そんなことを言っても、きっときみは相も変わらず無意識に行動するんだろうけどさ。きみだって、こうして黄色の毛並みをやさしく梳かす相棒に引けを取らない、ぼくらポケモンのことがだいすき人間なんだから。
「ぴか、ちゃあ。」
「ぐー?」
久しぶりに姿を見せるかれの弟分は、ぴょっこりと顔を出して尻尾をしばたかせた。ふぱぱぱっと高速に動くそれは折り曲げられた膝の上に乗っかり、しかとその背を撫ぜようとした手のひらをやわらかにくすぐる。
瞳をひっそり細めてあどけない様子で喜ぶ弟のすがたを幸せそうにかみしめる表情が、やけに懐かしく見えた。ねえ、褒められたよ、と嬉しそうなシグマの顔にピカチュウもにこりとする。
このちいちゃな同胞は言動通り幼く、けれどもたまごの孵化を見たことでちょっぴり大きく成長したのだが、ピカチュウたちの間ではやっぱり末の小さな子なのだ。まるでピチューのようだね、と思うから他の仲間たちより若干対応が甘くなってしまうのは、ぼくの方がお兄ちゃんだからねとレッドに指摘されてからは受け入れるようになったのだけれど。
「ぐう、ぐうー!」
「ぴーか、ぴかか、ぴか。」
レッドのピカチュウが自分の弟に甘々な対応をするのは知ってたけど。グリーンにからかわれてからは控えるようにしてたようだし、こうしてピカチュウが、マッスグマを実際に見るのは自分が彼とコンタクトを絶ってから実に久しぶりである。
鍛え抜かれた戦士より一回りほど大きなピカチュウと、現在確認された中で最も小さなマッスグマによる、視覚的に似たサイズ感も相まって微笑ましいきょうだいのようにも見えた。
ピカピカチュウチュウ、ぐあぐあがうがう。なに話してんだろ。さあ。のどかな山道を越えながら二人のトレーナーは想像し合う。―――けれど、なんかピカチュウの世話焼き具合がオツキミ山での一件より、グライスが目を覚ましてから思うにその傾向は増したような。
「あうっ!?」
「ピカカッ!」
ころっと転びかけたシグマを指先に引っ掛けて抱き上げるよりも早く、種族的に生まれ持った機動力を遺憾なく発揮した黄色の残像がシグマを支えた。
あ、こりゃ、ぜんぜん気のせいじゃないな、とグライスは理解しながら弟を助けてもらった礼をピカチュウへと口にして、シグマの安否を確認する。元気よく尻尾を持ち上げて、再び歩き出した小さな身体の冒険をゆるりと瞳を細めて見守った。
はんとしぶん。―――そう、半年分の空白を、弟がどうやって過ごしたのか。周囲の声で知識としては、情報がある。だけども、実際にどうだったかなんてものは周りとの掛かり合いで、よく読み取れた。ほっと胸をなでおろす。
ほら自分が居なくなったとしても、あの子は大丈夫だった。と、そんなことを認識できたことは弟が成長したことへの喜びであり、離れてしまうという一種のさみしさであった。
ひやりとした風が頬を撫でた頃に、己の身体に生じた異変を感知した。自覚すると同時に、一気に身体に熱がこもる。あんしん、したら、なんか急に。
ぐらぐらと揺れる視界。坂道の頂上に到達した瞬間、ひときわ穏やかな風が、二人のポケモントレーナーの旅の門出を祝福するよう全身をなで、て―――あ、だめだ、熱でるわ。吐き出した息の熱さからダメだと思い、とっさのことで、ピンプクのモンスターボールをホルダーから引き抜き、開閉スイッチを押し込んだところで緑色のボディが飛び出した。
「え、みどりだれ!?」
「らきらき!」
道端の花をさし、お腹に抱えるたまごのポジションを変えるためだろう。ふんわりと両手でポケットを抱え直した緑色の体毛のポケモンは、らきらきと鳴き声で訴える。
「え、まさか、ペチュニア?」
「らき!」
えらくまぶしい笑顔で首肯した。
「夢?」
「らっき。」
「あ、ちがう? やっぱあのとき進化して、…っう、おまえ日光とか大丈夫なの、ダメそうなのは?」
グライスの言葉を訂正するならば、熱出るわじゃなくて、熱が出ていたのだが。進化したことへの興奮と、なびく彼女の色味。
その特異性―――所謂、色違いと呼ばれるものであったことで生じるであろうラッキーの苦労への疑問には、ラッキーはにっこりと笑ってリアカーをポケットから取り出した。心配してくれるのはとてもうれしいのです。
ピンプクであった頃の彼女を預ける前、ジョーイが言った通りのやさしさを向けてくれる人であることを再認識できる言葉でした。トレーナーを頂くポケモンにとっては、とてもしあわせな質問なのでしょう。価値を付加するのではなく、生活に対する不備の質疑なのだから。―――だけど、ワタシはあなたのことが心配なので、今は安全なところまで行きましょうね。
生まれながらにある強大な力をふわっとやわらかく抜き、自身のトレーナーである少年をリアカーへと乗せて、らきらきと彼女は足を進め始めた。追従するように、レッドが続き、その後ろをシグマ、ピカチュウと進む。
目を覚ましても、比較的ゆるやかに穏やかに無気力になっても。かわらないね、かれは。誰が言うでなく同じ言葉を頭に浮かべ、三人は顔を合わせてこっそりと笑った。
「なーにかわいい顔して話してんの、そこ三人。」
彼が腰かけるリアカーの上は、すこしでも快適に過ごせるようにとジョーイさんの助手を務めた女子高生により敷き詰められたクッションでいっぱいだった。
本来は人を乗せることを用途とするものではなかったが、それをひくのがピンプクである以上はこちらの方が都合がよいだろうとポケモンセンターの備品を貸してくれたのだ。なお、それを引っ張り出したときには帽子を被るようにとジョーイさんから渡されてあった看護師の帽子は、しっかりとペチュニア―――ラッキーの頭を鎮座している。
ちゃんと患者を持ち運ぶすがたに見えるだろう、とのこと。マァ、確かに。とこの光景には納得しかないが、お前が言うなとブーメランが飛びそうなセリフをグライスはしっかりと言った。
「ちゃんと休んでくれよ」
「ぴぃかちゅう~?」
「らきき、らっきー!」
実際にそれを言うの~?とピカチュウが呆れたように糸のような目つきになり、ラッキーが諫めながらにっこりと笑って首肯する。看護師の心得の中には休息事項もあるから大丈夫だと。
「まあ、そこらへんは俺よかしっかりしてるか。ジョーイさんのとこの子だったし。」
余裕のあるペチュニアの様子を見やり、グライスはそっと息を吐きながらそう言った。それでもなお、自分より他のことが気になるからとつい口に出してしまうのだ。
自覚あったんだ、と数週間ほどを共にしたことのあるピカチュウは驚愕の表情を浮かべ。それが僕の兄だから、とシグマは遠くを見つめる。自覚ある上での行動だからたちがわるいってコゼットが言ってた、と実感の深く伴った同意をしながら。説得力がありすぎるんだよ。