『佐倉さん。うちの息子ですが…、多分、心臓が止まるようなことしかしないので、今のうちに保険に入っておくことをおすすめします』
佐倉惣治郎の脳裏に、彼の保護司を引き受けた際に聞かされた言葉が浮かぶ。
何を馬鹿な、と一笑に付すことが出来たらどれだけ良かっただろうか。
そんなことを思いながら、惣治郎は目の前で少女を連れて土下座する居候を見下ろした。
「えぇっと…、お前んとこの鴨志田って教師が、そこのお嬢さんを襲おうとして?
お前がたまたまそこに出会した…と?」
「ちょっと迷ってしまって…」
「ほ、本当なんです…!だから、その…」
「ああいや、わかった。わかったんだけど…、そのあと何したって?」
この男が何をやらかしたか、知ってはいる。
だがしかし、それでも受け入れ難いことには変わりない。
顔を歪めた惣治郎に、蓮は申し訳なさを滲ませた声で告げた。
「彼女を担いで、学校の窓からルブランまでジャンプで…」
「その…。屋根伝いではなく、学校からここまで、ひとっ飛びで…」
「………だからスーパーマンとかニュース出てたのか、うん…」
そりゃニュースにもなるわ。
ここが彼の地元なら「またいつもの筋肉か」で済ませられるが、ここは東京。
そんな素晴らしい…もとい恐ろしい筋肉を持つ存在など、どこを探しても見当たらない。
惣治郎は目の前の問題に思考を放棄し、ペコペコと頭を下げる少女に目を向ける。
「…はぁー…。そう言うことだったら納得しとくが…、お前大丈夫なのか?
退学なんて騒ぎになったら、今度こそ牢にぶち込まれるぞ」
「アテはある。なんとかしてみる」
「……詳しくは聞かんが、法に触れるようなことはするなよ」
惣治郎の読みが正しければ、鴨志田という教師は今頃、蓮を退学させるための一手を打っているだろう。
そうなれば最後、彼は見事に牢屋入り。
別にそこまで関わりのない子供がどうなろうが知ったことではない。
が。この良くも悪くも真っ直ぐな少年が、汚い大人の勝手に振り回されるのは胸糞悪い。
惣治郎が複雑な感情を込めた視線を彼に向けると。
彼はいつの間にやら制服を脱ぎ捨て、見事な筋肉を隆起させた。
「ダイジョウブダヨ‼︎キットナントカナルサ‼︎」
「筋肉を介して会話すんな」
「違います。陽気な大胸筋のダニエルと、楽観主義な上腕二頭筋のケビンです」
「……名前付けてんの?筋肉に?」
「地元の友達もやってました」
「………お前の地元どうなってんだ?」
とんでもないの引き受けてしまったなぁ。
惣治郎はそんな呆れを隠すように、ふざけ倒す彼にツッコミを入れた。
「……ワガハイも筋肉への命名はどうかと思うぞ」
彼の鞄にいる猫…モルガナも同じく、筋肉に辟易した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「あ、あの…、私のこと、覚えてます?」
校門前にて。
素晴らしい筋肉と体幹で人々の圧を跳ね除ける蓮に、『眼鏡をかけた茶髪の少女』が声をかける。
少女に見覚えはない。
が、揃いの制服を着ている以上、彼女も秀尽の生徒なのだろう。
蓮が首を横に振ると、少女は目を丸くした。
「え…?えっと、私が轢かれそうになって、車を片手で受け止めて…、え…?ほ、ホントに覚えて…?」
「ごめん。しょっちゅうやってるから」
「しょっちゅう!?」
雨宮蓮は嘘をついていない。
それこそ、いちいち助けた人間の顔を覚えない程度には、似たような場面に遭遇してるのだ。
彼の言い分に困惑する少女を前に、モルガナは呆れた声を漏らす。
「マジで止めたのか?車を?片手で?」
「新幹線より軽かったから…」
「新幹線!?!?」
テリーマンかお前は。
惣治郎がこの場に居たのなら、そんなツッコミが飛んでいたことだろう。
流石に嘘であってくれ、と願うも、彼のことだ。
恐らく本当にやらかしている。
パレスの中と身体能力が変わらないのはなんなんだ、と呆れるモルガナをよそに、目の前の少女が詰め寄る。
「と、とにかく!私たち、あなたに助けられたんです!お礼させて…」
「間に合ってます。じゃ」
「あ、ちょっと…」
彼女が言い終わるより先に、蓮がその場から飛び立つ。
素晴らしい筋肉の成せる跳躍。
「ニ゛ゃァァアアアアア!?」という猫の断末魔と共に屋上を飛び越え、中庭へと降りていく影を見送りながら、少女は呆然と口を開いた。
「………フォーム、すっごい綺麗…」
「そこ???」
彼を観察していた生徒会長は、思わずツッコミを入れた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……すっごい楽だったね、ルート確保…」
「仕掛けという仕掛け全部こいつが粉砕してくんだもんな…」
時は少し進み。
新たにペルソナ能力に覚醒した少女…高巻杏ことパンサー、その少し前に覚醒していた少年…坂本竜司ことスカルの二人が遠い目で眼前のモヤを見上げる。
これまでの経緯を思い返してみれば、理不尽な筋肉による蹂躙だった。
仕掛けという仕掛けを筋肉で粉砕し。
立ちはだかる敵を、何故か獲得した側からムキムキになったペルソナたちと共にバッタバッタと薙ぎ倒し。
結果。1時間も経たないうちに鴨志田城の全容は明かされてしまった。
と。鴨志田の欲望が生み出した城…パレスの核たる「オタカラ」を前に、蓮ことジョーカーが拳を構える。
「これを壊せば改心するのか?」
「壊すなァ!!奪うっつってんだろ!!!」
「…怪盗って何かわかってんのかな…?」
「いや、ないだろ…」
少なくとも、ターゲットを拳で粉砕するような真似はしない。
ニャーニャーと叫ぶモルガナをよそに、二人は顔を見合わせ、ため息をついた。
「コイツ、頭はいいはずなんだけどなぁ…」
「筋肉でなんとかできるかもって思った途端にIQ下がるよね…」
雨宮蓮…多分世界観間違えてる。精神暴走による暴走列車をテリーマンの如く止めた素晴らしい筋肉。この後、バレーをやる予定。逃げて。金メダリスト逃げて。
鴨志田…何この筋肉。怖っ。
鈴井志帆…筋肉によって雑に助けられた人。怖さの方が勝ってる。
モルガナ…この作品における不遇枠その2。なまじ主人公のパートナー役なだけあって、1番被害にあうポジションにいる。