいなーとか思ってたらひまわりで何か作ってあげようかと思ったけどこれはあかんな。そういうタイプではないわ。
まあでも、初対面で感じた意味不明な気難しさはかなり和らいだ気がする。
クソほど変わってはいるけど、こういう子なんだろう。
「まあ、ひまわりを好きになるにしても、嫌いになるにしても。今日、詩さんがひまわり畑の収穫を一緒にやったこの経験は、後々大きな意味になってくるんじゃないでしょうか。いつか未来で、自分の人生を変えたりするのかも」
「経験」
「ひまわりの収穫なんて、なかなかできることじゃないですからね。紘子さんが亡くなり、畑も別の物に変わるとすれば……これが一生で最後の、ひまわりの収穫になるかもしれません。珍しい経験ですよ」
「一生で、最後の」
詩さんは刈り取った一本のひまわりを見て、暫し考え込むように黙った。
「……一生で最後に。私は、間に合ったのでしょうか」
「ん?」
「……いえ、なんでも。……ただ……ずっと気になっていたんです」
詩さんが手にしたひまわりと一緒に、私を見た。
「……各務原さんの持っているその剣……なんなんですか?」
「ふっ……いつかわかる時が来ます。多分ね……」
「……はぁ」
リフレクターの長剣。
詩さんはなんとなくこういうの周りにチクらないタイプだろうなって思って公然と使ってます。
「詩さんもちょっとこの剣振ってみます?」
「え……大丈夫なんですか」
「鉈とどっちが良いかなと」
「……」
詩さんは私の剣を手に取って、ひまわりを前に重そうに掲げながら……ややあって、剣を降ろした。
「……私は花を傷つけたいわけではないです」
「傷」
「鉈で刈り取るのはできたのに。……変ですよね」
「……なるほど」
剣は傷つけるもの。鉈は刈るもの。そういう心理的な違いなんだろうか。
「剣、返します。……時間なので、そろそろ帰りますね」
「はい。詩さん、お手伝いいただきありがとうございました。……こちら、少ないですがバイト代ですので」
「……本当にもらえるんですね」
「仕事を手伝ってもらっちゃいましたから」
「……いただいておきます。ありがとうございます」
ちょっと色付けたバイト代を渡しておいた。なんか美味いもんでも食って、メンタル回復の足しにしてほしい。
結局詩さんの心は終始どんよりしていたままで、心配だ。
どこかに消えてしまいそうな彼女の背中を見送って、私は一息ついた。
「……消えていくひまわり畑を見て、ずっと心を痛めていたな。そういうのは嫌いとか無関心とはいわないと、私は思うんだがね」
リフレクターの剣でバッサバッサと花を斬り、駒川さんの最後の思い出を片付けてゆく。
剣を払って花を斬ってゆく作業は、私にとってはただの作業であった。
:各務原 星藍
たまに武器を出して便利道具として使っているリフレクター。
詩の心がいまいちよくわからないし、多分自分とは合わないからそこまでわかりたいとも思っていない。
淫夢ジョークの通じない相手故に致し方なし。
:駒川 詩
祖母とひまわり畑に特別な感情を抱いているが、自分でもよくわかっていない。
いきなり剣を持ち出して草刈りし始めた星藍に少し驚いたけど、追及するのは面倒なのでしなかった。
星藍は見た目からして自分と合わないタイプの人間だろうなと考えている。