バリバリバリ!金属が裂けるような、ガラスが砕けるかのような音。衝撃が三人の聴覚器官を激しくかき鳴らしている。かたや視界に映った隙間から覗き見えるのは、果てのない暗黒。ディープカバー自身の心境も、まさに一寸先は闇のような気がしていた。
「こんな俺がチームを率いるべきなのか?」
ディープカバーが二人には聞こえぬ声量でつぶやいた。しかし悩んでいたところで、時の速さはやがて決断の瞬間を運んできてしまうだろう。そう考えていると、
「うわっ!真っ暗だな!」
シルバーストリークが我慢できずに口を開いた。
「目に飛び込んだことをいちいち説明するんじゃない。光も吸い込んでいるということなのだろう」
「いやだって本当だし!ちょっと怖いし!」
「俺にだって見えてるって言ってるんだ……。おわっ!」
今度は光が迫ってくる。違う。自分たちが光のほうへ吸い込まれているのだ。巨大な引力がボディの操作を上回って言う事を聞かない。
「お、落ちるってぇ~~えええええ!!!」
シルバーストリークの絶叫。まだ体感1秒も経たずに何もない宙に放り出されれば、あとは星の重力に従うしかない。
「二人とも!再び衝撃用意!俺につかまってれば地面と一緒にはならねぇはずだ!」
ドン!!!
巨大な衝撃音と、土煙。ディープカバーは受け身の姿勢で転がり落ちた。
目の前は、シールドを地面に叩きつけたまま微動だにしないブレーカー。
後ろを振り向くと、両足を天に向けてひっくり返っているシルバーストリーク。
「大丈夫ですか!」
とりあえず目の前の先輩に声をかけた。
「俺はな、まあこういう荒仕事はなれてるからよ。それより後ろのアホを起こしてやんな」
「生きてるか」
ディープカバーは、振り向かずに後ろに声をかけた。
「なんとか」
「受け身くらいしろよ」
「攻撃は全部回避してるから」
「ふん」
不服な顔のまま立ち上がり、アホと呼ばれた奴の体を引っ張って立て直す。
「あ~いてて。まあ楽しかったからいいか。って、ここサイバトロン星じゃねぇか?」
確かに、アホの言う通り見慣れた景色ではある。鋼鉄の大地からニビ色の殺風景なビル群が乱立し、ハイウェイが交差する街並み。先ほどまでいた基地こそ衛星ではあるが、母星の技術を持ち込んでいるので景色も似たようなものであった。
「どうやら並行宇宙のサイバトロン、もしくは同系の惑星に来た。と考えるのが自然か……。TFもいるようだ。」
三人がじっくりとあたりを見回して動き出そうとしたその瞬間、
「そこの青いお前たち!止まるんだ!」
何者かの怒号が鳴り響いた。
姿を見せたTFのシルエットに三人は既視感を覚えた。数秒前に顔を合わせたバグバイトにそっくりだったからである。だがその色は白ではなく夜のような漆黒に黄色のストライプ、鮮やかなブルーの頭。
「青いお前たちってのは?あぁ!俺らのことかい。すまん。我々は今、時空を超えてきたところでな、なにせこんな旅行は初めてでよ。後ろの奴なんか頭から落っこちて頭脳回路がやられてるかもしれないんだよ。悪いがちょっと話を聞いてくれないか?」
先頭にいたブレーカーが話を切り出す。ディープカバーは状況を察知していた。ブレーカーは仲良く談話したいわけではない。攻撃されることを想定した時間稼ぎの合図である。
一方ディープカバーは自身をステルスモードへと移行させていた。さっきまでアホだったシルバーストリークでさえ、戦闘態勢で構えている。
「話なんか聞くわけねぇだろうが!怪しい奴は即連行だ!ジェットファイアー!やれ!」
「仕方ない。これも平和のためだ!」
轟音を響かせ、小柄な黒いTFの背後からその数倍はあろうかという、これまた真っ黒な巨体のTFが襲い掛かる。ジェットファイアーと呼ばれた者の手甲から伸びた紫の光剣が、ブレーカーのシールドと激突し、火花がほとばしる。
「まったく!手厚い歓迎だことよ!」
「その減らず口ごと叩き割ったほうが良さそうだな……」
そう二人が交わしたのもつかの間。
「やい木偶の棒!足元がお留守だぜ!」
さっきまで後方にいたシルバーストリークがジェットファイアーの足元へ現れた。“Silver Streak=銀の一条”の名の通り、目にもとまらぬ速さで移動していた。
「っ!いつの間に!」
不意を突かれ驚くジェットファイアー。
「ごめん!今着いたとこ!」
黒い巨体が足に光線を撃ち込まれて倒れこむ。
「うおおっ!」
「はやっ!!おい!もう一人のちょっと黒いのはどこだ!」
突然の出来事にゴールドバグも焦りを見せた。
「それは俺のことか?」
「んぎゃっ!?」
小柄なTFの背後に突如としてディープカバーが出現する。“Deep cover=隠ぺい”が示す通り、彼の黒い身体は相手の視覚センサーに気取られず行動できるステルス機能を持つ。不意打ちで小柄な体を押さえつける。ゴールドバグと呼ばれたTFは抵抗して、ディープカバーは拘束するのがやっとであったが、じっくりとその体を観察する余裕があった。
「ゴールドバグ!退散だ!トランスフォーム!」
そう叫ぶやいなや、巨体が戦闘機へと変形し、ブースターを点火。爆風の直撃を避けるため、チームブルーは全員防御態勢を取らざるを得なかった。
「じゃあな!お前ら!覚えてろ!」
ゴールドバグと呼ばれたTFが戦闘機にぶらさがって離陸する。バイザーとマスクであったが、その表情は明らかにこちらを嘲笑していたように見えた。
「なんなんだあいつら!ディセップか!?」
「ディセプティコンじゃない……。あいつらのエンブレムのデザイン、確かにオートボットのものだったが……」
憤慨するシルバーストリークとは対照的に、ディープカバーは顎に手を当て考えていた。
オートボット、ディセプティコンとはTF達の陣営の名である。ある大戦以降、穏健派と過激派が互いを識別するために、TFの顔を模した赤いマークと紫のマークをボディに入れていた。赤いエンブレムを見ればオートボット、紫のエンンブレムを見ればディセプティコン。普段なら一目瞭然なのだが、先ほどは少し違和感を感じた。
「色が、違う。紫だった。まるでディセプティコンのような……」
「つまり悪いオートボットってことか?」
「なるほどねぇ」
ブレーカーが頷く。
「そ、そう考えるしかないか……」
元と似た世界かと思えば、まるで正反対の現象に一同は混乱していた。
「あいつらがマグナコンボイを呼んだって可能性はあるだろ!」
シルバーストリークが閃いた。
「いや、それはまだわからんが……」
ディープカバーはいまだに現状を整理しきれていない。
「なんにせよ忙しいな。まったく。どこに行っても争いってのは起きるねぇ」
ブレーカーは状況を飲み込んでいるのかいないのか、落ち着き払っていた。
まだわからない、と言ったもののディープカバーはその『可能性』について思索をめぐらせた。マグナコンボイを呼んだ、なぜ?あり得るとしたら、こちらDユニットの戦力減衰。もしくは個人的な私怨。それとも、我々をこの地に招くため……?
そもそも今敵対した者はゴールドバグ、ジェットファイアーと呼び合っていた。両者ともオートボットの戦士の名前で、ゴールドバグといえばかの有名なバンブルビーが、そういったコードネームで姿を変えて活動していた時期がある。ジェットファイアーもディセプティコンの航空部隊、シーカーズのスタースクリームに所縁のある大型戦士の名前と一致している。しかし、いずれも既知の性格に通じるところはあってもあんな野蛮な行動をとるはずがない。
「ディープよ、お前。発信機つけたんだろ。あのちっこいのに」
ブレーカーに呼び止められて、思考を中断せざるを得なかった。
「もちろん、そのくらいは」
先ほどは余裕があったので、ゴールドバグの背中に発信機を取り付けておいた。何も分からないこの世界で、ひとつぐらい情報の元になる種は撒いておいた方がいいと思ったkらだ。
「今調べてるよ。その反応」
ブレーカーが腕に装備したレーダーを見つめながらそう言った。
「ちゃっちゃと追いかけて~、ゲロさせようぜ!(=吐かせる、自白のこと)司令官のこと!」
シルバーストリークは戦士らしからぬ下衆な顔をしている。
「そうだな……」
ディープカバーは思索にふけっていた。
「おっさん、貸してそのレーダー。俺が行くよ!」
「な、若造。気前がいいじゃねぇか」
ブレーカーがレーダーをシルバーストリークに手渡した。
「まあ俺がこの中で一番足が速いし?」
(価値観が幼稚だな……)とディープカバーの喉元まで言葉が出かかったが、それ以上はよそうと思った。そんなことより今は敵の目的を考えるための材料が欲しい。奴を追ってくれるのなら特別文句を言うほどではない。
「いいよな、リーダー!」
シルバーストリークが、下を向いたディープカバーに向かってそう言った。
「…………?」
リーダー、そう言われてディープカバーは、声の主を見つめたまま一瞬フリーズした。誰が?今リーダーなのは?指揮権があるのは?そうか、自分のことか。全く意識してないわけでもないが、現場でそう呼ばれたのは初めてだった。
「いやどうしたんだよ」
同僚のいつもらしくない行動にシルバーストリークは失笑した。
「どうもしてない!」
シルバーストリークを凝視するという自分らしくない行動に動揺を示し、思わず目を逸らす。
「照れてんのか(笑)」
「照れてない!ちょっと考えてただけだ」
「あっそう。悪かったな。からかって」
シルバーストリークも、想定外の反応に困った様子だった。
「気をつけろよ。そ、そうだな。とりあえず発信源を追ってくれ。何か異常を見せたら連絡しろ」
気を取り直してディープカバーはシルバーストリークを指さした。
「あいよ!トランスフォーム!」
そう言うと、青いスポーツカーとなって走り去った。
「リーダー、か……。」
指揮権があるといっても、あくまでも代理である。司令官が帰還すれば奴とはただの同僚だ。そもそも、司令官消失の直後で会議に出る代表として自分がそういう場にふさわしかったからというだけかもしれないし、戦闘経験ならブレーカーのほうが自分達より断然豊富なのは間違いない。
「リーダー、調子はどうだい?」
「ブレーカーさん。どうでしょうね。正直自信はないです。それこそあなたがやったほうが」
「おらぁなぁ。そういうのは向いてないんだよ。昔のチームのときもてんで向かなかったんだよな」
「そうなんですか?昔のっていうのはチームDKですか。スピンアウトさんと、ガードさんと?」
ガードは、チームブラックのサブリーダーで黒いワゴンに変形する。ガード=防御の名が指す通り、ブレーカーのシールドよりも強固な盾の使い手で、寡黙なTFだ。
「そうそう。あの時はスピンアウトがリーダーに収まったんだよな。結局。」
「まあ、あの人今でも優秀ですからね。たまに熱すぎますけど」
「ははは!確かにそうかもな。昔だってあいつぁ、優秀じゃなかったぜ」
「まあ、若かったってことですか。それでいったら御三人ともそうだったんじゃないですか?」
「ちげぇねぇ。だがよ、あいつは俺やガードに無いものを持ってんだよ」
「はあ。なんでしょうか」
「勇気だ」
「勇気、ですか……」
ディープカバーは、ブレーカーの話の真意を即座には理解できない様子であった。
その時無線が入った。シルバーストリークからである。
「≪こちらストリーク。お二人さんお元気?俺は相変わらず元気だぜ!そういえば昨日食べたエネルゴンカレーライスがさぁ、あれ間違えて先にルーを入れちゃったんだよね、だとしたらこれはライスカレーじゃないのかなって思って。もはや別料理だなこれは。だってどっちがメインかで食感とか変わってくるもんね!≫」
「それ、いつまで続くんだ」
また無駄話始まったと思い、ディープカバーの顔にしわが寄る。
「≪あ~っと。そうだ!ゴルバグくんの発信機に反応があったぜ。どうやら屋内に入ったみたいだ。今、入り口で張り込んでる≫」
「警備の様子は」
「≪手薄だな。こっちのオートボットは平和ボケしてるのか?≫」
「警戒しろ。お前はそのまま。俺がそっちに行く。室内では俺のほうが有利だ」
「≪了解。首を長くして待ってるぜ≫」
無線が切れる。
「というわけなんで先輩。」
「おう」
ブレーカーが頷く。
「「トランスフォーム!」」
人型から変形した二台のビークルが、鋼鉄の大地に轟音を響かせていた。
―――一方、時を同じくして。ゴールドバグは報告のために基地へと帰還していた。
ゴールドバグの前には毒々しい紫色の、赤い目のTFが鎮座している。ゴールドバグはひざまずいて、先ほどまでのあらましを語った。
「異次元からの来訪者……。それは間違いないな?ゴールドバグ。」
「はい、司令官。」
「そろそろ最近のコレクションにも飽きていたんだよ」
「な、なるほど。それは良かったでございます!」
「ゴールドバグ。発信機がついていたから外しておいたよ」
後ろから、両手に工具を携えた白いTFが顔を覗く。
「おわっ!?ラチッェトお前いつの間に!?あの黒い奴か!」
ゴールドバグはディープカバーのことを思い出し、怒りに震えた。
「発信機か。いい考えがある。ラチェット。それはこちらで預かっておこう」
「了解しました」
ラチェットから発信機を受け取り、赤い目はなにやら嬉しそうに笑っていた。―――
第三話 終