転生したらアウラだった件   作:ちゅーに菌

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前話はこのお話の後のお話となっております。予定よりも書くのに時間が掛かり遅れてしまいましたが、また楽しんでいただければ幸いです。


ミミックだんじょん!(後)

 

 

 

 

 

「神話時代の宝箱だ……!!」

 

 

 自宅の床下ダンジョン第二層――。

 

 "ひゃっほい!"と言いながらふっとんでいくフリーレンに一抹どころではない不安を覚える。

 

 ミミックの上位種を服従させる魔法(アゼリューゼ)で一匹確保し、周囲の探索を始めると直ぐにポツンと置いてある大きな宝箱を見つけ、それにテンションがかつてないほど上がっているフリーレンが突撃したのだ。

 

 コイツ、ダウナー系に思えるが、それはエルフの性格補正であって、人間で例えれば超絶前向きかつパリピでアウトドア寄りなのではないかと思う今日この頃。

 

 それはそれとして、宝箱に突撃したフリーレンを服従させる魔法(アゼリューゼ)の支配下にあるミミックの上位種に指示を出し、宝箱の10mほど手前で無理矢理止める。

 

 フリーレンは細長いカニのようなツメに胴体を挟まれ、ぷらぷらと足を投げ出しながら宙に浮き、半眼でこちらを非難するような視線を向けて来た。

 

「なにアウラ……? 流石に怒るよ?」

 

「どう見てもヤバいでしょうが」

 

 なんでコイツ、ミミックもとい宝箱を前にするなどの特定条件下だとIQ3と化すのだろうか? 一階層ではミミックをパカパカしていた私だが、このミミックの上位種を見た以上は考え方を改めるというものである。

 

 宝箱を判別する魔法(ミークハイト)を掛けてみるが、やはり結果はミミック。上層と大差ないのかも知れない。

 

「でも魔法の精度は99%で……というか、あれだけ開けてきたのに今更それを気にしても――」

 

「仮によ。擬態している奴がミミックの上位種(コイツ)だったらどうする?」

 

『………………』

 

「………………」

 

 私が掌で下を指した先には、宝箱の約幅2m、底面から左右に広がって生える長さ数mの多脚により、全幅15mを超える巨体を持つ私のミミックが控えている。

 

 目が見当たらないにも関わらず、宝箱の中から感じる湿った視線に当てられて押し黙るフリーレン。その表情には多少の汗が見え、仮にコレがゼロ距離で襲いかかって来たら無事では済まないことを理解したのだろう。

 

 ちなみに私は宝箱の上蓋のところに腰掛けて乗っているのだが、現代のミミックとは違い、宝箱というより石棺のような形をしているため、畳より広く平たいので乗り心地は中々悪くない。

 

「いや、明らかに宝箱に手脚とかついてないし……」

 

「フリーレン、お前は宝箱から八等身が生えてソバットを繰り出して来るミミックを知らないのね……」

 

「そんな魔物いないでしょ、嘘つくな魔族」

 

 アイツはいつだって私の思考の奥底に巣食っていて、あらゆる宝箱を見る度に頭の片隅を過ぎるのよ。

 

 それはそうと流石にこのような場面になれば、フリーレンと私ならどちらが適正かは自ずとわかる。まあ、魔族としては最初の時点でフリーレンを嵌めて見殺しにするべきだったが、した場合の人間の知識によるデメリットや村での立場や夫の信用を考えずとも今更そのようなことをする理由もない。

 

「まあ、見ていなさい」

 

 すっかりフリーレンの前衛魔法使いとして板に付いてしまった私は、とりあえず身体強化魔法を掛け、防護魔法や物理耐性などを何十も盛る。

 

「その前にアウラ。この"アリとアブラムシに基づく人間と魔族の共存"でわからないところ聞いてもいい?」

 

「なんでこのタイミングで聞くのよ?」

 

 そして、宝箱の前に行こうとしたところで、私がシュラハトに強制されている研究の草案の一部を取り出したフリーレンがそんなことを聞いてきたため、完全に出鼻を挫かれた。

 

「だって死んだら聞けないし」

 

「まあ、そうね」

 

 コイツ、たまに魔族よりも魔族なんじゃないかと思う瞬間がある。

 

 まあ、それが人間という自然界を逸脱した歪な感情を持つ生物の一面であり、ついでに言えば魔王幹部とか、四天王の1人とか言われても遜色ないビジュアルをフリーレンがしているせいだろう。髪を下ろしてキメ顔とかしてるとホントそう見えるわ。

 

「どこよ?」

 

「このイドと自我(エゴ)超自我(スーパーエゴ)ってところがよくわからない」

 

「ああ、それね――」

 

 それは、魔族と人間の最も致命的な違いを語る上で切っても切り離せなかったため、私が前世の知識にある用語を勝手に用いつつ書いた部分であった。文句があるならフリーレンの世界に転生して来いジークムント・フロイト。泣きながら土下座して利権を手放してやるわ。

 

 3つを簡単に説明すると、イドとは、欲求や感情や性欲といった無意識の動物的本能のこと。スーパーエゴとは、親や周囲環境や社会から教えられた躾あるいは常識と呼ばれるもの。エゴとは、実際に自身が抱く欲求とその行動化だ。

 

「それが全然わからないから聞いてるんだよ」

 

「つまりね――」

 

 

イド『エッチしたい』

スーパーエゴ『――!? エッチなのはダメ! 死刑!』

エゴ『やばいと思ったが、性欲を抑えきれなかった』

 

 

 厳密にはアレだが、更にわかりやすく3行かつ欲求を性欲でまとめるとだいたいそんな感じだ。

 

 他にも3つの中で、イドだけが無意識であり、他のエゴとスーパーエゴは大なり小なり、意識・前意識・無意識の全てに掛かっている。まあ、要するに本能のままに行動するだの、本能が剥き出しだの言っている奴は、それを意識した時点で本能ではないということだ。

 

 そして、魔族はそのイドに人間を殺すことが刻まれているため、非常に質が悪いのだ。大多数の魔族に人間を殺す理由を問えば、大半が首を傾げるのがその証拠である。また、超自我が希薄と言えるレベルでほぼ存在しないことも付随した問題だ。

 

 

イド『殺す』

スーパーエゴ『………………』

エゴ『おかのした』

 

 

 要するに魔族はこうなる。

 

 だからこそ魔族と共生するには、その前段階として魔族にトラウマや烙印などと言えるレベルに匹敵する超自我を刻む必要があるのだ。

 

 ちなみにそれならばスーパーエゴを魔族がそもそも一部の感情と同様に持たないのではないかという仮説も同時に存在するようになってしまうが、その点に関しては私の存在そのものが否定材料になる。私は知識として概ね善人と言えるだけの人間と同様のスーパーエゴを知るだけの魔族に過ぎないため、そもそも理解ができないのならばこのようには決してなっていない。

 

「ならやっぱりアウラはエッチなんだね」

 

「は……?」

 

「だって、その……いっぱいエッチなことしてるし……」

 

「は……?」

 

 エルダリエ・イルマ・ファノメネルより御利益がなく、マルシル・ドナトーより限定的な場面でしか役に立たない上に自ら問題を起こし、絵留札さんよりも自制心がない分際で何言ってんのよこの三年寝太郎エルフ。汚ねぇルリルリがよぉ……。

 

 そもそも魔族は、下の穴も臍もあり、子供を産み落として勝手に子供は育つ生き物であり、本能という名の義務レベルの感情を除けば、性欲とは無縁の生き物なのだ。

 

 それに比べて人間という生き物は、遥かに性欲が強いが故にこれまで発展を遂げ、性欲という欲求が文化や商売になるという種族レベルで奇異な生物である。

 

 それを踏まえて、魔族が人間よりも性欲が強いなどということは決してなく、私は夫より遥かに貞淑で清楚なのだ………………いや、清楚を語るVTuberに碌なやつはいなかったと記憶しているので、後者は撤回しよう。

 

 つまりは、夫を差し置いて私がエッチなどという風評被害は言語道断なのだ。だいたい、そういった行為に及ぶときは、決まって夫の方から言葉で誘って来る。私は夕飯のメニューを凝ったり、彼の周りをチョロチョロしたり、魔法で起こして添い寝しているだけで――。

 

「はいはい、アウラ。ミミックが待ってるよ」

 

「そりゃ、待ってるでしょうね。神話時代からずっとここで」

 

 フリーレンがタマネギを見る時や、困っている時の目で私を見てくるようになったため、渋々私は宝箱に向き合う。

 

 と、その前に服従させたミミックの上位種に向き合い、懐から干し肉を取り出す。これはフリーレンが空腹で動けなくなったときに与えようと普段から持ち歩く食べ物の一つだ。ちなみに魔法の収納から取り出しており、原付のタイヤ並みのサイズである。

 

『…………!』

 

「やっぱりわかりやすいわね」

 

 その干し肉を明らかに興味を示して舌を動かしていた服従させたミミックの上位種目掛けて投げる。

 

「あげるわ、ヤランゾ」

 

「どっちかな?」

 

『――――!』

 

 服従させたミミックの上位種――ヤランゾは投げた干し肉を口を開けて待ち受け、一口で平らげると咀嚼していた。

 

 服従させる魔法(アゼリューゼ)の性質上、対象に名前を付けておくと楽なのだ。例えば、こちらが認識している動物の種族名――プエルトリコヒメエメラルドハチドリなどとイチイチ呼んでいては、戦闘に支障が出るため、呼びやすい名を付けるのが望ましいのだ。

 

『――!』

 

 とりあえず、ヤランゾには"攻撃してきた宝箱と戦え"と命じておく。これで何かあれば対応してくれるだろう。魔物だけあって欲望に忠実な奴である。服従させる魔法(アゼリューゼ)で操作できるとは言え、そこに対象の意思が伴っていれば、より効率が良くなる。

 

 ヤランゾは二本の蟹爪を獲物を狙うカマキリのように折り畳む奇妙な構えを取り、その様子に私とフリーレンは首を傾げるばかりだ。

 

 この時、私は無意識にしろミミックの上位種を舐めていた節は多分にあったのだろう。何せ、既に服従させる魔法(アゼリューゼ)で捕らえることは出来ていたため、脅威度という面では下になり、そもそもいつものミミックは捕食時の俊敏さこそあれど、私やフリーレンを食べられていないという面から攻撃力はほぼないと言っても過言ではない。

 

 更に言えば、その素早さに関しても身体強化魔法を付与した後ならば魔族の身体能力と合わせて回避することも難しくはないのだ。

 

 そのため、開いた直後に脱出することを目的とし、私は宝箱に近づき――。

 

 

 その次の瞬間、自身の両腕が半ばから切断される感覚を覚えた。

 

 

 視界には大口を開けて私の全身を呑み込もうと前のめりに突撃する擬態を解いたミミックの上位種の姿が見え、宝箱の縁と内側の闇から無数に生える牙がさながらアイアンメイデンのように思える。

 

 見れば、私の両腕は認識するよりも速い速度でミミックの上位種の中身から伸びる蟹爪によって切断されており、爆発的な速度で底面から脚を生やして宝箱ごと打ち出すように数m跳んで来たらしい。

 

 あまりにも速過ぎる事態に困惑すると同時にそれを確信し、自覚した瞬間からこの刹那があまりに長く感じられた。

 

 ああ、どうやら私はここで死ぬらしい。最期に思えたのは、夫でも子供でもなく、この場にいるフリーレンのことだった。それはとても魔族らしいことだろう。私にはやはり大切なものを死の間際ですら直接的に感じ取らないらしい。

 

 せめてその前にミミックの上位種に比べれば、余りにも緩慢な首を動かしてフリーレンの顔を見る。

 

 その表情は酷く呆けて見たことがないほど驚いた様子で、またよく見れば片手を少しだけ届くわけもないにも関わらず伸ばしており、それを見れただけでも溜飲が下がるというものだ。

 

 

「逃げなさ――」

 

 

 まるで人間のように口角が自然に上がることを感じつつ私は最期の言葉を紡ぎ――前世では戦闘機の動画等でしか聞かなかったような異音によってそれは遮られた。

 

『――――――!!』

 

『――――!?』

 

 更に眼前の上位種のミミックの大口は、私に到達する寸前に大量の折れた牙を散らしながらやや凹んでひび割れ、その中心にヤランゾの棒のように伸ばされた蟹爪が突き刺さっている事がわかる。

 

 それを見て私は、ヤランゾがカマキリのような構えをしていたことを思い出し――それはカマキリなどではなく、甲殻類(シャコエビ)と同じものだったということに思い当たった。

 

 モンハナシャコというそれはそれは一部界隈で有名な生物は、水中で時速80kmのパンチを繰り出し、22口径の銃弾とほぼ同じ威力の攻撃を叩き込むことで、貝や蟹などを文字通り一撃で粉砕して食べるという訳の分からない甲殻類である。

 

 つまりそれをミミックの上位種が、空気中かつその巨体で行った場合、音速の壁を超える一撃となるらしい。遅れてヤランゾの蟹爪から発生した衝撃波で私の身体が紙のように飛んだのがその証拠だろう。

 

 私は吹き飛ばされながら両腕を魔法で再生させつつ、大鎌を廻す魔法(シュピラーレ)を展開し、数本の大鎌をヤランゾに殴られて20m以上吹き飛ぶミミックの上位種へ放つ。

 

『――――……!』

 

 しかし、吹き飛んだミミックの上位種が身体強化魔法と硬化魔法を使いつつ多脚で地を踏み締める方が早く、ミミックの上位種の関節部を狙った大鎌は、そのあまりにもな硬さに全く刃が立たず半ばからへし折れた。

 

 更に元の再生能力か、回復魔法か最早区別がつかないほど自然に凹んでひび割れた宝箱の部分が再生され、さながら逆側からハンマーで叩いて凹みを直しているように思えるほどだ。

 

 この前にハメ倒した魔族の将軍と同程度の魔力を既に持つ私とは言え、フリーレンとは比べるべくもなく、そんな私が服従させられる程度の存在だと認識していたミミックの上位種の脅威度を10倍以上引き上げる。

 

 散々、魔族の危機管理能力と超自我の無さを語った私がこの体たらくとは、他魔族に言えたものではないな。

 

破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)

 

 既に連携が板に付いているため、私の大鎌を廻す魔法(シュピラーレ)に対し、フリーレンは間髪入れずに破滅を思わせるドス黒い雷を放ち、ミミックの上位種よりも太いそれは、確かにその全身を打ち穿つ。

 

『…………!』

 

「えっ……?」

 

 しかし、ミミックの上位種は、破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)をその身に受け、キチン質の外殻をローストされながらその巨鋏を振り下ろし、その物理的な衝撃と破壊は破滅の雷を放つ魔法(ジュドラジルム)自体を霧散させた。

 

 私が服従の天秤を出現させようとしたところ、それよりも前にミミックの上位種は縦方向へと跳躍し、高く暗い天井に張り付くと、周囲の装飾や石像を薙ぎ倒しながら滑るような動きと速度で視界外まで消える。

 

 我々の周りには、蟹の甲羅焼きでもしたような美味しい匂いだけが漂っていた。

 

 どうやらミミックの上位種は即座に形勢不利と判断し、撤退を選んだらしい。大多数の魔族も見習うべき危機管理能力の高さだろう。いや、それだけの場数を神代で踏み、生き延びたという訳なのかも知れない。

 

「アウラ……!?」

 

「……? なによ?」

 

『…………!』

 

 いい子だったので、ようやく再生した片腕でヤランゾに干し肉を2つ投げて食べさせていると、フリーレンが血相を変えた様子で私に抱き着いてくる。

 

 何事かと考えていると、それよりも早くフリーレンはぺたぺたと私の顔や身体に触れて来たので、暫くそのままにさせておく。

 

「生きてる……」

 

「そんなの死ななかったから当たり前じゃない」

 

 首を傾げながらそう言うと、フリーレンは少しムッとしたように口を尖らせ、暫く周囲に目を泳がせると、表情を戻した。

 

「今私アウラを……違う……。そんなわけ――」

 

 とは言え、何故かまだ困惑しているという表情を幾らかしており、そんな様子でブツブツと呟くフリーレンに私は疑問しかなかった。

 

「そんなことより……。コレ、ヤバいわよフリーレン」

 

「これ……?」

 

「ミミックの上位種のことよ」

 

 擬態している状態のミミックは、魂レベルで擬態している兼ね合いで物理的な破壊が困難なほど硬化しており、それはダンジョンの宝箱とほぼ同等のものだ。

 

 つまりは攻撃しようとも擬態中では宝箱とミミックの見分けが一切つかない。それは盗賊職や宝箱を判別する魔法(ミークハイト)に依ってのみ暴かれるだろう。

 

 しかし、こうなると宝箱を判別する魔法(ミークハイト)の99%の精度――1%の上位種のミミックの可能性に懸念を抱かなければならなくなる。

 

 更に重大なこととして、私は魔族のため、部屋全体に宝箱を判別する魔法(ミークハイト)を掛けるような芸当を苦も無く可能だが、人間が用いるそれの有効射程は、ミミックが開かなければ反応しないこともあり、一般には"1m"未満で、フリーレンクラスの魔法使いでも"3〜4m"と言ったところ――。

 

「つまり、ミミックの上位種に人間の宝箱を判別する魔法(ミークハイト)は通用しないわ」

 

「……それどころか、現代のミミックを初心者のトラップだと思っている冒険者全てが餌になっちゃうね」

 

 そして、私を襲ったミミックの上位種の襲撃距離は――"9m"だ。

 

 ついでに言えば、ヤランゾはこの階層に入った段階でこちらを認識し、遊撃して来ていたため、相当広範囲の魔力探知能力を持ち、襲撃と擬態を使い分けることも可能な可能性がある。

 

「アウラ……。撤退しよう。このダンジョンを攻略するには戦力が心許ない」

 

 仮に角待ちや魔力探知を伴わない潜伏などされていれば、服従させる魔法(アゼリューゼ)があろうがなかろうが、全く関係がない。

 

「賛成よ。じゃあ、戻るわね」

 

「ん」

 

『――?』

 

 私が手を広げると、フリーレンは私の腕に収まる。そのままお姫様だっこ(横抱き)をしつつ術式をその場で展開し、空中に淡い光として展開されたそれは50〜60秒ほど掛けて発光を強めつつ私とフリーレンとヤランゾを包み込んだ。

 

 これはシュラハトがしていた瞬間移動魔法を解析した魔法である。無論、瞬間移動は魔族の魔法であるため、フリーレンには使えず、また起動までの時間から戦闘ではまず使いようのない魔法であろう。

 

 しかし、再現しようとすればするほど、魔王の腹心であるシュラハトという魔族がどれだけ超越者なのかよくわかった。

 

 瞬間移動魔法を簡単に言えば、A地点からB地点へ対象を瞬時に移動させる魔法であるが、まず対象を任意のB地点へ飛ばすという行為がとんでもなく難解である。何せ、特定の対象をX軸・Y軸・Z軸の三次元的に考え、それを逐一魔術理論的に瞬時に計算し直して行使しなければ成り立たない。それを戦闘中という超高速下で、更に他の魔法を扱いつつ近距離の戦闘もこなし、戦況を見極めながら戦う。控えめに言って私からしても意味の分からない怪物である。

 

 私がそんなシュラハトとの戦闘中に瞬時移動を一時的に阻害出来たのは、瞬間移動魔法が極めて高度で繊細な魔法だったために他ならず、言うなれば電卓で計算中のシュラハトに1のボタンを激しく連打して邪魔をしたに過ぎないのだ。しかもアイツ、その状態でも2〜3秒後には術式を再展開しようとしていたため、その化け物ぶりたるや想像を絶するだろう。

 

 それが悔しかった……いや、魔族のプライドに響いたため、いつか私もあのようになるために瞬間移動魔法も研究しているのだ……まあ、アイツからすれば小手先の一つだったように思える。それどころか、このダンジョンに閉じ込められることを見越して、あえて術式に触れさせるまで使って見せていたのかも知れない。

 

 シュラハトと戦ってからそう日が経っていない今の私が出来るのは、精々時間を掛けてゆっくり術式を組んだ上でZ軸上に一定距離飛ばすことのみ。

 

 要するに"自身を含む魔法陣内の対象を現在地点より、1000m上空へ瞬間移動させる魔法"――長いので"強制脱出装置魔法(フリチェバウンス)"である。まだまだ、改良と研究の余地ありだ。

 

 次の瞬間、魔法の起動による魔力の発光と共に暗いダンジョンの景色は青空と雲ばかりの景色に変わり、下を見れば青々とした森林と広大なフォル盆地が広がる景色が見える。

 

「掴まってなさい」

 

「うん……」

 

 魔族としては別段変わりのない景色だが、かつて師匠と暮らしていたという一帯を上空から見下ろすフリーレンは何を思っているのか、暫く言葉もなく眺めていた。

 

「ねえ、アウラ?」

 

「なによ?」

 

「アウラは、さっきダンジョンで私が落ちたときさ……どうして助けてくれたの?」

 

「………………どうしてでしょうね?」

 

 地表に降り立つため、安全を加味してゆっくりと高度を下げていると、フリーレンから投げ掛けられた質問に私は答えを出せないでいた。

 

 魔族として考えるに、当然ながらフリーレンが死んだ方が私にとって都合がいい。殺すのは不可能な上に仮に成功しても体裁が悪いため、自然死や不慮の事故ならば歓迎すべきところだろう。

 

 尤もそれには少し前の私ならという枕言葉が付く。

 

 フリーレンの従者やシュラハトを経て、自身と魔族や人間について見直す機会が幾度もあった今の私としては、深く考える必要はないという結論に至ったからだ。

 

「けれど、魔族にとって人間を殺すのに理由が無いのなら……人を助けるのに理由が必要かしら?」

 

「そっか……。それを思えるならアウラはもう――いや、なんでもないや」

 

「…………?」

 

 そう、生きるのにきっと理由など必要ない。魔族には殺すのに理由がいらないように。

 

 負けようが、逃げ出そうが、苦渋を味わおうが、不必要に苦労しようが、最悪死のうが、それが誉れある……とまでは言わないが、寝覚めの良いものなら何でも良い。

 

 罪悪感、言い変えれば後悔など魔族にはないが、だからこそ不足のない日々を送る。悪意などわからないのだから善意にも理由をつけない。やりたいこともやりたくないこともする。きっとそれが私という魔族だ。

 

 私はさながら楽しげな人間のように笑みの表情を作ってみせる。

 

「どう? この笑顔は? 馬鹿な人間っぽいかしら?」

 

「んー……。100点満点で30点」

 

「お前も大概なクセにむちゃくちゃ手厳しいじゃない」

 

 

 こうして、私とフリーレンの初のダンジョン攻略は、無事に失敗して終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――?』

 

「うわ……」

 

「うわぁ……」

 

 尚、フリーレンを抱えたまま地上に降りると、地上では数百mは確実に落ちたにも関わらず、当然のようにまるで無傷で着地し、私達を待っていたヤランゾの姿があった。

 

 別に生きていても死んでもよかったので上空から自由落下させたのだが……ヤベーわこの魔物。

 

 

 

 

 

 

 






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