ミッテナさんからコモンへとワープすると、そこは薄暗い世界だった。
周囲を見回しても見つかるのは倒木や沼地といった陰気なものばかり。冷たさと息苦しさだけが辺りに満ちている。
「うわ、嫌なとこに出たな……ここは……恐怖と、悲しみと……焦燥?」
コモンは人の集合無意識。エリアは多岐に渡り、中には複数の要素が入り混じった場所もある。
こうした複雑な感情が入り混じったエリアは魔物の種類も多く、また変に入り組んでいるせいでスルーも難しいので、やむなく戦うことも多い。
「よぉ!」
と、言いつつも戦いそのものは一瞬で終わる。剣振って倒す。それだけだ。原種をぶっ飛ばせる私からすればこんなのは藪漕ぎみたいなもんで、大した手間ではない。
「ミッテナさんのフラグメント反応はこっちからだな……お?」
しばらく雑魚敵を斬り払いながら進んでいると、遠くの石壇の上にポツンと浮かぶフラグメントが見えた。
見つかったならもう後はすぐに終わる。私は一足飛びでそこへ向かい、ミッテナさんのフラグメントに手をかざした。
『司祭として……皆を取り纏めなければいけない。それが司祭の役目……先代のルアカーより受け継いだ、私の使命……』
ミッテナさんの抱え込んでいた想いが、私の中に流れ込んでくる。
人の心を盗み見るようなバツの悪さを感じるが、向き合わないことには先へ進めない。
どうやらミッテナさんは、自分の立場に強いプレッシャーを感じていたようである。
『神の声を聞き、皆に伝え、皆の行く末を占う……それこそが、私の大事な役目だった……なのに……』
ん?
『セイラ……あの子が現れてから、私は司祭としての役目を失った……! 朧げにしか神の声を聞き取れない私は、セイラの出来損ない……いいえ、それ以下でしかない……!』
あっ、くぉれは……いや、私か……またしても私のせいなのか……!?
確かに私はダアトさんの声を聞いてるし……ダイレクトにやり取りしてるけど……そうか、仕事を奪っちゃってたんだなこれ……。
そりゃ怒りもするか。
『でも……でも、セイラを責めたくない。セイラは私達の希望。それを責めるなんて……私にはできない。しちゃいけない……なのに、セイラのことを妬んでしまう私が……怖い。悲しい……』
「ミッテナさん……」
ミッテナさんは怒っていなかった。司祭としての役目が私によって奪われても、彼女は私を恨みたくなかったのだ。しかし行き場のない感情が、自分を責めてしまっている。不健全な悪循環だ。
『私はどうすればいいの……? こんな浅ましいこと、誰にも言えないよ……仲間にも、神様にも……』
「……聞いて欲しいっていうなら、聞かせてくれよ。私だったら喜んで、話し相手になるからさ」
私はミッテナさんのフラグメントにエーテルを込め、安定化させた。
ひとまずは、これで完了だが……。
「う……んん……」
「あ、目が覚めましたか」
「! セイラ……なんで……ここは……?」
「神殿の手前、影伸びの広場です。ミッテナさん、そこで倒れていたんですよ」
「……助けてくれたんだ、セイラ。ありがとう……」
ミッテナさんは小柄なのに加えて幼い顔立ちだが、物言いは冷静で、どこか硬い雰囲気がある。
あまり笑ったりしない子というのが、私の印象だ。
「……何か悩んでますね。ミッテナさん」
「悩んでる。のを……見たんだね、セイラ。貴女、人の心を見て、癒すことができるんでしょう。それでもう何人も助けてきたって、みんな言ってるし、信じてる。……本当なんだね」
「……はい」
さすがに私のフラグメント集めは人に知られているようで、ミッテナさんも話だけは知っているようだった。
「すごいね、セイラは。私は……司祭なのに、駄目だね。セイラなんかより、ずっと……」
「ミッテナさんは頑張っているじゃないですか」
「そんなことない。私なんて、貴女と比べたら少しも」
「ミッテナさんは凄いですよ。ミッテナさんは私にできないことがいくつもできます。私はそんなミッテナさんのことを尊敬しています」
「……私にできて、貴女にできないことなんて無い」
「ありますよ」
私は少しだけミッテナさんの近くに体を寄せ、座り直した。
「ミッテナさんは数多くの舞いを知っています」
「ええ。司祭だもの」
「歌も、儀式のやり方も」
「知らないと司祭は務まらない。当然のことだよ」
「私はどれもできません。お祭りでやる歌も踊りも、何一つ知らないんですよ、私は」
「……そんなのがあっても、私、セイラみたいには……」
「確かに、戦う力や……ダアトさん……神様と交信する力で言えば、私は優れているかもしれませんけど」
「ほら」
「でも、歌や踊りも、同じくらい大切なことなんですよ」
ミッテナさんはどこか疑うように私をじとりと見ている。
ギン目で疑われてる……大丈夫だって安心しろよ。
「思うに……歌や踊りは、文化です」
「……文化……?」
「私達、人の生み出す尊いものです。生きた証であり、生きてきた痕跡であり……私のような人間が戦いの果てに守るべきもの。それが、ミッテナさんの知る歌や踊りなのだと思います」
「……」
「他にも、色々なことにミッテナさんは携わってますよね。みんなの話を聞いたり、まとめたり、行動の指針を打ち出したり……」
「な、なんでセイラがそんなことまで」
「ミッテナさんのやっていることは、どれも人の営みに欠かせないものばかりです。……私は、きっとミッテナさんの代わりにはなれないでしょう」
私が前に立っても、多分みんなとの温度差を感じてしまって駄目だと思う。
私もそうだし、ついてくるみんなもそうだ。きっとどこかで私はワンマン社長みたいなことをやりだして、身勝手に振舞うはずだ。
ミッテナさんはそんなことはしないだろう。彼女は仲間に親身に寄り添える、優しい心の持ち主だから。
「ミッテナさん。貴女はたくさんの素晴らしいものを持っている。だから……落ち込まないで。どうか自分を誇りに思い、自信を持って欲しい」
「……自信」
「はい、自信です。……貴女が優れていると思っている、このセイラがそう言ってるんです。それならば信じられるでしょう?」
お前を信じる俺を信じろ!
「そう言われたら……信じなきゃいけないじゃない。私……」
「はい。是非ともそうしてください」
「わかった。わかったよ……ありがと、セイラ」
ミッテナさんは赤くなった顔を隠すように立ち上がった。
「……そうね。なんだか、すっきりした。うん……私にも、私のできることがある。私にしかできないことがある。そうなんだよね」
「はい。……これからも、我々の司祭として頑張ってくださいよ」
「ふふふ……任せて。私、これからも司祭として、頑張るから。みんなを繋げて、人の暮らしを守っていくよ」
ミッテナさんは憂いのない穏やかな表情で、笑ってくれた。
かわいいなぁミッテナちゃん……。
『もちろん、貴女も一緒だから……セイラ』
「ん? スマホ?」
「!? えっ、あ、あれっ」
スマホから何故かミッテナさんの声が聞こえてきた。画面をタップしてみると……電波が少し弱めだけど、何故かミッテナさんからの着信が入っている。
『こ、これ……やだ、セイラに交信が繋がっちゃってるの……!?』
「あー……ミッテナさんの交信なのかこれ。はぁなるほど、エーテルでのやり取りって考えりゃそうか。ダアトさんと話せるならミッテナさんともやり取りできるわな……」
『あっ、セイラがちょっと荒っぽい喋り方してる。これ、なんだか格好良くて好きなんだよね。ちょっと嬉しいな』
「やっ! やめてやめて! セイラ、聞かないでよ! 私も勝手に喋らないで……!」
「ごめんなんかウケる」
「笑うなぁ!」
それから照れ隠しにわちゃわちゃするミッテナさんを宥めるのに少し時間がかかりましたとさ。
どうも心の繋がりというかミッテナさんの心境の変化が、こうした通信を可能としてしまったらしい。はえーテレパシーってすっごい……。
けど、思念での会話ってのもなかなか大変そうである。……ダアトさんとのやり取り、スマホにしといて良かったな。マジで。
:セイラ
臨時カウンセラー系リフレクター。
謎のスマホの着信相手が増えて結構喜んでいる。
:ミッテナ
テレパシーできる系魔法タイプの原始人少女。
小柄だけど賢く、頭脳労働や暗記が得意。戦ってもそこそこ強い有能さん。
たまに地を出して喋るセイラを見るとドキッとする。あら^〜