しばらくして、三人が建物の前に合流した。
「こっからはよろしく頼むぜ、リーダー!」
シルバーストリークがディープカバーの背中を叩く。まだ慣れないその呼び名に、眉をひそめた。
「わかった。ここからはバトンタッチだ」
受信機を受け取り、ディープカバーは入り口から潜入した。もともとサイバトロンの警察組織の所属で、ステルス能力を買われて潜入捜査官になったが実はTFでこのような特殊能力を持った者は少なくない。彼をより捜査官たらしめていたのは、その能力ではなく慎重かつ思慮深い性格だった。常に警戒を怠らないのは、自分が索敵されないという最大の有利を取っている時こそ、相手がそれを見破った時状況が不利に逆転すると知っているからである。
「どこもかしこも同じ景色ばっかりだ。まったく……」
おそらくここは中枢基地だろう。センサーの関する機器が非常に多い。なおかつ扉が非常に少なく、通路が無数に分岐した迷路のような構造。ゴールドバグに取り付けた発信機というゴールが見えてはいるが、そこまでたどり着く道のりはこちらで探る必要がある。
それから、こちらも不用意に痕跡を残せば追っていることが敵に伝わりかねない。常に最悪を想定して動く。それが完全に癖になっていた。
ここが基地ということは、敵の司令部があると考えて間違いない。さっき戦ったのも指揮官だったが、あくまでも前線指揮官なのだろう。おそらく指令を出しているの者がこの中にいるのは確実だ。もしそれらと戦うことになった場合、自分一人で太刀打ちできる可能性は低い。
「こちらディープカバー。手短かに報告です。ここは司令基地の可能性が高い。すなわち、相手の司令官クラスと衝突するかもしれません」
チャンネルを入れて無線を飛ばした。
「≪敵の親玉ってことか!いいじゃないか燃えるね!燃えるといえばこの前ねぇ、厨房でボヤ騒ぎになっちゃったんだけど≫」
ディープカバーの手元のレーダーでは、自身と発信機の場所の接近を表示していた。
「いまお前の凡ミスの話は至極どうでもいいのだが。おや……。どうやら発信機が近づいてきたようだ」
「≪そうかそうか!あのチビすけ、今度こそとっ捕まえてくれよ!≫」
「わかった……。!!」
その瞬間、ディープカバーの全身に恐怖の信号が駆け巡った。言葉が出ない、のではなく出したら殺されるような感覚。本能的にスパーク(=命)の危機を感じた。
恐怖を感じた方向に目をやると、暗闇で赤い視線と目が合った。ゆっくりとこちらに近づいてくる。ステルスが破られているのか?発信機を逆探知された?だとしてもこちらが動けないほどのこの威圧感。初めての経験であった。バレたのなら引き返して援軍と合流すれば良い、などという発想が甘かった。
いや、そんな状況分析はどうでもよい。相手にばれた以上、こちらも動かなければ。だが動かない、動けない。動けば殺すと赤い視線が訴えているかのように。そしてその精神の揺らぎは、彼のステルス能力にわずかに綻びを生じさせていたのだった。
ついに赤い目の持ち主が、その手に持った斧を振りかざす―――
「後始末はばっちりだったんだよーっ!!!」
バァン!
衝撃音。頭上をかすめた斧が吹き飛び、シルバーストリークの飛び蹴りが後から目に飛び込む。
「外したか……。発信機に釣られてくるならばこちらから迎撃する。いい考えだと思ったのだが。詰めが甘かったようだ」
赤い目の持ち主が、空になった左手で頭を抱え不満そうに喋り出す。
「おい、大丈夫か、ディープ!いや、天ぷら料理をするときは絶対やらかすと思ったんだよな俺自身」
シルバーストリークがこちらの身を案じて駆け寄る。
「心配してるのか私語がしたいのかどっちかにしろ!」
一命を取り留めたとはいえ、緊張感のなさすぎる同僚の発言との落差につい感情的になってしまう。
「どっちもだよ!いいから落ち着け!」
「おしゃべりは済んだかな?」
物腰の柔らかい口調だが、同時に右手の大砲から紫の光線が放ってきた。
「いいから逃げるぜ!」
急いで通路の角に隠れる。
「あれが司令官っぽいな、どうやら」
「そんなことより、お前追ってきたのか?ストリーク」
「ああ。どうせバレる思ってたからな。お前が危険になったらいつでも出れるようにしといた。あとブレーカーさんは外からの敵の援軍に備えて待機してる」
「おいお前、俺のこと信じてないのか!」
まだディープカバーの精神は落ち着いてなどいなかった。
「そうじゃねぇ!誰でもミスはするだろ!俺だって天ぷら焦がしたし!」
「一緒にするな!!」
敵から隠れているのにもかかわらず、ディープカバーはくだらない話を聞かされ思わず叫んでしまった。
「あんまり仲がいいから、是非撃ってくれと言っているのかと思うじゃないか」
赤い目が楽し気につぶやく。迫る足音。その重さから、暗闇でも相手のほうが体格は上だとわかる。
「ジェットファイアーほどじゃないが、相手のほうがはるかにパワーは上だ。斧と大砲どっちも装備しているうえに、強力な光線の反動を片腕で受けてなんともないなんて」
「ってことはスピードでかき乱すしかないな!」
「……分かった。囮は任せた!俺が不意を突いて大砲も無力化する……!」
とりあえず、いつもの必勝法で行こう。ということになった。
「ほらほら!鬼さんこちら!」
シルバーストリークが角から飛び出す。赤い目の足元目掛けてライフルを連射する。すかさずディープカバーも敵の背後を取るためにステルスモードで走り出した。
「……?」
何発か光弾が飛ぶが、赤い目の持ち主は不思議そうに首をかしげて見つめ返す。
「耐光線コーティングか……!」
「くたばれ!」
ガンッ!
蹴りを入れても、手応えがない。
「頑丈すぎる……。ぐっ!?」
突然ディープカバーの首元が背後から手で掴まれ、足が床から離れた。
「離せ!おい!」
本人の抵抗もむなしく、赤い目線が顔前に近づいてくる。
「さっきも言っただろう?かくれんぼは通用しないと」
この相手にはステルスが通用しなかったのを失念していた。自分らしくもない。先ほどの恐怖心がフラッシュバックする。回路が回らない。言葉が出ない。次第にステルスが解除され、首を赤い目の右手に掴まれたディープカバーの姿が露わになる。
「ディーーーーーープ!!!!」
相棒が叫んでいる。さっきまでステルスを入れていたせいで、シルバーストリークにも自分の居場所は認識されていなかった。そのせいでこちらのピンチに気付くのが遅かったのだ。
「離せコノヤローッ!」
飛びかかろうとした瞬間、おもむろに人差し指を立てて、静かに喋りだした。
「ちょっと待ちたまえ。私にいい考えがある」
「なっ!?」
相手の不可解な行動に驚愕し、シルバーストリークは動きを止めた。
「君と彼、どちらか一人を私のコレクションに加えさせてはもらえないだろうか。異世界から来たTFは初めてでね。是非とも飾っておきたいのだが……」
赤い目が、品定めするように二人の間を交互に泳ぐ。
「なにいってんだあああああ!!!」
シルバーストリークの怒号が廊下中に反響した。
「シルバーストリーク!」
ディープカバーは、シルバーストリークの叫びをかき消すように一喝した。
「もう、いいんだ……」
搔き消えそうな声。
「なにがっ!」
「素直でいいじゃないか。ははは」
赤い目の乾いた笑い。
「もう、俺がリーダーじゃなくていいんだ!俺のリーダーとしての最後の命令だ!シルバーストリーク!お前に、チームブルーの指揮権を譲渡する!」
「あっ!?何言ってんだ本当に!死ぬかもしれないんだっ!」
「俺に命令しろっ!早く!俺を生かすのか!お前が生きるのか!選んでくれ!俺はもう!考えたくない!最悪を!」
「なんだよいきなり!俺が命令したいことなんて1個しかない!」
「早く選んでくれると助かる」
赤い目はやや不満げにつぶやいた。
「うるせぇ!生きて帰るぞ!俺も!お前も!」
そういうと跳躍し、ディープカバー目掛けて飛びかかった。
「いい度胸だ!」
赤い目が左手を振りかぶった。いつの間にやら拾い直した斧を携えている。
シルバーストリークがその斬撃を紙一重で躱し、頭から相手の懐に飛び込む。もはや躊躇する間はない。
そして二人が急接近したその時、
「エレクトロっ!ボルトおおおおおお!」
シルバーストリークの両肩の砲口から、電撃が放たれる。真っ暗だった廊下が閃光の激しい点滅で照らされ、壁、天井、床、そして今までうっすらとしかわからなかった赤い目の持ち主の様相が露わとなる。
「んがああああああああああ!」
至近距離で高電圧を受け、手から武器とディープカバーを床に落とした。全身のコントロールを失った鉄の身体が、大きな音を立てて崩れ落ちる。その瞬間を見届けたシルバーストリークのするべきことは、ひとつだった。
「今しかねぇ!」
同じく電撃を喰らい、ぐったりとしたディープカバーを抱えて、来た道を引き返すように駆け出した。青い残像を残して、その影が段々と小さくなっていく。
「い、生かしてはおかない……!」
赤い目が先ほどとは打って変わって憎しみを帯びた鋭い眼光を飛ばしているのを、シルバーストリークは背中に感じ取っていた。
基地の入り口から猛スピードで飛び出した青い影が、ブレーカーの傍らを過ぎ去っていく。
「おい!いったいどうなってるんでい!」
「説明はあと!今は逃げるんだよ!」
「了解!トランスフォーム!」
二人はハイウェィの高架下の陰で変形を解き、ディープカバーの身体を横たわらせた。
「もういいだろう。ここなら追っ手も来ねぇだろうな」
「それよりブレーカーさん、こいつの意識が」
「……お前、エレクトロボルトを使ったな?」
ブレーカーは神妙な面持ちだった。
「あ~。まあ。大分ピンチだったし」
シルバーストリークが目を泳がせる。
「良いんだ。ぐったりしたこいつを見れば一目瞭然だ。無線でも聞いていたし、それほどの敵だったんだろう」
「あれは、絶対大事な時にしか使うなって言われたんで。司令官に」
「そうだったな」
「とはいえ。さすがにギリギリ回路が焼ききれない程度の威力なんで……。相手も倒しきれませんでしたど」
「んっ……」
ディープカバーの瞳が、ゆっくりと開いた。回路にもやっとパルスが走り出し、ぼやけた視界が次第に鮮明になっていく。
「目が覚めたか?」
シルバーストリークの顔が、瞳いっぱいに飛び込んできた。
「おおおおおおお!俺はコレクションにはあああああ!」
さっきまでの記憶が、赤い目に凝視されたところで終わっていたせいでディープカバーは恐怖で叫んでいた。
「お前なんか要らねぇって!」
「おいおいおいお前なんでなんでええええ!」
驚愕で飛び起きたディープカバーとシルバーストリークの額と額が激突した。
「「いってぇええええ!」」
「仲いいなぁ、お前ら!がははははは!!」
「それで、何があった。あの後」
自分が今なぜ生きているのかわからなかったが、どんなことがあったのかはなんとなく察することができた。
「俺がリーダーになった」
「え?」
「指揮権の譲渡」
「あっ……」
「だから。俺がリーダー」
沈黙。もはやあの場面ですでに興奮状態にあったために、記憶の整理が追い付かない。
「そうか……。よろしく頼む」
そう言ってディープカバーはこうべを垂れた。
「いいのかよ!?」
「ああ。元リーダーの俺の判断だ」
「いい判断だな」
シルバーストリークは腰に手をあて、満足げに笑い返した。
「うるさい」
ディープカバーは照れるように目線をそらした。
「お二人さん!話はついたのかい。まあ、俺も異義はないけどな」
ブレーカーもなにやら満足げな様子だった。
「はい。今日から俺がリーダーっす!」
シルバーストリークが敬礼した。笑っているが、同時になんだか引き締まった表情をしているように見えた。
「俺は勇気を出したんで。あの場でリーダーとして」
悔いいのない表情でディープカバーがつぶやく。
「なるほどねぇ」
顎に手を当て、老兵は微笑んだ。
鋼鉄の大地の地平線から、白い恒星が顔を覗かせる。夜明けが、三人を力強く照らしていた。
第一章 チームブルー編 終