転生したらアウラだった件   作:ちゅーに菌

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あけましておめでとうございます。

いつもご感想や評価ありがとうございます。書くのが大変な回だったため遅れて申し訳ありません。また、楽しんでいただければ幸いです。





月明かり

 

 

 

 

 

 

 自身は魔法使いとしては、取り留めのない者であると彼は常々考えていた。

 

 

 

 母のように魔導の深淵にいる魔族でありながら無自覚の優しさを持つわけでもなく、母の主のように魔法の極致に立つほど立派な信念もなければ、姉のようにただ空に懸けるだけの何かに対する情熱もない。

 

 だが、彼は体格にだけは恵まれていた。母と父の血からできているとは思えないほどで、村一番に育ったそんな彼が、魔法も程々に剣を取ったことはある意味、当然とも言えただろう。

 

 また、彼の価値観は子供の頃から少しズレていた。

 

 というのも魔法使いと呼べる存在が家族以外に居なかったこともあってか、友人と自ら言える存在は村にいない。まあ、魔法で小動物を撃ち抜いたり、魔法で燃やしても怒られない何かを燃やすことを遊びと称している子供に同年代の子供があまり近づかなかったこともあるだろう。

 

 そのため、彼の一番の友人は、虫籠に入れられた昆虫程度のものであり、また彼自身もそれに対して、特に孤独を覚えるような質でもなかったのだ。母も母の主も孤独を気にする気質がないことで、彼も常識だと考えていたことも理由と言える。

 

 そのためか、彼は大人になっても人間と関わることがやや苦手だった。

 

 無論、苦手といっても人付き合いはするが、人間は余計なことを聞き、直ぐに不安になり、何かと喧しい。更に思った通りにはまず動かず、自他問わず利益か感情で動く。また、基本的に怠惰な上に言われたことすら満足に守れず、だというのに優柔不断で白黒つけるのは不得手。無駄に傲慢かつ自尊心だけは何故か高い。

 

 そして、何よりも悪意があり、それに伴った悍ましい嘘を吐く――それが大人になってから彼が思う人間の形、あるいは人間社会というものだった。

 

 成長した彼は、自身の持つ魔法の才能と天性の肉体を発揮し、魔族も人間も相手にして魔将軍などと揶揄されるまでになる彼は、人間の友人やパートナーを作ろうとしたこともある。

 

 しかし、そのような考えが前提では、何れも上手く行く筈もなく、いつしか彼から行動を起こすことは、母のように社会的地位を維持するという理由以外にほぼなくなっていた。

 

 だから彼にとって人間とは、平等に無価値であり、生きた人間よりも、籠の中の虫にでも話し掛けている方が、感情に任せて反論してこないだけずっと愛らしい存在に思えたのだ。

 

 必要最低限度の社会性を持ち、特定の分野にのみ興味を示し、暖かく輝かしい太陽よりも冷たく暗い月の下を好む。そんな彼の好奇心の方向性は、人間というよりも母の主が忌み嫌う()()に似ていた。

 

 それが顕著なエピソードとして、幼少期に初めて攻撃魔法を教わって直ぐの事件がある。彼は覚えてすぐにそれで森の動物を撃ちに行くようになっていた。

 

 そして、そんな趣味を覚えた数日後、食後にふと、洗い物をする母の背を見て――その頭を撃ったのである。

 

 それに理由などは全くない。

 

 単に覚えたもので、動く的を撃ちたくなったために動物を撃ち、次に母を撃ってみたらどうなるか気になっただけだった。そんな当然のことを聞かれたところで、彼は当たり前だと訝しげか、あそぶように楽しげな様子でそう答えただろう。

 

 尤もそんな行動は、右も左も未知で、好奇心旺盛な子供の頃の話で、今の彼ならば、もっとマシな理由を掲げるか、そもそも行動に気をつけた筈だ。とは言え、母を殺そうとしたことは紛れもない事実だ。

 

 そして、母は――。

 

 

『魔力探知に掛かるような攻撃は無意味よ』

 

 

 明らかに殺害を前提としている息子の攻撃魔法を振り向くと同時に既に強化された素手で打ち払い、そのまま霧散させ、すぐに皿洗いへと戻った。

 

『ああ、それより食べたらそのデザートの皿を持って来なさいね?』

 

 なぜやったなどという野暮なことは聞かず、したことに意味がなかったことだけを説いた。そして、たったそれだけの話で終わったのだった。

 

 それでこそ魔族。優しく人間のように生活しようとしているが、そんな些細で重大なところが、決定的に異なる。

 

 その姿、形、性質、その全ては彼の根底にある理想像そのものと化す。

 

 人間が太陽だとするのならば、魔族は暗く冷たい無意識の恐怖の象徴である月のようなもの。似ているようで、限りなく遠く本質的に相容れない魔性。欺くために言葉を吐くだけの獣。そんなことはわかり切っていた。しかし、それでも求めてしまう。

 

 魔族の異常個体である母とまでは行かなくとも、それをパートナーに求めるモノになることは、最早自然なものと言えるだろう。

 

 要するに彼は、魔族しか愛せない人間であったのである。

 

『へー』

 

 そして、それは独り立ちして帰省してから、ほぼ唯一敬愛する母親に相談し、特に咎められなかったことで拍車が掛かった。

 

『別に……。言語化できる時点で、その性癖はメジャージャンルなんだから気にするようなことでもないじゃない』

 

 母は"まあ、孫の顔は見れないかも知れないけれど、私にそれを悲しめる心はないから別にいいわよ"と続け、隣に居た父親は何か言いたげではあったが、彼にだけは息子を咎める資格はないだろう。

 

『ああ、でも犯罪者にだけはなるんじゃないわよ。それは人間的に悲しいと思う……わ? たぶん』

 

 しかし、確かに彼は、その言葉に救われ、故に彼が生涯貫いた道標は、言ったことも母が忘れているようなただそれだけのことであったのだ。

 

 それからの彼は、北伐で魔族と戦う時に男女問わず、会話を投げ掛けることをするようになった。相手を殺す前に相手の本質を理解するためにそれをし――最終的には皆殺しにした。

 

 それは単純に彼の求めているものではなかったからだ。やはり魔族のほとんどは人を欺き、殺すために嘘を吐く生き物であり、自身が人を殺す理由も無意識な獣なのだ。それは彼の求めるモノからは程遠い。

 

 母のようなもの――そこまでは流石に求めてはいない。しかし、最低限魔族という本質に向き合っている魔族に会いたいと彼は常々考え、それが彼が魔族を殺す理由となっていたのだ。

 

 陽の下にいるのではなく、月に寄り添う。それを自らの縁とし、彼の生涯はそのような"愛"によって形作られていた。

 

 

 そして、彼は遂にそれに出会った。

 

 

 

『それは悲しい誤解よ、私は人目を避けて暮らしていただけ』

 

 

 

 まるで月明かりのような翡翠の髪。声色は優しげで、それでいて儚くも美しい。

 

 

『誰も殺してはいないわ』

 

 

 柔和な笑みながら人間を一切感じさせない表情。そして、顔を向けただけでわかるほど濃厚な死臭からその言葉に一切の真がないことは明白だろう。

 

 

『構えなくて大丈夫だから、私はただあなたと――』

 

 

 幼子を相手にする職につく女性、あるいは自信に溢れた者が無意識に取るように、手を胸の前で三角形に重ねている様子。

 

 

『――お話がしたいだけ』

 

 

 その日、彼は自らの導きを見つけ、本来色などはない()()を彼女の髪の色とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シュラハトの言う――人間に最も近い魔族はどこだ? 悪いようにはしない」

 

 

 目の前の存在――黄金郷のマハトと対峙し、フリーレンは過去に手も足も出なかった経験が脳裏に過ぎりながらも腕の中のアウローラをそっと抱き締めた。

 

「アウラなら今は居ないよ……」

 

「…………そうか、どれほどで帰って来る?」

 

「隣の村に行ったから遅くとも夕方だ。少なくともここには居ない」

 

「ああ、わかった」

 

 話して時間を稼ぐ最中にフリーレンは、距離を少し取りながら自身の杖を手繰り寄せ、いつでも魔法を放てる状態になる。

 

 対するマハトは、相変わらず紙タバコをふかすばかりでこれといったアクションを取らずにおり、それが魔族故の慢心なのか、そもそも敵として見ていないのかは分からないが、少なくともフリーレンだけで彼を打倒することはほぼ不可能であることは間違いないであろう。

 

「……なあ、フリーレン。ひとつ聞いてもいいか?」

 

 すると、何故かマハトはフリーレンのことを見知った様子で質問を投げ掛けてくる。

 

 かつて、マハトの討伐隊の一員でしかなく、その上、壊滅した討伐隊の中で唯一生存し、片腕を黄金に変えられながら隠れ逃げることしかできず、マハトにとって有象無象のひとつでしかない筈の自身の名が覚えられていることにフリーレンは驚く他ない。

 

 そんなフリーレンの内心を知る筈もないマハトは、紙タバコを煙を大きく吹かすと燻り続けるそれを眺めながら更に言葉を続けた。

 

「この紙タバコ……美味いには美味いんだが……どうしても()()()の一本ほど美味いとは感じられない。何故かわ――いや、似たような経験があるか?」

 

「………………? なんの話?」

 

「………………ああ、そうか。当たり前か。まだ、お前は知らないに決まっているな。忘れてくれ。シュラハトの奴はいつもこんな……難儀な奴だ」

 

 それだけ言うとマハトは押し黙り、互いに動きのない時間が続く。それに生きた心地のしないフリーレンと対照的に腕の中で調子外れに笑うアウローラの声が酷く響いていた。

 

 マハトは赤子であるアウローラの様子にやや興味深そうな視線を向け――直後に魔力探知で、()()()の同格の魔力の持ち主が20〜30mという近場に居ることを察知し、そちらの方に顔を向ける。

 

 

 

「あら、こんなところにいるだなんて……奇遇ね」

 

 

 

 対峙する直前まで魔力を消し、魔族のように対峙する前に姿を現したそれは、血のような赤髪をし、2mを優に超える身の丈をした朗らかな顔立ちの男であった。

 

 更にその男の肩には緑の髪をして額から角の生えた女性――明らかに魔族の女が座っており、その女がマハトに対して話し掛けていたようで、マハトはそちらを見て目を丸くしている。

 

「ソリテールか……?」

 

「ええ、マハト。久し振りね。フリーレンは……最近、会ったから挨拶は要らなそうね」

 

「うわぁ……」

 

 フリーレンは便所でコオロギにでも遭遇したような絶妙な表情で魔族の女性――ソリテールという名の魔族を見るばかりであった。

 

 また、よく見ればソリテールの首には、チョーカーを模したような首枷が嵌まっており、そこからチェーンネックレスのような細く柔らかな鎖が伸び、男の左手の薬指まで巻き付いていた。明らかに魔力で作られた何らかの産物であろう。

 

 男の肩に乗っていたソリテールは地に降りると、マハトの方へと数歩だけ歩み寄って立ち止まる。

 

 その際に彼女と繋がっている鎖がシャリシャリと小さく鳴り、見ればそれは生き物のようにうねりながら不自然に伸び、更にソリテールの長い髪や男の身体に当たろうともすり抜けていた。

 

「ソリテール……お前ほどの魔族がこれは?」

 

「……ふっ、ふふっ……この場で説明するのは難しい。けれどそうね、友人の(よしみ)でこれだけは伝えておくわ」

 

 ソリテールは片手を頬に当て、もう片手の指で自らの首に繋がる鎖をなぞりながら口角を引き上げ、笑みを作って見せる。

 

 

「様子見や出し惜しみなんてしていたら――アウルに殺されるわよ?」

 

 

 その言葉と共に三者の会話を笑みを浮かべて静観していた男――アウルはソリテールとフリーレンよりも前に出てマハトから10mほどの距離で立ち止まった。

 

「ほう……?」

 

 それを聞いたマハトは目を少し細め、何処となく嬉しげに思える表情を浮かべながら手元の紙タバコを握り潰す。

 

 そして、開かれた掌から吸い殻と葉が地に落ちたところでアウルは恭しく頭を下げながら口を開いた。

 

「お初にお目に掛かります。(わたくし)、アウラの長男であるアウルと申します。お噂は兼ね兼ね……黄金郷のマハト様。六崩賢最強とも名高く、何やら興味深い探求をしているとそこのソリテールから小耳に挟んだため、一度お会いしたいと思っていました」

 

 身振りや手振りを交えながら上機嫌な様子のアウルという男――普段は村には居ないアウラの実子の片割れをフリーレンは、やや嫌悪を込めた眼差しで半眼で見つめると口を開く。

 

「…………アウル……なんでお前がここにいるの?」

 

「おっと、少々失礼マハト様。これは手厳しい……ここは故郷ですし、私個人としてはフリーレン様のことは姉のように慕っていますよ? 助力しない道理はありません」

 

「理由を聞いているんだけれど……?」

 

 背後からフリーレンに問われたアウルは、そちらにも応対するが、のらりくらりと話を変えるばかりで、そこまで意味のある会話をしていない。

 

「それはそうと、フリーレン様。この場は私が受け持ちますので、妹のアウローラの避難と、母さんに今の状況を伝えて頂けませんか?」

 

「わかったよ……」

 

 それから少し話した後、聞き出すことを諦めたフリーレンが口をへの字に結びつつも、アウルの言う通りにこの場から離れた。どうやら少なくともフリーレンは、彼の実力だけならば一切疑っていないらしい。

 

「さて……ソリテール」

 

「ええ」

 

 アウルはフリーレンが遠くに去って行く姿を魔力探知で見届ける。

 

 そして、一言だけアウルが名を呼びそれに応えたソリテールが魔法を起動し、それによって自身の身の丈ほどの大きな剣がアウルの目の前に出現し――彼はその柄を片手で掴み取ると一度振るってみせた。

 

 ソリテールにとって身の丈ほどの剣は、アウルが握れば大剣相当のものであり、彼の人間離れした体躯が際立つであろう。

 

 

「では――お話をしましょうか?」

 

 

 そして、次の瞬間、魔法で転移したような速度でマハトとの10mの距離を詰めると、そう言いつつそのまま斬り掛かった。

 

「――――!?」

 

 あまりに紳士的かつ自然体で唐突に襲い掛かってきたため、一瞬行動が遅れたマハトは、寸前のところで自身の外套全体と接触面の肉体の一部を万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)で黄金化させつつ身を翻したことで受ける。

 

 黄金を打った大剣が密かにひび割れながらも、それでも殺しきれない凄まじい衝撃は身を固めたマハトの身体を十数m弾き飛ばす程であった。受け止められると踏んでいたマハトはその常軌を逸した怪力に目を見開く。

 

「なるほど……それが"万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)"ですね。確かに凄まじい魔法だ。そもそもどうして自身の魔法でモノを黄金に変えようとしたのか。なぜ、魔族であるあなたが不変の富と永遠と不死身の象徴たる黄金を模したのか。是非とも教えて頂きたいものです」

 

 後方に飛ばされつつもマハトは、そのカウンターとして万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)をアウルへと放ち、地を踏みしめて対峙しながら外套の一部を黄金の剣に纏めた。

 

 マハトの万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)は、生物及び無生物を問わずにあらゆるものを黄金に変化させる魔法であり、その範囲や速度すらマハトの自由自在のため、初撃で仕留め損ねた時点で、勝負は決したようなものであろう。

 

 しかし、マハトは自身が思い描いたようにアウルが黄金にならず、その場で言葉を吐き続ける彼を眺める。

 

「……ククッ……なるほど」

 

「…………ああ、失礼。私の肉体や身に付けた物に"万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)"はとても難しいと思いますよ? 母さんが解呪と耐性の術式は既にまとめており、それを子供全員に習得させていますので」

 

 "備えあれば憂いなしというものですね"と言いつつ、アウルは相変わらずな様子でマハトを見つめ、大剣を持たない方の指が大きく鳴らされると共に魔法が起動した。

 

 

『"真っ二つにする魔法(ヒィッツカラルド)"』

 

 

 それにより、不可視の魔法の斬撃がマハトへと飛び、魔力探知でそれを認識していた彼は片腕を黄金化させて弾き、その間に距離を詰めていたアウルの大剣が振るわれ、それに対応したマハトの黄金の剣と鍔迫り合う。

 

 その結果、アウルの怪力とマハトの黄金に耐えきれなかったひび割れたソリテールの大剣の刀身が粉砕する。

 

「なるほど……」

 

「ぐっ……!?」

 

 そして、無手になったことを確認したマハトは、そのまま攻撃に転じてアウルを斬りつけ、逆にアウルは残った柄ごと握りしめることで握り潰して拳を作り、マハトの頬を殴り付けた。

 

 マハトは衝突する寸前で頬と首を黄金に変え、金属が激しく鳴る轟音が響き渡ると同時にアウルの胴体が斬りつけられる。

 

『"真っ二つにする魔法(ヒィッツカラルド)"』

 

 その状態でアウルは両手の指を鳴らし、今度はふたつの魔力の斬撃がゼロ距離から放たれ、片方の防御が"万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)"で間に合わず、マハトの片方の手首が飛んだ。

 

 それによりマハトはアウルから距離を取り、それを見たアウルはその場で佇みながら斜めに斬られた傷口に触れる。広範囲に裂かれ、出血もしているが、見た目よりも傷は浅い。

 

「私が気に入って使っている魔法は母さんのものでしてね。"真っ二つにする魔法(ヒィッツカラルド)"と言うのですが、そちらの全知のシュラハト様が母さんの掌を斬った魔法を模倣し、改良したものだそうです。由来は母さんのことなので私が知ることではありませんが、これほど便利で使いやすい魔法もそうないですね」

 

 聞いてもいないことを話し続けているアウルを他所にマハトは自身の手首を回復魔法によって修復する。それを終えると話しながらアウルの方も治療を終えていたようであり、今度はマハトの方から声を掛けた。

 

「話すと言う割には行動が伴っていないな……」

 

「いいえ、合っていますよ。理解とは即ち、意思を共有し、その道標を見立て、導きを知ること。しかし、魔族の言葉とは人間を欺くためのものです。ならば対話とは、私が同じ土俵に立ってしなくてはならないではありませんか? ソリテール」

 

「はい、どうぞ。次は大切にして」

 

 その言葉と共にいつの間にか近くにあった切り株に腰掛けて、こちらを眺めていたソリテールが再び魔法で大剣を創り出し、それをアウルが手に取る。 

 

 アウルとソリテールの間に異様な関係が構築されていることは想像に難しくないが、それがなんなのかは、マハトには微塵も理解できなかった。

 

 ちなみにソリテールの首枷と繋がっている鎖は、当初は数mであったが、今では明らかに数十m程の長さまで伸長しつつ僅かに生き物のように波打っており、相応に奇っ怪な魔法である事が分かるであろう。

 

 すると、ソリテールの方を見ていたためか、アウルは思い出したかのように口を開く。

 

「ああ、失礼。どうやらご友人のようでしたので、説明を省いてしまっていましたが、改めて説明いたします。私の妻のソリテールです」

 

「ええ、捕まって結婚させられてしまったわ」

 

「結婚……?」

 

 そのあまりにも異様な内容にマハトは言葉が詰まる。少なくともその様子はマハトが知る人間が文化としてするような結婚からは異常なほど掛け離れていた。

 

「必要でしょう? 枷と楔が、人間と魔族には……ね。母さんとフリーレン様でさえそうなのです。よって、これが円満な人魔の夫婦の関係なのですよ」

 

 少なくとも目の前のアウルという人間は、ソリテールほどの大魔族が、この場で一切叛逆せずに付き従う程の実力を持つということだろう。

 

 要するにソリテールは理解しているのだ――"自身とマハトが束になろうとも勝ち目がない"と。

 

 そこまで聞き、マハトは自身の記憶と知識の中で、そのようなことをしている存在が人間側に居たということを想起する。

 

「……ああ、思い出した。月光の騎士アウル……確か中央諸国の将軍だったか」

 

「おや、知っていてくださいましたか。それは恐悦至極です。不肖私、現在の時代と人類において頭に魔法と付けつつ――"世界最強の戦士"を名乗らせて頂いております」

 

「世界最強か……それなら相手に取って不足はないな」

 

 その言葉を聞いたマハトは口角を吊り上げて笑い――彼を中心に波紋が広がるように周囲の景色が黄金へと染め上げられるように変わっていく。

 

 その様は明らかにこれまでが遊びであったように思え、実際それに近かったのだろう。

 

「ソリテール」

 

「ごめんなさいね、マハト」

 

 アウルの呟きによってソリテールが片手を掲げつつ魔法を起動すると、空に放たれた蕾のような魔力の光が飛び、それが花開くように別れることで、瞬時に直径2〜3kmに及ぶ結界が構成される。

 

 それはマハトの"万物を黄金に変える魔法(ディーアゴルゼ)"ごと三人を閉じ込めるように張られていることを意味しており、実際に結界の境界まで達するとそれ以上世界が黄金に侵食されることはない。

 

 それを見届けつつ、アウルは深呼吸を一度してから大剣を足元で構え、マハトへ向けてゆっくりと歩き出す。

 

「さて……あなたの魔法が素晴らしいことは語るまでもありませんが、どうやら私とは相性が良いようです。姉さんなら相性は良くないと思いますが……まあ、だからこそ私を寄越したのでしょう」

 

「…………お前を? いったい誰が?」

 

「気にすることはありません。私も……ただの礎のひとつだということです」

 

 マハトの疑問に一切答えず、"光栄ですね"とだけアウルは続け、魔法を起動する。

 

 それは"真っ二つにする魔法(ヒィッツカラルド)"ではなく、魔力による淡い緑の光が大剣を中心に覆ったばかりで、マハトには強化を付与した魔法としか認識できず、どれだけ解析しようともそれ以上のものではない。

 

「黄金郷のマハト……参る」

 

 その言葉と共に黄金の大地から数多の黄金の柱が天に伸び、さながら巨大な竜の尻尾が並び立つような光景が広がる。

 

「もっと、簡単に考えましょう」

 

 それらは生きているかのようにしなると、一斉にその竜の爪のような切っ先をアウルへと向けた。

 

「それは黄金です。如何に素晴らしいものではあっても物質としては、柔らかく曲がりやすく実に脆い。ましてや、武器として評価すべきところなど何一つとしてありません」

 

 それを前にしようともアウルの言葉は止まらず、黄金の柱の数々を見上げながら相変わらず何処か嬉しげで、朗らかな笑みを浮かべるばかりだ。

 

「そんなものに私の導きは阻めない」

 

 しかし、その表情から笑みが消え、代わりに大剣の光が強まると魔力の刃が形作られ、刀身が一回り大きくなる。

 

 恐らく、アウルの魔法が完全に起動する。それと同時に待っていたと言わんばかりにマハトの黄金が襲い掛かる。

 

 それらは空から殺到する数多の黄金の柱に加え、地を揺らしてうねりながら地面から突き立ち続ける黄金の槍の波であり、明らかに人間が理解できるような代物ではなく、さながら神話の再現のようであった。

 

 そして、黄金の柱と槍は、一切動きを見せなかったアウルに対し、全く同時に全ての切っ先で穿つ。

 

 次の光景は既に決まったようなその景色に、マハトは小さく落胆を覚えていた。

 

 

 

『"月明かりを言祝ぐ魔法(モーントリヒト)"――』

 

 

 

 次の瞬間、一筋の剣閃が一帯を通り過ぎる。

 

 それにより、アウルに伸ばされたマハトの黄金は一斉に動きを停止した。

 

 そして、数多の黄金の柱は空を切り取ったかのように静かに半ばから脱落し、黄金の槍は粉々に砕け散る。

 

 

 

「私の月光(導き)に――斬れぬわけがありません」

 

 

 

 その光景をマハトは戦闘中であるにも関わらず、切断され、崩された自身の黄金を誰よりも呆けた様子で眺めた。

 

 その間、数秒はあり、それだけの時間があれば容易に必殺の一撃を見舞う事が出来ただろう。

 

 しかし、マハトが意識を戻すまで何も起こらず、彼が視線を向けると、アウルは緑に淡く輝く大剣を構え直す。

 

 

 

「さあ、共に語らいましょうか……」

 

 

 

 その日、確かにアウルの月光は、マハトの黄金郷を崩壊させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







〜 500年後ぐらい後世から見たアウル 〜
大魔族を嫁として、人間同士での諍いなどで足並みの揃わない中央諸国を平定し、数多の魔王軍の将校や賢者を討ち取った。現在まで絵本にもなっている桃太郎ぐらい理想の大英雄。



〜 アウラが作った魔法 〜

真っ二つにする魔法(ヒィッツカラルド)
 シュラハトと戦った時に自身の手を鎌ごと切断した魔法を再現したもの。ただし、視界に入れればいいとしても射程が短い事がアウラ的に不満だったらしく、"別に視界じゃなくてもいいじゃない"とのことで、発動条件を指パッチンに変え、射程が延長され、攻撃範囲を拡大するなどの改良が施されている。動作の途中で差し込むなどやたら奇襲性が高く、極めて殺傷力と殲滅力が高いことからアウルが生涯愛用していた母の魔法でもある。

「ただし……真っ二つだぞ。フフッ……」

「アウラ、楽しそうだね」



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