療養のために身を寄せさせてもらったポケモンセンターの周辺を、グライスはぶらりと気ままに散策するまでに体調は回復した。
野良猫のように自由で、野良犬のようにたくましく。けれども、やはりどこかぼんやりとしてしまう意識はどうにもできず、あくびを嚙み殺しながらヒョヒョイと身軽に断崖絶壁を悠々と駆け上がるさまは、ある意味では噂の人であった。
特徴的な銀灰色の髪色を目当てに襲ってくる裏組織の人間もそこそこ居て。眠気と怠さを引きずる身体のリハビリがてらに、あらよっと縛り上げてジュンサーのもとへ献上すること数十回。正体不明の若き正義のヒーローと名が上がる頃には、次の町へ。
噛み殺しきれず、ふァ、と大きなあくびをものものと吐き。とろけるように潤んだ瞳は、薄ぼんやりと開閉を繰り返す。
そうしたあまりにも無防備かつ疲弊しきった姿に見かね、ドクターストップならぬラッキーストップを掛けられて飛行タイプのジムがある町に立ち寄ったのが、つい先日の話。
「わりと最近の話なのに、もうこんなとこまで噂が流れてんすねぇ。」
ポッポ便、という手紙や荷物の配達を請け負う会社を運営する本拠点が、ここキキョウシティにあるからなのだろうけれども。飛行タイプの身軽さゆえか、セキチクシティとは異なる色で情報戦に長けた街でもある。
町や村を幾つか抜けてきたはずなのに、名も知れぬ若き正義のヒーローのことはよくよく通った話題のようで。ちらほらとポケモンの顔をモチーフとした、色鮮やかな布で織り繕われたポケモンマスクなるものが、名産品として売りに出されてあった。―――どれもこれもが挑発用にと祭りや屋台などで購入した覚えのあるポケモンであることは、おそらく無関係とは言えぬだろう。
特定のタイプに入れ込むトレーナーではないと相対する際のタイプを誤認させるためのフェイクの役割だし、持ち歩くにはポケモンのお面はかさばるし、乱闘の渦中に身を置くがゆえにすぐさま壊れてしまうし、と入れ替えに関してはあらゆる理由はあれど。
一般人の視点も含めて目立つことを重きに置く現状では、お土産屋さんに並ぶ銀灰色と同じ色の持ち主は、どうやら自然と人気になるようだった。
「お兄ちゃんヒーロー!?」
「こ、こら! 旅の人に何言うとんねん、急にそないなこと言うたら失礼やろ!」
歩くたびに、行方をくらませたヒーローの足取りを追って、キキョウシティの潜伏は十分にあり得る可能性の一つと浮かび上がりでもしたのだろう。
色紙を持って練り歩く観光客の増加や銀髪ないしグレーの髪色の持ち主を探しては声を掛ける人も増え始め、こうしてヒーローですかと尋ねられることもしばしば増えた。担ぎ上げられる要素はあっただろうかと疑問を抱えながら、ジュンサーの助言を強く活かして首を横に振る。会えるものなら、と願いを口にすることで同類だと思ってもらえるはずと。
彼女の助言は正しく、そっかあ、と目に見えて落ち込む子どもを抱えて人混みの中を歩き始めた男の背を見送り、声が行き届いた範囲の人が掃けたのを見て目をぱちくりとさせた。
英雄の名は伊達ではなく、そんな重荷をだれかへ簡単に背負わせることを良しとする人々の姿は―――いいや、止そう。心安らぐ場を求めることは誰にでもあることなのだし、こんなのは、自分のただの不満に過ぎないのだから。
「しるばー!? しるばーってことは、お兄ちゃんがヒーローなの!?」
ところで、人気者になるのはどうやら髪色だけではなかったようだと思わぬ情報の収穫で認識を改める現場に出くわした。
先ほどのしょんぼりと肩を落として俯きがちだった子どもは今やすっかり顔を持ち上げ、キラキラと満点の笑みで名の書き込まれたボードを持ち上げながら声高に尋ねる。お兄ちゃんが、と期待から無意識ながらに表現するのは先ほど否を唱えた自分の発言あってのことなのだろう。
興奮のおさまりきらぬ小さな身体はぴょんこぴょんこと飛び跳ねて、前のめりにカウンターから落ちそうになる子どもをぎこちなく支えるように伸ばされた手は、今や落ち着かせるために顔の前で広げられていた。市民の間でお祭りのように開催されるバトル大会の、本日の参加者希望一覧の最後尾に、おそらく彼の名前があるようだ。
頭が痛いと言わんばかりにしかめられた表情から、子どもの方は察したと肩を落とした。残念ながら、と紡がれた言葉はお決まりになりつつある否定の文句で。しかし、お祭りの中には異質で。けれども、何かある、と抱かせるには十分な材料であった。
からん、とカウンターテーブルの上で氷がおどる。グラスの水を揺らしてじわりと汗かくそれを手に取り、一気に飲み干した子どもは憂鬱な翳を帯びた表情を不敵にゆがめて言ったのだ。
「オレは罪人さ。」
罪悪を宿しながら刑を待ちわびる人のように、白く細い首をさらけ出すように項垂れて。親子が離れ行くのを静観する姿勢を、グライスはただ見ていた。