今回も楽しんで頂ければ幸いです。
『フェルンが私の子孫だからじゃない』
フェルンはアウラから直接言われたそのことを何度も反芻し、それでも考えがまとまらず、魔法の修行も手につかないでいた。
元々、彼女が人に何かを相談するようなことに慣れていないこともあるが、なによりも自身のことであり、誰も悪くないということは分かり切っているためだろう。
まず、幼少時に南部の戦火によって両親を失った戦災孤児であり、自死寸前のところを魔王を倒した勇者一行の僧侶であるハイターに救われて今があるフェルンにとって、魔族とは仇のひとつであり、最も憎むべき敵であった。
『中々、才能の有りそうな人間の子じゃない。まあ、当然だけれど』
そして、そんな彼女が実際に出会った最初の魔族は、同じく勇者一行のエルフの魔法使いであるフリーレンが何故か従えているアウラという500年以上を生きる大魔族だったのである。また、今思えばかなり遠回しかつ直接的な自画自賛も含んでいた。
更に驚くべきこととして、かつて魔王を倒した勇者一行にこの魔族も"商人"として同行しており、勇者一行の商人のアウラと言われれば、フェルンも多少は聞き覚えがあったのだ。
『ヒンメルは自分の美容品やフリーレンへのプレゼントで散財し、ハイターは旅費の残り額に関係なく気づいたら安くはない酒瓶を握り締め、フリーレンは言うまでもなく
そして、なんかとても苦労していた。
魔族は嘘つきなので、真っ赤な嘘か、話を盛っているのかと思えば、フリーレンがしょぼしょぼした顔をしながらアウラから顔を背け、ハイターも乾いた笑いをするばかりだったため真実だったらしい。
ちなみにアウラは"人間の信用を失うリスクを考えれば嘘を吐く意味はないじゃない"等と考えているため基本的に人間相手には全く嘘を吐かず、フリーレンのその時の顔は何かを隠している時の顔であったとフェルンは後に知る。酒は百薬の長である。
暫く接した結果、アウラという魔族は、フェルンの魔族観を破壊し兼ねないレベルで、善良であるかは兎も角、マトモな存在であることは確かだったのだ。後、料理がとても上手い。お菓子作りもである。
とは言え、魔族は魔族であるため、危険な存在として最低限の警戒や線引きはしていたフェルンであったが、そんな自分がアウラを祖として生まれたと言っても過言ではない魔法使いだったことに困惑すると共に、自身の力や才能がどこか悪いものにも思えてしまったのだ。
尤も悪く思うと言ってもその祖が、悪党どころか魔王を倒した勇者一行のひとりだということはわかっているため、彼女が魔族だからという無意識下の色眼鏡によるものであり、それを恥じる思いも同時にあった。
そのため、自身が目にして感じた純然たる事実と本能と感覚的に覚える嫌悪感に板挟みになり、幼いフェルンはそのような感覚を独りで対処出来ないでいたのだ。
「おや? フェルン様、どうかしましたか?」
すると魔法の修行場で何をするわけでもなく佇んでいるフェルンの背に気遣うような敬語にも関わらず、全く抑揚のない女性の声が響く。
フェルンが振り返ると、そこにはホワイトブロンドの長髪をした20代半ば程に見える大人らしい容姿と背丈をした女性の姿があった。
しかし、その頭にはアウラのモノより細くやや小さい二本の角があり、まるで光のない瞳をしていた。それは一目見て魔族だとわかる。
「ツィトローネ様」
「様は必要ありませんよ。私が一番下の地位ですから」
彼女――ツィトローネは80歳代の魔族であり、魔族にしては若い部類に当たるだろう。
しかし、その身体は千年成長しないフリーレンや、魔法学園の制服など着せてしまえばそのまま潜り込めそうな容姿のアウラに比べると、明らかに大人の女性であった。
魔族は多くの野生動物のように幼少期は比較的短く、その期間で身体自体は出来上がり、その後の成長や老いと言ったものは、ほぼないと言っても過言ではない。つまり成体の容姿にかなりの個人差が出るため、見た目と年齢が全く一致しないのだ。
彼女はフリーレンの従者であるアウラの子飼の魔族という存在であり、なんでも"アリとアブラムシに基づく人間と魔族の共存"というアウラが500年掛けて未だ執筆中であり、"完成は後、500年掛かるんじゃないかしら?"と冗談なのか、本気なのか反応に困る研究の理論に基づく社会実験で観測調査中の個体とのことであるらしい。また、ツィトローネと名付けたのもアウラである。
ただ、アウラとの最大の違いとして、彼女は食人と殺人が出来ないだけのごく普通の魔族だということだ。
ツィトローネは、フェルンの隣に座り込んで目線を合わせる。
「見たところ、何か気落ちしているように見えますが、お力になれることはありますか?」
そして、魔族というものは人間の感情を幾つも理解出来ない割には、人間の感情の機微に鋭い。尤もそれは相手を思いやるからではなく、相手を騙すためということが何より違う点だろう。
しかし、フェルンは丁度困っていた時に少なくとも外面上は優しく話し掛けられたことや、フリーレンやアウラといる分には無害なため、自身が悩んでいることをポツリポツリと話すことにした。
「へぇ――
ああ――
それはそれは――
なるほど――
はい――
そうなのですね――」
それに対して、ツィトローネは内容の特にない相槌を打ちつつフェルンの話を聞いた。
そして、最後まで話を聞き終えた彼女は、表情を変えて口角だけ上げて微笑むようにして見せると、首の角度をやや傾けた。
「それの何が問題なのですか?」
心底わからなかったと言わんばかりにツィトローネは虫のような視線でじっと見つめるばかりで、話が全くの無駄だったとフェルンは思い、表情を強張らせた。
しかし、それを見た彼女は表情を無表情へと戻し、視線をフェルンから地面へと向ける。
「どうやら私は、また選択を間違えてしまったようですね」
そう言ったツィトローネは少し口を尖らせており、それがどこか幼気に見え、少なくともフェルンにはこれまでの中で一番人間味があるように思えた。
「"お母さん"の真似事をするものではありませんね。全くわかりませんでした、はい」
「そ、そうでしたか……」
彼女の言う"お母さん"とは、アウラのことを示す。何故そう呼ばせているのかは、"昔のこと"とのことでアウラやフリーレンたちしか知らないが、少なくとも好んで呼ばせているのだろう。
「だってフェルン様は人間ですから、最初からそう考えること自体が無意味なのでは?」
「――――っ!」
そして、ツィトローネが自然に吐いたであろうその言葉にフェルンは目を丸くした。
「私は魔族なので、悪意がありません。罪悪感もありません。正義感あるいは良心と呼べるものも持ち合わせていません」
すると今度は彼女の方がフェルンに向かって話し出した。その内容は、到底子供に向けたものではないが、そのまま昔のことを話すらしい。
「昔々、あるところに魔族の子供がおりました。その子はとある村の子を殺して食べ、その両親に殺意を向けられました」
その言葉にフェルンは目を見開く。それがツィトローネの過去の話であるとなんとなく察していたからだ。
「その時に勇者様方が居合わせ、勇者様と村長様が、子供だからと忌むだけでは終わらないからと子を生かし、"償う"機会を与えられました」
それだけなら美談だった。人間なら最大限の温情と言えるだろう。
「しかし、償うということを魔族は理解できません。なので、食べたことがいけなかったと子は解釈しました。そして、子は更に考え――怨んで来る夫婦へ村長を殺してその娘を代わりに差し出すことにしました。丁度、食べてしまった子は娘でしたから」
そのような異質な話をフェルンは黙って聞く。感情移入など出来るわけもないそれを聞き、魔族というモノの本質を理解し、それは自分とは似ても似つかないモノだとも気付かされる。
そして、このような話を相手のことを鑑みることなく出来てしまうのも魔族というモノの異常性なのだろう。
「だって、殺すなとは言われていませんでした。奪うなとも。ただ平穏に過ごしたかった昔の私には、それが間違っていないことに思えたのです」
遂にツィトローネは自身のことだと隠すこともしなくなり、一度瞳を閉じる。そして、再び目蓋を開くとまた話し出した。
「そして、私は遂に行動を起こし――見張っていたお母さんにボコボコにされ、二度と私自らの意思で食人と殺人が出来ず、嘘も吐けないように
そして、いきなり話の内容が明後日の方向に飛んだ。
魔族と人間による悲しいすれ違いの猟奇事件にアウラという名のニンジャが現れ、魔族の子供を暴力と魔法で捻じ伏せて行ったのである。
「それから約80年。私は、一度も自らの手で食人をしていませんし、人間を殺してもいません。それとお母さんによって、日々色々なことを教えられています」
「そうなんだ……」
「ね? フェルン様は私とは全然違うでしょう? フェルン様は人間ですから」
違い過ぎたせいで、フェルンは自身が思い悩んでいたことが小さなことに思えて来た。
「また、お母さんは言いました――別に人間の感情なんて理解する必要ないじゃない、と」
何よりアウラという魔族が色々な意味でぶっ飛び、良い意味で魔族らしくない存在であると改めて理解したこともある。
「そもそも完全に理解出来ないものに馬鹿正直に時間を費やす方がよほどに馬鹿らしいとも言っておりましたね」
「言いそうですね……」
「ええ、言っていました。だから必要なのは、何かをしなければならないのではなく、間違っていることを覚えること。してはいけないことを覚えること。そして、したらどうなるのかを覚えることだそうです」
そう言うと、彼女は言葉を区切り、少し虚空を見つめて数秒間そのまま止まってからポツリと口を開く。
「殺人は、いけないこと、です」
「――――!?」
ツィトローネは明らかに片言ながらそう言い切った。それには今まで彼女の話を聞いており、魔族の生態は知っていたフェルンも驚く。
「とても酷い目に遭いますからね……」
その言葉は、実体験とアウラによる教育学習の賜物であり、同時に彼女の目から更に光が失せたようにも思える。
「けれど……私は今、平穏に過ごせていると思います。だから幸せなんだと思います。魔族として」
更にそう言うツィトローネの表情は一切変わっていないが、少しだけ笑っているようにフェルンには見て取れる。
「こんな話でも何かの参考になればよいのですが」
「全くなりませんでした。怖いです」
「手厳しいですね」
話し終えた彼女は、フェルンの隣から立ち上がり"ああ、そうでした"と声を上げる。
その頃にはフェルンの当初の悩みは薄れ、解決はしなくとも少しずつ受容する程度にはなり、少なくとも何も手がつかないということはないであろう。
「間もなく夕飯の時間だと知らせに来たのです。行きましょうか、今日は唐揚げだそうです」
「ご飯ですか」
その言葉を聞いたフェルンは良い姿勢で立ち上がると、ツィトローネの後をついて行ったのだった。
「お母さん」
「あら? 手伝ってくれたのね? ありがと――」
「唐揚げにレモンを絞っておきましたよ」
「………………」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
◆
◆
◆
脳裏に浮かんでいた情景が薄れ、崩れた夢から醒めるように消えて行く。
微睡みのような感覚を覚えつつ、
中央諸国全体では眉唾物の話だと今のところは思われているが、実際に村に来た人間は、皆が口を揃えてそう言うため、いつか信憑性を帯びるのも時間の問題だろう。
森で最も高い木よりも更に高い空中に留まっている彼――飛行魔法を使っている魔族の男は、2〜3kmほど離れた位置にある村をやや発展した村と言える規模と認識する。
村を見つつ脳裏に浮かんでいた情景を思い出した魔族の男は、飛行を止めてゆっくりと地面に降りつつ、目を瞑った。
「やはり捨て置くには価値が有り過ぎる未来か……」
そして、完全に降り立ったところで小さく溜め息を吐き、徐ろに後ろを振り向きながら片腕を上げてそれに触れると目蓋を開ける。
「六崩賢――いや、七崩賢、断頭台のアウラ。お前のことだ」
「背中に目が付いてる奴は初めてね……!」
そこにはピンクブロンドの髪をした小柄な魔族の女が完全に魔力も気配も消した状態で自身に対して大鎌を振り下ろしており、その切っ先を彼は片手で止めていたのだった。
直ぐに飛び退いた魔族の女――アウラは自身の周囲に数十の大鎌を形成し、それらが高速で廻ることで異音を放ち始める。
「一応、魔族らしく名乗っておこう」
しかし、それを特に気にした様子もなく、魔族の男は真っ直ぐにアウラだけを見据える。
「"全知のシュラハト"だ。魔王様の腹心をやらせて貰っている――未来の辻褄を合わせに来た」
千年後の未来まで見通せる魔法を操るとされる全知のシュラハトは、そう言い切ったのだった。
過去で死んでいる奴はどれだけ盛ってもいいフリーレン理論すき。