ポケモンたちが怪我をした時の応急手当のやり方、回復するために必要な行動や大まかな日数、回復や治癒に有効的な木の実の見分け方や探し方、食べ方などなど。
ポケモンセンターを利用しないなら彼らのトレーナーとして身につけておくべき知識だ。そんな言葉を付け加えて、少年のペン先が最後の一文字を記したところを確認し、回復したと言っても病み上がり。軽く眩暈を起こした感覚を振り払うようにして立ち上がったグライスが、そのまま立ち去る選択をしたと気づいたのだろう。
確信を得るような発言に、銀白の瞳を細めながらことりと首をかしげて尋ねる。一緒に旅をした時間だけでも伝わったと思ったのに、やっぱり自信がなかったようだ。
「オレを警察に突き出さないんですか。」
「なんで?」
恐怖と緊張の含んだ質問に、ばっさりと切り返すように言葉を返した。ぐしゃっ、と彼の手元で握りつぶされたバーガーは、足の間で相棒からの心配りが寄こされるのを当然の如く待ちわびる鰐の口内に消えていく。ああっ、と焦ったような声から、緩やかに安堵のため息がこぼれる。
やっぱこの子ポケモン好きだよなァ、と横目で感じながらも口は挟まず。そして、再びグライスへと視線を彷徨わせ、膝の上で穏やかな昼下がりの木漏れ日を甘受するポケモンを見て。かれは、じくじく痛む傷口をえぐるように己の罪を告白した。
「なんで、って……」
ポケモンを研究所から盗み出したから、とぼそぼそと声がした。次第に強張る少年の気配を感じ取り、アリゲイツに進化したばかりの水鰐も慌てふためきながら様子を静観する。
気づけば増えてたニューラの出どころに関しても、どうやら思うことはあるようだった。しきりに二つのモンスターボールを手で転がしながら、しっちゃかめっちゃかだけど己の心情をゆっくりと語りだす。
ある組織で生まれ育ったこと。最近までは、それをシルフカンパニー。話題にまで立ち上がったポケモントレーナーをターゲットとした会社のことだと思い込んでいたこと。
今まで家政婦としてやってきていたのは、悪の組織の幹部で。父親はその組織の棟梁で、一人息子である自分は表で運営する会社の跡取りとして育てられたこと。
裏側の上辺に触れさせながら、けれども明確な線引きは自分の知らぬところでは行われており、父親の仕事は真っ当なものであると教わり育ったこと。
「最強のジムリーダーだって言ってたのに…っ」
その最強の名ですら、作り出した虚像であったこと。―――作り出した際に生じた問題や大事故による被害の数々を知ってしまったこと。知らずに、のうのうと過ごし続けてしまったこと。
少年を育て支えてくれた母は、年を重ねるごとに父親へと面立ちが似ていく我が子に絶望して、すべてを語ってから自らの手で世を手放したことも。日ごとに増す重責を、母ひとりで抱えられるものではなかったのだと巻き込んでしまったことへの嘆き、怒り、憎悪、嫌悪。
狂乱に陥るまで慈しんで育ててくれた母を、あそこまで落とした悪魔への深く濁った憎しみ。己を奈落の落とし穴へと立たせた憤慨を胸に、組織の建物から抜け出したこと。
「オレのオヤジは、普通のこどもが夢見るヒーローなんかじゃなかった! 悪いことをしてばっかりのオヤジを持つオレだって、きっと普通なんかじゃない。」
普通じゃないから、望んだとしてもポケモンは全うには貰えない。―――けれども、あの組織で生まれ育った者として、棟梁をオヤジに持つ者として、落とし前は付けなくてはならない。ポケモンを利用した犯罪に加担したならば、ポケモンの力を利用して正さなくては。
盗んだポケモンで何を、と思われても。せめて、そこだけでも真っ当な在り方を貫きたかった。最後には裁かれる。そうでもなければ、自分は真っ当な人間になれないのだと悲しみに呉れる声で当然のことだと言い捨てて。
身を引き裂かれるか如く少年の悲痛を携えながら絞り出すような言葉を、ただ静かに最後まで聞き取り、そうしてグライスは一つ相槌を打つ。
「そうか。」
「っ、そうかって、それだけ……ですか?」
「いンや?」
傷口を増やすかのように鋭利な瞳を宿した銀白が、静けさをもって少年と彼の側に寄り添うポケモンたちを逃がさぬとばかりに突き刺した。ぴくりとも動けない身体に叱責しながら己を奮い立たせる彼らに、込み上げる罪悪感の上から被せるように問答をかける。
「―――ところで、君は後悔しているのか。外の世界へ、彼を連れ出したことを。」
「っいいえ、」
唐突の言葉につんのめったように声をどこかへひっかけながらでも少年は否定した。―――如何なる理由があれど、ワニノコを外の世界に連れ出したのは彼である。
ポケモンとともに歩みだしたことへの後悔の有無に対し、すぐさま否定できるならば良いトレーナーになれるだろうと